再会の途中分岐



「随分ご執心だったじゃないか」

 琥珀色の飲み物で満たされたグラスを両手にし、アムロはクワトロに歩み寄った。
 その片方を手渡しながら、精一杯の嫌味を込めてそう言ってやる。

「何の事かな」
「コウに手なんて出したらガトー大佐が黙っていないと思うけど?」
「ははは、まさか。あんな子供に……私がそんな人間に見えるとでも?」
「見えるから言っているんじゃないか」
 色は同じだがクワトロに渡したものとは中身が違う。グラスに口を付けながらアムロはきつい視線でクワトロを睨んだ。アムロはそう、アルコールに強い質ではない。中身は烏龍茶だ。

「コウは充分可愛いしね。俺も怒るかもよ」
「十分腹を立てている様に見えるのは気の所為だろうか」
「さあね」
 クワトロはクワトロで、グラスの中身を飲み干す。こちらは当然アルコールである。
 側のテーブルに空のグラスを置き、アムロの腰を抱き寄せる。
 と、間髪入れず頬に拳が埋まった。
「痛いな、アムロ」
「人前でそんな事をするなって、何度言えば分かるんだ!」

「人前でなければ良いのだろう?」
 言うなりアムロのグラスを取り上げて自分のグラスの隣に置き、細い腰を両腕で抱き上げてしまう。
「離せっ!」
 闇雲に暴れるアムロの膝がクワトロの腹に直撃する。思わず蹲(うずくま)りかけたところを逃れた。

「機嫌を直して貰おうと思ったのだがな」
「……貴方のそういうところが一番嫌いなんだよ」
「酒の所為だ」
「じゃあ、いつも酔っているんだ、貴方」
「酷いな。それでは別室へ行こうか。……さすがにここで、君のいい顔を余人に見せてやるつもりもないのでね」
 耳元で低く囁かれ、アムロの背筋を悪寒に似た震えが駆け上って行く。
 全く持って不本意だが、その声の所為で身体から力みが抜ける。
 何とかクワトロを睨んだが、微笑み返されてしまった。声に反応した事を悟られてしまっている。
 それが尚更悔しくて、アムロはクワトロから視線を反らせた。
「その顔だよ。……行くぞ」
 囁きのついでに耳朶を軽く噛む。震えた身体に苦笑を返しつつ、軽く腰を抱いて部屋を出た。

「貴方ってほんとに節操ないよね」
「何を言う。こんなに触れたくなるのは君だけだ」
「それ、一体何人の人に言って来た?」
「信用無いな」
 クワトロはやれやれと首を振った。

 ガトーの歓迎会から、二人してクワトロの部屋へ下がったのはつい先程の事だ。
 目の前には、浅いグラスに満たされた綺麗な色の酒がある。
 クワトロの部屋には質の良い洋酒が何種類も取り揃えてある。料理はさして出来ないが、クワトロはカクテル作りが得意だった。適当にナッツを添えて、二人分テーブルに並べる。
 二人は向かい合ってそのテーブルに付いていた。
 口当たりが良いのでアムロでも何とか飲める。しかし、それはクワトロの配慮ではなく「画策」だった。

「飲み給え。君はこれが好きだったろう」
 前に幾度か調合し、アムロの好みを確かめてある。
 透き通る赤色。そこから底に向けて白くグラデーションになっており、チェリーが一つ沈んでいる。これはクワトロのオリジナルだった。
 少しあざといカラーリングではあるが、アムロは気付いていなかった。

 チェリーの茎を摘み、口に含む。クワトロはその様をじっと見詰めていた。
「何だよ。落ち着かないな」
 口の中で種を転がしながら訪ねる。
「いや……艶めかしいなと思ってな」
 そう言った途端に力任せの拳が狙ってきたが、クワトロは辛うじて避けた。
「ここには他に誰もいないぞ。照れる必要はない」
「……う〜〜…………」
 茎を噛んでクワトロを睨む。
 クワトロは苦笑し、アムロに顔を近づけた。
 唇からはみ出している茎の端を噛み、引っ張る。

「……貴方だったら結べるかな」
「何を?」
「その茎。言うだろ、結べる人はキスが上手いって」
「ふむ……試してみるか」
 アムロの唇から茎を引き取り、口に含む。

 暫くクワトロが口をもごもごとさせている間、アムロはちびちびとグラスを舐めていた。
 そんな珍妙な事をしていても何故かやっぱりいい男だと思えるのが悔しくて、気を逸らそうとグラスを煽る。
 途端に酷く咳き込んだ。口当たりと甘い味わいの割に度数は高い。かっと顔が熱くなり、呼吸が上がった。
「無茶をするな」
 まだ口の中で挑戦しながら、クワトロはミニバーからミネラルウォーターを取り出し、アムロに投げて寄越した。
 受け取って直ぐ、半分程飲み干してアムロはほっと息を吐いた。
「大丈夫か」
「ああ……」
 手の甲で口を拭い、苦笑をクワトロに向ける。
「できたぞ」
「どれ?」
 口元を一瞬手で覆い、クワトロは掌に結んだ茎を出して見せた。
 ……それは片結びになっていた。

「……うわ…………貴方らしいけど……」
「どうだ?」
 得意げなクワトロを呆れた視線で眺める。
「普通はここまで出来ないよ」
「私だからな」
「あー、はいはい。ま、貴方がそういう事だけは上手だって分かってる……って、この手、何?」
 茎をテーブルの上に捨て、手をアムロの頬へと伸ばす。手の甲を当てると、酔いが回ったそこはひどく火照っていた。
「熱いな」
「うん……シャアの手、冷たい……」
 涼を求めて……それ以外のどんな意味も含まずアムロはクワトロの手に擦り寄った。三十路直前とは思えない程滑らかな感触が伝わる。

 その様は、ものの見事にクワトロの理性を直撃した。
 テーブル越しに身を乗り出し、両手でアムロの頬を包み込む。
「私のキスがどれ程のものか……君の身を持って体験してみるのも悪くはなかろう?」
「そんな、いつもしてっ…………んぅ……」
 合わせた唇も、その中も、普段よりずっと熱を孕んでいる。恐らく酒の所為だけではない筈の甘みがクワトロの口へと移る。
 飴でも溶かすかの様にアムロの舌を絡め、舐め取る。
 アムロの手が、頬に触れるクワトロの手を掴み引き離そうと藻掻いたが、そんな抵抗もすぐに出来なくなった。
 アムロは既に知っていた。
 クワトロに抗おうとするのは愚かな行為だ。今なら酒が免罪符ともなり得る。
 確かにキスは上手いな、と思いながら、クワトロに全てを任せる。先程の酒の所為で、頭が今ひとつ働かない。
 クワトロの手が耳朶や首筋へと触れる。首の付け根をまさぐられると、直接的な性感が腰へと堕ちる。
「ん……ぁは……やっ…………」
「ベッドへ行こうか、アムロ」
 唇を離し、耳を軽く噛みながら囁く。アムロの弱い所など知り尽くしている。感じて身を震わせる様を、クワトロは目を細めて見詰めた。
 立ち上がり、支える様にしてアムロをベッドへ運ぶ。ベッドは他の部屋と違いセミダブルである。クワトロが無理を言って特別に用意させたものだった。それでも成人男性二人を乗せるには少々狭い。しかし、さすがに戦艦にこれ以上のものを入れるスペースはなかった。
 アムロは嫌々をする様に首を振った。意味などない。ただ、無性にクワトロを否定したかった。
 アムロの上に覆い被さるようにしてクワトロがベッドに乗ると、微かにスプリングが悲鳴を上げる。
「貴方ってさぁ……」
「ん?」
「……ほんと、手慣れてるよね」
「君だって、今や慣れたものではないか」
「……誰の所為か、分かって言ってる?」
「そう言うな。私としては嬉しい限りだが」
 細い首筋に顔を埋め、そろりと舌先で舐め上げる。華奢な頤が跳ねるのを、クワトロは目を細めて眺めた。
「カクテル飲ませたのもそう言う事だろ?」
「君を持て成したかっただけだ…………足を開いて」
 クワトロの手がゆっくりとアムロの膝を割る。その間に自分の膝を置き、身体が密着する。
「っあ……」
 互いの雄が擦れ合い、アムロは浅く声を洩らした。
「可愛いぞ、アムロ……」
「…………………………馬鹿」

 翌日敵からの襲来がなかったのは幸いだったろう。
 アムロは昼過ぎまで、ベッドから起き出す事ができなかった。


作  蒼下 綸