狂人日記〜その1


 9/27

 普通日記というものは、他人に見せるために書くものではない。では俺は、いったい何のためにこの日記を書こうとしてるのか。来たるべき破滅の予感。俺の存在した証。それとも自己顕示欲のなせる業か。
 俺が初めて人を殺したのは、それもいたいけな少年を殺したのは、もう二ヶ月も前のこと。俺はその時、かつてない快感を覚えた。これまでに味わったこともない快感を。それまでにも少年を何人も抱いたことはあった。しかし、あの少年の命を奪ったときの快感は、少年の中で果てる時とは比べものにならぬ、異質な、至高の快感であったのだ。

 まずはその日の出来事を、振り返って記すことにしよう。

7/25

 夏休みに入って間もない爽やかな晴天の日だった。俺は、バイクにまたがり、獲物を探しに出かけた。長期休暇の時期でもなければ、学校に通う子どもは捕まらない。昼間でも夜でもだ。できるとすればくずれたガキだけ。繁華街をうろつくゴロツキ予備軍の少年達だ。彼らの中には金でたやすく買えるヤツが少なからずいる。今はプロには興味はないから、お手軽にガキを抱こうとすれば、こういうヤツを狙うのが手っ取り早い。
 そんな連中ではなくて、もっと「健康的な」ガキを、ましてや、中学生以下のガキを捕まえるとなれば、やはり学休期間に限るのだ。
 いわゆる男の子を「引っかける」ことについて、俺は自信を持っている。容姿は女性から見てどうこうというよりも、子どもを引きつける、どこか暖かみと親しみを持てる外見なのだ。まさにこれは仮面である。子どもは敏感であるというが、俺の仮面の奥の、内面の魔性を見抜ける少年にはめったにお目にかからない。そして、もう一つの子どもを引きつける小道具は、バイクである。いわゆる乗り物というヤツは、古今東西子供心を惹きつけて離さぬものと見える。
 その日も俺は、バイクにまたがり、公園のそばにそれを止めて、獲物を物色し始めた。こういうところで獲物を捕まえるのは難しい。複数で遊んでいる時点で、連れ出すことが困難になることと、場所が開けていて、目立ってしまうことが問題だ。庭球での野球に興じている小学生や、遊具に群がる子ども達。チャンスは開けそうもない。少し間を取るか、場所を変えるか・・・と考えながら、俺は公園を少し離れ、路地をぶらついた。
 ひなびた二階建てのアパートメントを通り過ぎようとしたとき、突然チャンスが訪れた。少年が一人で、庭球を握って壁当てをしている。四年生ぐらいだろうか。華奢な割に頬がふっくらとして、愛くるしい少年である。いかにもつまらなそうに、一人壁を相手にキャッチボール。粗末なTシャツと半ズボンがかわいい。
 「よう、ボク。夏休みだってのに一人かい。友達と遊ばないの」
 見知らぬ男に声をかけられても、警戒心は見せなかった。ちょっとむくれて彼は答える。
 「みんな夏期講習だなんだって忙しいんだよ。そんなに勉強したいのかって思うんだけど」
 なるほど。
 「君は振られて一人でキャッチボールってわけだ。学校が休みならたっぷり遊べると思ったら大間違いだな。最近の小学生も大変だ。君は塾には行ってないの」
 「行かねえよ。どうせ勉強したってさ。シリツの学校行けるわけじゃないもん」
 子どもの目線で話していると、なかなか面白い話が出てくる。驚いたことに、この幼稚に見える少年は六年生だった。子どもを見慣れている俺にして、二つも年齢を読み間違うことは珍しい。彼の話によると、学校の彼のクラスは、二つの派に分かれているらしい。平たく言えば、まともに勉強する派と学校潰してしまう派である。余りにも潰す派が多くてクラスでは授業が成立しないから、まとも派は、私学に逃げることを願って必死に塾通いする。彼はまとも派に友人が多いが、家庭環境的に私学など考えられないらしい。そんなわけで、夏休みに独りぼっちになってしまったのだ。
 「小学生だっていろいろ苦労してるんだよ」
 などと生意気ぶった口調で話すのがまた愛くるしいのである。
 「なあ、退屈なら、俺のバイク見せてやろうか」
 「バイク・・・?」
 「ちょっと待ってろよ。そこの公園に止めてあるんだ」
 俺がバイクを走らせて戻ってくると、彼はもうときめきを押さえきれない様子だった。
 「ちょっと乗ってみるかい?」
 「いいの?」
 俺は無遠慮に少年を担ぎ上げると、後部席にまたがらせ、自分も席をまたぐ。
 「いいか、俺に体をくっつけて、しっかり抱きつくんだ。そう、前で手を組み合わせて」
 少年が俺にしっかりとしがみつく。俺は温かい肌の密着する快感にひたる。アクセルをふかすと、振動が体を貫いた。おそらく後ろの少年も、この心地よい振動を新鮮な感覚で味わっていることだろう。
 風を切り、少しバイクを走らせて、停車すると、後ろの少年に声をかけた。
 「気分はどうだい?」
 「すんごい、気持ちいいね!」
 もう、大はしゃぎである。
 「もっとスピード出してよ」
 「いいぜ、遠乗りに出発だ。そういや、名前は何ていうんだい?」
 「あっくん」
 自分のことを「あっくん」というあたり、六年生にしては幼くて、またかわいらしい。しかしその呼び名は、彼の幼い外見には、むしろ似つかわしく思えた。
 俺はアクセルをふかし、国道に出る。俺の体をつかむ少年の両手から、高揚感が伝わってくる。小一時間も走って、俺達は浜辺に出た。真夏でも人のいない砂浜。俺の秘密の場所、ここへ連れてきた少年は、もちろんあっくんが初めてではない。
 バイクを止めると、あっくんはバイクから飛び降り、海辺に向かって駆けだした。俺はヘルメットを脱ぐと、眩い午後の光に、目を細めた。爽やかな気候だ。真夏にしては暑すぎず、浜風は比較的乾燥しており、それでいて陽光はさんさんと眩しかった。
 両足が砂まみれになるのもかまわず、あっくんは砂浜を駆け回って、俺に砂をかけてよこす。
 「どうだい、いい場所だろう。俺の秘密の場所さ」
 「すごいねー。こんなにきれいなのに、誰もいないや」
 「泳げばいいだろう。でっかい海を独り占めだぜ」
 「うーん。だけど」
 あっくんは首をかしげる。その仕草が愛らしい。
 「僕、水着持ってないよ」
 俺は笑った。
 「恥ずかしいのかい。ここには俺しかいないじゃないか。裸になればいいんだよ」
 「うーん。でも・・・ま、いっか。そうだね」
 気が小さいと思われまいと、彼は俺の思うつぼにはまり、服を脱ぎ始める。俺はバイクからバッグをはずして、彼の投げてよこす服を受け取っては中にしまった。靴下とパンツだけになって、彼は少し躊躇したが、俺の笑みを見て、勢いよくそのブリーフを脱ぎ捨てた。俺は悟られまいとしながら、彼の性器を伺い見る。六年生にしては幼いだろう。外見相応の、かわいらしい皮をかぶった性器だった。もちろん産毛すら生えていない。俺は欲情を押さえるのに必死だった。まだ早い。一日は長い。
 あっくんは楽しそうに海辺を駆け回って、砂まみれになりながら、戯れていた。時々、息を切らせて俺の方に駆け寄って来ては、かにや貝殻などの獲物を俺に見せるのだった。柔らかそうな白い肌、華奢な骨格、赤らんだ頬と輝く瞳。俺は悩殺されそうだった。この子の人なつっこさは、そう、おそらく両親との関係が、希薄なためだろう。忙しいのか、関心がないのか、両親はこの子のことを構わない。休みの日もどこにも連れて行ってくれない。元気なあっくんは普段は友達と遅くまで遊んで帰るけど、長い夏休み、友達はいない。孤独と寂しさを味わう夏休み。俺がその穴埋めをしてあげる。代償は高いけれど。
 砂浜に横になってあれこれと思いを巡らすうちに、どうやら日が傾きかけたようである。潮時だ。俺は自分の着衣に手をかけ、一枚ずつ脱ぎ去っていく。服を脱ぐ俺の姿を目に留めて、あっくんが歩み寄ってきた。
 「ふう。僕疲れちゃった。お兄ちゃんも泳ぐの?」
 「いや、そうじゃない」
 俺は全てを脱ぎ捨て、あっくんの正面に立つ。あっくんは俺の股間に視線を寄せる。半ば膨らみかけた俺の性器がそこにある。
 「お兄ちゃんの、大きいね」
 俺を見上げるあっくんの言葉を無視して、俺はがばと両腕を彼の体に回し、強く抱きしめた。潮に粘つく柔らかな肌が俺の汗ばんだ肌に吸い付く。
 「あん。何するの。痛いよ」
 あっくんは悪ふざけとでも思ったのか、軽く拒絶して、俺の体を突き放そうとする。いったん俺は素直に彼を解放してやった。俺から一歩離れたあっくんは、今や完全に怒張した俺の性器と、ただならぬ気配を漂わせた俺の視線を見て、わずかながら事態が飲み込めたらしい。
 「お兄ちゃん・・・?」
 俺は再び彼を捕らえると、力強く抱きしめ、ゆっくりと体をかぶせて、砂浜に押し倒した。
 「お兄ちゃん、痛いよ! やめてよ! 何するんだよう」
 俺はあっくんの叫びを無視して、なおも強く彼の体を抱き、片方の手で性器や肛門をまさぐった。もがく彼を強く押さえつけて、顔と顔を近づけ、彼の唇を強引に吸った。
 「むぐっ。ごほっ・・・ひどいよう。何でこんなことするんだよう」
 あっくんは涙をぼろぼろとこぼして泣きじゃくり、激しく暴れ出した。俺は彼の両腕を押さえつけ、砂浜にめりこませた。彼の抵抗は思いの外激しく、両足をばたつかせて俺の体を蹴り上げた。意外なほどの力である。恐怖にすくんで動けなくなるものと思っていたが、ちょっと見込みが違ったらしい。
 俺はいつしか彼の首に手をかけ、ぐいぐいと体重をかけていた。彼の苦しげなうめき声が、どこか遠くで鳴り響いているような気がした。視野がぼやけ、俺は両手の親指の先で、あっくんの熱い血脈を感じている。やがてものを飲み込むような鈍い音が腕を通じて感じられ、風船がしぼむように体のこわばりが弱くなっていく。首の骨が折れたと思った。その瞬間、俺はあっくんの腹の上で果てていた。
 おれはめまいを感じながら立ち上がり、しばし呆然としていた。再びあっくんを見下ろすまで、数分もあったような気がしたが、実際には、数秒というところだろう。見下ろすと、すでに光を失った瞳が、解放された眼窩の中から俺を見ている。
 「どうして」
 その瞳は俺に問いかけている気がした。俺は体の汚れを適当に落として服を着ると、全裸のあっくんの死体を放置して、バイクにまたがった。至高のエクスタシーに酔いながら、俺はハンドルを操って、夕闇迫る街を駆け抜けた。
 好天の夏の日、俺は初めて人を殺した。