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チビ玉とジョージ 10

 ホテルの部屋に入ると、先にシャワーを浴びたチビ玉は、さっさとベッドに一人で入ってしまった。ただ、全裸ではあるが。
 三木は思わず鼻を鳴らしたが、腹を立てたとかいうほどではない。
 自分もシャワーを浴び、チビ玉がもぐり込んだベッドの横にイスを寄せて座り、タバコに火をつけた。
 あの時の自分のからだの下の、チビ玉のあの悲痛な叫び。胸を裂く囁き。いい加減鈍麻したと思い込んでいた感情を、久々に揺さぶった。生涯忘れられないと思った。
 事実数日は、夢にも出てくるほどだった。衝撃が大きく、あの翌日には予定を早め街を離れたというのに。

 今も忘れたわけではない。ジョージのこともチビ玉のこともあの悲劇も彼らの悲しみも全て。だが眠りを妨げるほどのことはない。時々、胸の奥をチクチクと刺すくらいのことだ。何とかできなかったかとも、思う。

 三木は部屋のテレビをつけた。夜は様々な物音が静まり、意外なほど外界の音が、閉め切った部屋にも聞こえてくるものだ。

 花火か。俺は嫌いじゃないんだが、と三木は思う。
 「忘れる」ということは、人間にとって大切な心の働きだという。しかし人間の記憶から、本当に消滅する記憶というのは、どうやらないらしい。心に痛い記憶は、多くの人間が器用に鍵を掛けて、自分もわからないところにしまい込んでいるものなのだ。何がそれを思い出すきっかけになるかは、わからない。遠くで聞こえる、火薬の弾ける音に、しまい込んだ記憶を引きずり出されることもあるのだろう。

 頭まで毛布をかぶっているチビ玉の横に、三木もまた全裸でもぐり込んだ。しばらくするとチビ玉は、毛布の中でこちらを向き、三木の脇の下あたりに、頬を押しつけるようにし、からだを寄せてくる。その彼の短髪の頭を、手のひらで撫で、軽く引き寄せた。
 それだけで、特に何かしようとは思わない。二人で寝ているとあたたかいと思う。チビ玉がどう思っているのかはわからない。

 忘れることも人間にとって必要だが、しかし記憶が絶対に消え失せないということこそ、神の配剤であろう。線香花火のように、短く、はかなく、かすかに消えた命や、生き様も、チビ玉や、三木や、金や、出会った様々な人々のこころから、消えることはないのだから。

チビ玉とジョージ 完

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