少年の街 ガイドの三木 5

 

 「リバーサイドホテル」という、芸のない名前のホテルは、実際川のそばにあるが、スペンサーから見れば、それは規模からも美観からも排水溝に等しいものだった。
 ボーイズタウンまで、歩くと十分くらいはかかる。外見は古びたビジネスホテルである。旧市街のため、このあたりの建物は全体に背が低く、リバーサイドホテルも四階建てだ。このホテルには少年(少女もだが)を上げることができる。十五歳以上の少年ならば、売春行為があってもホテル側は処罰されない。さりとて高級リゾートホテルはもちろん、ミドルクラス以上のビジネスホテルも売春行為に手を貸すメリットはない。設備投資に消極的で、個人経営に近いホテルのいくつかが、買春ツアー客御用達になっている。リバーサイドホテルもその一つである。
 日本のホテルは、部屋は狭いが、安宿であっても水回りや衛生面であまりにひどいところは少ない。それにリバーサイドホテルにはもう一つの顔があった。
 それは、十四歳以下の少年娼夫でも、客室に上げるということだ。無論表向きそれはOKではないが、黙認する。ただし、警察から保護することはない。警察と金銭的なやりとりはあるのだろうが、たまに警察に踏み込まれて気の毒な外国人が吊し上げの目に遭う。しかしホテルは、数日閉鎖したと思ったら、また何事もなかったように開業しているのである。
 ホテルが警察とつるんでいたとしても、警察が動かざるを得ない場合がある。それはNGOの圧力であったり、密告であったりする。少年同士や、客同士、少年と客、憎しみや嫉妬が渦巻く情念の世界だ。
 ともあれ、リバーサイドホテルは、知る人ぞ知る、少年の街の重要拠点の一つなのである。

 三木とスペンサーは、異なるフロアにそれぞれ部屋を取り、荷物を置いて部屋をあとにした。
 三木は手ぶらで、スペンサーはナップサック一つだ。ゆっくり飯を食うのは、明日以降でいいだろうと考えて、ハンバーガーショップで、腹ごしらえをした。
 Zエリアの入り口にあたる四つ角の、片方はコンビニで、片方は、一階部分がスモークグラスで覆われた比較的新しいビルである。夜は外に、オレンジの光がぼんやりと漏れる。中の一階はスヌーカーバーになっている。日本ではポケットビリヤードが主流だが、東京や大阪の観光客の多い市街にはスヌーカーバーがいくつかある。客はやはり外国人が多い。Zのスヌーカーバーに関しては、ハイティーンの少年が賭け玉に興じていることもある。西洋人がお気に入りの小さな少年を侍らせて遊んでいることもある。
 自動ドアを入るとすぐに地下に降りる階段があって、その下はビデオゲームとピンボールなどを所狭しと並べたゲームセンターになっている。階段を降り暗い店内に入ると、暖房が効きすぎて息が詰まるほどだ。
 三木はバーのオープンタイムを待つ時間調整をかねて、このゲームセンターにスペンサーを案内した。
 おおむね十歳から十五歳くらいの少年が、間を空けて五、六人、ゲーム台に座っている。照明を照り返すブレスレットをし、上腕の滑らかな肌に刺青をしつらえた少年は、十四、五歳か。眉にピアスが光る。暗がりで表情は読めない。
 ゲームをせず、ピンボール台の横の壁にもたれ座って、眠っているのかじっと動かない少年は、十一、二歳か。下はトランクス一つで、つまりズボンを穿いていない。上もTシャツだけだ。ここは暖房が効いているが、深夜には閉店するだろう。彼はどこで眠るのだろうか。そばを通ったスペンサーに気づき彼を見上げる少年の目は何を語るのか。スペンサーは、理屈抜きでその目を正視できず目をそらした。
 店の隅の方に、ホテルに行く前に見かけた少年の一人がいた。小麦肌の(からだは)健康そうな少年だ。三木もスペンサーの視線の先を見た。
 「さっきの子ですね。 気になりますか? 話して見ましょうか?」
 三木の言葉を聞きながら、スペンサーは胸の高鳴りを抑えきれない。
 「あの子を……抱けるのですか?」
 「僕も初めて見る子ですが、今時間ここにいるところを見ると、たぶんいけますよ。どうしますか?」
 「……では、話してもらえますか」
 「オーケー、少々お待ちを」
 三木は破顔し、すぐその少年の方に歩み寄った。
 首を振ったりうなずいたり、またちらちらスペンサーを見たり、少年はゲームの手を休めず、三木に応対していた。距離はそう離れていないが、ゲームの電子音がうるさくて、スペンサーには何も聞こえなかった。
 やがて三木が戻ってきた。
 「あんま売れてるふうじゃないのと、ここに来てから一ヶ月くらいしか経ってないらしい。だから大したプレイはできないかも知れないですね。ショートタイムで二千円でいいそうです」
 「二千円ですか……」
 禁断の果実の値段は安すぎた。だがそれは、当座の意味に過ぎない。ただその時だけの現金に過ぎない。
 「オーケーでしょうか。バックもいやがっています。まあどうしてもやりたければ行きがけでやってしまってから金を千円でも上積みすればいいでしょうけど」
 さすがにスペンサーは、自分にそんなことがやれるとは思えなかった。
 「ごはんを食べてないから、今すぐは嫌だというのです。バーを見学してからでいいかと思うので、深夜十二時と約束しましたが、いいですか?」
 「わかりました」
 今のがせば、来ないのではないかと思わないではない。しかし異邦の地にあって、頼れるのは三木の経験と判断だけだった。
 「それから、友達と一緒ではだめかと言うのですが、いかがですか?」
 「いや、それは……」
 スペンサーは乱交的なプレイを好むタイプではなかった。少年にとって一人きりが心細いということまでは、このときのスペンサーにはわからなかった。しかし落ちついて「遊ぶ」ことができないのではないかとは、直感的に感じていたようで、Noの返事には時間はかからなかった。
 「オーケイ、ではお待ちを」
 三木は再度、ゲームをやめた少年に話しかけ、二百円を握らせた。スペンサーをこっそりと品定めでもしようかとする少年の表情は、距離はわずかなのに、スペンサーには霞の中であるかのように読みづらいのだった。

※スヌーカーは15個の赤玉、6個のカラーボール、白い手玉を用いるキュースポーツ。ここでは便宜上ポケットビリヤードと呼んでいる、ローテーションやナインボールとは使用する玉も台も異なる。スヌーカー台は大きさがポケットビリヤードの台の二倍ほどもあり、スヌーカーが日本で普及しにくい一因である。スヌーカーが盛んな英国ではプロは賞金も高くステータスもあり、アウトローのゲーム、博打の要素の高いポケットビリヤードとは一線を画する。