「…………あれ? かみーゆさん、いないの?」
 ぴょこり、と戸口から小さな頭が覗く。
 大きな緑色の瞳が部屋の中をぐるりと一週するが、目当ての姿を発見できない。
「ジュドー! カミーユ、おやすみだよ」
 拗ねたような、寂しいような顔になったジュドーに駆け寄ってきた園児がいた。

 ジュドーは自分の保育室よりも、カミーユのいる一つ上の年次の保育室に入り浸ることが多いので、大抵の園児とは顔見知りだった。その上、かなり人なつっこい性格なので、溶け込むのも早く、結構いろいろ仲良くしたりもしていた。
「しーぶっくさん!……かみーゆさん、おやすみなの?」
「うん。なんでおやすみかわからないから、ファせんせいがしんぱいしてた」
「そーなんだ……」
「でも、カミーユいなくても、ここであそんでいけばいいよ」
「う……ん……」
 しかし、目当ての人がいないのでは、なんとなく他の保育室には居辛い。
「えっと、お外がいい」
「おれとあそぶ?」
「うん」
「いいよ」
 シーブックはシーブックで、クラスの中でも群を抜いて面倒見がいい。ジュドーの手を引いて園庭へ出る。

 園庭では何人もの子供達が遊んでいる。
 砂場に妹の姿を見つけて、ジュドーはシーブックの手を解いて駆け寄った。
「りぃな!!」
「あ、おにーちゃん」
「にーちゃん!」
 リィナだけではなく、その隣で一緒に砂を掘っていた濃い紺色の髪の女の子も顔を上げる。
 何処かで見たような面差しを不思議に思って、その子の視線の先を見る。
 女の子が呼んだのは、シーブックだった。
「リィズ、おすなば、たのしいかい?」
「うん!」
 リィナと仲が良いようで、二人で一生懸命砂を掘っている。砂を積んだ山から続く堀跡は、水を流せば丁度川になりそうだ。
「しーぶっくさんの、いもうと?」
「そうだよ。リィズのとなりにいるの、ジュドーのいもうとだよね?」
「うん。りぃなっていうの」
「リィナ……リィズとちょっとにてるね」
「うん」
 シーブックとの共通点を見つけて何だか少し嬉しくなる。
「おれたちもやろう」
「うん」
 それぞれ妹の傍らに屈み込み、山やそこに掘られた筋を固めていく。

「こんなところにいたのね、シーブック」
 遊びで砂を固めていたものが何時の間にやら真剣になった頃、不意に後ろから声が掛けられた。
「おてあらいにいってるあいだに、いなくなったから、さがしたのよ」
 少し赤みの強い金髪を肩から背へ払い、女の子は少し不機嫌そうにシーブックを睨んでいる。
 シーブックは慌てて立ち上がり、手の甲で頬を拭った。手の方が汚れていたので、頬に茶色く土の跡が付く。
 それを見て、女の子は小さく笑った。
「ごめん、セシリー。セシリーもいっしょにあそぼ」
「いいわ。おみず、くんできてあげる」
 そろそろしっかり砂は固められて、水を流しても崩れることはなさそうだった。
「……せしりーさん、きれー」
「でも、おこると、めがこーんなになるんだぜ」
 水場でプラスティックのバケツに水を汲んでいるセシリーの背を眺めながら、ジュドーは呟いた。はっきり言って、美人にはかなり弱い。
 シーブックが自分の目尻に指を当てて目をつり上げて見せたのを見て笑う。
「……だれが、こーんなになるんですって?」
「う゛っ……セシリー……」
 バケツを下げて戻ってきたセシリーは、確かにシーブックが言うように目をつり上げてシーブックとジュドーを睨んだ。
 しっかり、ばっちり、聞こえていたらしい。
 シーブックは青くなってセシリーの手から重そうなバケツを取った。
「な、なんでもない! ほら、リィズ、リィナ、おみず、ながすよ」
「もう、シーブックったら」
 ぷぅっと頬を膨らませながらも、リィズの隣に屈んで水の流れを待つ。
 短すぎるスカートの裾から、ちらちらとその中身が覗いていた。

 古人曰く山を登るのは、そこに山があるから。

 男は、どれ程幼くても男だ。
 スカートの中身が気になるのは、そこにスカートがある限り仕方のないことなのかも知れない。
 さすがに妹達のが気になることはないけれど。

 あと少し、というところで見えそうで見えないセシリーのスカートの中が、ジュドーにはどうしようもなく気になった。

 ジュドーは、確かに行動力のある子だった。

 ひらり。
 伸ばした手で勢いよくスカートを捲る。しかし、風の抵抗でふわり、と裾が舞った。
 下着が一瞬露わになる。
 ジュドーは、してやったりと、にやりとした。

「…………〜〜〜〜っっ!!!!」
 自分の尻に微かな風を感じた瞬間、セシリーは振り向き、そして────。

 パッシィィィィィィン!!!!

 …………見事な平手打ちが炸裂した。

 ジュドーは一瞬何が起こったのか分からず、大きな目をぱちくりさせた。
 音ほどは痛みもない。ただ、ひたすらビックリしただけだ。
 セシリーはその後漸く何が起こったのかを全て把握し、目尻を釣り上げ、顔を真っ赤にしてジュドーとシーブックを睨み付けた。
「バカッ! ドスケベ、死んじゃえっ!!」
 それだけ一息で怒鳴ると、こんな所には一時もいたくないと言わんばかりに走り去ってしまった。

「…………ジュドー……あれはだめだよ……」
 シーブックが少し紅い顔でジュドーを叱ろうと試みるが、微妙に上の空だ。ジュドーはジュドーで、大した反省の色もない。
「はぁい…………ねぇ、みえた?」
「うん……イチゴがら」
 ちらりとシーブックにもセシリーのスカートの中身は見えていた。
 セシリーにジュドーと纏めて睨まれても何も言えなかったのはその為だった。
「うん。いちごー」
「だからね……」
 ジュドーには、まだあまり、自分のした行動の意味も分かっていなかった。ただ、自分の行いでセシリーが怒ってしまったのだということだけは分かる。
「うん。ごめんなさいしてくる」
「うん。いっしょにいってあげるから」
「えへへ〜」
 ジュドーは実にいたずらっぽく笑った。
 全く反省していない。
 それでもいいか、と思わせる何かがジュドーにはあった。
「セシリーはたぶんおへやにもどってるよ。いこう」
「うん!」
 シーブックに手を引かれ、ジュドーは4歳児の保育室へと向かった。

 これが本日の保育園最大の事件。
 ………………とても平和な一日だった。


作  蒼下 綸


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