土曜の夜は僕のために #1 誘導


 カーテンを閉め切ったマンションの一室。タイマーに起動されたエアコンが冷気を吐いていなければ、うだる猛暑が椎名を襲ったことだろう。十一時を過ぎても、彼は寝床から出なかった。寝室は怠惰な空気に満たされている。
 半ば目覚めていた椎名を驚かせたのは、ケイタイの着信メロディである。サイドテーブルに手を伸ばして、チープな電話機を手に取ると、受話ボタンを押した。
 「もしもし?」
 耳慣れないかすれた声変わり前の声。椎名の判断力はまだ働かない。
 「あのお、椎名さんですか」
 「・・・そうだけど」
 無愛想なしわがれ声で彼は答えた。
 「アキラです」
 「うん・・・おお、アキラ君か」
 「あのお、本当に遊びに行ってもいいですか?」
 椎名の脳がアイドリングを終えて働き出すと同時に、会心の笑みが口元からこぼれた。
 「何や、えらいかしこまっとるやないか。もちろんかまへんで。・・・そしたらな、××駅まで出てこれるか・・・おお、そうや。前にマクドがあるやろ、わかるか・・・おお、そうや。そこで待ってたら迎えに行ったる。一時か、昼飯食うてくんのやな。わかったで」
 電話を切った椎名は、ベッドから飛び起きて軽いガッツポーズを一人で演じた。
 身支度を整えながら、彼はうきうきした気分で、様々に思いをめぐらしていた。
 (今までで一番幼いターゲット)
 (性知識も、経験もたぶんまっさら)
 (俺の思いのままの少年に「教育」する楽しみ)
 (あてがいぶちじゃない、俺の開拓する出会いと体験)
 彼は今のテレビの前に陣取り、ゲーム機を広げた。四台のゲーム機と無数のゲームソフトは、少年を取り込む誘導餌である。切替器と大画面テレビの接続をする。この居間が少年を開発する舞台となる。
 彼は準備を整えると、ポーチ一つを手にして、マンションを後にした。
 
 軽く昼食を済ませて、なるべく時間ぴったりに待ち合わせ場所に向かう。とは言え、この街の車の量はすさまじく、相当の余裕は見ておく必要があった。流行りのポップスをBGMに、三十分ほども車を走らせると、目的地は目の前だった。
 ハンバーガーショップの自動ドアの脇に、アキラを見つけた。昨日と同じ煤けたズボンと靴に、明るい黄色のTシャツを着ていたが、やはり襟元はくたびれていた。眩しそうな目をしている。椎名は車を降りて、横断歩道を渡る。アキラはまだ気づかない。
 椎名はアキラの視界を避けて、横から近づき、彼の斜め後ろに立つと、唐突に声を掛けた。「アキラ君!」。アキラははじかれたように後ろを振り向いた。椎名の姿を認めると、満面に笑みを浮かべた。
 「ああ、びっくりした。おじちゃんやったんか」
 「おじちゃんとちゃう、お兄ちゃんや。俺はまだ二十代やど」
 「どっちでもええやん。車は?」
 「向かいに止めてるわ、行こか」
 椎名はアキラの半袖から出た健康そうな腕をさりげなくつかみ、柔らかな感触を味わった。
 助手席にアキラを乗せると、彼は小さな体をシートに投げ出して、開口一番、
 「涼しいー」
 と言った。素直な感情表現とこの愛嬌は、やはり中学生とはまたひと味違う、と椎名は思った。人差し指でほっぺたをちょっと突いてやると、はしゃいで腕にかじりついてくる。椎名の心がうねる。このかわいらしくて幼い少年に、自分が何をしようとしているのか考えると、悪意のうずきを抑えきれない。ハンドルを握る手に、少し汗がにじむ。
 「そういうたら、まだ聞いてなかったな。アキラ、何年生や」
 「四年生」
 「四年生いうたら、十歳か」
 「うん、まだ九歳のやつもぎょうさんおるけどな」
 彼の通っている学校は椎名の行動範囲だった。一学年九クラスだかの超マンモス校だ。塀に囲まれて中身の見えない刑務所のような学校である。四年生か・・・性への関心も体の変化も、まだ全てがこれからだ。この子をものにしたい・・・椎名は思った。
 「アキラって、どんな字書くんや」
 「うんとね、リョウって読む字、京都の『京』の上の方に・・・」
 人差し指でしきりに空中に線を書くアキラを見ながら、椎名は手を打った。
 「わかった、ナベブタ書いてカタカナの『ル』やな」
 「それや」
 『亮』はうれしそうに言う。
 「実はな」亮の一挙手一投足を横目に見ながら、少年との距離を縮める会話を、順調に進めていく。
 「俺の名前もアキラやねん」
 「へえ!?」
 亮は驚いたように椎名の横顔を見つめる。椎名はまたどきりとする。
 「どんな字?」
 「水晶の晶って書いて、アキラって読むねん。珍しいやろ」
 「へえ、なんかきれいやけど、女の子みたいやな」
 「ははは。そういわれたら、そやな」
 同じことを言われたのは何回目だろうか。椎名はハンドルを切った。
 「そやからな、何かアキラって呼びにくかってん。自分と同じ名前やからな」
 「うん」
 「これからリョウって呼んでええか」
 「リョウか・・・うん。ええよ。そしたらお兄ちゃんはショウ兄ちゃんやね」
 「それ、ええな。ほな、これからそれで行こ。リョウ」
 「うん。ショウ兄ちゃん」
 二人だけで共有する約束事である。リョウははしゃいでいた。
  
 「ごっついとこに住んでるねんなあ」
 リョウが高層マンションを見上げて言うので、椎名は吹き出してしまった。
 「ははは、そら、この建物全部俺の家やったらすごいけどな」
 八階の部屋までエレベーターで上がる。椎名はさりげなくリョウの肩を抱く。
 没個性な鉄扉に、せめてもの抵抗か、木製の札にローマ字で名前を書いた表札などをあげている家もあるが、椎名の部屋には番号表示以外何もない。
 「ええとこに住んでるなあ。ショウ兄ちゃん一人で住んでるの」
 玄関を上がったリョウは興奮気味に言う。
 「独りぼっちや。そんないい部屋でもないで」
 ガラスのテーブルから食器棚まで、通信販売でも手に入るたわいもない品ばかりだ。だがそれは大人の感覚である。
 「うち、三人で住んでるけどここより狭いで」
 「そうか。俺も子どもの頃はそうやったけどな」
 生活レベルは、服装や会話の端々からだいたい見当はついている。狭いボロアパートで肩を寄せあって暮らしているのだろう。あまり思い出したくない自分の過去の幻像を椎名はふと見た気がした。
 「すごいなあ。全部あるやん」
 リョウは羨望の眼差しでテレビの前の設備を見る。
 「僕の友達んとこでも全部持ってるやつはおらへんで」
 「驚くんはまだ早いで」
 椎名は奥の部屋からカラーボックスを抱えて出てくる。ゲームソフトの山である。
 「すごい・・・」
 「好きなんやっとり。俺ちょっとジュースいれるからな」
 ダイニングに行き、冷蔵庫を開ける。リョウは宝の山をあさるように、カラーボックスをかき回している。しばらくし戻って来ても、三つ四つのソフトを手元に並べて、まだゲームを始めていなかった。
 「ジュース持ってきたで。なんやまだやってへんのかいな。とりあえずジュース飲んだら対戦の続きや。それまで一人でできるやつやっとき」
 ジュースをお盆に乗せて置くと、椎名はリョウに体をよせて座り込む。ストローからオレンジジュースを吸い上げる。
 「これ、何か喫茶店のジュースみたいや」
 「そやろ。俺の特製やで」
 無果汁シロップにフレッシュオレンジを搾る。大人の舌には百パーセントオレンジの方がうまいのだろうが、子どもにはこのぐらいの甘さがちょうどいい。
 「さあ、昨日の続きやろか」
 「今度は負けへんで」
 格闘ゲームの派手なBGMが鳴り響く。音響には気をつかっている。一般の家庭ではこんな音響を出せるシステムはまずない。しかし、音響が心理に及ぼす影響は大きい。感性の鋭い人間なら、ドラッグと煙草の違いぐらいはあるものだ。子どもを陶酔状態に導くには欠かせない道具の一つである。
 最初の勝負はリョウの勝ちだった。わざと負ける気はなかったが、リョウの気合いが違った。この真剣な眼差し。いわゆる「ゲーム」に夢中になれる性質は、男の特性である。RPGの架空世界にはまれる人間は大人も子どもも男性が多い。こうした心情を総称して、「少年の心」などと表現したりする。リョウもまた、少年の心の持ち主だった。
 一進一退の勝負をくり返し、あっと言う間に一時間は過ぎた。椎名はリョウに意識的にぴったりとくっついて、勝負がつくたびにリョウの頭をこづいたり肩を抱いたりする。リョウもそのうち遠慮がなくなってきて、椎名の腕をつねったりくすぐりを入れたりするようになってきた。手なずけるプロセスをゆっくりと楽しむ。
 格闘ゲームに一段落をつけると、椎名は麦茶を取りに冷蔵庫に向かう。涼しげに水滴をつけたグラスを持ってリビングに戻ってくると、後ろからリョウに声をかけた。
 「お前、ジーパンなんか履いとったらきつないか」
 そういう椎名は、楽な短パンに履き替えていた。
 「そういわれたらそやけど」
 「脱いでまえや、ちょっとごっついけど俺の短パンあるで」
 「そやな」
 この程度のことに羞恥心があるほどの年齢ではない。ただ、他人の家であるという警戒感と緊張感がどの程度残っているかということだ。友人の家でも、親がいればズボンは脱ぐまい。さっさとズボンを脱いでしまったところを見ると、かなりガードは下がっていると見ていい。椎名はそう計算していた。
 トランクス一枚になったリョウは、椎名の出してきた短パンに足を通した。
 「ぶかぶかやん。ええわ、誰もお客さん来いへんにゃろ」
 リョウは短パンを投げ出して、パンツ一つで絨毯に座り込んだ。椎名にとっては、願ったりかなったりである。
 椎名は、次はあまりアクション性のないものをやりたかったので、そういう風に誘導した。ジャンル不詳の、クイズと双六を合体したようなゲームがある。二人でそれをやることに決めた。いろいろしゃべりながら、ゆっくりとスキンシップを楽しめる。
 クイズのジャンルがアニメやマンガなら、リョウの方に利がある。しかし、「歴史」となれば大人の出番である。リョウはしきりに感心する。
 「ショウ兄ちゃん物知りやなあ」
 「何ぼいうてもこれでも大人やで」
 共同戦線で少しずつステージを進めていく。テレビ画面に夢中になっているリョウの横顔を見ながら、背中に腕をまわし、尻や太股や下腹部に、慌てることなく指を這わせていく。時折、リョウが自分の横顔をちらちら見ることに、椎名は気づく。ごく深刻な眼差しで、目線は合わせないように気を使う。二人を取り巻く雰囲気が変わり、沈黙が勝ち始める。
 パンツの上から、そっと陰部に手を当て、様子をうかがう。ここからが、勝負所である。その子によって、反応は違う。体による拒絶、言葉による拒絶、消極的な受容、積極的な受容、それらの中でも様態は様々。どういう反応をしても、それなりの対応をするのが「玄人」である。玄人なら無理はしない。どんなやり方をしても激しい拒絶しか返さない子どももいる。それならそれで、あきらめるときはさっさとあきらめる。時と場合によっては脅しで押す。ただし、今回は「合意」を得られなければ潔く撤退するつもりだった。今椎名は、わずか数時間で「いける」という感触を得て、行動に出ているのである。
 リョウは、何事もなかったようにゲームを続けている。自分の下腹部を見ようとはせず、ゲーム画面を注視している。椎名は、より大胆に指を動かし、ペニスの感触を確かめ、揉みはじめた。小さなペニス。亀頭の未だ未成熟なペニス。もちろん皮をかぶったままのペニス。ほんの少しの時間で、リョウのペニスは明らかに弾力を持ち始めている。この歳でも、十分勃起するようだ。椎名は、自分の経験を振り返って、俺の小四のころはどうだったっけ、と考えた。
 たぶんいけるだろう。椎名は決断して、柔らかい腹の肉の下の、パンツのゴムに手をかけて、五本の指を滑り込ませた。もちろん無毛の、すべすべの陰部、ねっとりとした感触のペニス。くすぐるように、すぼんだ先端に触れる。お互いに、ゲームをやる手は止まっているのに、リョウの目は相変わらずテレビに釘付けのまま。陰部を意識していないはずはないのに。
 親指と人差し指を巧みに使って、弾力を持った小さなペニスをもてあそぶ。もはや椎名の体はリョウの背中に回って、胸を密着させ、一方の手もむきだしの太股をさすっている。リョウの唇はきっと結ばれている。ペニスの先はじっとりと湿ってきたように感じられる。
 「オナニーって知ってるか」
 椎名はリョウの耳元でささやいた。
 「・・・わからへん」
 聞き取れないぐらいの小さな声でリョウは答える。
 「気持ちええか」
 「・・・わからへん」
 リョウはかっと目を見開き、厳しく口元を閉じているが、やや息は荒くなり、顔は紅潮しているように見える。
 「脱がすど」
 ペニスを握っていた手で、トランクスを止める間もなくさっと下げる。一瞬抵抗しようとしたかに見えた右手を、リョウはすっと引っ込めた。陰部が露わになり、かわいらしいペニスがぴょこんと隆起しているのを椎名は見つめた。
 椎名はリョウの両脇に手をあてがい、彼の体を自分の膝の上に運んで座らせた。温かいむき出しの尻の感触を触れて味わう。Tシャツと靴下だけで男の膝の上でなすがままになっている小さな体は、幼げなエロスを十二分に発揮していた。椎名の股間は限界近くまで怒張していた。固くなったペニスが、リョウの尻の谷間に接触している。
 手慣れてしまった椎名にとっても、久々に感じるほどの性的な嵩ぶりだった。たまらない幸福感だ。無垢のものを手に掛けることが、これほどのエクスタシーをもたらすものなのか。片方の手をシャツの中に滑り込ませ、腹部や胸の曲線を楽しみ、乳首に指を這わせた。一方の手は執拗にペニスをもてあそんだ。精通のすんだ体では、こう長くは楽しめない。リョウも、ペニスだけは感じているはずだった。それだけは確かだろう。すでに射精のできる体になって久しい椎名には、もちろん二度と味わえぬ、思い出すことも難しい、独特の快感を。リョウは口を半開きにして、激しい息をもらし、目は涙ぐんでいるようだった。体の力を抜き、全身を椎名に預けていた。
 数十分とも思える長い愛撫の末に、ようやく小さな「あ・・・」というようなあえぎを、リョウはもらした。四年生なりに、イッたのか・・・椎名はそう感じた。呼応するように、リョウの小さなペニスの、弾力が弱まっていくように感じられた。