「カミーユ!」
 補給を済ませ、再びMSに乗り込もうとするカミーユに、少女が飛びつく。
「ファ……早く、行かなきゃ」
「約束して! 帰ってくるって!! 絶対、絶対帰ってくるって……っ!」
 ファもパイロットスーツを着ている。お互いに、また戦場へ飛び出して行かなくてはならない。
 これが、最期だから。きっと。
「ファ……ファだって、戻って来なきゃいけないんだよ」
「分かってるわ! だけど」
「大丈夫だよ。これが終わったら……そうだ。終わったら、デートしよう。ファ」
「……デート?」
「そうだよ。……だから、戻るんだ。ファは、アーガマを守ってくれ。俺は、終わらせる。全部」
 ファも不安で押し潰されそうになっているのは分かる。
 髪を軽く撫でて、カミーユは微笑む。
 微笑めるのは、もう何処か自分が擦り切れてしまっているからなのだろう。
 そういうことばかり、分かる。

 もう、自分に出来ることは人殺しだけ。
 それでも、戻ってきた自分にファは微笑んでくれるだろうか。
 クワトロは。
 アムロは……それでも、笑ってくれるだろうか。

 喰われているのかも知れない。アムロが危惧した様に。
 それでも…………それでも、道を切り開くには。戦うしかない。

「ファ、行くよ」
「ええ……」
 綺麗で、綺麗でどうしようもない微笑み。
 こんな激戦の中でのその表情に、ファの不安は益々掻き立てられる。
 だが取り縋る前に、カミーユはヘルメットを被りバイザーを下ろしてデッキへ飛び出してしまった。
「カミーユ!!」
 カミーユの微笑が怖かった。その中に、何もない様な気がして、どうしようもなく怖かった。
『何をしている、ファ・ユイリィ! 出撃だぞ!』
 クワトロの声がスピーカーを通して響く。
 金色の機体を強く睨んで、ファも床を蹴りメタスに移る。
 貴方の所為だ、そう、クワトロを殴りつけて怒鳴ってやれたら、この不安ももう少し楽になるのに。
 そう思う。
 大人達がみんな挙ってカミーユを連れて行ってしまう。
 戦いが終わったら、絶対にあのお綺麗な顔でも引っぱたいてやるのだ。
 ハッチを閉じて火を入れ、百式を睨み付ける。

「ファ・ユイリィ、メタス、出ます!」
 Gの付加を感じながら、ファは宇宙へ飛び出していく。
 また、カミーユの顔を見る為に。生き残ることだけを考えて。

 嘘だ。
 嘘だ。嘘だ!
 触れたZ。コクピットの中。
 明るくて、楽しげなカミーユの声。
 何処か幼くて……とても、明るい、以前のカミーユでは考えられもしない、そんな、声。
『ファ、どうした! 無事なのか!? アクシズは引いた。ジュピトリスの一団もシロッコが打たれたことで散開している。これより本艦は掃討作戦に移る。被弾状況を知らせ』
「…………艦長…………カミーユが……ぁぁ…………いや……いやぁぁぁ!!」
 いっそ遺体が見つからないくらいの方が、諦めがついた。
『状況を知らせ、ファ』
 ブライトの声がひどく焦れている。
 ファには答えられない。ただ、帰るのだと、それだけを考えた。
 損傷の激しいウェブライダーを引き連れながら、よろよろとアーガマを目指す。

 連れて行かれてしまった。
 シロッコとか言う男の断末魔はもの凄まじく、ファにも届いていた。
 だが、カミーユが連れて行かれてしまったのは、それだけが理由ではない。
 その前から、もうとうに、半ば連れて行かれてしまっていたのだ。
 地球であった人間達に。そして、クワトロやハマーンに。シロッコは決定打だっただけ。
 カミーユのただ一人になりたいと願ったその結末に、ファは呆然とする。
 こうでもなければ、カミーユは側にも居てくれなかったのだろうか。
 これが、願いだっただろうか。
 違う。
 違う!

 アーガマが見える。
 被弾しているが、航行できない程ではない。カミーユの言った通り、アーガマは守った。
「……デート、するんでしょう、カミーユ」
 全部終わらせはしたけれど、帰ってこなかった。
 終わらなくて良かった、別に。カミーユが無事に帰ってきてくれたなら、それだけで良かったのに!
『ファ、無事だな』
 視界にメタスとウェブライダーを捉えたらしいブライトから入電がある。
「………………メタス、ウェブライダー、着艦します。ハサン先生はご無事ですか?」
『ああ。…………怪我をしているのか?』
「……カミーユを…………カミーユが…………っ…………」
 言葉にもならない。
『ネットを用意させる。突っ込めばいい。分かったな、ファ。無理に着艦しなくていいから』
「………………了解しました」
 自分も狂ってしまえたら、どれ程楽だろう。
 カタパルトに、被弾機キャッチ用のネットが立てられているのが見える。
 バランスを取りながら、メタスはウェブライダーと共にアーガマへ帰還した。


作  蒼下 綸

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