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プロローグ

 椎名は、新しい獲物を求めて、その日も、雑踏の街をうろついていた。午後の空は暗く重く、街を行き交う人々の群れも、どこかささくれた空気を発散しているようだった。ゴミタメの街・・・そんな言葉がぴったりだ。椎名は、自虐的に自分の生まれ育った街の薄汚い素顔を見ている。
 日の長い季節の土曜の午後である。もう歩き始めて二時間ぐらいもたつだろうか。椎名は疲労を感じて、どこかで一息入れようかと考えた。蒸し暑いし、エアコンの効いている喫茶店にでも入ろうか。
 これまで何人もの少年達を、フレームに納め、一夜の寝床を共にした。カメラの前で少年を抱くことが、職業のようになっていた。かつての男達の欲望の供物が、今は供物を狩る側になっている。特定の少年と長く続いたことは今までなかった。それは当然のことである。ほとんどの少年とは「商品」として出会うのだから。名前も知らずに別れることさえ多かった。
 「とりあえず、あそこを最後にするか」
 たぶん一度も入ったことのないゲームセンター。ガラス張りで店内は暗い。派手なプラスチックの電光看板は、誰がやったかひび割れだらけだった。
 間口の広い自動ドアをくぐるとエアコンの冷気が頬をなで、電子音が聴覚を満たす。背広のサラリーマン。派手に髪をくくった大学生のグループ。制服のはだけた胸から、原色のシャツをのぞかせる高校生。次々に視線を走らせる。以前もこんな店で、中学生に声をかけたっけ。小遣い銭でお手軽に裸になる中学生。そんなに特別じゃない。でも、普通でもない。何かが狂っていて、何かしら不幸を抱えている。事情は人それぞれ。深く立ち入ったこともない。それに、今の時代に普通なんて、かえってどこか変なんじゃないのか。いつもそう思う。椎名はため息をついて考えるのをやめ、再び獲物を探し始める。
 最初に気がつかなかったのは、彼が獲物の圏外だったからに違いない。この場所にあまりふさわしくないほどに小さな子どもが、すぐ前のテーブルで格闘ゲームに興じている高校生の後ろにかじりついていた。半ズボンが似合いそうな年頃だ。足下から見上げていく。薄汚れたスニーカー、煤けたジーンズ。洗い晒されたTシャツに身を包んでいる。手首を見ると年齢がわかる。若々しいというよりは幼い、細いけれどもふっくらとした線を持つ手首、節くれ立っていない太い指。顔を見る。柔らかな頬の輪郭、眉にかかるやや伸びすぎた髪、不思議な瞳。椎名は、視線が合わないように注意しながらも、その瞳に引き込まれていた。子どもらしい好奇に満ちていながら、不思議な憂いを秘めた瞳、幼さとアンバランスな謎をたたえた瞳に、心惹かれた。
 高校生が不本意なゲームオーバーになって、ディスプレイを一発叩いて立ち上がった。少年の目の前は空席になったが、彼は席に座る気配がない。椎名は「下心」をどこかに置き忘れたまま、それでも少年に声をかけた。

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