穏やかで満ち足りた感情が入り込んでくる。
 この男に触れられて、それを心地いいと思える自分が信じられなかったが、理性は感覚に流されていく。
 こんな風にいられるなら……初めから、そういう出会いであって欲しかった。
 柔らかく肌を這う男の髪に指を差し入れて掻き混ぜた。
 今なら全てを受け入れられる。そんな気までも、していた。
 欲しがるなら、差し出せるものを全て渡してやってもいい。
 この孤独な魂を埋めてしまえるなら……埋めあえるのならそれでいい。
 やっと自分の魂も満たされ始めている。この様子なら、この男の枯渇を埋める手伝いをしてやることも出来そうな気がした。

 無理にでも立たねばならないなら、せめて誰かに褒めて貰いたかった。
 それがこの男だとは思いもしなかったけれど、こうして触れ合っていれば過去など単なる通過点に過ぎなかったのだと分かる。
 誰より、何よりこの男に理解して欲しかった。
 誰よりもララァに近しい存在。
 理想のNT。自分の欲しい力を全て持ったこの男に。
 男にしては肌理の細かい肌も、肉付きは薄い割りに張りのいい太腿や腰の線も、何もかもが欲しかった。
 我が儘を言う子供の様に……自分には、そんな子供時代もなかった。ただこれ程欲しいと感じるものを、手に入れたいと思うことは誰にも責められることではないだろう。
 幾度肌に口付けて印を残しても足りない。自分を示す赤い色を、この白い肌に少しの空間も残さず刻み込んでしまいたかった。

 かつて敵対した男達が手を結び携わった作戦は成功に終わった。
 一言で議会を掌握し熱弁を振るうクワトロを、アムロは守り抜いて見せた。
 誰もが成功を疑わなかったし、それは事実叶った。
 アウドムラではささやかながら祝賀の席が設けられたが、その主役たる男は早いうちに姿を消してしまう。
 男の苦悩は、分かっていた。アムロも後を追う。

「……っん…………」
 手からグラスが滑り落ちる。割れはせず、ただ廊下を転がっていく。
 同じ酒の香りが口内で絡み合った。微かに違う気がするのは、相手の唾液が混じっているからだろう。
 グラスを拾う様な無粋な真似はせず、アムロは男の背に手を回す。
 褒美が欲しいのだろう。今日だけは……今だけは、それでも許せる気がした。
 彼を人身御供に差し出したのは、他でもない自分だと分かるから。
「……っは…………ぁ……」
 ぬるりと口中を弄る舌が心地いい。
 身体を預けると、クワトロの方からも腕を回された。
 知る誰よりも技工のある口付けと、伝わる想いや熱に、アムロの意識が次第に朦朧としてくる。
 力が抜けていく。それでも男として、流されるのは厭だった。辛うじての力で、クワトロのシャツを掴む。
「…………アムロ、君が欲しい」
 いつになく早口で囁かれる。
 アムロは、考えるまでもなく頷いていた。
 失った自由の代わりに、今日一日身体を引き渡してやることくらいは出来るだろう。忘れたがっていた名前を引き出してしまったのだから。

「ぁ、っ……あ……」
 性急に服を脱がされ、お返しとばかりにクワトロの服はアムロが自ら脱がせてやる。何もない生まれたままの姿で漸く交われることに、妙な感慨を覚えてさえいた。
 優しくベッドに横たえられるや、身体中に唇が押し当てられていく。
 大人の男だとは思えない程に繊細で柔らかな髪が、羽根箒の様に更なる愛撫を加えていった。
「っ……あ、シャア……」
 微かな痛みがあちらこちらへと齎される。
 所有の証をそれ程までに残したいのかと思うと、じわりと胸に温かい感情が広がるのを感じる。
「……ラ……ァ…………」
 あの少女が居るのだろうか。
 感じられてもおかしくはない。通じ合えた自分達の力があれば、彼女が居る所へ繋がることだって出来るだろう。
「アムロ……?」
「……何?」
「今、彼女の名を呼んだか?」
「呼んだよ。……居てくれる気がして」
「そうか…………だが君は、今……ララァのものではなく、私のものだ」
「貴方だって。ララァのものじゃなくて俺のものだろ?」
 両手で頭を掴み、引き寄せる。
 微笑む表情がひどく美しい。これが全部自分のものだと思えば、大抵のことは許せた。
 アムロの方から口付ける。薄い唇をこじ開ける様に舌先で抉ると、思いの外不安げな様子で見詰められた。
 見ない様に目を閉じ、クワトロを誘う。足を絡める様にして擦り寄せた。
 今日だけは殊に、そんな表情を見たくなどない。
「ん……っ……」
「……シャア、今日の功労者は貴方なんだから、そんな顔をするな」
「……私は、どんな顔をしている」
「情けないよ。貴方は名前に負ける人間じゃないだろう?」
「負けているつもりはない。重いとは、思うがね」
「せっかく俺が貴方なんかに抱かれてやってるってのに」
「ありがたいと思っているよ。君が本来そういう人間ではないと、分かっている」
 ゲイではない。肌を合わせる相手もどちらかと言えば女性が好きだろう。それは見ていれば分かる。
 クワトロとアムロでは、女に抱く想いが全く違う。男に対する目も違う。それを理解しても尚、肌を合わせることをよしとしてくれるのは素直に嬉しい。
「君を攫ってしまえばよかった。あの時に」
「あの時の俺に、貴方を受け入れる殊なんて出来なかったさ」
「ああ。……それでも、今君は私を理解してくれている。あの時攫っていれば、七年もは掛からなかっただろう?」
「どうかな。アクシズでは、もっと壊れていたかも知れないよ。あそこは……俺の性には合いそうにない」
「私もな。……だから、逃げた」
 下唇に軽く歯を立てると、アムロは許す様に舌を伸ばす。
 どれ程貪っても足りない。絡み合う息さえも、一つに解け合ってしまえばいいとさえ思った。
「シャア……ちょっ…………きつ……」
 クワトロに比べて肺活量の足りないアムロは薄い胸を喘がせて僅かに顔を反らせる。
「君を私にくれ」
 声が情炎に濡れている。
 アムロは耳元で囁かれ、耳殻を犯された気になって背筋を震わせた。
 緩く首を振ると、耳朶を食まれ耳穴に舌が差し入れられる。
「ぁ、っあ………………やるって……言った……っ」
「何処まで許してくれる」
「…………貴方が、堪えられる所まで。いいよ…………今日だけは、ご褒美だから、っ……ふぁ……」
 手が腰を撫でる。尻の丸みを楽しむ様に撫でられて、一層アムロの身体は震えた。
 クワトロがそう酷い抱き方をしないだろうことは予測できる。
 分け合ったもう一つの魂がここにある。
 アムロを苦しめることは、もう一人の自分を……ひいてはララァを苦しめることに他ならない。
 今のこの男に、そんなことが出来るわけがない。
 出来るとすればそれは、求めの度が過ぎた時だけだろう。そして、それは、許容できない感情ではなかった。アムロには身体より、心に苦痛を齎される方が余程堪え難い。

「ずっと……聞こうと思っていた」
「な……っあ」
 聞こうと思っていたという割りに、聞く気のない態度で柔らかながらふくらみのない胸に舌を這わせている。時折乳頭へと歯が立てられ、その都度アムロの口から甘い声が洩れた。
「君を初めて抱いたのは、誰だ?」
 ぷつりと硬く立ち上がったそれを舌先と歯で弄ぶ。
「ん……ぁ、っあ……」
「慣れなくては、ここはそう感じる所でもない筈だ。誰に教えられた」
「くっ……」
「ああ。唇が傷ついてしまう。君は私に与えられた褒美なのだろう? なら、勝手に傷を作って欲しくないな」
「んぁ……っ」
 指が唇を探り、口内へ差し入れられる。舌を捉え、揉む様に愛撫されてアムロは緩く首を振った。
「君に何があった。七年の間……」
 口を変わらず可愛がりながら、クワトロはアムロの肘の内側を撫でた。
 厭がってアムロは首を振る。
「頭にも傷があったな。首筋にも……これは、電極の痕か?」
 無遠慮に身体に残る痕跡を辿られ、アムロはクワトロの指を吐き出そうと舌を動かした。
「っぅ、ぇ……っ」
 途端に奥まで突っ込まれ噎せる。
「少なくとも私なら……君にそんな真似などさせなかった」
 嘔吐感にじわりと目の縁が滲んでいる。
「…………だから、君は地球などにいるべきではない。NTの何たるかを理解も出来ない輩に、君に触れる権利などないというのに」
 苦み走りながらも、甘美な声音だった。アムロは首を振り、やっとクワトロの指を吐き出す。
「……仕方ないんだよ」
「ああ…………時間は取り戻せない」
「今俺はあんたに抱かれてる。それを認めてもいる。なら……それでいいじゃないか」
 どうでもいいと言えばどうでもいいことだ。男だとか、女だとか。クワトロ程拘ってはいない。元々その手の倫理観が薄い所へ、七年の奇妙な生活、拷問にも近い日々が余計にアムロから意識を奪っていた。
 自分をモルモットとしてしか見ていなかった研究所の人間や、連邦軍の上官達、監視員達などより余程いい。
 少なくとも顔は綺麗だし、扱いも丁寧だった。欲しいなら好きにすればいいと思う。
 こんな自分が褒美になると言うのなら、気持ちのいいことは嫌いではない。
 それに、先日キリマンジャロで知ってしまった。NTの交歓に限りなく近い交わりというものを。

 恐らくそれはクワトロでなくても構わないものだろう。そう、例えばカミーユだとか。クワトロより優れた感覚を持っている人間は他にいる。
 それでも、感情まで全て含めて、感じ合い、解け合い、入り交じっていくことに抵抗がないのは限られていた。
 ララァを知っているからなのだろう。
 ララァとアムロの精神的な深い交わりを知っている人間だ。それを神聖視している人間でもある。
 絶対に穢されないという確信があった。アムロを穢すことは、ララァを穢すことに通じる。
 それはクワトロにとって堪えられることではない筈だ。
 ララァは、シャアにとって永遠の聖女なのだから。

「私ではないのだろう? アウドムラで君を犯した時、君は既に抱かれることを知っていた」
「それが、どうしたんだよ……」
「君が望んで男に抱かれたとは思えないな」
「貴方には関係ない。……今日は、貴方が主役なんだから、時間がないだろ? ご褒美をお預けにされたいのか?」
「答えてくれ。私には、君を知る権利がある筈だ」
「何だよ、それ」
「君を救えなかった。今でも君は捕らわれたままだ」
「……ばーか」
 ぺしりとクワトロの額を掌で叩く。
「じゃあ、俺が言ったら、貴方も今まで貴方が関係した男も女も全員洗いざらい喋るのか? 時間の無駄だろ」
「君が望むなら、全て打ち明けてもいい」
「聞きたくもないよ。どうでもいいことだ」
 クワトロの手を取る。
 掌を合わせて引き寄せ、目を閉じた。
 温かく大きな手は、アムロと一回りも違う。
「過去なんて……俺は、前に進みたいんだ。貴方なんかに引き摺られるのもごめん被る」
「ああ……しかし」
「分かってるよ。だから、貴方に推力をあげようっていうのに……下らないことばっかり言うから」
 顔を傾け、繋いだ手の指先に軽く歯を立てる。
 クワトロは複雑そうな表情でその様を見詰め、やがて小さく息を吐いた。

 皮膚の薄い所へはくまなく唇が押し当てられ、色鮮やかな痕が残される。
 腕にも、胸元や腹、足にまで。
 口付けられた足指を口に含まれて、アムロは思わず身を屈めて逃れる。
「君をくれるのだろう?」
「だからって! こんなっ……その……貴方が、っ」
 丁寧な舌に震えが走る。
 それが何による歓喜なのか、分からなかった。
 プライドが服を着て歩いている男だと思っていたが、そうでもないのかも知れない。少なくとも、足先に至るまで愛撫を受けるとは思っていなかった。
「君の全てを赤く染めてしまいたいな」
「……貴方の色に? そうなったら面白くない癖に」
「…………そうだな。君には、白い色の方が似つかわしい」
 内腿には既にいくつもの紅斑が散らされている。日に当たらず白いそこへ花弁でも撒いた様に見え、壮絶に艶めかしく見えた。
 膝裏へ手を回して担ぎ上げ、もう一度口付ける。
「っあ! ぁ……んっ」
 身体中へ口付けられ、舌を這わせられている間に緩やかな昂ぶりを見せている所へは触れもせず、ただその側だけを愛撫する。引き攣る様に強張る大腿筋を愛おしげに唇で辿った。
 腰が浮く程に持ち上げられ、淡く暗い色をした蕾が目前へと晒された。
 秘めたる部分を見られている。ぞくりと疼きが腰を震わせ、益々雄の象徴が昂ぶりを見せた。
「んっ……う……」
 軽く息が掛かっただけでも辛い。微かに蕾が収縮を見せた。
 舌の上に溜めた唾液が落とされる。
「ぁ、ぅ……」
 唾液のぬめりを借りて案外抵抗もなく、細く硬く窄めた舌が入り込んだ。
「あ、っぁぁ」
 内腿を摺り合わせる様に足が動く。締められそうになって、クワトロは軽くアムロの膝を外側へ倒した。
 あられもなく身体を開かせられ、アムロの頬が朱に染まる。しかし、愛撫に夢中になっているクワトロには見えなかった。
「やっ、ぁ、ぃ……ぁ」
 クワトロへ手を伸ばす。触れられるのは髪だけだった。それを思い切り掴んで引き寄せようとする。
「……痛いな、アムロ」
「恥ずかしいんだよ! こんな、っ」
「何がだ。見るのは私だけだよ。そうしている君は……何と言うか……いいな。艶めかしい」
「馬鹿を言う……っぁ」
 少し強めに花蕾を抉られる。何処か丸みを帯びた頤が仰け反った。
「今日は優しくしたい。もう少し我慢して欲しいな」
「無駄なんだよ……この、馬鹿……っ……」
 もう少し強く髪を引く。
「痛いと言っているだろう? アムロ」
「……遠いんだよ」
「何だと?」
「遠いんだって!」

 髪を更に引く。さすがに頭皮が痛み、クワトロは身体を擦り上がらせてアムロの手が緩む位置まで動く。
「手を……」
「ああ……」
 もう一度、手が重ね合わせられる。
「ふぁ……っ……」
 感覚が広がっていく。
 炎にも似たクワトロの感覚と、深く広がる海の様なアムロの感覚と。
 火と水は相容れないものの筈なのに、何処から起こった風が巻き、その二つを限りなく近づけてしまう。
 ララァの感覚、なのだろう。
 自分達を繋いでくれるものは、他にない。
 一対でありながら、何処までも相容れないものなのだから。

 こうしているだけで達してしまいそうになり、クワトロは強く身体を反らせて唇を戦慄かせた。
「く……ぁ……ぅっ……」
「シャア……っ……」
 アムロの力は強大で、クワトロでは受け入れきれない。アムロにはクワトロでは足りなかった。昂ぶりきれない身体を持て余し、クワトロの額へ口付ける。
 神聖なる傷が、より一層二人を近づける。
 視界すら炎に覆われて、その熱さにくらくらとした。
 攫ってくれと身体が叫ぶ。
 自分の中の水がカラカラに乾いてしまっても、その代わり、シャアの炎が静まって和らぐなら、それでいいとも思えた。
「……シャ……ア……」
 まだ大して声を上げたりなどしていない。だと言うのに、喉が涸れた様に声が引っ掛かった。
「アムロ……」
 手を振り解くことは出来ない。求めていたものはこれなのだと、身体の奥底から叫んでいるのが分かる。
 クワトロは熱い息にも震える唇でアムロに口付けた。
 口付けてばかりだ。
 そうは思っても、何処を繋げるより言葉も、吐息も、全てを混じり合わせてしまえるこの手段が、今の自分達には一番相応しいと思えた。

「はっ……ん……」
 唇と手を繋ぎ合わせるだけでは何処か足りず、アムロはクワトロへ足を絡めた。
 昂ぶったお互いの雄が触れ合う。疼く腰は止まらず、そのまま摺り合わせる。
「……っ、く……ぅ」
 蜜を零す先端が擦れ合い、堪らない快感だった。
 危機を覚えたクワトロは、片手だけを解く。
「あ、っん、んんっ……」
 アムロの背へ手を回し、腰へ、そして尻に手を落とす。柔らかな丸みを撫で、先まで舌で愛撫していた所へ指を引っかけた。
 十分に唾液を含ませられ、気分も煽られて指の進入を拒むことはない。
「ん、っ……ぁ……」
 長い指が中を弄るのが分かる。
 こんな風に確かめる様な愛撫を受けたことなどない。気遣う様が可笑しくも堪らなかった。
「ぁふ、っ……」
 一点を掠められると自分でさえも耳慣れない濡れた声が上がった。
 唇は合わせられたまま、それでも鼻に抜けて甘い声が洩れる。
「ぁ、っあ! っん」
 欲情してふっくらとした部分を探り当てられ身体が跳ねる。
 反応に気をよくしたのか、繰り返し優しく弄われた。知らぬではない身体は瞬く間に反応を返し、止め処ない蜜を先端から零す。
「あ、っぃ……ゃ、あっ……」
「つっ…………アムロ……」
 堪えきれない悲鳴を上げた弾みに歯が掛かり、クワトロの唇を軽く傷つけた。その痛みにさえ煽られ、クワトロの声音がより濡れる。
 ただでさえ聞く者の神経を愛撫する様な声をしているのだ。アムロは限界を覚えた。
「……ぃや……だっ…………も……ぉ」
 二本なのか三本なのか分からない。ただ長い指が幾本も中を繰り返し弄っていることだけは分かる。
 時折雫を掬い取り、指へ絡める様にして再び埋められていく。
「くふ……ぅ……」
 その先を促す様に一層足を擦り寄せる。
 クワトロがどんな目で今自分を見ているかなど、感じるよしもなかった。
 片手だけはずっと、振り解けもしないまま繋がれている。
 下肢で繋がるより、唇で繋がるより、何よりも大切な感覚だった。

「シャア……っ!」
 名を呼んでも泣き声に似る。
 クワトロはアムロの奥底まで浚えようとしていた指を引き抜いた。
 がくりとアムロの頭が仰け反る。
「入れてもいいか……もっと深く繋がりたい。君と」
 耳朶や耳軟骨に、少し強めに歯が当てられる。アムロの身体は歓喜に震えた。
 答えの代わりにアムロはクワトロの背に手を回し、強く掻く。しかし、爪を噛む癖の為に酷い傷にはならなかった。
「は……やく……っ……」
「ああ……私を受け止めてくれ……」
 体勢が僅かに変えられる。
「あ、っく……あ、ぁあああ!」
 圧倒的な質量と熱を感じ、アムロは目を細め抑えきれない声を上げた。

 押し開かれた襞を擦られる感覚に、切れ切れの喘ぎが零れる。
 クワトロの身体に手を回そうにも、片手は繋ぎ合わせられたままだった。片手だけで抱き寄せようにも、確かな筋肉の知れる身体はアムロの腕に余る。
 両腕で抱き締めたい。触れる皮膚の表面を多くして、その境界すらも曖昧にしてしまいたかった。
 シャアが求めているのは、ただの身体の繋がりでないことは十分に分かる。アムロだとてそうだ。
 枯渇しきった魂を互いで補い合える場所まで行き着いてしまえたら、どんなにいいことだろう。しかし、どちらも男である以上、許されない領域だった。
 ならば、せめて……。
「し……シャ……ァっ……」
 繋いだ手を引き寄せる。
 もう片方の手でクワトロの身体を手繰り寄せる。汗ばんだ胸が触れ合った。男同士の無理な結合に折り畳まれたアムロの身体は軋んでいたが、構ってなどいられない。
 クワトロも、動きこそ制限されたもののアムロと同じ思いだ。漸くに手を解き、強くアムロを抱き締める。
「ふ、あ、っぁああ、ぅっ」
 悲鳴も喘ぎもクワトロの唇に吸い込まれていく。
 アムロも夢中になって返す。強く穿たれているのは、クワトロの想いそのものだった。

「…………済まないな。加減できなかった」
「いいよ。…………俺だって……貴方を求めた」
 本来艶めいている声が無惨に掠れている。
 ミニバーからミネラルウォーターを取り口に含むや、クワトロはアムロに口付けた。今アムロは起きあがれそうもない。口うつしで水を飲ませる。
 アムロは口元を綻ばせた。
「……何が可笑しい?」
「だって…………貴方さ、前に、ここで貴方に抱かれた時は……水なんてくれもしなかったくせに」
「あの時は……済まなかったと思っている」
「あれがあったから、少し吹っ切れたとも……思ってるよ」
「覇気のない君など見ていられなかった。だが君は復活を遂げ……こうして、私を受け止めてくれる。感謝に絶えないよ」
 頬を合わせ、軽く口付ける。
 ささやかな動作が、じわりと暖かみを広げた。
 微笑み合える、その事が不思議ながら悪い気はしない。
「宇宙に来て欲しい。……私と共にいて欲しい。しかし……あの時とは違った意味で、やはりまだ……許されないのだろうな」
「貴方が成功してしまったから余計にな。…………貴方が宇宙でエゥーゴを纏めるなら俺は……カラバの軸になれるよう、動くしかない」
「ああ。…………私の半身。私の目指すことを君が理解してくれるなら…………」
 アムロはクワトロの唇を塞いだ。
「ん…………っ……」
「分かってるよ。だから、側には居られない。今は。…………貴方の望む世界が成就したら、その時また考える」
「ああ…………」
 離れがたく、肌を未だ触れ合わせている。
 しかしアムロは、思い切ってクワトロから腕を放した。
「今日の主賓が外しすぎだ。……戻れよ」
「……もう少し君といたいな」
「全部終わったら、考えてやるから」
「そうか。…………そうだな。私達はまだ、道の途中だ」
 クワトロも渋々ながら諦める。
 身を起こし、もう一度だけアムロに口付けた。
「私の居ない所で死んでくれるなよ」
 微笑みながら、ひどく脆い表情をする。アムロは手を伸ばし、頬に触れた。
「……俺は、消えたりなんかしない。そんな顔じゃ、貴方の方が余程不安だ。貴方は……生きてなきゃ。貴方を殺すのは、俺だけなんだから」
「殺す、か…………それはいい」
 漸く嬉しげに微笑む。
 髪を掴んで美しい顔を引き下ろし、アムロからももう一度口付ける。
 本当にどうしようもない男だ。あの大演説をぶち上げた男と同じだとは思えない。こんな顔を見せるのが自分だけであればいい。
 そんな独占欲が、不思議だった。

 次に会える時が、何時になるかも分からない。
 しかし、互いが互いの一生を決定づけてしまっていると、最早疑いようもなかった。


作  蒼下 綸

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