・国連職員M氏の話〜南米自家用機不時着事件のその後

M氏  :僕が内戦の処理のためにその南米の小国に向かった年から、その出来事はさらに6年をさかのぼる。
マスター:航空機が不時着したのでしたね。
M氏  :そう。航空機とは言っても、七人乗りの自家用小型機だ。操縦士と、親子四人が乗っていた。父親は確か植物学者で、家族とともに南米の島を回って研究とバカンスをかねて旅を続けていた。子どもは7歳と4歳の男の兄弟だった。その後訪れる悲劇などつゆ知らず、機内ではしゃいでいたことだろう。大陸上でエンジントラブルが発生して、操縦士は危険な夜間の不時着を決行した。この操縦士、腕は確かだったらしく、機体をほぼ損傷することなく、不安定な草地に着陸を成功させた。無線機で救助を要請したが、その段階ですでに夕闇がせまっており、救援機が着くのは翌朝になるという。それで、彼ら一行は、動かない機内で夜を明かすことになったんだ。
 4歳の次男の方は事態をよく把握できていなかったらしいが、7歳の長男は「ねえ、僕たちどうなるの」って不安を訴えていたらしい。どうなるのって、この後の彼らの運命を、誰が予想できたろうかね。
マスター:面白そうな話ですね。
M氏  :そうだな、うむ。当人達にとっては面白いどころの話ではなかっただろうけどね。翌朝の朝だ。機体の扉が開いて、幼い兄弟二人の寝床がもぬけの殻だった。機体の外に出るのは兄の方ならたやすいことだったろうが、弟もいない。操縦士を一人残して、両親はそれこそ死にものぐるいで周囲を探し回った。しかし、平地だが樹木の多いジャングルといっていい地形で、両親自体も迷ってしまう危険がある。断腸の思いで探索をあきらめ、無線で事情を伝えて救援を待った。
 昼頃に応援がたどり着いて、かなり大規模な探索を行ったが、徒労だった。おそらく兄弟連れだって、トイレに行こうとして迷ったか、何らかの事故にあったのだろうと言う、何の救いにもならない分析だけが残った。失意のまま両親は、ヨーロッパの母国に戻り、それから数年、息子達は死んだものとして過ごしてきたんだ。
マスター:すると、実は生きていたんですね?
M氏  :あわてない、あわてない。だが、その通りだった。僕を含め、内戦の実態調査のための職員が、南米大陸の小国に派遣されたが、その調査の過程で、ある小さな村を訪れた。そこに二人は生きていた。変わり果てた姿となって。その村の付近でキャンプを張ったんだが、現地人の話で、その村にずっと前から白人の子どもがいる、という噂を聞いた。職員のメンバーの中に、例の学者と同国人で、六年前の失踪事件のことを知っている人間がいた。失踪地点と地理的にもそう遠くなかった。それで、調査をしてみることになった。
 その村の人間は口が堅く、また老人から子どもまでがまるで夢見るような、異様な目つきをしていて、不気味だった。同じ人間と話している感じがしないんだな。現地人通訳によると、この村は密教ブードゥの根付く村だという。ブードゥと言えば、君も聞いたことがあるだろう。
マスター:呪いとか、魔法とか・・・
M氏  :そうだ。ブードゥにもいろいろ流派はあるらしいが、発祥はアフリカ。巫女や魔術師を中心として、呪いや、魔術的な儀式を行う。その神秘は、現代文明では解明できない、というよりは、理解困難だ。彼らの価値観そのものがね。とにかく、荒唐無稽として笑うことはできないよ。彼らの魔術は、少なくとも彼らの中では真実なんだ。
 そもそも南米でのブードゥは、アフリカ原始宗教に白人への呪いが重要なファクターとなって形成された。自分たちの文化を破壊され、家族を引き裂かれ、奴隷として残酷な支配の元に置かれた黒人達は、さまざまな方法で支配者への抵抗を試みた。ブードゥの呪いもその一つだ。
 その村は、ある種狂信的な、ブードゥの支配する村だった。二人の少年が発見されたとき、僕は嫌と言うほど、「白人への呪い」というキーワードを思い知らされたよ。
マスター:二人はやはりその村にいたんですね。
M氏  :うむ。近隣の村の人間を買収することで道が開けた。彼らの証言から少年が存在する事実が確信となり、居場所にも見当がついた。それで我々は強硬手段に出ることにした。武装して村を急襲したんだ。彼らはピストル一つ持っていないから、軽火器装備で十分に制圧できた。そしてついに、二人の少年を「救出」したんだ。彼らは族長とおぼしき男の家に捕らえられていた。一目彼らの姿を見ると、彼らがたどらされた六年間の阿鼻叫喚が目に見えるようだった。
 兄は、牛小屋に鎖で繋がれ、労働力として奴隷にされていた。弟は、犬小屋のような小さな掘っ建て小屋に、まさに犬のように首輪で繋がれていた。彼らの目からして、弟の方が器量がよかったのかどうなのか、彼は性奴として、この六年を過ごしてきたんだ。当時四歳、連れ去られたその日に、黒い小さな男どもに囲まれ、服を引き裂かれ、流血するまで口と肛門を使われた。得られた血は、土と混ぜて呪術的儀式に使われたらしい。その日から彼は、薄暗い小屋の中から一歩も出されることなく、代わる代わる訪れる男どもの快楽の道具になった。肛門は歳不相応に広がり、正常な排泄ができなくなっていた。救出されてから外科手術でいくばくか回復したらしいがね。性器の方は、十歳だから、精通があったのかどうか、すでに亀頭の皮は切り取られ、金属の環、まあ、ピアスが、いくつも通されていた。そういえば、乳首にも、唇にも。口の方は、歯が一本もなかった。結局分からずじまいだが、口の奉仕には歯はいらんだろう? だから抜いてしまったんじゃないかと。
マスター:それは・・・
M氏  :さすがの君も、眉をひそめる残酷さかね? だが、兄の方もひどかった。体中、傷のないところはない。捕らえられた当時7歳で、さほどの労働力になったとは思えない。水運びや、牛の世話などの重労働を科せられてきたらしいが、むしろ、苦しめることの方に主な目的があったのではないか。そのことがうかがわれるのが、彼の左手だった。彼の左手は、赤黒く、まるでそう・・・カエデのようで、指の一本一本が広がって、くっついていた。いくつの時かわからないが、彼が逃亡しようとした罰として、手を潰されたんだ。床に手を固定され、石臼のような大きな石を打ち下ろされ、彼の手は潰された。その時の恐怖と苦痛を想像すると、言葉を失ってしまう。
 いたいけな少年に、なぜこれほどの残虐行為を行うことができたのか。それを解くキーワードが白人への呪いだ。実際白人が行ってきた彼らへの行為の罪は重い。呪いも憎しみも当然だ。そして、閉鎖された村は、排外的な空気で支配される。自分たちの生活を守り、向上させていくためには、彼らの神を喜ばせるためには何でもできる。そこに、人間の原罪が加わる。残虐行為へのエクスタシー、これは多くの人間が、ひょっとしたら全ての人間が背負っている業だ。二人の幼い兄弟は、まことに不幸にもその犠牲になり、苦痛を味わうためだけに生まれてきたかのような運命をたどることになった。
 救出された二人のその後、両親達のその後には、興味はあるかね? もう、いいだろう?