少年の街 ガイドの三木 3

 

 モノレールから国鉄に乗り継ぎ、大阪駅からは地下鉄で数駅。慣れていないと、クソ丁寧な日本の乗り継ぎ案内を見ながら聞きながらでも、精力を使う。ここに三木が一人いると大きい。短い旅程にあっては、時間のロスも体力のロスも、最小限にとどめたいところだろう。
 ネットにおける、陽気とは言い難いながら人の良いスペンサーの印象は、実際に出会ってもさほどのブレはなかった。鉄道にゆられながら、この川は故郷のどこそこに似ている、ランディングの際見下ろした人工島の風景は壮観だった、などと、社交辞令のつもりもあるだろうが、しきりに話しかけおのぼりさんモードできょろきょろしていた。
 (だいぶハイになってるな。しかしそれを表に素直に出せる奴は、まだいい方よ)
 三木の方は「客」を、意地悪く見定めるばかりだ。

 地下鉄の駅名は「北禅町(きたぜんまち)」。正式には近辺を北川辺禅花元町と言い、ボーイズタウン周辺は「ゼンマチ」と称されることが多い。ネット上で、細かな地名を出すのが憚られることから、また発音が難しいこともあって、外国人の間では隠語でZと呼ばれる。少年の街Z。歓楽街の片隅の、ゲイタウン。またその片隅のほんの二ブロックか三ブロック。
 地下鉄の出口は、その歓楽街のただ中にあって、ボーイズタウンまでは少し歩く。
 「タクシー、拾いますか? 荷物が多いですし」
 「ノーサンキュー。初めてですから、見るもの聞くものも財産です」
 (育ちのよろしいことで)
 三木は内心吐き捨てつつも微笑む。
 「いいですね。きつかったら、荷物は交代で持ちましょう」
 とは言うものの、スペンサー氏は、日本は初めてでも旅慣れてはいるようだ。カートに布製のバッグが乗っているが、実滞在数七日の予定にしては、コンパクトだった。メールのやりとりでは一眼レフのカメラとノートパソコンは入ってるはずだ。着替えは三日分以上はないな。捨てて買うか、洗濯するつもりだろう。

 陽はすっかり落ちたが、街が活気づくのはこれからだ。アーケードの中などは、夜とも思われない。
 「そろそろですぜ」
 スペンサー氏はだいぶ汗をかいている。顔が真っ赤だ。冬が近いこの街だが、眠らない街のアーケードの中は風が澱み、店舗から暖気が吐き出されている。日本人でも、少しからだを動かせば汗が滲む。イギリスはおおむねどこも、日本より寒いだろう。この街では真冬も、凍死者が出ることはない。
 「そこのコンビニの角に、二人座ってるでしょう? 片方は知ってます。売ってる子です」
 すり切れたジーンズ、素足に紐の運動靴。足首の素肌がのぞく。二人とも三角座りで、ぼんやりした顔で座っていた。煙草をくわえている方は、細身で、ばさばさした髪の後ろの襟足は長い。三木の記憶では十四歳のはずだ。もう一人は十二歳くらいに見えた。健康そうで、日本人にしては浅黒いと言える肌はみずみずしい。しかし二人そろって覇気がなかった。行くところなくこの街にいついているが、金の面ですらいい思いもできず、何もやる気がしない、といったところか。
 「行きましょうか」
 寸時返事が返ってこなかったので、三木は思わずスペンサーの方を振り返ったが、人のよさげなあの青い瞳に、粘つく情念が灯り始めているのに気づく。
 (モードが変わったかな)
 三木はにやついた。

 「ようミッキー!」
 「イった!」
 いきなりかすれたボーイソプラノを聞かされ、その直後三木は尻を二本の人差し指で攻撃された。カンチョーというやつだ。
 「こら、俺はオカマやないど!」
 振り返ると小柄て短髪の、丸顔の少年がすがりついて頬ずりしてくる。髪はおかっぱの切りすぎみたいな感じだ。
 チビ玉と呼ばれている少年だが、推定十二歳なのに九歳くらいの身長しかない。愛嬌があるので特に外国人には人気がある少年だった。
 「五百円五百円!」
 「やらへんわ。どうせ俺と寝らんやろお前」
 にべもなく三木はチビ玉を押しのける。チビ玉はすぐに彼の横の西洋人に気づいた。
 「この人ミッキーの友達?」
 「そや、新しいお客さんやで」
 「ハロー! ナイストゥーミーチュー!」
 その極度にカタカナなチビ玉の英語は、最後まで聞いて一瞬の間がなければスペンサーには理解できなかった。そして答える間もなくズボンにすがりつかれて、理性や思考力がおぼつかない。
 三木は子どもにわからないように、小声の英語でスペンサーに耳打ちする。
 「気に入った子には、二百円くらい、小遣いやってもいいですが、キリがないですよ。あと子どもの勝手な値上げには絶対乗らないで下さい。相場がめちゃくちゃになって他の客に恨まれて、あなたも子どもにナメられる。いいことないです。小銭ありますか?」
 円の小銭はまだなかった。
 「よし、このおっちゃんからや。もう行け。見てみ、まだ鞄も置いてないから」
 三木は二百円硬貨をチビ玉少年に握らせる。不満そうな顔を見せたが、三木がいくら愛嬌を振りまこうが値上げ交渉に応じないことは理解していた。少年は忍者のように暗闇に消えた。
 「……あんな小さな子も……?」
 「ん? ああ。売っています。でもやばいことはやばいですよ。法律の面から言えば、十五歳以上でも一応アウトです。罰金ですけどね。十八歳以上なら、この国、買春自体違法のはずなんですけど、何も言われません。一方十五歳未満は、行為の内容次第では実刑打たれます。がまあ、三百万、円で揃えれば何とかなります。しかし旅行期間中には国には帰れないし、新聞に名前が出るかも知れない。心して下さい」
 無論この話は、計画前にスペンサーには十分話して聞かせた。しかし今こそ、現実味を持つだろう。

  何人かの少年達の「チップ攻撃」をかわしながら、三木とスペンサーは、目的のホテルまで歩き着いた。すっかり夜になり、さすがに冬の夜風は冷たい。三木は首をすぼめ、スペンサーはクールダウンしたからだに、情欲がみなぎるのを自覚しつつあった。  

※ 日本の通用硬貨は一円、二円、五円、十円、二十円、五十円、百円、二百円、五百円で、紙幣は千円、二千円、五千円、一万円である。少年へのチップは百円か二百円が普通であるらしい。