「電話していい?」
そのメールは健介君からだった。
「いいよ」
僕は短いメールを返した。
すぐに呼び出しの電子音が鳴った。そう言えば携帯換えてから着メロそのままだった。
「慎太、これから会えない?」
妙にせっぱ詰まってるみたいだ。恋愛相談なら僕くらいふさわしくない相手はいない。何だろう? 今日は土曜日。一時半か。
「いいよ、どこでデートする?」
「そうだな、○○駅裏のゲーセン、わかる?」
からかったつもりなのにスルーされてしまった。というより、健介君にはあまり余裕がないらしい。
「僕のうち、おいでよ。近いよ」
「……かまわないなら。ほんとは人目、無い方がいいんだ」
僕もね、同じ土曜の午後、時間つぶすなら人目無い方がいいんだ。健介君とは考えてること、全然違うっぽいけど。
うちに一番近いコンビニを教えて、そこから、僕らは二人並んで歩いた。
「ね、あいつのとこ、行ってる?」
健介君の言葉は、あたりをはばかる小声だった。二階建ての瓦屋根の家ばかり並ぶ、古い住宅街だ。人通りはほとんどない。
「そう言えばこのところ、行ってないよ。もう何ヶ月も行ってないかも」
最近は‘あいつ’に教えられた遊びを、近所の小さい子にちょっとずつ仕込むのに夢中だ。ばれないかのどきどきが、ちょっとたまらない。健介君には絶対内緒だけどね。
「そう」
健介君はそれっきり口をつぐんだ。僕の家に着くまで、僕は特に、先をせかしたりはしなかった。っていうか、全く別のことを考えていた。
僕の出したジュースをほとんど一気に飲み干して、健介君は大きく息を吐いていた。
「ビールがよかった?」
「勘弁してくれ」
「どうしたの? あいつがどうかした? とうとう死んだとか?」
「実は、そうなんだ」
僕は自分のジュースを取り落として、あわてて畳を拭くはめになった。
「一週間前だ。あいつのうちに行ったら、ドアは、鍵かかってなくてさ。いつも通り勝手に入ったら、リビングはテレビつけっぱなしで、あいつはカーペットの上にうつ伏せで、背中に刃物が突き刺さってた」
健介は僕が畳を拭くのを手伝おうともせず、途中からは大声で、まくしたてた。声が震えていた。
「そそ、それってさ。ゲンカクとか夢とか、健ちゃんに悪いけど……」
僕の声も負けず劣らず震えた。
「それから俺、マンションの下までだけど、次の日も様子見に行った。三日目に警官とパトカーがいっぱい来てるの、確認した。一応、勇気出して聞いたよ。殺人事件だって。部屋の階数もぴったりだ」
「やばいね……」
「やばい……。俺があそこにいたって証拠、残ってなければいいけど」
「ね……あいつに、写真とかビデオ、撮られた?」
「ビデオはない。写真は、かなりあるよ。どうしよう……」
健介君は泣き出しそうだ。
「あいつ健ちゃんの下の名前しか知らないよね」
「うん」
「だったらたぶん大丈夫じゃないかな。僕はビデオも撮られたことある。けど歳と下の名前しか言ってないし」
健介君はうつむいたままだ。
「健ちゃんがやったわけじゃないんでしょ?」
「バカ!……なわけないよ!」
「なら大丈夫だよ。警察はあいつの‘悪さ’を調べるんじゃなくて、殺したやつ探すんだから。やってないのに健ちゃんが犯人扱いされるいわれないでしょ。何人あいつの部屋に出入りしてたと思うの?」
「そうだけど……」
「だいたい、バカだよね。あいつは誰も本気で好きになんかならないのに」
「どういう意味?」
健介君は不思議そうな顔で僕を見た。やっぱいいな、どきどきする。
「相手が男の子でもなんでも、あれだけ入れ替わりたちかわり相手して、やることやってたら、誰か一人好きになるなんてあり得ないじゃん。好きになったら他の子としないでしょ普通」
こうは言ってみたけど、自分だけ好きになってほしいという思いは、本当は僕には少しはあった。その気持ちに気づいたから、‘あいつ’の部屋から足が遠のいたんだ。健介君は、どうなんだろう。
ちょっとの間のあと、健介君は言った。
「やっぱり、俺らみたいな子どもの誰かが、刺したのかな?」
「決まってんじゃん」
「強盗とか……」
「あいつ大人の男だよ。リビングで起きてる時、強盗に入るのって、度胸いると思うよ。普通、女の人か年寄りの一人暮らし狙うでしょ。しかも背中でしょ。あいつが何の警戒もしない状態で、後ろに忍び寄るんでしょ。顔見知りに決まってる。普通に家族とかが訪ねてくる部屋なら、男の子何人もに、合鍵渡さないし」
「お前、頭いいな……」
健介君は本気で感心しているみたいだった。
「僕は健ちゃんみたいに、死体なんて見てないから落ち着いてるだけ。……でも惜しいよね、いいたまり場が消えて、小遣いももうもらえないし」
「でもなんか、ほっとした気もするよ。やばいことも一緒に終わりかなって」
やばいこと、か。
「そんなさびしいこと言わないでよ」
「え……」
「あんなところで知り合っても、僕は健ちゃんのこと大事な友達だと思ってるよ」
すっごく、クサいセリフ。
「それは、俺だって……やっとの思いで電話したのが、お前だったんだし」
よかった。
「じゃさ、ちょっと遊んで帰りなよ。ね」
「え……お前、それって……」
僕は健介君のベルトのバックルに手をかけた。
「あ、ちょっと……」
腕力は健介君の方が上だ。それで僕が、パンツの中に、手を入れること、できたってことは、OKってことだよね。
「今そんな、とてもそういう気分じゃ……」
「大丈夫。勃ってきてるからできるって。寝てるだけでいいからさ」
僕は健介の手を払いのけてズボンとパンツを引き抜いてしまった。健介君は赤らんだ頬をして目をそらして、仕方ないという様子で立ち上がると、ベッドにどんと尻をついて横になってくれた。
健介君の体は、‘あいつ’の部屋で裸を見た何ヶ月か前より、大きくなっていた。僕は成長が遅くて、まだ毛も生えてこない。
僕はベッドに横になって、膝をちょっと曲げて足を広げる健介君の股の間に、顔を埋めた。健介君の、‘半勃ち’くらいのちんちんの付け根には、ちょろちょろっと毛が生えていて、前見た時より、遠目にも黒く見えるくらいに増えてた。僕はしわしわの玉の袋を下から握って、皮の中からのぞいてるちょっと赤い先っぽを、指でいじった。いい感じだ。健介君は、両腕で顔を覆っていた。あの日、‘あいつ’の部屋で、まるでいつもの、何でもないことみたいに淡々と、入れっこしてみた時は、眠そうで、投げやりだった健介君なのに、どうして今日はこんなに、恥ずかしがるのかな。そして、僕はなんで、こんなに興奮してるんだろう。
僕は着てるものを全部脱いだ。そして、健介君のを、ぱくっと咥えた。健介君は、一瞬、手を伸ばして僕の頭を押したけど、すぐその手の力はゆるんだ。一度、線を越えると、あとは辛抱しないで、健介君はうーん、とか、あ、とか、や、とか、声を出して体をねじった。しゃぶられるの、こんなに好きなら、あの時もすればよかった。
「ふ、あっ……」
僕の口の中で、健介君が射精した。あったかい、ねばっこい、しょっぱいのが、にゅるっと口の中に広がった。僕はそれを、飲んでしまった。
‘あいつ’との時だって、口の中に出されたことも、飲んだこともほとんどない。そんなにうまく、舌だけで射精って、なかなかしないもの。
健介君は何にも言わず、のぼせたような顔で、僕が自分の口と健介君のちんちんを拭くのを見ていた。僕はそれから、だらんとした健介君に抱きついた。
僕は帰り際の健介君に、また遊ぼうねって言った。健介君も「うん」ってうなずいた。でも僕は、健介君はもう来ないかもしれないって感じていた。
駅裏まで、僕は健介君を送っていき、二人してドブ川に、もう二度と使うことのない合鍵を投げ捨てた。
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