「………………狭い」
「我慢しろ。仕方がないだろう。場所がない」
「ガトーの部屋の方が広いだろ、ベッド」
「移動の間が惜しい」
「っ、んんっ……手、熱いよ」
 背や脇腹を撫でてくる手に身体が震え、コウは身を捩る。
 服は、既に簡単に脱がされていた。

 何をされるのか……もう、全く分からないわけではない。
 ただ、ひどく恥ずかしい。肌に触れられるのも、触れられる度に熱が蟠っていく股間を見られるのも。
 顔を見られるのが一番厭で、思い切りガトーに抱き付く。
 押しつけてしまえば、表情は見えないだろう。
 しかし、最早どんな行動を取ろうが、ガトーを煽ることにしかならなかった。

 その目で見れば、恥ずかしげに顔を伏せ額を胸に押しつけてくる様など、壮絶に、凶悪に、愛らしい以外の何ものでもない。
 後頭部を掴み、無理に引き離す。
 羞恥に真っ赤に染まり、何処か潤んだ目で睨まれると本当に堪らなかった。
 噛みつく様に唇を合わせる。
 折角一世一代の告白をしたのだから甘く、優しくしてやりたいと思いはするが、それと同じ程、この何処か情けない顔をもっと泣かせ、歪ませてみたい。そんな気もする。
 泣きながらでも、苦しみながらでも絶対に屈しない、否、だからこそより強い光を放つ瞳の輝きが好ましいのだ。

「んっ、んぅ……ぅ……」
 激しすぎる口付けに、コウはガトーの背に爪を立てる。しかしまだ服を着込んでいるガトーには何のダメージもない。
 ただ服を掴む。その仕草さえ、ガトーを誘った。
 足で膝を割り、コウの中心を煽り始める。
「ふ、っん……ん……っ」
 喘ぐ声も全て飲み込まれていく。抗議をしようと睨もうとすると銀色をした睫がひどく近く、居たたまれなくなって思わずぎゅっと目を瞑った。
 反則だ。
 銀の縁取りをされた菫色の瞳は、どうしようもなく綺麗だった。
 これ程近いとその瞳に映っているのが自分しかいないことは分かる。
 見詰めないで欲しい。乱れる自分を見られるのは、堪らなく恥ずかしい。
 抗議のつもりで背を叩く。だが勿論、ガトーが動じる筈もなかった。

「っは……はぁ……っ……」
 溢れた唾液が口の端を伝う。
 やっとの思いでひとまずの解放を受け、コウは慌てて空気を貪った。
「訓練が足りんな。これしきのことで息切れなど」
「だ、っ……だって……」
 額を通り越し、ガトーの胸へと頭頂部をぐりぐりと押しつける。
 耳まで赤い。
 熟れた様な色合いに堪らず、身を屈めて耳朶を噛んだ。
「ひゃっ! あ、っぁ」
 敏感な箇所へ触れられ、コウの身体は飛び跳ねた。
 弾みで上げられた顔をがっちりと固定して、ガトーはコウと顔を合わせる。
 黒い瞳が彷徨い、目線は合わせられない。
「私の目を見ろ」
「や……厭だ……っ」
「何故だ」
「……恥ずかしいよ! こんなの!!」
「何を恥ずかしく思っている」
「何、って…………分からないけど、でも」
「また……騒ぐだけ騒いで終わりにするつもりであっても、今日こそは許さんぞ」
 お預けが続き過ぎている。ガトーは低く唸った。
 堅固な筈の理性も、後一押しで決壊してしまいそうな程に煮詰まっている。
「何だよ、それ……っ……」
「逃しはしないと言うことだ」
「あ、ぁっ!」
 音がする程に勢いよく額を合わせて顔を固定してしまうと、コウの芯を包み取る。腰が跳ねた。
「ぃ……厭だ、離せ……っ!」
「完遂させて貰う。否やは言わせん」
「え、っ……く、ふぁっ!!」
 筋張った指先が先端を強く擦る。腰が浮き、その事でよりガトーの手に押しつけることになるが、他にどの様に動けばいいのかも分からなかった。
「あ……っぁあ……」
 分からないながら、腰がもぞもぞと動く。いっそ荒々しく擦り続けてくれれば普段の手淫の様に呆気ない終焉を迎えることだって出来るだろうに、緩急を付けて嬲られてはそれすら許されなかった。

「うー……っ……」
「唸るな。情緒のない」
「なっ……ぁ……情緒って……なん……何……」
 くちくちと音がする程に滴り始めているのが分かる。
 行為にも音にも堪え難く、コウはひたすらに目を瞑って時が過ぎ去るのを待った。
 だが、ガトーはいっこうに止めてくれる気配がない。
 達しそうになるとはぐらかされ、波が引きかけると再び煽られる。その繰り返しに、コウは次第に引き摺られ始める。
「あ、っ……や……もぉ……ガトー……っ」
「まだだ。覚えているか、先のことを」
「ぇ……? あ! っ、く……や……」
 十分に濡れた手が陰嚢を撫で、その更に奥へと進む。
「覚えているな?」
 強く首を横に振って応える。
 思い出したくない。刺激の強すぎることだ。
「では……ゆっくりと思い出させてやろう」
 拒む仕草すら愛らしいとしか思えない。
 ガトーは低い笑い声をコウの耳殻へと注ぎ込んだ。
「あ、ふ……ぁあ!」
 声音にすら達しかけたそこを強く掴まれ、時を逸す。
「や……ゃだ……ぁっ」
「大人しくしろ」
「……出来ない……も、ぃや……だっ……」
「これからだろうが!」
「ふ、っく……っ!」
 滑りを伴った太い指が、慎ましやかな蕾を抉った。

「う……っ……くぅ……」
 気持ちが悪い。
 痛みより先にそれが立って、コウは顔を歪める。
「っ……あ、ぁ……っ」
 ガトーの背を一層掴む。最も敏感な場所を抑えられているのが堪えられず、手が入り込まないように足の付け根をガトーの腹へと押しつけた。
「ふ、っあ!」
 軍服の布地は硬い。強く擦られて泣き声に似た音が口から洩れる。
「下手に動くな。お前は私に任せていればいい」
「だっ……て…………」
「……ここは覚えているようだな。私の指を」
「……い、言うなっ!」
 ぬくぬくと指を抜き差しされ、コウは厭がって頭を振った。腸を押し上げられる様な感覚が気持ち悪い。
 慣れないそこは、まだ快感を得るには程遠かった。
「ぅ……う、っ……」
「歯を食い縛るな。力を入れてはお前が大変だろうに」
 諭しても聞く耳など持てない。ガトーの厚い胸板に顔を埋める様にしてひたすら全身を強張らせる。
 指を食んだ襞をまざまざと感じ、益々コウは身動きが取れなくなった。
「ふ、っ……ぅく……」
「……仕方のない奴だ。好きにしているがいい。もう……手控えはせんぞ」
「く、っあ!」
 内側を弄られ厭でも声が上がる。無理に指の本数が増やされ、一層の圧迫感に喘いだ。
「ぃあ、っあぁ……っ……く……」
 濡れた音が堪え難い。
 逃れる様に腰を動かしてみたものの、ガトーの昂ぶりに気付いてしまいそれ以上動けなくなってしまう。
 耳まで染まる様は、本当に愛らしかった。
「ひっ、ゃ……っ」
 思わずその熟れた耳を口に含む。竦んだ身体に合わせて収縮した襞がガトーの指が強く引き込む。
 前を弄うことを諦めた手で優しく腰を撫でる。その程度の刺激にさえ、コウは堪え難いと身体を震わせた。
「ガト……ぉ……」
「泣くな。一層……荒々しくしたくなる」
「何で? 愛してるって……言ってくれたのに」
「男にはそういうこともある」
「俺……ないよ?」
「それは……」
 コウが純粋ないい子だからだ。とも体面上言えない。
「お前がまだ大人ではないからだ」
「何だよ、それっ! っく!!」
「未熟者め」
「っ、あ、んぁっ……」
 ゆるりと中を撫でた指が前立腺を掠める。切れ切れに上がる声に漸く艶が含まれた。

「未だいくなよ」
「や、っあ、ぁ、耳っ……いゃ……やだ……」
 堪えられない。情欲に濡れたガトーの声は、本当にただそれだけで凶器にも似る。
「…………弱い様だな、ここが」
「ふぁ、っん、ぁ、ああっ!」
 舌先が耳穴を抉る。
 強く背が撓い、コウは陥落した。
 白濁した液体が肉茎の先端から解き放たれる。
「あ、っ……ぁぅ……」
 僅かな痙攣の後弛緩した身体を、ガトーはゆっくりとベッドへ寝かせ直した。
「ふ……ぅっ……」
 指を引き抜き、代わりに足を持ち上げるや自分の肩へと担ぎ上げ、コウの身体を二つに畳む。
 性急に着ていたスラックスの前を寛げた。
 コウの痴態に十分に熱り立ったものを取り出す。
 頬に手を置くと、虚ろで不安げな瞳が見上げてくる。情けない表情だとは思ったが、それ以上に愛おしい。
「傷つきたくなければ、力を抜いていろ」
「…………本当に……するの?」
「ここまで来て引き下がれるものか。お前も男だというなら……分かるだろう」
 覆い被さると、先まで指を含んでいた部分に熱い昂ぶりを感じる。コウは思わず身を竦めた。
 大きさはまだ記憶に新しい。あんなものが入るとは、到底信じられなかった。
「う…………っぅ……」
「コウ……」
 窘める響きを持った声は何処か甘く、苦い。
 コウは怯えの滲む目でガトーを見たが、同じ程不安げに見詰め返され戸惑う。
 男として、昂ぶっている時にどうしたいかはよく分かる。
「…………ガトー……」
「傷つけるつもりはない。だが」
「っ…………分かっ……た……。俺も、男だから……」
 居たたまれずガトーに手を伸ばす。しっかりと抱き寄せ、目を瞑った。
「いい、よ…………ガトー」
「ああ…………」
 僅かに浮いた背をゆっくり撫でる。
 それに合わせて力を抜く努力をする様がいっそ涙ぐましい。
 微かに濡れた目尻に唇を寄せ、ガトーは漸く動いた。

「くっ、あ、っぁあああああ!!」
 めりめりと肉の裂ける音を聞いた気がして、目の前が紅く染まる。
 上がる悲鳴を抑えることも出来なかった。
「あ、っくぅ、あぁ」
「……くっ…………」
 途中で止めるわけにも行かず、一気に根本までを埋める。
「はっ……ぁ……は……っ」
 脂汗の浮いた額に髪が張り付いている。それを半ば乱暴に掌で拭ってやるとコウは涙をいっぱいに湛えた目を開いた。
「息を吐け。出来るな?」
「ん……っん……ぅ……」
 促されて強張っていた口を開けるが、漏れ出でる息は弱々しく震える。
 乾き始めていた唇に口付けると、直ぐさま縋り付いてきた。
 首の付け根を窘める様に撫でると、ますます擦り寄ってくる。
「……ガ……とぉ…………痛い……おおき……よ……」
「……少し力を抜くことは出来んか」
 無理だと応える代わりに首を振る。
「……無理はしなくていい。だが、私の動きに逆らうな。傷つきたくないだろう?」
「う……うん……」
 ガトーとしても欲望を肉の洞が包む感覚は久々で、初々しい蕾など一瞬で手折ってしまいたくなる。限界は近い。
 謹厳実直な性格が壁とならなければ、コウを組み伏せ、乱暴に自分の欲望だけを果たしてしまえる。その誘惑に必死で抗い、額を合わせる。
「動くぞ。いいな」
「っ……」
 顔が強張る。
 目一杯に押し開かれ、これ以上僅かに動かれることにすら恐怖心が浮かぶ。
 ガトーは浮かせたコウの腰をそっと撫で擦り、落ち着く様に促した。
「ぅ……ふっ……く……」
「このままでは終わらんぞ。覚悟を決めろ。ここまで来て……私ももう無理だ」
「う……うぅ……わかっ……分かってる……」

 熱い。
 痛みとガトーの熱とで、下肢が焼け付いてしまいそうだ。
 だが、この熱から解放される為の手段は、もうコウにも分かっている。
 答えには迷わない。

「大丈夫…………だと……思う……」
「ああ。…………優しくしたい」
「もう……十分優しいよ、ガトー」
「っ!……ふっ……」
 泣き笑いの様に顔が歪む。その顔はすぐに近付き、視界いっぱいが埋め尽くされた。
 押しつけられた唇に、コウが覚悟を決めていることを悟る。
「ん、っ」
 誘う様に微かに足が絡んでくる。
 逆らわずにガトーは抽送を始めた。
 コウの悲鳴を流し込まれる唇は、苦く、甘い味がしていた。


 身体の芯が酷く軋む。
 それでも何とか身体を動かそうとすると、腹や腰回り、大腿の辺りがぱりぱりと張り付いた何かが引き攣る様な感覚を齎す。
 涸れきった喉をどうにかしたくて隣で休む男を見ると、もう何度目か分からない口付けを送られる。流し込まれる唾液を飲み込んで、コウはぐずる様に顔を擦り寄せた。
 到底気持ちのいい行為だとは言えず、ただひたすらの圧迫感と痛みに圧倒されただけではあった。それでも、ガトーが望み、ガトーが齎したものだと思うと、その痛みですら何処か優しく思える。

「…………ガトー。よかった?」
「……………………ああ」
「そか…………」
 疲れはしたが体力にだけは自信がある。言葉少ないながらガトーの返事に満足して、にっこりと笑った。
 緩慢に寝返りを打ち、ガトーの胸板の上へと頭を乗せる。
 とくとくと聞こえる音が心地いい。
「これ……慣れたらもう少し苦しくないもの?」
「その筈だ」
「そう。……じゃあ、またしような」
「……構わないのか?」
「いいよ。ガトーがそうしたいなら」
 口を開くと振動が伝わる。ガトーの声は低いからか一層響く。そんな些細なことすら嬉しくて、コウは目を閉じた。
「もうちょっと、こうしてていい?」
「……ああ」
「戦闘配備になるまで」
「ああ」

 伝わる心音も体温も心地いい。コウは暫くそれを感じていたが、そのうちに呼吸が一定のリズムを刻み始める。
 ガトーはそのままコウを下ろすことなく、ブランケットを引き上げて汗に濡れた二人の身体を包んだ。


作  蒼下 綸

戻る