2002年クリスマス企画参加作品
クリスマスに呪いあれ


 夜の街、クリスマスイブの熱気は、いよいよ過熱気味だった。自動車の喧噪をものともせず、クリスマスソングが飛び交う。恋人たち、家族連れ。行き交う人々の表情は、心なしか半歩夢の中だ。
 そんな人々の歩く流れに逆らって、一人の少年がうつむきがちに重い足取りを進めていた。
 名前は恭平、十二歳。小学校生活も後は三学期を残すばかりの、冬休みを迎えた六年生だった。
 クリスマスには奇跡が起こるらしい。望むべくもない運命の逆転が起こる、特別な日なのだと。キリスト教徒でもない多くの日本人も、この日がそんな記念日であることを願う。
 だが、恭平には、行き交う人々の陶酔も、喧しいクリスマスソングのリピートも、つまらない迷信も、全くの無関係だった。
 さほど学校が好きでもない、スポーツ好きでもない恭平が、学校のグラウンドで夕方までサッカーボールを蹴り、その後も街をぶらつくのは、ひとえに家に帰りたくないからだった。二間しかない小さなアパートで、父母と小さな弟と、彼は四人で暮らしていた。家では、のべつまくなし怒声と酒の匂いがし、ものが壊れた。ごく小さな頃は、もっと幸せだった気がする。いつの頃からか父親は仕事に出なくなり、アルコールに溺れ、幼い兄弟に暴力を振るうようになった。母親はそんな父親から子ども達を守るでなく、夫が荒れるとどこかにすっと消えてしまう。なるべく、家にいたくなかった。だから恭平は、暗くなるまで街をぶらつき、家族が寝静まる頃、家に帰るのだ。
 学校のある間はまだましだ。休みになると、ますます居場所が無くなる。土日なら、友達の家に入り浸ることもできるが、クリスマスに、それは無理な相談だった。
 恭平は、薄暗いゲームセンターの壁にもたれ、腹を押さえた。学校がある間は給食があるが、休みになると丸一日ろくなものが食べられない。みじめだった。泣く元気さえなかった。
 八時頃、家に帰ったら、何の物音もしなくて、ちょっとほっとした。しかし何か様子がおかしい。玄関から一枚扉を開ければ唯一の居間である。家族はみんなそこに布団を敷いて寝るのだが、寝息すら聞こえないと思ったら、母親と弟が乱れた布団の上で、血だまりを作って事切れていた。驚かなかったわけではないが、悲鳴の一つも出なかった。視線を動かせば、鴨居から父親がぶら下がっていたが、おぞましい死に顔は幸い向こう側を向いていた。全く現実感が無く、スクリーンの向こうを見ているようだと恭平は思った。静かに踵を返し、玄関を出て、しばらく歩いていると、なぜかはわからないが、涙が止めどなく流れてきた。
 思考が動き始めると、ひたすら悲しかった。一瞬にして家族を失ったことではなく、自分が生きているということが、あらゆる意味で悲しくてたまらなかった。

 義典は、二十五歳の大学生である。
 麻雀ゲームにきりをつけて、煙草をもみ消して席を立った。そしてふと、時間帯にふさわしくない少年の姿を見かけ、遠巻きに視線を走らせていた。
 二十五にもなってクリスマスに女連れでもなく、などと言うことは義典にはさほど気にならない。彼は、特殊な嗜好の持ち主であったし、人目を気にするにはもう、恥をかきすぎていた。
 故郷を離れる時までは、優等生のはずだった。有名国立大学に一発で合格し、胸を張って故郷を離れたのだ。だが、まともな学生生活は長くは続かなかった。自分は凡人に過ぎないことに遅まきながら気づかされると、生きる気力が急速に萎えていった。一度も進級できずに、ずっと親を誤魔化すのに苦心したが、やがてその気力も無くなった。もう、二度とあの家の玄関をくぐることもない。
 義典は、好色の眼差しで恭平を見ていた。思い切って声をかけて見ようかな・・・。久しぶりに、これはチャンスかもしれない。あの子はきっと家出少年だ。クリスマスにあんなみすぼらしい格好で、疲れ果てた顔で一人で盛り場にいるなんて、ね。
 義典は、じりじりと恭平の方に近づいて行った。心臓が高鳴る。
 義典は、一度だけ少年にいたずらをしたことがあった。学童保育でボランティアのようなことをしていた時、やたらべたべたなつく子が一人いた。五年生のその子の、半ズボンを脱がせて、オナニーを教えてやった。唯一の刺激的な体験だったが、義典はその記憶を元に、今も時々、夜の楽しみに一人ふけることがあった。
 もう一度あんな刺激的なことしたいな。
 既成の道徳や法律なんてどうでもよかったが、刑務所行きは想像したくなかった。そうなると、なかなかチャンスってないものだ。でも、家出少年なら、ひょっとしてうまく行くかも知れない。
 「君・・・」
 我ながら情けないほど小さな震えた声だ。怪しまれるだろうか・・・。
 少年には、その声は聞こえてさえいなかったらしい。
 「あの、ちょっと、君」
 返事もせずに義典の方をみた少年の顔に、おびえの色が浮かんだ。
 ちっ、やっぱり俺、怪しすぎるのかも・・・。
 だが、義典には、やけっぱち混じりの度胸が生まれつつあった。
 「そこの君だよ、そんなとこで何してるんだい?」
 少年は相変わらず黙っているが、警戒と恐れの色は濃くなるばかりだ。
 「ちょっとおいで・・・」
 自分でも驚くような大胆さだった。いつの間にか、少年の腕をつかんでいる。
 少年は、そのまま、素直についてきた。
 トイレの戸のそばの、人気のない所。義典は見も知らぬ少年の腕を持って、そこまで引っ張ってきた。
 向き合って、少年はやっと口を開く。
 「警察・・・?」
 義典は、そっと彼から手を離し、小さな声で囁いた。
 「違うよ。そんなんじゃない」
 義典は少し、笑ってみる。
 「君、家出してきたんだろう?」
 恭平は黙っていた。
 「すぐに警察じゃないかと思うなんてさ。家出してきたんだろう」
 恭平は黙っていたが、否定もしなかった。家出とはかなり違うような気がするが、百パーセントはずれではない。目の前の見知らぬ大きな男に、僕の事情なんかわかるはずがないし、説明することなんて、できやしない。そう思った。警察だったら・・・。取り調べられて、同情される僕。想像するのもいやだった。このまま振り切って、走って逃げられるかな?
 「いい? このゲーセンだって、夜中の2時には閉まっちゃうんだよ? 君、寝る場所にだって困るんじゃないの?」
 そんなこと、考えてもみなかった。この先のことなんて、どうでもよかったから。
 「お腹空いてない? 俺と、どっかの店にでも入ろうよ。俺と一緒なら、怪しまれないよ」
 義典は必死だった。それを悟られないようにしているつもりだったが、今にも歯をむき出しそうな表情になっているのは暗がりでも隠しようがなかった。
 「お腹・・・すいてる」
 事実だったが、なぜそんなことを口にしたのか、恭平は自分でもわからなかった。
 義典は、満面に笑みを浮かべてしまう。
 「よ、よし、じゃあ、ついておいで」
 二人は、ゲームセンターを後にした。

 歩いて行けるところに、国道に面したファミリーレストランがある。クリスマスと言えどピークは過ぎたらしく、うまく隅の方のソファ席に腰を落ち着けることができた。
 義典は、スープバーの熱いコーンスープをカップに盛り、斜め前の恭平に差し出した。あらためて彼の顔をのぞき込む。
 ジーンズもブルゾンも擦り切れているし、疲れて顔色はさえないけれど、なんとも可愛らしい。男の子から少年期に差しかかった年頃の、微妙な雰囲気、壊れやすそうな顔や体の曲線がたまらなくそそる。
 「君・・・どうしてあんなところで、一人で・・・あ、いや」
 戦略もなく無意味なことをしゃべり始めた自分に嫌気がさす。
 「そ、そんなことより、名前聞いてなかったね。俺、義典。お互い名前も知らなきゃしゃべりにくいだろうし・・・」
 「僕、恭平っていいます」
 下から見上げる恭平の視線があまりに哀しげで、義典は何か、胸のつかえを感じずにいられなかった。
 「恭平くんか、かわいい、あ、いや、いい名前だね」
 くそ、さえないぜ・・・
 「さ、食べようよ。まだスープしかないけど、何かお腹に入れたら元気が出るよ」
 「・・・うん」
 返事の元気のなさとは裏腹に、いったんスープを口にしはじめた恭平は、驚くほどガツガツとしている。黙って、あっという間に一杯のスープを平らげてしまった。
 (これは、本当に朝から何も食べてなかったみたいだな。クリスマスに家出とは、かわいそうにな)
 自分の下心も忘れて、義典は同情した。
 「おかわり、取りに行こうよ」
 「うん」
 やっと、気まずさと緊張がほぐれてきた気がする。
 店内はクリスマス仕様に飾り付けられ、薄暗く、柔らかな、蝋燭の炎を思わせるライティングだ。とは言え、主なターゲットは小さな子どもを連れた家族なのであろう。壁のステッカーや、窓にスプレーで描かれた絵も、幼児向けのもので、とても恋人同士の雰囲気ではない。まあ、二十代の青年と小六の男の子に似合うレストランなど、どこを探してもないだろうが。
 席に戻ると熱々のハンバーグとライスが、すでにテーブルに置かれていた。
 元気を取り戻して料理にむしゃぶりつく恭平はやっと年齢相応の男の子らしく見え、そんな彼の様子を見ながら義典は少しだけ幸せな気分になった。
 (俺みたいなやつにもたまには微笑んでくれるのかもな。クリスマスの神様ってやつが)
 ここ何年か、日ごと孤独と惨めさを味わってきた。クリスマスや正月などの国を挙げてのイベント時が、その惨めさのピークだと言える。家に閉じこもってコンビニの弁当を食べていると、死にたいくらいせつなくなるので、せめて外をぶらついていた。犬も歩けば棒に当たる、か。
 食事の間はほとんど無言だった。しかし、気まずくはなかった。次第に元気を取り戻していくかに見える恭平が、食事をがっつくのを、兄にでもなった気分で黙って見ているのは、悪くなかった。
 食事が終わると、恭平の方から微笑みかけてきたものだから、義典はまた、心臓が高鳴った。
 「あの、ごちそうさま。・・・ありがとう。義典、さん」
 訥々とした言葉だ。普段から愛想のいい子ではないのだろう。でも、義典はかえって、そんな恭平に惹かれた。
 「いいさ、いいさ。一人の食事ほどつまらないものはないんだ。つきあってくれて、俺の方こそうれしいよ」
 恭平の口元に笑みが浮かぶ。そして再び沈黙。義典はウエイトレスを呼び、熱いコーヒーと、恭平のためにミルクティーを注文した。
 「あの、さ、恭平くん」
 また、見上げる視線がまぶしい。
 「もしよかったら、なんで家出なんかしたのか、聞かせてくれない?」
 恭平は黙っている。
 「あ、いや、言いたくなければいいんだけど」
 「家出って・・・」
 「も、もしかして違ってた? 夜遊びしてただけとか・・・」
 恭平は首を振る。
 「もう家には帰れないから、家出みたいなもん、です」
 みたいなもの、か・・・。だが義典に、恭平の抱える事情が理解できるはずもない。
 「家には帰れない、か。よほど悪いことでも、しちゃったのかな? ・・・ああ、いや、言わなくてもいいよ」
 義典は意味もなく姿勢を正して、続けた。
 「そんなことより・・・あんなとこでぼーっとしててさ、夜とかどうするつもりだったの? 泊めてくれるとことか、あるの?」
 「・・・ない」
 そんなこと考えてる余裕なかった。どうでもいいって思ってたんだもん。でも、人間って勝手に消えてなくなるわけにいかないんだね。
 また、見るからに哀しげな表情に戻った恭平を見て、義典は慌てて続ける。
 「いや、あのさ。よかったら、とりあえず俺のとこ、来ない? 一人だから、泊まってもいいんだよ」
 言ってしまった。慌てすぎかな、俺って・・・
 恭平は、小さな声で何か言っている。
 「うん?」
 「・・・いいの、そんなの?」
 やった!
 「あ、はは。むしろ歓迎だよ。お互い、クリスマスに独りぼっちよりはいいだろ?」
 「うん」
 再び、恭平の口元にほんの少し笑みが浮かんだ。

 終電に近い列車に揺られた。普段はがら空きであろう車両も、アルコール臭や、独特の熱気で満たされている。乗客たちはみな浮かれていた。
 列車を降り、駅前の、コンビニエンスストアの明かりになんとなく惹かれて、中に入った。コンビニオリジナルのクリスマスケーキが売れ残っている。義典はそれに手を伸ばし、ジュースのペットボトルと一緒にレジに運んだ。会計が済むと、後ろについてきていた恭平が、すっと手を伸ばして重い方の袋を手に持った。二人の間に軽い笑みがかわされた。義典は、ほんの少し幸せな気分だった。
 義典の住むワンルームマンションは、駅から十分と歩かないところにあるが、静かだった。元々、義典の通って「いた」大学の学生が、居住者の大半を占める。隣近所の学生が、自分を何者と思っているか知らない。まあ、大学には院というものもあるし、老けた学生も珍しくはないから、まだそんなに怪しまれもしないだろうとは、思う。だが、近隣の学生と顔を合わすたびに義典は何か後ろめたさのようなものを感じ、愉快ではなかった。
 鍵を開け、暗くて寒い部屋に足を踏み入れる。
 「今、電気つけるから。袋置いていいよ」
 こんな優しい言葉を、小さな少年にかけている俺。何だか奇妙だ。
 「狭いけどね。ベッドに腰掛けていいよ」
 上京した頃、この狭いワンルームはちょっとした城だった。夢はすぐに潰えた。親にわがままを言って、プライヴァシーの保たれる、ユニットバス付きのワンルームにしたことだけは正解だったが・・・。引っ越そうにも金もなく、第一、おっくうだった。
 「あんまり汚いな。ちょっと片づけるから、シャワーでも浴びていてくれよ。そこのドア。・・・着替えは、でかいけど俺の、出しておくから」
 恭平はすっかり無防備に、言うがままに、バスルームに入った。間もなく湯の流れる音がする。
 手早く散らかった床を片づけながらシャワーの音を聞いていると、次第に胸が高鳴ってきた。今まで経験したことのない、「何か」が始まる・・・。義典はクローゼットを開け、あまり着ていないスウェットと、トランクスを引っ張り出した。
 バスルームのドアを、おもむろに開けた。
 湯を弾くまぶしい裸体が、義典の目に飛び込んで来た。自宅に風呂さえない恭平には、バスルームのカーテンを閉める知識などなかった。トイレの付近まで水浸しにして、恭平は気持ちよさそうにシャワーを浴びていた。ああ、天使というものを、目にすることができるならこういうものか・・・。義典は、柄にもない知的なセリフを頭に浮かべて感動した。しぶきをしたたらせ上気した、成長しきらないあまりに美しい肌がなまめかしく、濡れた髪が、まつげが、たまらなく悩殺的だった。
 「あ、ご、ごめん・・・」
 義典のそのセリフは、裸を見てしまったことに対するものだったが、恭平はただ、不思議そうに濡れた瞳を向けるだけだ。小学生の男の子が、二十代の男に裸を見られたからと言って、恥じらうものでもない。義典の側に特別な意識があればこそのセリフだった。
 「ここに着替え置いてくから」
 義典は慌てて恭平の汚れた服を抱えると、ドアを閉めた。
 ふっとため息をつく。
 最高だ。人生最高のクリスマスだよ。義典は、うきうきしながら恭平の出てくるのを待った。
 シャワーから出てきた恭平は、濡れた髪に上気した顔で、すっかりリラックスしていた。義典のだぼだぼのスウェットを着て、ズボンの裾を引きずっている。手招きしてベッドに座らせ、義典は冷蔵庫を開けた。グリーンの冷えたガラス瓶を取り出す。
 「こんな日ぐらい酒なんかどう? コンビニの安物ワインだけどさ」
 義典はにっこり笑って瓶を振ってみせる。小首をかしげて少し考えた後、恭平はちょっと歯を出してうなずく。
 よしよし・・・俺も落ち着いてきたみたいだ。やってやる・・・
 「お酒飲んだことある?」
 「うーん、ビールをちょっとだけ」
 「おいしいと思わなかっただろ? こいつはフルーティなワインだから、ちょっとは飲みやすいよ」
 二つのグラスに赤い液体を注ぎ、カチリと合わせる。義典は三分の一ほどを一気に空け、恭平はちょっぴり口につける。ささやかな悪事がまた、ほんの少し二人の距離を近づけるようだ。
 「おいしい?」
 「・・・うん、けっこう」
 また二人は微笑みを交わす。ケーキの箱を開けた。
 アルミの皿のまま手に持って、少し口をつけた後、ケーキを置き、義典はベッドにどっと体を預けた。
 「クリスマスか・・・」
 恭平も合わせるように仰向けにベッドに倒れ込む。
 「・・・ね、義典、さん」
 いまだ呼び慣れぬ名前。
 「ん?」
 「クリスマスなのに、どうして独りぼっちなの? 家族いないの?」
 ほんのりと赤味のさした愛らしい顔が間近にあった。恭平の口から敬語は消えている。出会った時とちょっと違う、どこにでもいる六年生に見える。
 「うん、いないようなもんだ」
 義典は曖昧な返事をする。
 「死んだの?」
 「いや・・・でも死んだのと同じかな。もう二度と会わないし」
 「独りぼっちなんだね」
 「そうだね」
 恭平は体をくねらせ、うつ伏せに姿勢を変えた。乱れたスウェットから背中が出ている。間近な距離感に義典の胸は高鳴った。
 「僕ね、僕・・・」
 「ん?」
 ふとんに顔をうずめてくぐもった声だ。
 「お父さんもお母さんもみんな嫌いだった。どこかへ行っちゃえっていつも思ってた」
 俺とは違うな。この子ぐらいの頃は、人もうらやむような幸せな家庭だったんだろう、たぶん。
 「でも、ほんとにいなくなったら、こんなにつらいと思わなかった」
 「家に帰りたくなった?」
 義典は不安になった。恭平の不幸など知る由もない。
 「帰れない。みんな行っちゃった。僕一人置いて、行っちゃった」
 最後は涙声だ。どうしたっていうんだ?
 「死ぬなら僕も連れて行ってくれればよかったのに。生きるのがつらいのは僕だって同じなんだよ。なのに・・・」
 おぼろげに事情が飲み込めて来た。彼は家出少年なんかじゃないんだ。彼は泣いている。
 「死んじゃったのか? お父さんもお母さんも?」
 「弟も・・・今日、帰ったら死んでた。自殺してた。僕だけ置いてみんな行っちゃった」
 なんてこった・・・・・・。
 「僕も死にたい。・・・けど、きっと僕、死んでも一人ぼっちなんだよ・・・」
 義典は恭平の背中に覆い被さった。計算を忘れて。
 「待てよ。死ぬなんて言うなよ。俺・・・」
 義典は強く強く恭平の体を抱きしめる。小さな背中に顔を埋める。
 「恭平・・・俺、お前のことが愛おしくてたまらない。お前にいやなこと全部忘れさせてやりたい」
 義典さん・・・
 恭平は義典の腕の中で体を回し、涙に濡れた顔を義典の胸に埋めた。
 「ありがとう、義典さん。ちょっとうれしい。でもきっと無理なんだ。そんなこと」
 俺は・・・
 「恭平・・・俺はな、特別な人間なんだ」
 体を離し、義典は恭平の目を見つめる。
 「特別?」
 「めったにいないロクデナシさ・・・。けど、ひょっとしたら今のお前に必要なのは俺みたいな人間かもしれない。そんな気がする。クリスマスの神様の気まぐれさ。俺とお前が出会ったのは、そんな運命のいたずらなんだ」
 悪運さ。
 義典は予告もなく、恭平の唇を奪った。強く、激しく吸う。抵抗は最初の一瞬だけのことだった。
 何が起こったの・・・?
 スウェットのズボンを、パンツと一緒に引きずり下ろした。おもむろに性器に指を絡ませる。
 「あっ・・・」
 「俺の正体、教えてやる」
 電灯が消えた。再び義典の体が覆い被さった時、彼は裸だった。乱暴にスウェットの上を脱がしにかかる。恭平はさしたる抵抗もせず、自ら両手を上げて義典の行動を手伝いさえする。
 この人、僕をめちゃくちゃにして、殺すのかもしれない。ううん、殺してくれるんだ。クリスマスに僕のところに来るのは、神様じゃなくて、悪魔の使いなんだね。
 小量のアルコールが廻った頭で、恭平はそんなことを考えていた。
 激しい息づかいが聞こえ、義典の舌が恭平の幼くしなやかな肉体を這い回っている。
 義典は、限界まで怒張した自分のペニスと、恭平の柔らかな手を導き、暗闇の中でそれを握らせた。
 「大きい、熱い・・・義典さん・・・」
 恭平は義典のまねをして、ペニスを握った指を、ぎこちないなから動かした。濡れた亀頭の先を小さな指が触れると、義典は息が詰まるような心地がした。義典は思わず吠えるような声を出して、腰を使い、恭平の体にペニスを激しくこすりつける。自分のペニスと恭平の小さなものを一緒に握り、こすり合わせた。
 「あぁっ、あっ」
 恭平の口からも思わずあえぎが漏れる。義典は姿勢を変え、恭平の体を前に抱いて、背中から廻した手で彼のペニスをしごきはじめた。
 (気持ちいい・・・)
 (ちょっと痛いけど・・・)
 (もうどうでもいいや。この人が悪魔でもなんでも構わない。)
 「あ、で、出るよっ・・・」
 二、三度、間隔を空けて、恭平のペニスから激しく白濁の液がほとばしる。
 陶然とする恭平をベッドに横たえて、義典はティッシュで後始末を始めた。
 「たくさん出たなあ、初めてじゃないよね」
 「・・・うん」
 「ふふ、人にやられるのも、気持ちいいだろ」
 恭平は少し間を置いて、恥ずかしそうにうなずいた。
 「かわいいな・・・」
 知らず知らず、声に出していた。
 「僕が?」
 「そうさ」
 義典は恭平にがばと覆い被さって、またキスをし、立ち上がる。
 (朝が来なけりゃいいのにな。このままずっとこうしていたい)
 机の引き出しからアルミの缶を出し、淡青色の錠剤のタブレットを取り出した。
 四つんばいでベッドを這ってきた恭平が、後ろからのぞき込んでいる。
 「何、それ」
 義典は口元を歪める。
 「何だろうね」
 「マヤク?」
 「そんなものあればいいんだけどね。でも、運がよければ少しはトべる。飲んでみる?」
 「うん」
 恭平の口調にためらいは微塵もなかった。
 互いに二錠ずつ、舌に乗せて、もう一度ワインで喉に流し込んだ。
 精神科に通い詰めてもらった薬物だ。眠れない眠れないと言えば、面倒くさそうに処方してくれる。

 しばらく、穏やかに絡み合っていた。
 そのうち、何となく恭平のろれつが怪しくなって来るのを感じた。
 「何か変わってきたかい? 体の中で」
 「体がジーンと・・・熱いかな。眠ってないのに、夢の中みたい。体が揺れてるみたい」
 表現力あるな。ふわふわする感じ。そう、それだよ。
 「体が風船みたいになった気がしない?」
 「うふふ、あは・・・そんな感じ、かも」
 「眠るなよ・・・」
 さて・・・
 「さあ、俺も楽しませてもらうよ。膝かかえてごらん。そう、体横にして、力抜いて」
 尻の双丘に手のひらを這わせて、中指の腹を襞に押しつける。爪の部分を穴に沈ませた。そして、第二関節まで一気に。
 「あう、ふ・・・」
 とっさに言葉が出ないようだ。いったん抜いた指をローションで湿らせ、今度は人差し指を添えて、二本を滑り込ませる。恭平の体に少し緊張が走ったようだ。差し込んだ指をぐるぐるとひねると、恭平の唇から小さな声が漏れる。時にそれは、苦痛をこらえているようでもある。しかし、拒絶する様子はなく、必死に自分の足をかかえているようだ。
 (そろそろ行くか・・・)
 最初で最後かも知れないのだから、苦痛だけで終わらせたくない。快感を味合わせてやれるといいけど・・・。
 義典は自分のペニスに十分にローションをなじませると、わずか広がったひくつく恭平の肛門にそれをあてがい、まず亀頭を沈める。驚くほど抵抗がない。
 (よし・・・)
 薬酔いだ・・・。義典もまた、穏やかな波に揺られるような、快感を味わいはじめていた。義典は酔いに身を任せながら、じわじわと侵入を続ける。なめらかだ・・・。温かい。いや、熱い。体が宙に浮くようだ。
 (おしりが・・・。ううん、体が熱い・・・。)
 痛みは無かった。禁断の揺り篭に揺られながら、恭平は思った。夢なら、醒めないで・・・そして、このまま地獄に連れて行って・・・。もう、家族になんか会えなくていいよ。どうでもいいんだ。
 義典は緩やかに腰を使い、強く恭平の柔らかな肢体を抱きながら思う。現実なんて、無意味だ。こいつは、俺のものだ。神の気まぐれがよこしたクリスマスプレゼント。この身が滅びるまで、失いはしない。
 この身滅びるまで・・・。二人は泥のような眠りに、落ちていった。