25歳のフリーター青年W氏の経験 その3


 さてと。それじゃあ、このへんで、お待ちかねの保育園で実際に行われていた『罰』を話そうか。
 うん? ナニ? 夕飯?
 おいおい、さっきまではあんなに罰の内容を聞きたがっていたのに、いまはそっちのほうに興味がうつっているのか。まあ、気持ちは分からんでもないがな。いいじゃないか、自由に話させてくれよ。

 罰の内容だがな、特に『××をしたら○○の罰』みたく、きまっていたわけじゃない。はっきりいって、保父さんの気分しだいだ。内容も様々でな、とても全てを話しきるのは無理だろう。だから特に印象に残っている罰だけをピックアップして教えてやるよ。

 まずは基本だが、殴る蹴る踏みつけるといった一通りの暴行は日常茶飯事だったな。これはもう、特別な罰というよりも、ちょっとでも保父さんが気に入らない事があれば、当たり前のように行われた。俺は座禅の最中に薄目をあけたと言われて思いっきり蹴られて腕を骨折したこともあった。それでも、座禅を止めさせてもらえなかった。
 園児達にとって、殴られるというのは、もはや当たり前の事であり、1日に1度も殴られなかったら、それはもう、数ヶ月に一度の幸運といっても差し支えがないほどだった。

 他には……そうだな、やはり、これも基本なんだろうが、園庭を何十週も走らされたり、腹筋運動や背筋運動を何十回もさせられたりしたな。まあ、このくらいは本当に、罰というよりも、当たり前の行事のようなものといえたかもしれない。

 特に『悪い事』――例えば、オモラシとか、ちょっとした悪戯とか――をした子供には、もっと酷い罰が与えられた。
 それぞれ、色々な名前がつけられていた。

 よく行われたのは逆さ吊りの刑だな。名前の通り、ロープで足を縛られて木に吊るされ、鞭でうたれるってヤツだ。拷問としてはポピュラーで工夫がないといば無い。

 おしっこ我慢の刑ってのもあった。何時間か、何日か――まあ、保父さんの気分しだいなんだが、チンコを縛り付けておしっこができないようにするんだ。もちろん、水を大量に飲まされたりしたぜ。数時間もすると、もうがまんできなくなってくるんだが、泣き言をいえば、それ自体が罰の対象となるのでひたすら耐えるしかなかった。
 もちろん、この上級編として、ウンコ我慢の刑ってのもあったな。ケツの穴に棒をつっこまれてりして。

 画鋲歩きの刑なんてのもあった。画鋲を散らばして、その上をあるかせるんだ。よけて歩こうと思えば可能なんだが、もちろんそんな事は許されず、足のうらに何個もが画鋲が刺さったまま歩かされたりした。

 似たようなので釘刺しの刑ってのもあったが、これはもっと辛かった。何本かの釘を渡されて、自分の体に刺せと命じられる。まあ、さすがに五寸釘とかじゃなかったし、今思えば、釘というよりは針に近い程度の太さだったんだろが、自分自身で刺すというのが精神的にきつかった。

 蜂刺しの刑ってのもあったな。小さな暗い部屋に閉じ込められ、そこに蜂の巣が投げこまれる。子供たちは逃げ惑うしかないが、どんなに逃げても何箇所も何十箇所も刺されて何日も痛い思いをした。金玉刺されて気絶したヤツもいたな。

 毒ガスの刑ってのもあった。これも狭い部屋に閉じ込められるんだが、そこで二つの洗剤をバケツの中で混ぜ合わせる。ほら、よくあるだろ『混ぜるな危険』って書いてある洗剤。つまりアレだよ。塩素ガスだな。一応、小さな空気口はあるし、木造建築だから密閉されているわけではないんだが、それでもしばらくすると気持ちが悪くなり、嘔吐したり、酷くなると体中が痙攣したりし始めた。

 同じ、洗剤をつかったのとしては、毒飲み込みの刑っていうのもあったな。スプーン一杯程度洗剤を飲ませられるんだ。すぐに息ができなくなってもだえ始める。そのうち、保父さんが胸をたたいて吐き出させてくれるんだが、あれはホンキで死ぬかと思った。

 他にも、蝋燭垂らしの刑とか、火あぶりの刑とか、氷水水泳の刑とか、まあ、名前を聞けば大体想像ができるだろうが、そんな罰が、それこそ週に何度も行われていた。 
 いずれにも、園児達をおびえさせるのは十分で、どんな理不尽な教育も、罰が恐くて従わざるおえなかったというのがわかるだろう?

 一度だけ行われたのが、崖飛び降りの刑だ。あれは、そう、園児のうちの2人が逃げ出そうとして、その見せしめとして行われた。その二人は兄弟で、兄の方が6歳、弟の方は4歳だった。
 俺達全員、園舎近くの崖の上に立たされた。大人の背丈の二倍くらいはあったな。崖の下は草もはえていたが、基本的には石がゴロゴロ転がっているような場所だ。
 そこで、逃げようとした園児二人に保父さんがささやくようにいったんだ。
「さあ、飛び降りろ」
 と。
 この時の冷たいほどに恐ろしかった保父さんの顔、俺は一生忘れられない。
 さすがにこればっかりは二人とも泣き喚いて抵抗した。そりゃそうだろ。ヘタすりゃ死ぬもんな。
「お願です、許してください。他の罰ならなんでもうけますから」
 なきわめきながら兄が愛玩した。しかし、そんな事で許されるわけが無い。
 追い詰められ、殴られ、蹴られ、兄弟は結局は飛び降りるしかなかったんだ。
 まず最初に兄の方が飛び降りた。兄が自ら先に飛び降りるといったんだ。たぶん、次に降りる弟を支えようとしたんだと思う。だけどそんな考えは甘かった。飛び降りた時、兄は石に頭を強く打って気を失ってしまった。
 それを見て弟の方は泣き叫び、自分からはどうやっても飛び降りなかったので、保父さんがむりやり投げ落とした。弟は頭こそ打たなかったものの、右手と左足を骨折。右足を捻挫、頬に大きな切り傷を負った。
 兄の方は、それから三日間寝たきりになり生死の境をさまよった。
 さすがに、大人達もこれはマズイと思ったんだろう。この罰は2度と行われる事は無かった。しかし、俺達の逃亡する意気地を刈るには十分だった。