美青年U君の思い出話 〜僕のお兄ちゃん その3


マスター:おかわり、どうぞ。
U君  :ありがとう。・・・僕たち三人の関係はけっこう長く続きました。あの日、僕は中2で、お兄ちゃんは高校に上がったばかり。僕のお兄ちゃんとの最後の日、僕たちは藤田さんのアパートにいた。日曜日の午前。土曜日の晩から三人で、そう、楽しんで・・・あれがお兄ちゃんと結ばれた最後の晩だった。皮肉だけど、特に印象的でもなんでもない夜だった。
 お兄ちゃんは相変わらずビールを飲んでて・・・僕は相変わらずお酒や麻薬はダメでした。玄関のチャイムが鳴って、藤田さんが面倒くさそうに玄関に向かっていった。見えないところで、藤田さんの怒鳴り声が聞こえて、それから、ドタバタって物音がした。藤田さんが部屋に駆け戻って来た。・・・血まみれで。
マスター:なんですって・・・
U君  :今でも鮮明に覚えてる。肩から腕にかけて真っ赤に服が染まっていた。続いて、髪の長い女の人が藤田さんを追って入って来た。額が汗で光って・・・怖い顔をしてた。血の付いた出刃包丁を両手で構えていた。藤田さんが「助けてくれ!」って叫んだと同時に、女の人が藤田さんに体当たりして、鳩尾の真下あたりに、まともに包丁が刺さった。本当に「ブスッ」っていう音がするんです。藤田さんの体から出た血が女の人にシャワーみたいにかかった。藤田さんは仰向けにばったり倒れて、動かなくなった。僕は何だか映画でも見ているみたいな不思議な気持ちだった。体は動かなくて、視野がぼやけていた。
 女の人が振り向いて、僕を見た。じわじわ僕に近づいてきたけど、僕は動けなかった。殺されるんだ、と思った。その時、僕と女の人の間に黒い影が飛び込んできた。お兄ちゃんだった。女の人の両腕をつかんで、格闘を始めた。それでも僕は動けなかった。「やめて、お兄ちゃん」「逃げて」叫びたかったけど、言葉も出なかった。床を二人が転がるようにして、うずくまった女の人がゆっくり立ち上がると、出刃包丁が倒れているお兄ちゃんの胸に刺さっていた。女の人は僕がそこにいないみたいに、何も見ないで、ふらふらと出ていった。

 それから・・・細かいことは覚えていない。とにかく、僕は気絶したらしくて、気がついたらベッドの上だった。お母さんがいた。真っ先にお兄ちゃんのことを聞いたけど、お母さんは首を振るばかりだった。
 あっけなく死んでしまっただなんて、信じられないっていうか、受け入れられなかった。それから一ヶ月ぐらいも、僕は夜中に目が覚めると、お兄ちゃんが隣にいないって探してしまったり、透明なお兄ちゃんの体が僕を抱いているかのような、不思議な錯覚にとらわれた。
 お兄ちゃんがもういないって、心の底から納得できるとともに、僕は、寂しさに耐えられなくなった。電話を使ったり、夜の街をうろついて、とにかく男の人に抱かれました。毎日毎日・・・家で一人で寝るのは嫌だった。どんな人にでも抱かれた。大学生ぐらいの若い人から、白髪のあるおじさんまで・・・。しょせん、お兄ちゃんの代わりになる人はいなかった。面影がお兄ちゃんに似ている人に出会ったときは、心が躍ったけれど、ベッドに入るともうだめだった。やっぱり違うんです。当たり前ですよね。

 僕は今日二十歳になったんだ。今日を限りに僕は、お兄ちゃんの影を追いかけるのをやめるつもりです。そのために僕は今日ここへ来たんです。ここは、僕を何度か抱いたある男の人が教えてくれた。きっとマスターも知ってる人だと思うよ。
 僕は、今日から、かつての僕のような少年を探し求めて、抱く方になる。僕は昨日までの僕のような、孤独な魂を持った少年をよく知っている。そういう少年を抱く。彼らの知らない世界に、僕が導いてあげるんだ。
 天国のお兄ちゃんが、僕のやることを見ていてくれる。僕を支えてくれるって信じているんだ。いや、お兄ちゃんは僕の中で、生き続けるんだ。ねえ、きっとそうでしょう?