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 「僕も初めて見る子ですが、今時間ここにいるところを見ると、たぶんいけますよ。どうしますか?」
 「……では、話してもらえますか」
 「オーケー、少々お待ちを」
 三木は破顔し、すぐその少年の方に歩み寄った。
 首を振ったりうなずいたり、またちらちらスペンサーを見たり、少年はゲームの手を休めず、三木に応対していた。距離はそう離れていないが、ゲームの電子音がうるさくて、スペンサーには何も聞こえなかった。
 やがて三木が戻ってきた。
 「あんま売れてるふうじゃないのと、ここに来てから一ヶ月くらいしか経ってないらしい。だから大したプレイはできないかも知れないですね。ショートタイムで二千円でいいそうです」
 「二千円ですか……」
 禁断の果実の値段は安すぎた。だがそれは、当座の意味に過ぎない。ただその時だけの現金に過ぎない。
 「オーケーでしょうか。バックもいやがっています。まあどうしてもやりたければ行きがけでやってしまってから金を千円でも上積みすればいいでしょうけど」
 さすがにスペンサーは、自分にそんなことがやれるとは思えなかった。
 「ごはんを食べてないから、今すぐは嫌だというのです。バーを見学してからでいいかと思うので、深夜十二時と約束しましたが、いいですか?」
 「わかりました」
 今のがせば、来ないのではないかと思わないではない。しかし異邦の地にあって、頼れるのは三木の経験と判断だけだった。
 「それから、友達と一緒ではだめかと言うのですが、いかがですか?」
 「いや、それは……」
 スペンサーは乱交的なプレイを好むタイプではなかった。少年にとって一人きりが心細いということまでは、このときのスペンサーにはわからなかった。しかし落ちついて「遊ぶ」ことができないのではないかとは、直感的に感じていたようで、Noの返事には時間はかからなかった。
 「オーケイ、ではお待ちを」
 三木は再度、ゲームをやめた少年に話しかけ、二百円を握らせた。スペンサーをこっそりと品定めでもしようかとする少年の表情は、距離はわずかなのに、スペンサーには霞の中であるかのように読みづらいのだった。

※スヌーカーは15個の赤玉、6個のカラーボール、白い手玉を用いるキュースポーツ。ここでは便宜上ポケットビリヤードと呼んでいる、ローテーションやナインボールとは使用する玉も台も異なる。スヌーカー台は大きさがポケットビリヤードの台の二倍ほどもあり、スヌーカーが日本で普及しにくい一因である。スヌーカーが盛んな英国ではプロは賞金も高くステータスもあり、アウトローのゲーム、博打の要素の高いポケットビリヤードとは一線を画する。

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