「がとぉーーーー!! しょーーーぶっっ!!」

「ええい、百年早いっ!」




 突っかかって来ようとする小さな頭を片手で押さえる。どれだけ手足を伸ばしても、リーチの差は歴然だった。掠るどころか届きもしない。
「くっそぉぉぉぉぉぉぉうっっ!!」

「それくらいにしておけ。それより、朝の挨拶はどうした。挨拶も出来んようでは、私に勝つことなぞ到底及ぶものでもないぞ」
 それとなく小さな小さな身体を抱き押さえながらささやいてやると、次第に腕の中の身体も落ち着いてくる。まるで、子犬の躾のようだ、とか、そういう考えが微かに脳裏を掠めた。

 身長差は殆ど1mあるし、幅も3倍くらい違う。抱き締める度、子供のあまりの小ささ、頼りなさに怯えてしまう。

「おはよう、コウ」
「……おはよーございます! がとー」
「ガトー『先生』とは言えんのか?」

「言わない!」

 大きな声に、耳がキンとなる。ガトーは眉を顰めてコウをぎゅっと抱き締めた。

「大人しくせんか。落ち着きが無くても、私には勝てんぞ」
「う゛〜〜……」
「ほら、友人達にも、おはようを言わなくて良いのか?」
「あ、きーす」

 ガトーが腕の力を緩めてやると、視界に入った友達の所へとことこと駆けて行く。

「全く……」

 可愛い。

 いかつい外見から意外に思われることも多いが、ガトーは尋常ではないほどの子供好きだった。まあ、そうでなければ、まだまだ女社会である保育士になど、なろうとは思わなかっただろうが。

「がとー!」
 キースと一緒に部屋に入りながら、コウが大声で叫ぶ。
「あとで、もういっかい、しょうぶするーーっ!!」
 ぶんっ、と拳を振り上げる。避け損ねて、それは見事にキースの顎に当たった。

「いってぇーーっ!」

「あ、ああ! ごめん、きーす」
「馬鹿者! ちゃんと周りを見んか!!」
「もっかい、しょーぶ!」
「ああ、分かった! 分かったから!!」
 これ以上殴られるのも気の毒だ。さっさとキースを担ぎ上げ、コウの頭を押さえる。

「さあ、部屋に入れ」

「はぁい」

 ガトーに抱き上げられたキースが羨ましいらしく、タックルを繰り返しながらガトーによじ登ろうとする。身体の大きなガトーは、園児達にとってジャングルジム並のおもちゃでもあった。

「ほら」
 キースを片腕で抱きなおし、コウをもう片方の手で抱き上げる。
「たかいー」
「お前も、これくらい大きくなれば、私に勝てるかもしれんがな」
「じゃあ、おっきくなる!!」
「人参も食べられんようではな」
「あぅ……が……がんばるもん……」



 これもまた、毎朝繰り返される、保育園の日常。



続く

作 蒼下 綸


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