| 酒場の修羅場 |
「はぁ...はぁ...結構遠いね...」
「そうか?近いよ、私一人だったら走って1時間」
「う、うそだろ...」
「ほんとだよ〜、帰りはおぶって帰ろうか?」
「男のプライドガタガタだよ...」
「そ...そう?....なのか?」
結局村に降りてくる事にしたのはアレから一週間経ってから。
リーの体が心配だったのと、少しはリーに心の整理をする時間
が必要だと思ったから。
そこは、リーの森から四時間程歩いた所、近いようで遠い、微妙な距離にある。
リーにアタックかけては、関節外されたりしてた人達がたむろしているらしいお店。
1階平屋、木造建築の山小屋というか、古道具屋のような店構え。
古そうだけど綺麗に補修されている、管理されたお店という感じ。
「リー入ろうよ」
「う〜ん!!!」
リーは山から、村に近づくにつれて、機嫌が悪くなって来た。
水浴びを覗かれていたかもって、
僕が言ってしまったのが、相当気にかかってるらしい。
僕はそんな所もかわいいなんて思ってるんだけど、
リーにとってはそれどころではないらしい。
悪かったな...やっぱり僕は軽口叩いてしまう。
黙っとけばよかった。
「リー...確証は無いって」
「よしっ!とにかく白黒はっきりさせてケリつけてやる!!」
しまった...火に油を注いでしまった。
村に唯一ある酒場兼、食事所兼、雑貨屋。
この村の様々な物資や情報が集まる所。
物々交換なんかも盛んで、栗の実30個で
食事とお酒なんて事も可能らしい。
リー、来た事無いって割に詳しいなぁ...
「へぇ中は広くて洒落てるなぁ」
全て木で作られた建物の中は入り口を入ると、
すぐ大きな部屋になっている。
天窓から光が差し込んで明るかった。
お客は2人、端のカウンターで食事しているぐらいだ...
「きょろきょろすんなよ...」
「いらっしゃいませ」
「あ...ら...リーさん?」
「あれ?リーの事知ってる人が...」
「しんない!」
リーは店員らしき女性には目もくれず、サンデイを置いて、
奥の個室に向かって大またでドカドカと早足で向かっていく。
「ちょっと...リー!」
「やっぱり...リーさんね!」
「すみません...後でご挨拶します」
「あらあら...まさか...彼氏?」
「ははっ...それも後で...」
入り口から入った部屋のさらに奥の部屋に
厳つい大男達が7・8人がたむろしていた。
みな共通して筋肉質の巨漢、ボロ布のような茶色い服。
切れ味の悪そうな山刀や、くたびれたリュック、腰には皮袋やロープ。
キセルや用途の分からない金具がガチャガチャ腰についている者もいる。
彼らは狩猟をを生業にする山剣士と言われる男達。
2mもある巨大な蟹や凶暴な熊を生け捕りにして、
街まで一週間かけて運んで金に換える。
山の恵みと農作物で自給自足に近い生活をしてる村人に、
遠い街から新しい物資や話を持ち帰る貴重な存在だった。
しかし、ただでさえ気性が荒い者達が多いのに、
得体の知れないよそ者もいたりするから、
村人は知り合いの山剣士以外には近づかない。
「あれ誰だ!?、えらくべっぴん...」
「リー・サリスベリィだっ!!なんで素顔で!」
「なんか...怒ってないか...」
「素顔もなにも初めて見たけど美人じゃねぇか」
「ほんとだ...マジべっぴんじゃねぇか」
「あんな肌の白い女いいなぁ...」
「おい、こっち来る」
「やばい、なんか知らんがメチャクチャ怒ってるぜ」
「なんでやばいんだ」
「アホっ俺たち束になっても勝てるかどうか」
「前、熊を素手で組み伏せたらしいぞ」
「蹴って木倒してるの見たぞ」
「おまえら...そんなに覗きに行ってるのか」
「いや...たまに」
奥のテーブルにたむろしていた山剣士達から
どよめきがおこる...。
「おいっ!こっち来るぞ!」
「逃げるか!!」
「でも丸ごしだぞっ!!」
店の一番奥の山剣士達がたむろしている大テーブルの前まで来る
「や...やぁリー、ど、ど、どうしたんだい?」
「食事かい?」
「アホ、もっと気の利いた事言えないのかよ」
リーは恐ろしい形相で山剣士達を睨みつける。
ギッ!!
サンデイが見たことが無いような怒りに燃える顔。
ああっ...なんか!...ムカツク!!!
ムカツイて来た!!!
「うわっ...こええ」
さっきまでひそひそ言っていた山剣士達が静まり返る
山剣士達は皆、硬く筋肉質、真っ黒で油ぎった巨漢ばかりだった。
その山剣士達が腰に下げた剣も持たず動けない。
その山剣士達の慌てぶりを見て、サンデイはゾッとしていた。
よっぽど...リーにひどい目に合わされたんだろうな...
僕は...よく無事だったなぁ。
まぁ、僕には一度も暴力なんて振るってないけど。
実際リーにどんな事をされたんだろう。
リーは騒ぐ山剣士達を見て右手の拳を振り上げる。
「ウルサイ!!!」
ドバギッ!!!
聴いたことが無い怪音
リーが山剣士達がたむろするテーブルを拳で力いっぱい叩くと、
厚さが20センチはある黒檀一枚板のテーブルの端に、
こぶし大の穴が空いてしまったのだ。
凄まじい勢いで繰り出されたリーの一撃は、板全体には負担をかけず、
手の触れた部分だけを粉みじんに打ち砕いていた。
テーブルの黒檀がどういう物か、どういう気が
そこに存在するか等知り尽くして、
一点弱いところをなんとなくカンで把握している。
それは計算で無く、天然のなせる技。
しかも自然石をも粉砕する爆発的な力で。
丸ごしのリーにでも、勝てる者はなかなかいないだろう。
「ウヲーーーーー!!」
座っていた男は顔面蒼白で硬直する。
抑制した声でリーが喋る...
「フーー...見たやつ出て来い...」
「...へっ...な、なにを?」
「出てこいって言ってんだ!!!」
怒りに染まった目で睨みつける。
山剣士達は恐る恐る聞いてみる。
「何...を言ってるのか...」
困惑する男達
「私の水....っ!!」
言いかけてやめる...私の水浴び覗いたのは誰か?
そんな事をおおっぴらに聞けるわけが無い。
何も考えず、感情のまま我を忘れて聞いてしまったのだ。
「くっそう!!」
「リー!だめだよ、仲良くなりに来たんだろ?」
リーの後ろからサンデイが顔を出す。
「あっ!!あんちゃん!もしかして」
山剣士達はリーのあまりの剣幕にサンデイが見えていなかった。
「リーと一緒に住んでるやつだろ!」
「よろしく、リーの同居人のサンデイです。」
「マジ....」
「そんな...うそだろ...」
「こんな....ヤローが....」
「細い...ムチャクチャ弱そうだな...」
「でも...顔はいい」
「リーには合ってない」
「メガネの優男に...」
サンデイからはっきり同居人と聞いて口々につぶやく。
リーを知っている人達はショックだったみたいだ...
でも、今ショックを受けた人たちは水浴び覗いてるな...
「それが何故だか...そういう事なんです」
サンデイは物怖じせずにっこり笑う。
「なんだ!文句あんのかよ!」
「リーって呼び捨てたのだれだ!」
「まぁまぁ」
「ねぇちゃん一応女だろ...丸腰だったら勝てるんじゃないのか?」
噂でしかリーの事を知らない、よそ者の山剣士が小声で言う
「アホ言うな!勝てる分けないだろ!」
直接リーに組み敷かれた者は圧倒的な力の差を知っている。
リーに子供のように遊ばれて、手加減されての敗北。
体術、カン、センス、戦闘的な事では全て規格外。
もちろん力も規格外、手刀で熊を気絶させる女。
「やってみな!!」
すごむリーにサンデイが大声で言う
「リー!!やめるんだ!!」
リーはびくりと驚いて振り返る
「だから...仲良くなりに来たんだよね、リー」
「あ...うん」
リーはサンデイに言われて少し落ち着く。
すっかりおとなしくなって、しゅんとなってしまう。
あのあんちゃん、リーを操ってる...
素顔のリー...かわいいなぁ...あいつさえいなければ
いや...素顔見れただけでいいか...
リーは山剣士達のアイドルだった。
黄色の肌、黒か茶色の髪の毛、背は低めの
村の娘達とは明らかに違う、白い肌、長身。
少し幼さの残る真っ赤な目、輝くような水色の髪。
そして、山剣士がかなわないほどの力。
話題の無い村で、ほとんど姿を見せない事も、
想像を掻き立てたんだろう。
それに、リーにはどこか人を引きつけるカリスマがある。
「リーと僕は皆と友達になりたいんです」
「出来れば僕ら二人を受け入れてもらいたい」
サンデイは出来るだけ丁寧に山剣士達に喋りかける。
「あ?...なに?」
「何言ってんだ?」
あけすけに言うサンデイに山剣士達はあっけにとられる。
「皆さんリーが怒ってる理由わかる人いますか」
「知らないに決まってるだろ...」
「リー、だから確証が無いっていったろ」
「いや!嘘ついてんだよ!」
リーは、多少場に慣れて、怒りが収まってきてはいるが
不機嫌そうな顔で山剣士達を見渡す。
「それ、なんだ...?」
リーは一人の山剣士が持っていた、
20センチ大の丸く膨れた目の細かい布袋を指差す
「えっ...これのことか?」
「いや...いい..ちょっと気になっただけ」
「...そう...か」
山剣士は何か思い浮かんだように、
袋を縛っていた紐を解いて、リーの目の前に差し出した。
リーはとっさに差し出された物の中身を見て、匂いを嗅ぐ。
「コ、コショウだ!!!粒コショウ!すごい!」
「これ...よければ...あげるよ」
「ええっ!!大粒の、こんないっぱい?」
さっきの怒りの声とは全然違う、素っ頓狂な声で叫んでしまう。
中には黒い大粒の乾燥黒コショウが入っていた。
極めて質が高く、食欲をそそる芳香が、袋を開けただけでぷんと辺りに漂う。
コショウは貴重品で加工したモノしか手に入らない。
生産地が生きた種を厳重に管理している。
まがい物や代用品ですますのが一般的で、
混ぜ物で薄くされた粉末でも高価だった。
乾燥粒コショウのホンモノが手に入る事はめったに無い。
それほどにコショウは高価な香辛料だった。
「いいだろ?俺がいままで見た中でも一番の極上品だ」
「くれんのか?ほんとに?後でかえせって言っても遅いぞ」
「い、言わねぇよリーへの贈り物だ」
「ほんとかよ!サンデイ見ろこれコショウだよ!!」
リーって呼び捨てにされている事、もうなんとも思っていない?...。
喜んでいたリーがふと不思議な顔をして男を見る。
「なんでくれんだよ...金はいいのかよ」
「俺はコショウの仕入やってるんだ...」
「これは、俺はリーと...その...友人としての..」
巨漢の山剣士は使い込まれた山刀を腰からぶら下げていた。
コショウの仕入れをしていると言っているが、やはり荒くれな山剣士。
村人が気安く近づける雰囲気では無い。
その山剣士がリーの前では、頭をガリガリと掻いて言葉をはっきり言えない。
「何言ってんの?はっきり言ってくれよ...」
「リー...友達になりたいって言ってるんだよ」
サンデイが助け舟を出すとますます男はガリガリと頭を掻いた。
「え?な、なんで、でも...まぁ...いいよ!」
「俺とオマエは友達!またコショウ分けてくれるか?」
「次は金払うからよ、でもこれは貰ったよ!いいんだ....なっ?」
リーは握手をしながら異常に顔を山剣士の顔に近づけて
歯を剥き出しに笑う
「しししっ」
「も、もちろん!いつでも用意しとくから次も来いよ」
リーは机を自分で叩き割った事も忘れ、
自分より背の高い山剣士と肩を組んでパンパンと反対側の肩を平手で叩く。
薄着のリーの胸が、山剣士の胸板にぴったりひっついてしまってもお構いなし。
無防備そのもの。
「あっはっはっはっ!おまえ、いいやつだなぁ!」
「お、お、俺ロン・フェネリーってんだ」
ロンは明らかに顔が紅潮して頬が引きつっている。
「よしっ覚えたっロン!また来っからな」
そしてリーは周りの男達を見回して少し冷静に言う。
「というわけだから...よろしくな」
リー...どういうわけかさっぱり分からないけど、
まぁ前向きにって事か...。
これはひょうたんからこま、僕なんか何もしなくてもいい感じじゃないか。
でも、賄賂...か...なんてあっさり...
「へへへっもらったこれ、私にだって」
「よかったね...いい人達だね」
「ああ、あいつ案外キライって程でもないかも」
すっかり水浴びの事忘れてる...
というか意外と...コショウでちゃらにしてあげたのかも。
リーは人から物を貰ったりした事がほとんどなかったから、
高価な物をわざわざプレゼントされる事が驚きだったし、
嬉しかった。
あいつ...なんでくれたんだろ...
でもいいやつかも...ロン、つったっけ。
「かなり...いいやつかも...」
リーが立ち去った後ロンは呆然とつっ立っていた。
「ああっリー、手やわらかかったなぁ...」
「...チチ...やわらけぇな」
「いい匂い...した...花みたいな甘い」
周りの男達からの冷ややかな目。
「ゆるせねぇ」
「な、なんだよ!仲良くなるきっかけ作ってやったろ」
「うるせぇ!てめぇだけぬけがけだ!」
「なんだ!?あのコショウ、いくらしたと思ってるんだ!」
「なにが、俺ロンだ!」
「しめちまえ!」
素顔のリーを近くで見たのは皆初めてだった。
「でもよぉ、リーって案外かわいいなぁ」
「ありゃ、すれてないから...子供みたいだ」
「身体は子供じゃねぇな」
「俺は今日初めて顔みたが...まぁ悪くないな...」
「水浴び覗いた時も無表情だったしなぁ、笑ったの初めて見た。」
「許せないのはサンデイとかいうあんちゃんだ」
「あの感じ、あんちゃんに...もうやられてる...」
「もうちょっとガンバりゃよかったか」
「お前の顔じゃ無理!」
「でもよぉテーブル...どうやったらそこだけ穴空けれるんだ」
「......だからヤバイんだって」
「俺達が割ったとしても板ごとだろ?そこだけ穴空けれるやついるか?」
そこへサンデイだけが一人で戻ってくる
「あ、あんちゃん...サンデイっていったっけ?」
「はい、覚えてもらえたみたいですね」
「とにかく僕ら二人で暮らしてます」
「そう見たいだな、他所もんの癖にうまくやりやがったぜ」
「ロンさん...ですよね」
「コショウありがとうございます」
「リーはえらく喜んでたみたいです、いいやつだ、いいやつだって...」
「よしっ!そうかっ!次はもっと喜ばせてやる」
微妙な関係、サンデイがいてもかまわず堂々と言う。
やっぱりぶきっちょで憎めない人たち...僕の想像してたとおりだ...
「僕も受け入れてくれるんですか?」
「リーが選んだんだからしかたねぇ」
「あはは、しかたない...ですよねぇ」
「まぁよろしくな、リーが素顔でここへ来ただけで満足だ」
「俺達の姫さんだからなぁ」
「リー、ガキんとき俺と遊んだの、すっかり忘れてんだぜ」
「ひどいよなぁ」
「あんちゃんには感謝してる」
「リーをよろしく頼む...でも、早くふられるのまってるよ」
嫌味っぽい言い方ではなく、いたずらっぽく言う。
リーをよろしく頼む...それで全てが分かった。
僕の考えは正しかった。
「ところでよぉ...あんちゃん...何かやってたんだろ」
「へっ!...何かって...何言ってるんです」
「騙されねえよ、俺達にそんな隙だらけで寄って来て平気なんて」
「バカか、それ以外って事だ...」
「ひどいなぁ...バカなんて」
「まぁそうしとくか...」
「あと水浴び、もう覗いたりしないで下さいね」
「やべっ!やっぱリーにばれてた?」
「いえ、それも僕のカンだけで...でも、やっぱり」
「きたねぇ...誘導尋問だぜそりゃ」
「そんなつもりでは...すみません」
「まぁ今までは見ていないって事で、でないとリーがまた机割っちゃうから」
「そうだな...それが懸命だな」
「僕ら皆と仲良くなりたいんです」
「わかった...もうやんねぇよ」
「そうですよ...次は、只じゃすまないと思いますよ」
.
.
.
一瞬だけサンデイが冷淡な目になった、凍りつくような無表情。
な...なんだ?
ほんの一瞬だったが、山剣士達は見過さなかった。
「ど、どうしたんです?」
「い、いや何でもない。」
「それじゃ...今度は皆さんを僕らの家での食事に招待しますよ」
他の山剣士達も見回しながら言う
「ほ、ほんとか?あの家すごく遠くから見てただけでよぉ」
「中どうなってんのか気になってたんだ」
「リーの煮込み料理絶品ですよ」
「リーの手料理か?...いつ、招待してくれる!?」
「今機嫌がいいから近いうち」
「いつでもここに来たら誰かいるからよぉ!」
「はいっよろしく!」
サンデイは握手をしてリーの跡を追った。
やっぱり朴訥としたいい人達。
...ロンさん...僕の事えらく、
勘違いしているような気がするなぁ...。
でもまぁ、中には色々な人がいるから、
僕もリーを護れるようにがんばんないと...。
あ〜冷や汗かいた...。
「あんちゃん...あの冷たい目」
「ああ、俺達とはタイプが違う」
「俺達相手にあの平常心、ただもんじゃない...」
「悪いやつではなさそうだけどな...」
| ミシェルと村娘 |
奥から出てくると入り口付近でリーは女達に取り囲まれている。
「どうしたの?リー」
「いやぁ...なんか...」
女達はしばらく遠巻きに近づかなかったが、
長身の女性が一歩前に出る。
「あっ!さっきの...」
入り口ですれ違った女性だった。
「あなたが噂の森の奥に住んでるリーさん?...」
「何度か鎧姿で行商のおばあさんからの荷物、
取りにきた事あったわよねぇ」
「私の事見たことあるでしょ?」
「知んないよ、なんだ?何だってんだ?」
リー身構えちゃって...
でも一応村には何度か来てたんだ。
おばあさんには辛い山道だから、嫌々買い物に来てたって事か。
「やっと店の中入ってくれたわね、素顔で...」
長身の女性はゆっくりともう一歩近づく。
「なっ!なんだよ!」
ケンカか?ふっかけてんのか?
危害を加えるのでは無さそうなのは分かるが、身構えてしまう。
あまり若い女性とは話したことが無いから、ただ戸惑っていた。
長身の女性はさらにもう一歩近づくと、
手を伸ばしてリーの髪の毛に軽く触れる。
「なっ!!」
「綺麗な髪ね」
一瞬の出来事に体を動かせなかった。
今のリーは隙だらけ、腰にまったく力が入っていない。
「わっ、な、なにすんだよっ!!」
まったく想像していなかった行動に後ずさる。
「ごめんなさい、ついキラキラしてて触りたくなっちゃった」
悪びれず、余裕の笑顔での謝罪。
「でも、まってたのよ...ちゃんと来てくれるの」
あまり人に接し馴れないリーは、
呆気にとられて真っ赤になってうろたえる。
待ってたって私を...私を見てたっ???
「なんだよ、びっくりするだろ〜」
リーからはすっかりさっきの緊張が無くなっている。
もう構えずに喋れている。
「よろしくね、私この店の店主ミシェル・ダグ・ローズ」
「チョコチョコ遊びに来てね、リーちゃん」
リーに向かって手を差し出しす。
「リーちゃんってなんだよ...」
握手...そうか...こんな感じ...悪くない。
「あ...そうか...」
緊張をほぐすためにわざとしてくれてたんだ...。
「兄さん...あなたがリーちゃんを素顔にした渦中の人ね」
「はははっ渦中って、参ったな...サンデイっていいます。」
「リーと一緒に暮らしてます、これからもお邪魔しますよ?」
「もちろん歓迎よ...でも」
「みんなの憧れの姫とっちゃって、恨まれるわよ、気をつけなさい」
ミシェルは奥のテーブルの方に目だけを動かして、肩をすくめる。
「なんとなく分かってますよ」
「力じゃリーに勝てる事はないけど、
他に僕でもできそうな事もあるかなって」
「な〜る程、リーちゃんはその都会的な感じに、
参っちゃったってわけね」
「僕が都会的?」
「それに...リーちゃん...面食いなのね」
ものめずらしそうに、まじまじとサンデイの顔を見る。
ミシェルが面食いと思うという事は、ミシェルもそう見てる、
という事を言っている事になる
「それはどうだか...」
「でも...参ってるのは僕の方かも」
「あらあら、ご馳走様」
サンデイ君ったら...私に興味は無いって釘さしたのかしら
僕らが喋ってる間、
いつのまにかリーは従業員の若い娘達に囲まれている。
リーには人を惹きつけるカリスマのような物がある。
つい喋りたくなる、一緒に居たくなる、
相手が男性であろうと女性であろうと変わらないみたいだ...。
「リーさんって綺麗ネェ、お肌白いし、まつげ長いし」
「お肌はなにかつけてるの?」
リーは10代の村の娘4人に囲まれて、
次から次へと来る質問攻めに、目を白黒させていた。
サンデイがミシェルと話しているのが気になってはいるが、
若い女性と、一度にしかもこんな大勢と話をした事がない。
「いや...なんにも、日に焼けても黒くなんないんだ、生まれつき」
「いーなー、リーさん...でもいい香りする」
「あ、これ...っかな...」
リーはそういうとポケットに無造作に入れられた、
小さな包みを取り出した
「なんてったっけ...」
「ポプリ!?...すごくいい香り!野バラね」
「他にも色々入ってる!...自分で作ったの?」
「ああ、そうだよ、山に生えてるよ、庭にも色々」
この村の娘達は黒か茶色の髪に黄色の肌。
リーがまるで異国のお姫様のように美しく見えた。
それにリーがおばあさんから教わっていた事は
村の文化とは少し違っていた。
「髪の毛もすごい素敵!染めてるの?ふわふわ」
「えっ!...ああっ地毛だよこれ、山刀で散髪すんだよ」
「スゴーイ!!山刀でそんなに出来るんだ!」
「ブルーと白い肌で白いドレスとか似合いそう」
「あ、そうかな?...って、ドレスってなに?」
「今、都会で流行ってるんだって」
「豪華で綺麗でかわいいお洋服」
「へぇ...物知りだなぁ」
「僕も一度白くて綺麗な布で出来たドレス見たことがある。」
「晩餐会とかがあれば身に付けるんだよね?」
後ろからサンデイが会話に入ってくる。
「あっ...!」
「....ど、どなた...?」
サンデイは明らかに村の男達と違う。
リーほどではないが、白い肌、
筋肉質でなく、細く引き締まった体
それに...鼻筋の通って整った顔立ち
筋骨隆々で汗臭く山のように大きい男か、
働き者の黒く背が低く、節くれだった農夫しか、
知らなかった女の子達にとって、サンデイの容姿は衝撃的だった。
「なんてっ」
「...」
村の娘達は恥ずかしがって、しばらく言葉が出ない。
サンデイには自覚が無い。
自分の事をひょろひょろの頼りない男だと思っていた。
しかし、街にいた頃もそれなりにそういう経験があったから、
なんとなく村の娘達から来る目線の意味はわかった。
ありがたいんだけど...変な事になったら嫌だな...
「僕とリーは一緒に住んでます」
「そう...なんだ」
「リーさんと...」
リーとサンデイが二人並ぶと、それはお似合いとしか
いいようのない美男美女のカップルだった。
「二人共...すてきねぇ...」
「うん」
「そうね...」
口々につぶやく。
「皆さん、よろしかったら僕とリーの手料理、
ご馳走しますから家に遊びに来て下さい」
「え?家に」
「あ、ちょっと遠いから...無理かな」
「すみません、考え無しに言っちゃいましたね」
「いくいく!遠くても絶対行きます!」
「お名前は?」
「サンデイっていいます」
「サンデイさん...何処からいらっしゃったの」
「東のオラクルという街から来ました」
「ここはいいですね...豊かな所で」
「オラクルって大都会ですわよね」
「ええ、人が多いから、色々な文化が入り混じってますよ」
「街の話を聞かせてくださいます?」
酒場の娘は頬を紅潮させて夢中で喋る。
酒場で働く村の娘達はおしゃべりが何よりの楽しみで、
一度喋りだしたらなかなか、止まらない。
「いいですよ...でも」
「ここの村の話も色々聞かせてもらえますか?」
彼女達はリーといい友達になってくれるかも知れない
「そんなのいっくらでもっ」
「ず、ずるいっ、私も」
「みんなで行ってもいいですか?」
「あっ...」
いっせいにリーの方を見る。
「へっ???」
サンデイが耳元で囁く
「リーに、遊びに行ってもいいかって聞いてるんだよ」
リーは一瞬状況が呑みこめなくて首をかしげる。
「ごめんなさい....リーさん」
すっかり静かになって俯いてしまっている。
サンデイの物腰の柔らかさに我を忘れ、
浮かれて喋ってしまったが、
ふとリーを見て我に返ったのだった。
「なんであやまんだ?」
「来たらいいよ、泊まれるようにしとくから」
「ほんと?...」
「ああっ、何にも無いけどご馳走するよ」
「私っドレスってほどで無いけど持ってく、
リーさんに似合うかわいい服」
「お古だけど...もらってくれる?」
「ほんとか?くれんのか?」
「でも高いんじゃないのか」
「そのかわり」
「あの野バラのポプリ分けてくれる?」
「いいよ、あんなのでいいの?」
「それじゃ私が得するばっかじゃないか...」
「だってご馳走...してくれるんでしょう?」
「え!?それじゃぁ、すごい特別料理しなきゃ」
村娘達は切り替えが早く、一瞬で元の調子に戻って
リーと喋りだす。
リーもだんだん楽しくなって来たのか、ぎこちなさは
無くなっている。
リーにはやっぱり、女の子の友達がいたほうがいい...
無理やりつれて来て良かった...
「あなたたち、無理強いしちゃだめでしょ」
他の客の相手を終えたミシェルが割って入る。
「いえいえ、僕らほんとに歓迎します」
「馬車道作って、もっと行き来しやすいようにしたいくらい」
「そうか!馬車道か...」
リーは村の娘達が自分の家まで来る時の事を心配して
馬車道を作れないか考えている。
「そうね、今までの分、取り返さなくちゃね、リーちゃん」
「うん、そうだっ...うん」
「ミシェルさんもよければ来ませんか!」
「ありがと...でも遠いんでしょ、私は店があるし無理だわね」
「サンデイ君に釘、刺されちゃったしね〜」
「え?え...何の事ですか?」
「冗〜談!...」
「なんだ!サンデイ、まさか釘なんか刺したのか!」
「暴力はダメだよ!」
さっきテーブル叩き割った時の事は...忘れてるな
「ミシェルさんの冗談だよ...刺してないよ」
「うちの娘たちかわいいでしょ、リーちゃん」
「仲良くしてあげてね」
「あっ!うっうん」
帰り道、リーは密度の濃い一日を色々と反芻していた。
あいつら(山剣士)は意外とキライじゃなくなった。
というかコショウくれたし、いいやつらかも。
酒場の女の子達も嫌な感じはしなかった...と言うか楽しい。
山道無理だろうなぁ...
私一人だったら1時間だけど、サンデイとだったら4時間かかったもんなぁ。
遠回りでも平坦な所探して馬車道作ろう。
あと、家来るって泊まりだから寝る部屋も作んないと。
ミシェルはなんか苦手だけど...姉ちゃんいたらあんな感じか、
ちょっと違うかな...でも嫌いじゃない。
友達いっぱい出来た...友達か...。
リーの心に一人の人物が浮かび上がっていた。
そういえば家出て行って随分なるなぁ
もうしばらく会ってない...どうしてるだろ...
私姉ちゃんなのになんにもしてない...悪かった。
「サンデイ?話があるんだ、真面目な。」
「ん?何?今日は色んな人と喋って疲れただろ」
「全然!凄い楽しかったよ、みんないいやつらだなぁ」
「しばらく忙しいよ!」
「え?」
「家増築して、馬車道作るからね」
「そりゃ大変だ、僕も手伝うよ、力仕事以外だけど...」
「よーーーし」
「だから...そうじゃなくて...違う話」
「えっとね....言ってなかったけど」
「親は死んじまってるけど」
「私、妹いるんだ」
「あっ!?...え?」
「い、妹?....え――――!」
「そんな話聞いてないよ!!」
というかご両親が亡くなってたのも、
はっきりと聞いたのは今初めてなんだけど...
「三年くらい前ケンカして出て行ってさぁ」
「えっ!...ええっ!!そうなの!?」
「あんまり男言葉喋るもんだから...」
「ケンカになって」
「自分の事俺とか言って」
...似てる...なんかリーと似てる予感がする。
「でも、今は一年一回くらい帰ってくるんだ」
「好きにやってるみたいだけど
私が生きてるか心配らしいんだ...」
「どうして今、思い出したの?」
「私は何もしてやってないから、悪かったなと思ってさ」
「リー」
歩きながらサンデイはリーの手をとって指を絡み合わせる。
「...妹さんも大事にしないと」
「そう...なんだ...」
「サンデイがいて良かった」
「リー...僕もリーと一緒で良かった」
「君とする事はなんでも楽しい」
リーは余所見したまま、何事も無かった顔。
しかし手に不自然な力が入っていて、
リーの頬から耳まで見る見る赤くなって行く。
「あーーーーーもーーーーー」
「不公平だっ!!」
「なんでそんなに余裕ある顔してんだよー」
「え!リーは、なにがそんなに余裕無いの?」
「なにがって...そんな事...ないけど...」
きっかけだけが必要だったんだ。
僕がリーにして上げれる事はいっぱいある。
僕も、リーから学ぶ事がいっぱいある。
終わり(2004/05/16)森のリーはまだまだ続きます