合鍵 第10話

 

 僕の‘兄’はもういない。かつて僕の兄だった男の子は、僕の足下で芋虫みたいにもがいている。
 手錠かけた両手は背中で、体の下だから痛いだろうな。背中も手首も。それでも僕がぐりぐり踏みつけているちんちんは、固くなってお腹にくっついてる。昨日は右のおっぱいにつけてた名札は、今おちんちんの根本にぶら下がってる。安全ピンは皮だけに刺すようにしたけど、皮だけだから大丈夫ってもんでもないよね。すごい悲鳴だった。刺す前の方がね。何されるかわかった瞬間から。誰にも聞こえやしないけど、ついベルトで何回も殴っちゃった。この子自身のベルトでね。
 「手、痛い? おちんちん気持ちいい? いっぺんに聞いても答えにくいかな」
 僕は男の子の顔に貼ったガムテープを剥がして、にっこり笑って、痣だらけの、疲れ切った顔をのぞき込んだ。
 テープ剥がしてあげたのに何も言わない。つまんないな。
 僕は‘足踏み’を続けた。顔見ればわかる。もうすぐ精液出すよ。そういう生き物なんだもの。
 激しく息を吸い込む様子で、射精したってわかった。僕の靴の裏は、どろどろ。一日空けただけで、けっこう出るもんなんだね。
 僕はその足を、高く上げる。ちゃんと言われる前に舌を出して、僕の靴の裏の汚れをきれいに舐める。素直ないい子。今も、いい子なんだ。

   †

 学校から帰ったら警察が家にいて、ちょっとびっくりしたけど、‘お兄ちゃん’が行方不明で、捜索願い出してから日数経ったから、やっと真面目に探してくれることになったらしい。母は何もかも失ったみたいに無気力になったけど、僕は手伝いなんかしないから、家はめちゃくちゃで、警察もそれにびっくりしてた。僕に「お母さんを励ましてあげてね」と若い女の警官が声をかけて帰ったけど、僕に‘兄’の代わりはできない。僕だって‘兄’を失って悲しいよ。もう取り返しはつかない。

 あまり賢くない僕だけど、あのあと一生懸命‘計画’を練った。これで最後だからと思って、‘あいつ’の部屋からもらえるものはみんなもらった。
 僕に手を引っぱられる‘兄’は、「どこにいるの。えさどうするの。やっぱ、子どもだけで面倒見るの、無理じゃない?」っていつものように‘大人’だったけど、子犬とか大好きなんだ。僕だけの秘密の場所を、‘兄’に教える時が、こんな形で来るなんて、思いもしなかった。
 あの暗い海岸の空き事務室。僕は兄を先に押し込んだ。「犬なんてどこにいるの? 暗くて見えないよ」と背中の僕を疑いもない兄の腰に、スタンガンを押し当ててスイッチを押した。バリバリという音と稲妻のような光は、僕自身をかなりびびらせた。おしっこ漏れそうな感じがした。人が来るかも、と思ったのか、自分がしてしまったことが、こわかったのかは、今もわからない。
 兄は気絶なんかしないで、「イッタ……」って短くうめいて、膝からへなへな、崩れて、ごろんと転がって、からだをひねってこっちを見た。涙目で、「わけがわからない」って表情に思えた。僕はその兄にまたがって、お腹にスタンガンを当てて、何か兄が言おうとしてるのを無視して、二回スイッチを押した。床に落ちちゃった金魚みたいに、兄は、何度もからだを仰け反らせた。
 そう、僕が飼いたい捨て犬は、ここにはいない。僕が飼いたかったのは、お兄ちゃんなんだよ。
 「ごめんね」
 僕はそう言っておきながら、‘兄’の横腹を強く蹴って、壊れたデスクから手錠とガムテープを取った。

   †

  お尻に入れてた太いバイブを、ゆっくり抜いた。汚いから、口できれいにさせた。それから、長いのと小さい丸いのがついた、紫のローターを、二つともお尻に押し込んだ。それから、太いバイブをもう一度入れる。すごく苦しんでた。蹴ってもベルトで叩いても大人しくならない。仕方なくローション使ってあげた。そしたら、入ったよ。ぐいぐい押し込んで、半分以上は入った。みんな‘あいつ’のところから持ち出した‘おもちゃ’だ。バイブもローターもローションも。

 僕はまた、‘お兄ちゃん’の、お兄ちゃんのおちんちんを踏みつけて、それが膨らむのを見ながら、半ズボンのチャックを下ろして、おちんちん出して、オナニーする。ぴくぴく震える傷だらけのからだの下の床の暗がりに、黒いしみが拡がっていく。何だろう。うんち漏らしたかな。臭いはしない。おしっこは出てないな。いいや。どうでもいいや。気持ちいい。
  僕は精液を、ばらばらって、お兄ちゃんの顔や、きゅっと反らせたからだにふりかけて、手についたの舐めて、ハンカチ出して、残りを拭いて、それを捨ててしまう。ぱらっと‘兄’の横に落ちた黄色いハンカチ、赤黒く染まっていく。そして今頃になって、うんこの臭いにおいがしてきた。もうここ、使えないな。

 さよなら、さよなら。もう何もない。僕は何一つ、手に入れられなかった。‘あいつ’も‘兄’ももういない。どこにも見えない。だけど涙なんか出ない。涙を流す資格も、僕にはない。僕はポケットに手を入れ、二つの鍵を握り、コンクリの床に、落とした。チャリン、て小さな音がした。‘あいつ’の部屋の合鍵。僕は振り返らない。

(完)