少年の街 ガイドの三木 7

 

 スペンサーは、タケオの示した情感に、少なからず動揺していた。
  もう少しドライな娼夫の有り様を、想像していたし、割り切れると、逆から言えば、過分な期待もしていなかった。金でつながった娼夫に入れあげるなど、ばかげたことだと、それはあらためて自分に言い聞かせるまでもなかったはずのことだ。
 だが、あの怯えや恥じらい、拙さは、《プロ》のものではない。それが、スペンサーの心を揺さぶり、事実、魅了していた。心のどこかで芝居に違いないという疑いを抱き、いやそれならばもっとうまいやり方がありそうなものではないかと問い直す。

 うつむいたまま、タオルを胸に当てて出てきたタケオは、スペンサーにタオルを渡した。濡れた睫毛。未成熟だが女性ぽさのかけらもない少年の顔の、甘い匂い。タケオは教えられたキスを、スペンサーの額にした。もらえるお金が、少しでも増えるかもしれない。
 服を着て、鏡台で直す必要もない短い髪をちょっといじるタケオの肩をそっと、スペンサーのごつい手が触れる。
 札が握られていて、タケオが両手で開くと、二千円と、硬貨が二百円。それをタケオがポケットにねじ込むのを待って、スペンサーは、さらに二百円玉を、二枚渡した。
 「For you.play,food...」
 笑顔で、スペンサーはジェスチャーを交えた。
 少年は、自分を抱える親方、兄貴分などには、最低限交渉したときの金は全て渡さないといけない。チップをもらった場合も、全て渡すのが原則だ。靴下まで脱がされてチェックされるので、誤魔化しはきかない。タケオはろくにチップをもらったこともないので、誤魔化した経験すらないが、仲間が殴られているのは見たことがある。
 買い手も理解しているので、親方が納得するように、少し多めの金を渡すと同時に、「自分で使え」と別口のチップを渡すこともある。むろん、少年のことが気に入ったか、少年がいい仕事をしたと判断した場合だ。少年は、現金を持っていてもどうせ親方に取られるので、ゲームや食事にすぐに使ってしまう。刹那的な生き方が、自動的に身にしみるシステムだった。
 タケオは、気づくとにっこりと微笑んでいた。本当はバックをやられたとすれば(そう思い込んでいたので)、もう少し要求してもいいところだったのだろうが、考えもしなかった。ホテルの部屋の出口で、軽くハグし合って、ドアが閉まると急にさびしくなった。いつもは、からだがすっと軽くなるのに。お金は全て使わずに、親方に渡した。親方は上機嫌で、結局四百円を、タケオに戻してくれた。

 スペンサーは、滞在期間あと二度、タケオをオフした(他にも少し年齢の高い子を三人、一回ずつ抱いた)。
 三木は、スペンサーとタケオの間を、丁寧に取り持った。Fuckに対する誤解も、どうにか解けたらしい。タケオは三木にとってはさほどタイプではなかったが、彼の持つこの街にあっての「初々しさ」に惹かれるスペンサーの気持ちは、よくわかった。自らの過去も、振り返りながら、すっかり世慣れたような、幼い娼夫たちを、振りほどきながら。
 ただ、世慣れて逞しくずる賢くも見える、世の単純労働の大人の数日の賃金を二時間で稼ぐ子ども達も、それぞれに代償を払い、悲痛な背景を持ち、何の力もつけず後ろ盾も持たず成長していく未来に、光はあまりに遠い。

 三度目、朝までタケオを横に置いて休み、今日の午後には発つと、スペンサーは告げた。タケオは、「行かないで」と言って、スペンサーの毛むくじゃらの胸に、陽に焼けた顔を、押しつけたのだった。気づいたら、泣いていた。
 それが芝居なのか、いくらかの本音を含んでいるのか、ただの打算か、親愛があるのか、もはやタケオ自身にもわからない。偽りに満ちた夢の街に、タケオも沈み始めている。
 「You don't go!」
 ましてスペンサーに、それがわかるはずもなかった。ろくに学校にも行っていない少年の、精一杯の英語の、発音ははっきり聴き取れたとしても。
 激しく揺れ動く心を抑えて、スペンサーはタケオの短い髪を撫でる。
 「I'll come back again......マタ……クルヨ」

    †

 飛行機に乗る直前の、スペンサーの謝意に満ちた言葉を聞き終わると、三木は愛想良く返事して、携帯を畳む。そして小さく唇を歪めた。三木はまだ、ボーイズタウンにいた。スペンサーの口からは、すでに次回の来邦の話も出ていた。
 (楽しんでいただけたようで、何より。ただ、夢と現実が逆転したとしても、その夢が砕け散ったとしても、僕を恨まないでくださいね。全ては、自己責任で)

 ここは少年の街。心と金と、偽りと真実が、見分けもつかず渦巻く混沌と悲しみの街。

少年の街 ガイドの三木 完