「……何だよ、これっっ!!」



 朝っぱらから盛大な怒鳴り声が響く。
 高級マンションのペントハウス故に、ご近所からの苦情は来ない。

 アムロは一頻りタンスを漁った後、まだベッドで惰眠を貪っている恋人から布団を剥ぎ取り、思い切り蹴り飛ばした。
「シャア!! これ、どういうことだよ!!」
「……ぅ……ん…………」
 寝起きが悪いことは熟知の上の筈だが、そのまま続けざまに蹴ってベッドから蹴り落とす。しかし、それでもシャアは起きなかった。

「起きろっ!!」
「ん……アム……ロ……」
 漸く言葉らしい言葉が出てくるが、まだベッドの中と勘違いして、隣にいる筈のアムロを抱き締めようと手を伸ばす。その手を、アムロは容赦なく思い切り踏みつけた。

「ゔぁっ…………………………ア……アムロ……?」
 やっと目が開く。踏みつけられた自分の手を暫くぼーーっと眺め、それからゆっくりと、足のラインを辿るように見上げていく。寝起きからエロオヤジモード全開だった。
「おはよう、アムロ……えぇ…………この足は一体……?」
 尋ねられて、アムロはシャアの手の甲をぐりっと踏みにじった。
「痛いのだが……」
「……俺の服と下着、何処へやった?」
 腕を組み、冷たく見下ろす。アムロの声は氷点下の響きだった。






「おはよーございまーすっ!!」
「ああ、おは…………っっ!!!?」
 乱暴に職員室のドアが開かれる。いつもながら、見た目に反して少々がさつなところがあるものだとブライトは、少し眉を顰めてアムロを見た。
 そして、ぴしり、と固まった。
 アムロに続いて平然と入ってきたサンタ服の男の存在にも驚いたが、それより何より。

「やあ、ブライト。久しぶりだな。12時間振りくらいか?」
「……………………………………これは、貴様の所為か」
「……叱るならこいつにしてよね。俺の所為じゃないから」
 シャアがサンタ服を着てきたのは、まあいい。サイズは少し大きいようだが、見苦しいほどではない。ちゃんと髭までつけてきたのもいいとしよう。きっとカミーユ避けだ。
 問題は、それではなく。
「…………まさか、家からソレで来たのか?」
「……家からじゃなくたって、俺までこんな格好するつもりなかったんだけど?」
「……いや、お前も、シャアと同じ格好なら、何も問題ないんだが……」
「だーかーらーー!! 俺じゃなくてこいつに言ってってば!!」
 ぷうっと頬を膨らませる様子はとても29歳には見えず、あまりにも可愛らしい。ほとんど朝一番、鍵を開けるブライトの次に出てきている御陰でまだ他の職員が来ていないのが幸いだ。
 そう。問題は、それでもなく。

「なかなか可愛らしいだろう。特注だぞ」
 シャアは、低血圧のところを叩き起こされたわりに、相当にご機嫌だった。普段はアムロにしか見せていないかも知れない極上の微笑みを、辺り構わず振り撒いている。これもまた、他に職員がいなくて良かったのだろう。シャアは、顔立ちだけはそれはもう飛び抜けて美しいので、そのビジュアルにだけはファンも多い。
「…………アムロ、少し大きいだろうが、俺の予備のジャージがあるぞ」
「ほんと? じゃあ貸してよ」
 思わずブライトに飛びつこうとしたアムロを遮って抱き留める。
「だめだっっ!!! アムロがこの格好でないなら、私は帰らせて貰う!」
「横暴だぞ、シャア!! 大体あんたが姑息なコトするからいけないんだろ!?」
「ふん。いいのかね、そんなことを言って。今日のクリスマス会のメインはサンタクロースなのだろう? そのサンタが来ないとなれば……子供達はさぞかしがっかりするだろうな。ああ、可哀想に!!」
「くっ……」
「……アムロ……いい加減、この男との付き合いは考えた方がいいと思うぞ……」
 アムロがブライトに同意しようとしたその時──────!!

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜っっ!! アムロさん、可愛い〜〜っっ!!!!」

 ちょうど出勤してきたクリスが、甲高い嬌声を上げた。

「ク、クリス……」
「どーしたんですかぁ? こんな可愛い格好して来ちゃって〜〜。あ、そっか。彼氏のお願いってヤツですか? うっわ〜〜……これ、本物でしょ? すごいな〜」
「クリス……あのねぇ……」
「子供達も、親御さん達も大喜びですねぇ。あのアムロ先生がサンタの手先……おっとと……サンタさんのお手伝いなんて! トントゥって言うんでしたっけ? 昨日テレビでやってましたけど。それにしても凝ってますよね〜。いいなー、大金持ちの彼氏〜」
「って、彼氏いるじゃないか……」
「夢は夢。現実は現実です」
 クリスはほとんどマシンガン状態で一気にまくし立てながら、アムロの着ているモノに触り、手触りを確かめている。被った帽子についた房を、手でぽんぽん弄ぶ。

 そう……。
 アムロは、シャアの手によって、立派にサンタクロースの助手になり果てていた。

 それも、膝上15cm丈のミニスカートの。

 赤い部分は全て上等なベルベット。襟元・袖・裾の白いファーの部分はホワイトミンク、という念の入れようである。
 その上、何故かスカートの下からは白のガーターベルトがちらちら覗き、白のハイソックスを止めている。その上、ブーツのヒールは高かった。ストレッチ素材らしく足の形が浮き出ている。ヒールが高い御陰で、美脚のラインが露わになり、実に麗しい。それで真面に歩けるアムロもアムロだろうが、何より、シャアのエロオヤジ具合が嫌になるほど伺える逸品だった。

 アムロが起きたときには既に、この一式以外のアムロの衣類が全て、家から消えていた。その上ご丁寧に、下着まで履き替えさせられていた。
 起きなかったアムロもアムロだが、昨夜は眠ると言うより気絶の延長だった為、全く記憶にない。
 着るものはこれしかないし、このままでは遅刻をしてしまうし、その上クリスマス会の準備で朝から忙しいのは分かっているので遅刻も許されない……。
 そんなわけで、仕方なくこれを纏ってここまで来てはみたものの、やはり今すぐにでも家に帰りたい衝動に駆られる。

「ふっ……ブライト。私の勝ちだな」
「何を言っている。ほら、アムロ、着替えてこい」
「あ、シャアさん、いたんですか。着替えちゃうんですかぁ? 勿体ない」
「では、私もそろそろ失礼させていただこうかな」
 シャアがくるりとドアの方に向かう。アムロは唇を噛んで、悔しげに睨んだ。仕方なく……本当に仕方なく、その背中に抱き付く。
「人の弱みにつけ込んで……ホントに別れていい?」
「君が私なしでいられるのならな」
「……むかつく」
 むかつきながらも、それ以上は返せない。結局、犬も食わないとはまさにこのことだった。

 その後、次々と職員達がやってきたが、誰もアムロの味方はいなかった。せいぜい、ガトーが苦々しい顔をしたくらいのもので、兄の不祥事には必ずアムロを庇ってくれるセイラでさえ、自分の欲望を最優先させた。

「安心したまえ、アムロ。サンタの助手には、きっと、それ相応の見返りがあるものだとは思わないか?」
「……あんたからなんて何もいらない」
「私一人がいれば十分だというのは分かるが、まあ、そう言わずに。サンタの助手……サンタ付きのメイド、というのもいいな……」
「……また変なこと考えてるだろ」
「いや、何も」
「……おいで、ハロ」
 ごろりん、とシャアの足下にライトグリーンの球体が転がってくる。
「アムロ、ヨンダ、ヨンダ?」
「な、何故ここにハロが……」
 さっとシャアの顔が青冷める。
「今年の、園児達へのプレゼントだもの。ハロはいい子だね。じゃあ、僕のお願い聞いて欲しいな」
「ハロ、アムロ、スキ。ハロ、アムロノ、ミカタ。ハロ、ナニスル?」
「ターゲットシャア。撃退プログラム起動」
「リョウカイ。プログラム、オールグリーン。ターゲット、シャア。ロックオン。キドウ、カイシ」
 ごろん、と転がったハロがシャア目掛けて加速していく。
「ま、待て!! アムロっ!!」
「園外に出れば止まるよ。暫く頭冷やしてこい。クリスマス会開始までにはプログラムも停止してるからね。戻ってこなかったら……夜は覚えてなよ」
「くっ……あ、アムロぉーーー!!」

 しかし、結局アムロは着替えることが出来なかった。
 クリスその他、アムロファンの職員達に睨まれたブライトが、ジャージを貸し出すことを断念したため、アムロには着替えがなかったのだ。ガトーも予備の置きジャージを持っていたが……言い出すこともできなかった。
 御陰で、今年のクリスマス会はとても地域密着型の……というより、無断で会に参加するご近所の人が絶えなかったとか何とか。
 まあ何にせよ、とても人気を博したとのことである。

 


作  蒼下 綸


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