#05
黒い海

 遠い異国の黒い海.時はいずれの御時か.
 ひねもす波に揺られ,大半を木で作られた小舟は,できしみを鳴らして沖を目指していた.
「お目覚めですか,殿下」
殿下と呼ばれたのは,やっと十二になったばかりの,幼さと若さの狭間にいる少年.床に転がされ、手は背中で,両足も,鎖で幾重にも縛られ,猿ぐつわで,口も利けぬようにされていた.彼は霞がかかる意識を奮い立たせ,周囲を見渡した.
彼の名はアセラス.幼いながら,東方のある小国の王,リーディオスの世継ぎと目される一人.薬で眠らされ,気づいた時には,小舟の床で四人の男に囲まれていた.話しかけたのは,国王の右腕とも言われる重臣,カリストス.背後には,元来端正な容姿を持ちながら,酒に焼けた赤ら顔に濁った目をした二十歳過ぎの若者,エルピデス.彼はリーディオス第一夫人の長子で,本来は国王世継ぎの第一候補.暗がりの船縁に腰掛けているのが,ユノース.怜悧な頭脳の持ち主だが,王には気に入られず,冷遇されていると自認する男.最後の一人はボロの作業着を身にまとい,櫂を握る,ゴリラのような筋骨隆々とした肉体を持つ四十過ぎの無口な使用人で,ロンブと呼ばれている.彼らは皆,夜陰に乗じる黒い服に身を包んでいた.
カリストスに猿ぐつわをはずすよう命じ,酒瓶を片手に,エルピデスはアセラスの前に立ちはだかり,彼を軽く足蹴にして言う.
「なぜこんな目に遭うかわかるかい? 幼き皇太子殿」
「皇太子はあなたのことだろう?」
気丈に,少年はエルピデスを睨み返す.
「当然,そのはずなんだが,僕は父上に嫌われてしまったようでね.君のような小便臭いガキを,跡継ぎにしたいらしいのさ」
「そんなの僕の知った事じゃない.嫌われるのはあなたの身から出た錆だろう」
「……生意気な小僧っ子だ.ロンブ!」
櫂を放してのっそりと自分の方に来たロンブに,エルピデスは何か耳打ちする.ロンブはアセラスの側にしゃがむと,鎖をはずし,ものも言わずにアセラスの着衣をビリビリ引き裂きはじめた.
「何をする! 正気か!?」身を捩り逃れようとしつつ,アセラスは叫ぶが,ロンブはただ黙々と,乱暴に,彼を一糸まとわぬ裸にしてしまい,両足を熊のような手でつかみ,逆さにぶら下げた.寒さよりも,恐怖か.今尋常でないほどアセラスの体は震え,全身に鳥肌が立っていた.
「説明してやれ,カリストス」
言われて重臣は,口元を歪めて少年の前に進み出る.
「玉座は一つしかございませぬ.あなたに死んで頂かねば,こちらの殿下がお困りだそうでして」
「お前が父上を裏切るとは……」
恐怖のさ中にも気力を振り絞り,アセラスは報いた.だがカリストスの,王宮では決して見せない下卑た笑みは消えない.
「裏切るなど! 私は王の過ちをただすため,こうしているのです.ただ,あなたに死んでいただくにも,殺された,はまずい.そこで,ユノースに知恵を借りました.アセラス様にはここで溺れ死んで頂きます.事故で,ね」
「何てことを……」
 アセラスの言葉を黙殺して,カリストスはロンブに軽く命じた.
「やれ」
ロンブは万力のような力でアセラスの両足をつかんだまま,身を翻し,彼の体を船縁の外につり下げた.
「やめろ! やめろッ……こんな……」
アセラスの端正な顔が海中に沈み,もがく彼の動きに水面はかき回され,彼の呼吸の泡が浮かぶ.腹筋を使い,水面からかろうじて顔を出す.顔には,濡れた髪が張りつき,塩水に浸かったにも関わらず目は大きく恐怖に見開かれていた.
「ガボッ……た,助けて」
目を輝かせてこの光景を見ていたエルピデスは,またあごでロンブに命じる.ロンブは,いくら体を捩っても水面に顔が出せない所まで,アセラスの体を沈めた.
暫く待っては引き上げ,また下ろし…….その間,ロンブの表情は少しも変わらない.少年の体がけいれんを始めた頃,エルピデスがある発見をし,興奮気味に叫んだ.
「見ろ,ヤツは勃起している! このような行為でも快感は得られるものなのか」
「危機に際し……」
背後の暗がりにいたユノースが,突然口を開く.
「死や極端な恐怖に直面すると,生物本来の生存本能が呼び覚まされ,性器がエレクトすることがあるのです」
「ふむう.ロンブ,一度こっちに上げろ.まだ殺すな」
引き上げられたアセラスは,ゴボゴボと海水を吐き出し,うつ伏せで激しく息をしていた.エルピデスは,ずぶ濡れの彼に覆い被さり,性器に手を伸ばす.無毛の,固くなった性器.アセラスは,失いかけた意識を取り戻すため激しく息をし,水を吐き,抗う余裕などなかった.
激しい嫉妬の一方,愛くるしく高貴なアセラスは,エルピデスの性的嗜好を直撃する魅力に満ちており,彼はアセラスを思う様陵辱する夢を見続けてきた.ことに彼が思春期の門口に立ったこの一年は…….
今,思いを果たすべく,彼は自分の下履きを下ろし,ただでも苦しんでいるアセラスの首を両手で絞めながら,幼く柔らかな肛門を犯した.カリストスが計画が台無しになる(溺死のシナリオが崩れる)のを心配し,何度も止めようと思った程,激しい陵辱だった.肛門からの出血を見た時には,カリストスは不安げにユノースの方を見たが、「ぶよぶよの水死体になりゃ,わからんよ」と平板な声で彼は答えた.
 思いを遂げたエルピデスは,ボロボロになった,まだ腹が水で膨らんでいるアセラスを,再びロンブに返した.再度逆さ吊りにされた少年は,「殺さない…で……」と微かにうめいたが,その声は波に飲まれ消えていくのみ.未だ屹立する少年の性器,加えて苦しみと近づく死に表情を失いゆくアセラスの愛らしくも無惨な顔を見ながら,エルピデスは自らの性器を再びしごいていた.
幾度も幾度も水面での遊戯は繰り返されたが,やがてアセラスの意識も魂も黒い海に飲まれ,ぴくりとも動かなくなった.自らの死がいかなる事故に偽装されるのか,彼には知るすべも,知る意味もないのだった.

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