「っ……ふ…………」
 茎を男の唇が根本まで覆っている。
 深く銜え込まれ、淫らに舌が這う。皓い身体を捩って、カミーユはただ感覚に堪えた。
「ぁ……っあ!……っゃ……」
 達しようと小刻みの痙攣を始めると、軽く歯を立てて快楽をはぐらかされる。
 存分に高められた熱が爆発すら許されず、身の内だけにただ溜められていく。
 本当に、壊されるかも知れない。
 脳裏に浮かんだ柔和な顔に、カミーユは頭を打ち振るった。

 交歓したくなったら、男はカミーユの下に忍んでくる。
 ただ身体を満たすのではなく、触れ合う掌や皮膚から互いの感覚が混じり、解け合い、拡散するのを感じる為に。
 身体を満たすだけの相手なら、自分の他にも数人いるのを知っていた。
 カミーユ、レコアだけではなく……例えば、艦長だとか。
 レコアの事は何処か面倒に思っている様でどちらかというとカミーユかブライトと過ごしている事の方が多い様にも思える。
 素敵な大人の女性だと思うが、確かにレコアでは駄目なのだろうというのは分かる。クワトロは求められると逃げてしまうから。
 初めから求める気などさらさらない自分か、父性というべき包容力のある艦長か、この艦内ではそれくらいしか相手がいないのだろう。
 仕方がないとは思うが、諦めてやる気にもなれなかった。
 アムロがここにいたなら……自分は求められる事などなかった。誰かが求めてくれる、その事は、カミーユにとっても心地よくないわけではない。
 ただ、限りなく死の淵を覗く様に心持ちにはなったが。

 太腿の内側へと繰り返し口付けられ、薄い皮膚に紅い刻印が刻まれていく。
 それでも、刻む場所は一応気を使っているつもりなのだろう。首筋ではなく脇腹。胸元より、内腿。唇は余す所なく押し当てられるのに、きつく吸われるのはそう言った所ばかりだった。
 宇宙により濃く厭な気配が漂う様になって、クワトロの訪れは格段に増えていた。
 ただぬいぐるみの様に抱き締められて眠るだけの事も多い。
 こうして触れられても、犯されない事もある。
 それだけでとてもこの男の餓えが満たされているとも思えなかったが、カミーユとしては身体が楽なのでどうでも良かった。
 触れられると、男に引き摺られていくのが分かる。それだけ、この男は枯渇しているのだ。
 男は拡散していく感覚だと、そう思っている様だったが、カミーユから思えばひたすらに吸い尽くされて、自分が一層空っぽになっていく様だ。
 怖い。
 そう思うが、縋ってくる手を突き放す事の方が余程恐ろしい。
 振り解くと、消えていってしまいそうで。

「んっ、っあ……も……ぃい加減にっ……」
「……済まない。もう少し……」
「こんな事で、何がいいんです!」
「乱れる君は、綺麗だ」
 股間から顔を離し、カミーユと顔を合わせる。
 誰よりも綺麗で硬質な容貌が目の前に迫る。カミーユは放り出された辛さと、その顔を正視できない事で酷く顔を歪めた。
「馬鹿げてる! こんな……っ…………」
 誰よりも綺麗な顔で、そんな事を言うな。
「君の感じる様を見たいのだよ」
 誰と重ねている。それは、アムロやララァですらない。
「…………淫らだな、本当に……この眺めは」
 涸れきった魂。
 愛情の欠片。
 自分、という存在。
「…………こンのぉ!」
 精一杯振り上げた拳は、柔らかな髪に包まれた頭に落ちる前にそっと受け止められる。
「こんなの……っ………………」
 優しい仕草など要らない。暖かく包む手など要らない。
 こんな、人に分け与える余裕もない男にそんなものを望む程、自分は餓えていない。
「……済まない。泣かないでくれないか。君に泣かれるのは、辛い」
「巫山戯るな!」
 自分が泣いている様で厭なのだろう。
 引き摺られる感覚が、男の慟哭を如実に伝えてくる。
「……遊ぶだけなら……もう帰って下さい……っ……」
 涙を吸われる。
 他人の涙を吸っている場合などではないだろう。自分は、真面に泣けもしないくせに。
「ああ…………もう、酷い事はしないよ」
 肌を触れ合わせているだけで酷い。もう厭だと、どれだけ全身で叫んでも、聞き入れてくれない。
 こんな自己中心的な男など大嫌いだ。
 綺麗で……どうしようもなく綺麗で、情けなくて、頼りなくて、厭だ。
 助けて欲しいのは余程に自分の方だ。
 だと言うのに、こんな顔で見詰められたら、何も言えない。言ってやりたくても、傷つけるのが怖い。
 優しげな……愛情に飢えた子供のままの声音を聞いていられず、まだ近くにあった唇を無理矢理奪う。
 押し当てられただけで戸惑っている唇に触れた男の口が、にっこりと笑みの形に口角を上げたのが分かった。

 この男は、キスが好きだ。
 押し当てても自分ではまだこの男程のテクニックなどないから結局全部任せるしかないが、唾液どころではなくて息も全てくらい尽くすかの様に貪ってくる。
 掌を合わせ、ベッドに縫い止められる。
 涸れた泉を、そうする事で埋めてしまいたいとでも思っているのだろう。
 きつく舌を吸われ、頤が跳ねる。
 男の唾液と先走りでべたべたする下肢が思わず揺れた。
 身体だけはどんどん慣らされていく。しかし、それと同時に男の態度は優しく、冷たくなっていった。
 近寄れば寄る程我が儘に、尊大になるタイプなのだ。そう分かると、男がひどく遠くなった気がして本当に嫌気が差す。
 それでも男の手は離れない。
 他に求めるものがないから。
 アムロは、まだ宇宙には来ないから。

「くっ……ぅん……」
 息苦しくなって男を蹴る。
 鼻で息を継ぐ間くらいは与えて貰って、カミーユは仕方なく男の唾液を飲み込む。
 男がどう感じていようが、カミーユには男との交歓などさほどのものとは思えない。
 アムロに軽く触れた時の、感覚の半分程も現実から引き離してくれない。
 こんな馬鹿げた事をしていても、頭の中は殆どクリアだ。どうしようもなく厭だった。
 いっそ、何も分からなくなるくらい荒々しく踏み躙るか、意識が飛ぶ程感じさせてくれればいいと思うのに、それすらない。
 ただ、熱を燻らせるだけ。
 痴態を眺めて、喜んでいるのだか、悲しんでいるのだか、憎んでいるのだか分からない顔をするだけ。
 もう一度、力の入らない膝で蹴る。
「…………もう少し大人しくできないか」
「貴方が大馬鹿者だからでしょうっ!」
 こんな風に求められても困る。
 この男が欲しいのは、包んでくれる腕と、暖かい言葉と、本当に魂の奥底まで理解してくれる存在なのだろうに。
 その為に抱き締める事くらい出来る。
 一見複雑な男の中身は、二皮程向けば真っ白で無垢な、子供そのままなのだから。
「手を……離して下さい」
「……厭だな。掌を重ねていたい」
「……貴方を、抱き締めさせて下さい」
「そんなものが欲しいのではないよ」
「じゃあ、何で僕を抱くんです」
「……君が……美しいからだ」
「馬鹿馬鹿しい。……僕は、貴方でもなければ、ララァって人でも、アムロさんでもない。それが分からない貴方じゃないでしょう?」
「私が、君を彼らの代わりにしているというのか?」
「いいえ。僕は…………」
 この男程綺麗にはなれない。
 この男程、純粋にはなれない。
 男が失ったと思っている、かつてのもの。そんなものにはなれない。
 結局、代わりにすらならない。

「もう、いい加減に休ませて欲しいんですよ。十分後に敵が来ないって保証、ないでしょう!」
 揺れる身体。男の服が汚されている。
「……もう……いかせて下さい。そうお願いしたらいいんでしょう? 貴方を抱き締められないなら、貴方なんて、僕は要らない」
 どうしようもなく頼りなげな淡い色の瞳が見詰めてくる。
 こんな些細な所まで綺麗なのだ。この男に汚い部分など、あるのだろうか。
「手を離して下さい。それで……艦長の所でも、何処へでも行けばいい。ここまでして、僕を抱かないなら」
 余裕がないのは自分ではない、この、不遜な男の方だ。
「…………好きにして下さい」
「……意地が悪いな、君は」
「貴方がそうさせているんでしょう!?」
 顔を横へ向け、丁度そこに自分の手を繋ぎ止めていた男の指を強く噛む。
「くっ…………」
「離せっ!」
 怯んだ男を強く蹴り上げる。手が、離れた。
「っ」
 不安げに男の顔が歪んだのを、カミーユは見逃さなかった。
 もう一度強く蹴り付ける。男は隙を突かれ、ベッドから落ちた。
 情けない。
「いい加減にして下さいよ! もう、いいでしょう?」
 何故怒られているのか分からないという顔で、きょとんとカミーユを見上げる。
 綺麗な顔。綺麗な目。
 潰して、剔り取ってやればこの厭な気分も少しは晴れるのだろうか。
 唾を吐きかけてやりたい。その、お綺麗な顔に。
「…………大嫌いなんですよ。貴方の事なんて。抱かれてあげるだけ、ありがたいと思って下さいよ」
 感謝などこの男が知るわけがない。そう思いながらも詰る。
「気の強い事だな」
「貴方がそうさせているんでしょう」
「……分かった。もう焦らさないよ。だから……」
 男はベッドに這い上がり、手を伸ばしてきた。
 頬を包む様に触れてくる。カミーユは心底呆れて溜息を吐いた。
「………………分かってますよ。触れたいなら触れればいい。他の人にさえばれなければ、別にいいです。貴方だって、大っぴらになるのは困るでしょう? 士気に関わる」
 精一杯の強がりだった。
 触れられるのは厭だ。乱されるのは厭だ。
 だが、この男が悲しむ事の方が、余計に堪え難い。

「来て下さいよ、早く」
 媚びる方法など知らない。台詞だけなら十分に誘っているが、きつく睨む目とぶっきらぼう極まりない声とがカミーユの潔癖な少年性をありありと物語る。
 男は嬉しげに微笑み、カミーユに覆い被さった。
 触れた所から再び広がる空虚な感覚に、カミーユは強く目を瞑った。


作  蒼下 綸

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