ヒッコリーからクワトロが宇宙へ戻る前、何時戦闘になるか分からないというのにアムロはクワトロと一日だけ何処かへ消えた。
 そうして帰ってきた時、何処か、晴れやかな表情をしていた。何かを吹っ切ったのだと言うことは分かる。付いて行っただけで、クワトロ絡みではない様にも思った。
 それだけで何が変わるわけでもないだろうと思ったが……それは、大間違いだった。

「後ろにも目を付けろ!」
 そんな無茶な! と叫んで返したかったが、アムロは実際にそれをやってのける。
 ランドセルだけを切り、敵機の誘爆も防いで中の人員を出来るだけ助けようとする。見習おうと思ったが、自分の技量ではとても出来なかった。
 その上、見えもしない敵を撃墜する為に指示まで出してくれた。アムロの指示がなければ、アッシマーを撃墜することは出来なかった。
 その戦いぶりだけでも、アムロを尊敬するには十分に値した。
 モニターに頼らない戦闘。これが、NTの力だとでも言うのか。自分も多少なりと殺気を感知したり、予知に近い様なことをしてのけたりもするが、アムロは次元が違う。
 七年も戦ってなかったなんて、絶対に嘘だ。その間に、中の技術は全く変わっている。それが、プチモビ選手権の優勝者で、もうふた月も実戦と訓練をしている自分とさえ桁違いなんて。
 吹っ切る前にはアムロ自身に多少突っかかったり苛々する様なことも多かったが、今はそんなこともない。
 ベルトーチカという女の事は、どうしても好きになれなかったが。

「アムロさん、ちょっとだけ、時間あります?」
 ベルトーチカが側にいない今のうちに、と、モバイルツールで何かしていたアムロに話しかける。
「何? 別に、そんなに忙しい訳じゃないけど」
「ちょっとだけ、買い物に付き合って貰えませんか。アーガマの連中に土産頼まれてて。でも、どういうのがいいのか分かんないんで、手伝って欲しいんです」
「ハヤトの許可が下りるならな。で、何買うつもりなんだ?」
「………………ホロテープです。無修正の」
 真面目な顔で言ったカミーユの顔をアムロは目を丸く開いて見……暫くして吹き出す。
「あっははははは! そんなの、一人で買いに行けよ。ハヤトには俺が適当に言っといてやるから!」
「どう見たって、僕じゃあ子供でしょう!?」
「アーガマも楽しそうだな。えー……でも、ブライトが居るんじゃなかったっけ?」
「艦長には勿論内緒です!」
「若いなぁ……。君の歳でも、手には入るだろ。探せば」
「知り合いに借りた事はあるけど……あいつらがどんなのがいいとか分からないんです」
「それこそ、人それぞれだろう? カミーユは、どんなのがいいと思うんだよ」
「え? ええと…………分かりません、そんなの!」
 まだ子供だ。真っ赤になって突っかかる。
「ん…………ちょっと待って、別の人間に聞いてみてやるよ」
 まだ稼働中だったツールに繋げた小さなキーボードに指を走らせる。MSの操縦さながらに、タッチは軽くひどく早い。
「何ですか?」
「メッセンジャー。ちょっと離れた所にいる友達と話してるんだ」
 画面に文字が流れ出る。
 チャットとは少し違うが、同じ様に書き込んだメッセージが送信と共にリアルタイムで表示される。
 直ぐに相手からの返信があったらしく、アムロはさっきより一層楽しそうに笑った。
「……ああー!! 聞いた相手が悪かった! 何だよ。23にもなって一本も見たことないって。えー……あり得るのか、そんな事」
 ぶつぶつ言いながらまだ指先がキーボード撫でる。
「こんなのしてて、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。機密なんて話すもんか。こういう話を普通に織り込める様な、そんな話をしてるだけだから。相手も……軍人だしな。その辺りのガードに抜かりはないよ。大体、俺が組んだプログラムの上だし、向こうもそれなりに弄ってるだろうし」
 機械だとか、コンピューターだとか、そういう方面に強い人だというのは聞いているが、どうも何処か危なっかしい。
「エゥーゴの人ですか?」
「まだ、違うかな。もうじき入ってくれると思うけど。今は、連邦軍所属。…………ん? そか。近いうちに月に行くってさ。そこからエゥーゴに行くみたいだ。会ったら宜しく言っといて。カミーユも、このソフト持って行くかい?」
「ああ、はい。……いや、だから、」
「……仕方ないなぁ。付き合うよ。俺も少し買いたいものがあるし」
 側の通信に手を伸ばす。
「アムロだ。ハヤトを頼む」
 暫くして回線が繋がる。
『……何だ。今忙しいんだ。お前は暇そうでいいだろうけどな』
「個人的な物資の調達に出たい。少しだけいいか。カミーユも一緒だ」
『……三時間で戻って来いよ。連絡は何時でもつく様に』
「了解。エレカを一台借りる」
『好きにしろ。切るぞ』
 ルオ商会からの物資の搬入は今日も続いている筈だ。ハヤトは、艦長としてそれは忙しい事だろう。アムロも、手伝える作業は手伝わなくてはいけないのではないかと思うが、ハヤトが別に頼んでも来ないので気にしない事にしているらしい。
「行くか」
「はいっ!」

 派手なロゴとどうしようもない写真、淫猥な言葉の羅列にカミーユは途方に暮れる。
 アムロはそれなりに見慣れているらしく、物色していた。
 いや、カミーユとて、興味がないわけではない。むしろ興味があるからこそ、真面に見られないのだ。その辺りは、まだ純朴な十七歳の少年だった。
 実際アムロが言った通り、カミーユの年齢を気にする様な人間は居ない様だった。気にされるとすれば、アムロとカミーユ二人の容姿や服装にである。
 あからさまに浮いている。
 ここは電器屋街で、アムロはジャンクパーツを見るついでと言わんばかりだ。より浮いているのは、カミーユである。明らかに清潔感の漂う整った顔立ちと態度はジャンク街だのスラムだのが最も似合いそうにない雰囲気を纏っていた。
「こんな所でいいんじゃないか? 頼んだ奴、歳幾つ」
「十八……だったかな」
「マニア向け一本混ぜてさー……こんな所?」
 十本ほどを腕の中に積み上げられる。
 パッケージには『女教師・恥辱の放課後』とか言う内容が読み取れて、カミーユは真っ赤になり顔を背ける。
「無理ですよ、こんなに!」
「だって、十本で大特価って」
「一本です! そんなに持って帰れません」
「ちぇっ……つまらないな……。俺も持ってたら多分ベルトーチカに殺されるだろうしなぁ……」
 何本かを選びながら棚に戻していく。
 それは……六つも年上なのだから、カミーユより耐性はあるのだろうと思う。しかし、何だか似合わない。
「……アムロさんも、こんなの見るんですか?」
「んー…………そういえば、あんまり見た事ないな。人並みにも見てないかも。別に見る必要もなかったし」
「……必要ないって」
「連邦所属になってた頃は、女を切らした事ないから」
 カミーユの顔に一瞬嫌悪感が過ぎる。
 アムロは、笑った。潔癖な様を若くて可愛らしいと思う。
「要らないって言っても聞いてくれないしさ。……まあ、寝る時に誰かが居るって言うのは、そんなに嫌いじゃないから」
「……支給品、だったんですか」
「骨抜きにしたかったらしいけどね。無駄なことするよなぁ。人並み程度の興味はあるけど、シャア程女の尻を追いかけてるって訳でもないってのに。思う存分機械弄らせてくれる方がよっぽど楽しいのに。…………カミーユならどれがいい? 女教師と女子高生と新妻と軍人とOL」
「え……ナースとかないんですか」
「ナースかぁ……いいね」
 素で受け答えをしてしまう。
 はい、と一本を手渡された。
「ま、そんな所だろうな。コスプレものでナースなら普通だし」
「……っ!」
 渡されたホロテープを前に呆然としてしまう。素直に答えている場合ではない。
 これは、トーレス達の趣味に合うものだろうか。そこが問題なのであって、自分は見るつもりもない。……ない、筈だ。多分。ファに見つかる事の方が余程危ない。
「次は俺の買い物でいい? 何か弄ってないと落ち着かないんだ」
 支払いのカウンターへカミーユの背を押し、自分は既に隣の店先を覗き始めている。
 緊張しながらカミーユは支払いを済ませて、アムロに続いた。

 カミーユもそれなりに機械弄りは好きだが、アムロはそれに輪をかけていた。
 細々したパーツやチップが籠に入れられ、終いにはプラ板まで入る。何を本格的に組み立てようと言うのだろう。
「何……作るんですか?」
「んー……ちょっとね。考えてるものがあるから、模型作ってみようと思って」
「…………どう見ても、ただの模型用の材料に見えないんですけど」
「まあ、一応形だけ稼働させようと思ってるからなぁ……後で設計図見せてあげるよ。カミーユも嫌いじゃないんだろう? こういうの」
「ええ、まあ…………。設計したりとかは。そうだ! アムロさんって、MSの構造とかにも詳しいんですよね。今度見て貰えません? 俺が設計したの。アーガマのメカチーフには見て貰ったんですけど。結構いい線いってるって」
「へぇ……そっか。見てみたいな。俺のこれもね、そういうものだから。得意なら君にも見て貰いたいけど……ちょっと無理だろうなぁ。もうあんまり時間がないから。……このプラ板だと、比重が微妙か……こっちにするかな」
「MSですよね。縮小率と、材質の予定は?」
「全長が二十mの五十分の一で……一応ガンダリウム合金の予定かな」
「ええと…………じゃあ、この辺とかどうです?」
 材質の表示を見ながら、頭の中で簡単に計算を立てていく。こんな時、亡き母の蔵書の記憶が役に立っていた。どうしようもない父と母だったが、この頭と家に積み上げられていた蔵書だけは、感謝してもいいと思っている。
「その縮尺だと、大体こんな所だと思うんですけど。これに……ああ、この辺りの金属板と重ねれば、同じくらいになると思います」
「凄いな。よく分かるね、この瞬間に」
「母は材料工学の研究者として、連邦軍に勤めていました。主にMSじゃなくて戦艦関係だったらしいですけど。父はMSの技術士官だったし……その関係で、家にたくさんの本がありましたから。それに暗算とかは、得意なんです」
「……そうか……。父親の仕事は俺の所と一緒だったんだな」
 微かに表情が陰る。アムロは、その両親の末路を知っている様だった。
 カミーユは気を使われるのが厭で、示した板を引き抜いてアムロに押しつける。
「三枚あればいけるかな」
「ああ……出来たら、見せるよ。……その頃には終わってればいいけどな。この戦争も」
 一杯になった籠をレジカウンターまで持って行き、金を払う。
「…………きっと…………大丈夫ですよ。そうしたら、絶対見てみたいな。アムロさんの設計した機体とか」
「そうだなぁ……趣味の話が出来る人間ってのは貴重だからな。楽しみにしてるさ」
 紙袋が二つに、入りきらなかった板が重ねて把束される。
 そのうちで重そうなものを、カミーユは率先して抱えた。大体、自分よりアムロの方が腕力がなさそうに見える。
 アムロは何も言わず、だがにっこりと微笑んだ。
 険が消えると、人懐こくて可愛らしくさえある。
 どきりと一瞬カミーユの鼓動が跳ねる。
 とてつもなく落ち着かない気分になって、カミーユはわたわたと先に店から飛び出した。

「……ええと、まだ時間あるな。何か食べて帰ろうか」
 街頭の時計を見上げる。ハヤトに言われた時間には、まだ一時間半程あった。
「いいんですか?」
「ああ。……奢るよ。子供にはたかれない。ティターンズの攻撃で大分やられてるけど、屋台くらい出てるだろ。何食べたい?」
「詳しくないからお任せします」
「苦手なものは? 辛いとか苦いとか甘いとか。にんじんが駄目とか」
「特にないですよ。アムロさんにんじん苦手なんですか?」
「俺じゃなくて友達がね。ああ、出てる出てる」
 二つ程通りを隔てると、屋台街へ出る。
 目移りして仕方がないが、取り敢えず入り口辺りの店で飲み物と点心を買った。
 餡の詰まった暖かい桃饅が美味い。
「美味しいですね」
「ああ……ちょっと甘いな」
「疲れてる時は、こういうのの方がいいんですよ」
「そういえば、聞くな、そんな話も」
「何だか……デートみたいですね」
 並んで袋を抱え甘いものなんかを口にしているこの状況は、気恥ずかしいがそんな風だと思う。
 カミーユは自分の言葉に照れて俯いたが、アムロはたいして気にする風でもない。
「悪いな、女の子じゃなくて。ナースとか」
「もう……それはいいじゃないですか! 僕こそ、済みませんね。ベルトーチカさんじゃなくて」
「…………彼女はね。一緒にいて安らげるとか、楽しいとか、そういう相手じゃないから」
「でも、付き合ってるんでしょ」
「……そう見えるか?」
「…………微妙ですね。ベルトーチカさん的には、そう言うつもりに見えます」
「じゃあ……そう言う事なのかもな」
 切り上げたい態度が見え見えの様子でアムロは肩を竦め、饅頭の最後の一口を放り込むとを包んでいた紙をポケットに突っ込んだ。
 あんな押しつけがましくて土足で人を踏み荒らす様な女は気の短いカミーユには論外だし、アムロとしても多少鬱陶しいのだろう。多分。
 そう言えば、クワトロに対しても散々な言い草だった。あの時、アムロが酷く苛々したのを覚えている。
 ブラックタピオカの入ったミルクティーに刺さった太いストローを軽く歯で噛んで、アムロを見る。
 目があって、困った様に微笑まれた。
 守ってあげたくなる様な、何処か儚い笑い方はどことなくクワトロに似ている。
 雰囲気が百八十度違うから誰もそうは思わないだろうが、何処か根底に近しいものが流れているのだろう。

「君は、その……クワトロ大尉を、どう思ってる」
「お気の毒な人です。主に頭が」
 あまりの言い方だが、アムロは笑ってくれる。
 笑いながらも、アムロは空を仰いだ。高いビルのその上に、天気のいい空が見える。
「俺はまだ宇宙には出られそうにない。だからあいつが君を傷つけるかも知れないって分かってても……側にいるのは難しい」
「貴方に守って貰うつもりはないです。確かに僕はまだ子供だけど、何も分からないでその……無理矢理とかじゃないんです。だから、大丈夫です」
「……君は、そういう子じゃないだろう? 壊れるよ。あんなのを真面に受けていたら」
「言ったでしょう? 大尉は、僕に対してあんなに荒々しくない。……僕は、代理なのは分かってます。貴方とか……その、ララァさんとか言う人の」
 ミライは、ララァを「アムロを現実から決定的に引き離してしまった人」だと言っていた。恐らく、クワトロにとってもそう言う存在なのだと、分かる。
 そして、自分にとってその女はフォウになるのではないかと、アムロは危惧しているのだ。
 二人にとってどんな存在かは分かっても、カミーユには実際に自分にとってどうなるものなのか、分からなかった。
「……優しい子だな、君は」
「それは、貴方とクワトロ大尉です」
「……俺はともかく、そうだな…………シャアは、優しい。ちょっと程度が過ぎるくらいには」
 空を見る目が眇められる。居もしない、誰かを見詰める様に。
 その表情に、カミーユは何処かもやもやとした気持ちを覚えた。
 こんな風に苦しんでいる人が、あんな冷たくて熱すぎて……馬鹿で優しくて子供で綺麗な男に乱されているのが、厭だ。

「ねえ、アムロさん。全部終わったら、またデートしてくれますか?」
 この人は、心地いい。クワトロみたいに威高くないし、フォローが凄い。感覚も、自分とは近いけれどクワトロとは遠い。
 大体、クワトロと腕を組んで歩きたいとはこれっぽっちも思わないが、アムロとだったら一日でもこんな繁華街ででも遊んでいたかった。
 近くて、誰よりも遠い人だ、クワトロは。
 カミーユも饅頭を食べきり、ミルクティーも飲みきって近くの屋台のゴミ箱に放り込むと、アムロの腕を取った。
「いいでしょう?」
「そうだなぁ…………じゃあ、地球に降りてきてくれるか?」
「いいですよ。その時まで、まだアムロさんが宇宙に出られてないなら」
「どうかな……期待しないで待っててくれよ」
 その微笑みにアムロも何処か気を許してくれている事が分かり、カミーユは小さくガッツポーズを取った。


作  蒼下 綸

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