「貴方まで来るとはな」
『カミーユならいいのか』
「何故直ぐにあの二人を止めなかった!」
 フォウとカミーユが再び会ってしまった。
 この男になら、止める術はあった筈だ。それだというのに。
 どちらかが死んでしまう。自分達は、それをまた見届けなくてはならなくなる。
 自分はある程度吹っ切った。しかし、この、派手な機体に乗った男にはそれこそ、堪えられもしないことだろう。
 失う辛さを誰よりも知っている筈なのに。
 堪えられない。もう一度、この男の痛みや苦しみを突き付けられるのは。

 戦場は膠着状態にあった。
 指揮権はクワトロに委譲され、その一言を待つだけだというのに、その思い切りが足りない。
 この場に於ける上層部が集められた会議も、ただ状況の再認識とクワトロの号令を待つ結果に終わる。
 アムロは苛立ちを隠せなかった。
 結局は進展もないまま一時解散となり、テントにはクワトロとアムロだけが残される。

「何時まで貴方はこうしているつもりなんだ!」
 外は風が強い。吹雪いて、テントが轟いている。アムロの声の迫力も、半分程が掻き消されてしまう。
 机に強く手を付き、対するクワトロを睨む。
 この男が何を躊躇っているのか大体分かる。しかし、このまま時間が過ぎて解決するものではない。むしろ、悪化の一途を辿るばかりだ。
 久しぶりに会ったカミーユは、また綺麗でいい子になっていた。素直で、穏やかそうな。それがアムロを益々不安にさせている。
 いろいろあって大人になったのだろうと思いたいが、何処か不安定な影がちらつく。自分の感覚を過信するではないが、目の前のこの男よりは余程マシの筈だ。
「……少し、時間が欲しい」
「何を躊躇っている。このままでは機を逃す」
「ああ。それは、承知している」
 顔を上げもしない。それに苛立って、長めの髪を引っ掴み、顔を引き上げさせた。
「っ」
 ほんの少しだけ後悔する。この男の、これ程に迷い、悩み、傷ついている表情など見たくもない。美しい顔が今にも崩れていきそうな程儚かった。
 机に叩き付けてやろうかと思ったが、ぎりぎりの所で踏み止まる。かつての憧れに余りにも似た顔立ちは、これ以上傷つけるには惜しい。
 ただ、額に指先を這わせる。
 アムロの腕に残るより深く刻まれて、これ以上薄らぎそうにはない。それはそうだろう。もう、七年も前の傷なのだから。
「迷うなら、あの二人を止める手段を考えろ」
「分かっている」
「分かってないだろ!? 分かってるなら何でもっと早く止めなかった。貴方の理想を子供に押しつけるな!」
「私の理想……だと?」
「そうだ。貴方がララァと辿り着けなかった所へ、あの二人なら行けるとでも思っているんだろう!? だけど、あのままでは……カミーユは壊れる」
 貴方に引き摺られて、壊れてしまう。
 しかし、その言葉は飲み込んだ。今のこの男には言えない。
「…………フォウは……強化人間だ。ララァとは、違う」
「それが分かっているなら!」
 分かっていてもその違いをよく理解は出来ていないのだ。
 危険がないなら、この男は人工的にNTを作り出すことも厭わないだろう。NTに夢を見すぎているから。出来ることなら、人類全てがNTになればいいと思っているのだから。
 アムロにはそれを認めることなど出来る筈もない。クワトロには分からないかも知れないが、戦闘中のフォウが放つ思惟は重く、暗く、痛い。

 髪から手を離す。セイラも、触れたならこれ程柔らかく優しい手触りだったのだろうか。
 手に残るその感触が厭だった。いっそのこと、その色合いのごとく硝子の様に壊れてしまえばいい。こんな男。
「貴方の仕事だ。俺が言っても、カミーユを説得は出来ない」
「ああ…………」
「あんな子供を好きに扱った、その責任くらいは取れ。シャア」
「……その名で呼んで欲しくないな……」
「何時まで逃げ続けるつもりだ」
「君が……宇宙に来てくれるまで……私は、クワトロ・バジーナだ」
「俺は絶対にそんな名前で呼ばない。貴方は、シャアだ」
 軽く指先で前髪を払い整えると、クワトロはそっとアムロへ手を伸ばした。
 しかし、ぎりぎりの所で逃げられてしまう。悔しげに溜息を吐いた。
「……私は、違うよ。シャア・アズナブルではない」
「じゃあ、エドワウ・マス? それとも、」
「クワトロ・バジーナだ」
「いい加減にしろ!」
「君も、私に何かを求めるというのか!!」
 声を荒げられ、弾かれた様にクワトロを見詰める。
 怒鳴ってしまった後悔が直ぐさま瞳と口元に滲んでいた。
「貴方って人は………………よく分かった。どうしようもない馬鹿だってことは。だけど、それとこれとは話が違う。カミーユのことだけは、貴方が責任を取らなくちゃいけないんだ。夢の代償は大きいものだよ。それが分からない貴方ではない筈だ。……フォウのことは、止めきれなかった俺にも責任はある。だが……」
「ああ…………承知している」
 自分一人ですらララァを持て余しているのに、カミーユとフォウまで背負えと言うのは酷なことだ。それは、自分も同じ。
 アムロはもう一度、クワトロの額の傷を指で辿る。
「…………感情まで、貴方一人で背負えとは言わない」
「君が共に堕ちてくれるなら、私は、」
 指が唇に触れた。
「少なくとも、今のこの状態に蹴りを付けてから、話そう」
「…………ああ……」

 時は止められなかった。
 少女の命は儚く散り、それを受け止めた少年の慟哭がクワトロとアムロを切り裂いた。

 同じ事が繰り返されてしまった。
 戦場に、無理に少女を引き出した結果は七年の時を経ても変わりのないのない悲劇に終わる。
 それでも、何処かカミーユは冷静だった。
 大人達は七年間もその想いを引き摺ったまま、未だに燻り続けているというのに。
 だがそれが、カミーユにとって望ましいことなのかどうかは、また別の話だった。
 シャア・アズナブルに戻れ、クワトロにそう告げた声音は痛々しくも儚い。
 天候と戦闘条件との理由で爆発の治まった頂き近くへ寄り一泊することになる。フォウの遺体をそのまま山へ埋めてもカミーユはその場から離れようとはしなかった。
 怒りより、虚脱なのだろう。全ての感情が抜け落ちてしまった様な表情は儚くも美しい。
 ララァを失った直後には、クワトロもこんな顔をしていたのだろうと思うと、余計にやるせなかった。

 それでも、まだ自分達はマシなのだろうと思う。
 感情を分け合える相手が居る。齟齬があるにせよ、失った苦しみだけは少なくとも分かち、軽減されている筈だ。だが、カミーユにはそんなものさえない。
 山全体を包み込む様な悲しみが、アムロにも重く圧し掛かっていた。
 こんな時までクワトロと共にいるのは厭で、アムロは別のテントに入っていた。カラバも物資が潤沢という程ではない。テント回収のついででもあったし、自然全員が狭い空間により集まることになるアウドムラが厭だったこともある。
 温めてバターを落としたラム酒を口にしながら、カミーユの心を感じる。
 カミーユもまた、アウドムラを降りていた。この山に出来るだけ近い所で、悼みたいのだろう。心を許した少女の為に。
 ストーブで入る前のシュラフを温めながら、アムロも少女の死を悼む。
 アムロには微かにすれ違っただけの少女でも、カミーユには大きな存在なのだ。それがたった数時間の出会いであったとしても。
 自分とララァだとてそうだった。
 顔を見た、話をした、その瞬間はどれだけ掻き集めても十数分に過ぎない。ただ、瞬間の、しかし永遠に繋がる交わりが自分の全てを決定してしまったのだ。
 同じ過ちが繰り返される。
 シャアがカミーユを見出してしまったばかりに。
 自分もシャアも止められなかったばかりに。
 苦しむのは、自分とシャア、二人だけで良かった筈なのだ。それが。
 NTの人体実験を受ける前に命を絶ってしまえばここまでならなかったのかも知れない。自分の可能性などというものに、まだ希望を見出してしまっていた頃のデータがなければ、少なくともこの機に少女達が凄惨な目に遭うことはなかったかも知れない。
「…………くそっ……」
 後悔は先に立たない。分かっていても、目の当たりにしてしまうと未だ割り切れない感情が身を引き裂く様だった。

 吹雪は強くなるばかりで、外の音が余計に重苦しい。大気を裂く轟音は、そのままカミーユを表していた。
 心配にもなる。理論が先に立つタイプではあっても、斜めに真っ直ぐで素直な少年だ。真正面から心を許した少女の死を受け止めては壊れてしまう。それを支えてやれるのは、ずっと一緒にいてやれるわけではない自分ではなく、クワトロの筈だった。
 だが、クワトロも今は役に立たない。目の当たりにした光景に全てを重ねて苦しんでいる。
 本当に愚かなまでに純粋で優しい男だ。それが今は無駄でしかない。
 優しいことと軟弱なことの区別を分かっている筈なのに、今はそう割り切るだけの強さすら持てないのだ。
 カップの中を飲み干して、シュラフに潜り込もうとする。
 内側から温めてくれる酒が今は有り難かった。
「……ぁ…………」
 横になろうとしたその時、ふと頭の片隅がぶれる様な感覚がした。
 カミーユの嘆きが動いている。
 何をしようとしているのかに気付き、眉を顰めて片足を突っ込んでいたシュラフをストーブの前へ戻した。
 コートを羽織り、トーチを取ってテントを出る。

「っあ、」
 背の高い男と出くわす。
「夜に出歩くのは感心しないな」
「貴方もだろ」
「君はテントに入っていろ。身体を冷やすと良くない」
「だから、それは貴方もだろ?」
 先に立ってカミーユの気配を辿り歩く。行き先は想像が付いていた。

 やはり、アムロ達が危惧した通り、カミーユはフォウを埋めた場所へ来ていた。地面に膝を付き、賢明に雪を掘り返している。
 一心不乱の様子は、痛々しくまた狂気に晒されている様でもあった。
「何をしてる!」
 どうしても強い言い方になってしまう。
 弾かれた様に振り向いた。トーチの明かりを当てた顔には生気がなく虚ろだった。
「……カミーユ……!」
「あ………………アムロさん………………」
 寒さにか顔が強張っているのが分かる。
「……君が出て行くのが分かったから…………」
「…………もう一度だけ、顔を見たかったんです」
「一度じゃ済まなくなる」
「花の一つも手向けてあげられないんですよ!」
「……遺体があるだけ、マシだと思え……そのままじゃ凍傷を起こす。カミーユ、戻るんだ」
 クワトロにトーチを押しつけて、アムロはカミーユに近寄った。腕を取り、立ち上がらせようと強く腕を引く。
 しかし、直ぐにそれは振り払われた。
「マシって何なんです! 何で、フォウが死ななくちゃいけなかったんですか!」
 カミーユの声音がアムロを切り刻もうとする。
 身が竦んだ。この叫びは、かつての自分のものだ。
 目眩がする様で軽く頭を振る。答えをカミーユに渡してやれるなら、今自分達はこんな風にはなっていない。
「……今は、連れて帰れない。戦いが終わったら迎えに来てやれ。…………抱き締められる身体があるだけ、いいんだよ。宇宙の藻屑になっていたら、抱き締められさえしなかった」
 フォウを連れて却ってやれないことは申し訳なく思う。しかし、その一点に置いてだけは、カミーユを羨ましくも思った。
 抱き締められる身体があるのはいい。
 自分は、ララァに触れたことすらないのだ。
 カミーユは再びアムロに背を向けて雪を掻き始めた。
 濃紺のパイロットスーツが見え始める。カミーユの身体に隠れていたが、もう顔を見える様になっているのだろう。
「…………カミーユ…………」
 それ以上は何も言えなくなって、アムロは口を引き結んだ。その肩を、クワトロが包み込む様に抱く。
 伝わる温もりが厭わしい。しかし、振り払うことも出来なかった。
「……風邪を引く前には戻れ。カミーユ」
 取り敢えず気を使う言葉をかけた男を、カミーユはそれだけで相手を射殺せそうな程強い視線で睨み付ける。
 ぎりぎりと弓を引き絞る様な緊張感が高まっていく。
 アムロは堪えられず、頭を抱える様にして身を竦めた。
「分かってます! 僕はまだ倒れるわけにはいかない!」
 カミーユの悲鳴が耳だけではなく心まで引き裂く様で、大人二人はただ立ち尽くす。
 本当に、堪えられない。アムロは後ろの男の胸に顔を押しつけた。
 震える肩を強く抱かれると微かな落ち着きを覚える。しかし、これ以上は無理だった。
「…………もう夜も遅い。気をつけるんだよ」
「分かってます。二人にして下さい」
 雪の中から少女を抱き起こす。
 クワトロはアムロを半ば抱き抱える様にして促した。
「……行こう、アムロ」
「ああ…………」

「っ、ぅ……」
 口の中に血の香りが広がる。噛み合う様な口付けは痛みしか齎さない。
 ストーブの炎に照らされ、揺らめく影が大になり小になりテントへと映し出されている。
 大きめの長椅子の上へシュラフのファスナーを開けて広げた、その上へアムロは呆気なく組み伏せられる。抵抗する気もなかった。今はただ、心の痛みを紛らせるだけの苦痛と感覚が欲しい。
「んっ……」
 適当に下履きだけを抜き取られ、寒さに震える身体に押しつけられた男の昂ぶりは痛い程だった。
「あ、っん……っ……」
「……私に、もう一度見せてくれ……」
「な……に……?」
「君の海を見せてくれ。……溺れて、死ねるものなら……っ……」
 まだ貫かれてもいないのに全身が悲鳴を上げている。
 アムロは腕を絡め、クワトロの唇を更に奪う。
 聞きたくない。ただ、全てを消し去る程の熱が欲しいだけだ。
 柔らかな手触りの髪に触れ、強く頭を引き寄せた。
「んっん……ぅ……」
 クワトロの口内も微かに酒の香りがする。アムロと同じく、少し飲んでいたのだろう。
「……意外だな。君から……私に口付けてくれるとは」
「そのうるさい口を塞ぎたいんだよ」
「減らず口よりは、艶めいた声を聞かせて欲しいな」
「…………好きにしろよ」
「……君らしくもない」
「それを言うなら、貴方だって…………」
「……そうだな」
「っ、ふ……」
 掌がざらりと内腿を撫でる。冷えた肌に熱が強く残った。背筋が震える。
 アムロの腕を外し、クワトロは身を屈めた。
「ぅ、あぁっ」
 晒された部分へ躊躇いなく口付ける。
 茎に唇を押し当てながら、性急にその更に奥へと向かう。
「ふ、ぅぁ……」
 唾液を溜めた舌先で蕾を抉られ、腰が引き攣る。指に比べて随分と優しく受け入れやすい。頼りになるものがなく不安になって、クワトロの頭へと手を伸ばした。髪を掴むが舌先が蠢く度に力が入らず、指先はそこを掻き混ぜる様に動く。
「あっ、あ……っ……」
 荒々しくはなく、むしろ縋り付く様だった。お互いに、その様にしか動けない。
 クワトロがそう言う形で求めてくるなら、対応した形で答えるだけ。二人で分かたなければ、堪えきれる感情ではなかった。
 こんな時ばかりは、人より数段に鋭い感覚が徒になる。

「ゃ、っ……も、もぅ……っ」
 繰り返し舌で解され、女の様に股間を濡らしている感覚が堪え難い。
 もう十分に熱を含ませられている。求めるならその先の刺激が欲しい。
 こんな風にじっくりと丁寧な愛撫を受けたことがない身体は、慣れない域の刺激に瓦解しかけている。
「ああ…………」
 熱く息を吐き出し、クワトロも漸く自分のスラックスの前を寛げる。
 もう随分昂じていた自身を取り出し、押し当てるや一息に貫く。
「あ、っっあぁああっ」
 やっとの思いで与えられた灼熱に、アムロの背が強く撓う。
 どちらからともなく絡めた指から互いの感覚が入り交じった。

 広がるのは美しい海。
 宇宙。
 煌めく景色がクワトロを包み込んでいく。アムロにはそれが不満だった。

 アムロを包むものはない。ただ、物理的な熱があるだけだ。
 たったそれだけのことでしかなくても、多大な後悔とそれを慰め合うだけの身体の繋がりが、今はただ大切なのだ。熱は、少なくとも心を煽って紛らせてくれた。
 馬鹿げた繋がりだ。こんなもの。そうは思っても手を離すことなど出来ない。
 ただ、身を切り刻む様な悲しみと痛みが僅かにでも緩和されていくのは確かだった。

 ぐったりとクワトロの腕の中にしなだれかかりながら、アムロは緩慢に男の顔を見る。まだ、身体の奥は繋がれていた。
 透明な瞳に見詰め返され、眉を顰める。
 男の激情を許せる気になっている自分が理解できない。
「…………戻るしか、ないのだろうな。私は」
 溜息と共に吐き出される言葉は、それでも男なりの決意が滲んでいる。
「シャア・アズナブル……重いんだろうな、その名前は」
「…………キャスバル程ではないさ」
「同情はするよ。だけど……貴方が一介のパイロットで終われる筈はない」
「ああ…………困ったことにな」
「っふ……」
 抱き締められると共に半萎えの雄がアムロの中を緩やかに乱す。
 足を絡めると益々優しく腰を揺すり上げられた。
「ぁ……っ……」
「君は……これでもまだ私と共には来てくれないのだな」
「……行けるよ。もう。だけど……」
「ああ…………君はもう、カラバの中枢だ。簡単には引き抜けないのだろう?」
「……ああ。……っぁ……」
 艶めいた声が否応なく洩れる。窘める様に背を撫でると、アムロはぐずる様にクワトロの首筋へと顔を埋めた。
 互いの額や頬に互いの髪が触れる。
「カミーユは……持たないかも知れない」
「だが、私には……彼を救うことは出来ないだろう」
「それでも、捨てるな。彼は…………彼を捨てたら、貴方が救われない」
「……そうか。君がそう言うなら……そうなのかも知れないな……」
 綺麗な……本当に綺麗な子だ。ララァと同じ様な目をして人を見る。その繊細さは好ましかったし、絆されもしている。
 それ以上に、クワトロはカミーユに託したがっていた。自分の、手に入れられなかったものを。
 アムロはそれが分かりながら自分が動けないことを悔やんでいる。
 ただ若く純粋な子供が壊されていくのを見ているのは、辛い。
「は、っぁ、ふ……」
 緩く首を振る。アムロは苦痛を紛らせて欲しくなり、クワトロに擦り寄る仕草を見せた。考えなくてはいけないことでも、考えたくないことはある。
 大きな手がするりと尻まで降り、繋がった部分に触れる。緊張の走る背が愛おしかった。

 そう言うことなのか。
 漸く得心する。
 アムロが欲しかった。それはララァの代理だと思っていたが、この腕の中に今抱いているものは、そんなものではなかった。
 辱めただけでは足りなかったのは、ただ憎いだけではないものだったからなのだろう。
「…………私はジオン・ダイクンの子に戻る。この口で、スペースノイドの言葉を語ろう。それを……君にこそ、聞いて欲しい」
「ああ…………聞いてやるよ。貴方の望む世界を、俺に教えてくれ」
 緩やかな刺激に震える唇へと口付ける。
 慰め合うその先へ進めた気がした。
 繋がりあった温もりが、例え今だけのものであったとしても後悔はない。
「君の為に語る。君と、ララァの為に語る。そして……私自身の為に、ぅ」
 優しすぎる言葉は凶器にも似ている。
 それ以上を聞いているのが辛くなり、アムロはクワトロの唇を塞いだ。
 吐息が縺れ、絡み合う。

 テントに映る影は、朝靄に掻き消されるまで離れることはなかった。


作  蒼下 綸

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