ロンド=ベル保育園の朝は、何時もとても賑やかである

 そもそも元気の良い園児が多い上、何時もぎりぎりの時間まで父兄その他が入り浸るためである。



「ああ、アムロ……君と別れる朝など、永遠におとずれなければよいもの……ぐはっ!!」

「アムロせんせーから、はなれろぉーーーーっ!!」

保育士主任、アムロ・レイの手をしっかり握って離さない金髪美形中年の背が、力任せにけりつけられる。
 園児の力とは言え侮ってはいけない。幼児だからこそ、何のブレーキもなく力一杯だ。

 思わず地面に沈んだその後ろで、蒼い髪の美しい子供がふんぞり返っている。

「こらこら、カミーユ。不意打ちはだめだよ」
「……ア……アムロ……不意打ちでなくても辛いのだが……」
「あ、まだ生きてる」
 げし、と沈んでいるその背中に更に乗っかる。一見しただけでも高級そうな背広が、瞬く間に砂で薄汚れていった。

「はーい、そこまで。ほら、シャア。貴方も遅刻するよ。どうせ……夜にはまた会えるんだから」
 カミーユを片腕でひょいっと抱き上げ、背広を叩いて砂を払う。
 毎日毎日飽きもせずに繰り返されるこの一連の行為に、些か呆れ気味だ。

「君と片時も離れていたくない……」
「駄々捏ねないでよ……毎朝良く飽きないよね、貴方。……ホント、子供達と一緒なんだから……」
「なら保育園からやり直そう。それなら、君とずっと一緒にいられるな」
「子供と愛し合う気はないよ。ほら、本当に遅刻しちゃうんだから。幾ら自分の会社だからって、蔑ろにするなよ。……それに、俺、今仕事中だよ」
「じゃあ、キスだけでも……」
「調子に乗るな! 子供の前で出来るわけないだろ、バカっ!!」
「くっ、ぁ……っ!」

 アムロが怒った瞬間に、カミーユの蹴りがシャアの鳩尾に決まる。そしてそのまま、カミーユは足を振って反動をつけ、アムロの腕から飛び降りた。
「あ、カミーユ」
「ファせんせーに、おはよー言ってくる」
「走っちゃダメだよー。コケちゃうよ」
「だいじょーぶでーす」

 ぱたぱたと軽い足音をたてて、カミーユは走り去っていった。
 アムロは微かな苦笑を洩らしてその背を見送った後、目の前で再び蹲っている恋人に、冷たい視線を移した。
「ばーか」
「冷たいぞ……」
「さっさと会社行きなよ。そろそろこっちも朝の会始まるし」
「キス」
 懲りずにねだるシャアの頭に垂れた耳が、そして後ろにはぱたぱた振っている尻尾の幻影が見えて、アムロはげんなりした。

「キースーー!!」

 このままでは地団駄さえ踏みかねない。
 どうしてこんなものと付き合っているのか……自分の趣味の悪さを激しく呪う。

「もう……じゃあ、目を瞑って」
「あぁ」
 素直に目を瞑る。それを見届けて、アムロはくるりとシャアに背を向け、園舎に駆け込んだ。


 毎朝繰り返される騒々しい光景。
 シャアには、全く学習能力というものが存在していなかった……。



続く

作 蒼下 綸


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