お仕置き 〜hima様寄贈


荒く湿った息遣いとかすかなうめき、そして濡れた音が漂う狭いワンルーム……。
締め切ったカーテン越しに差し込む西日……その独特の淫猥さを伴った光が、明かりのない部屋に激しく体を重ねあう二人の姿を浮かび上がらせる。
腰を使う青年と、その青年の突き入れを必死に声を噛み殺しながら受け入れている少年。
歯を食いしばり、顔をかすかにしかめながらその行為に没頭する幼い少年……。
快感ゆえか、それとも激しさから来る苦痛ゆえか、呻き声を上げながら身をよじるその姿は、10代の戸をくぐったばかりの少年には不釣合いでありながら、同時に不思議な艶めかしさと形容し難い美しさを備え持ち、彼を抱く青年の欲望を激しく掻き立て続ける。
「に、兄ちゃん……ッ」
続く激しい突き入れに荒く途切れる息の合間をぬい、少年が口を開く。
「僕のこと……好きやんなぁ?……兄ちゃん、んッ……僕の、こと……好きやんなぁ?」
目に涙を浮かべ、少年が尋ねる。まるで、その答えを懇願するかのように……。
「当たり前や……可愛いで隼人……。」
青年はそう答え、口元にかすかな笑みを浮かべる。
「兄ちゃんッ……ぼ……僕……。」
青年の言葉に少年がその目を閉ざす。頬を涙が零れ落ちる。少年の口が再びかすかに開く。
「隼人……イクぞ。」
少年の言葉をさえぎるように、青年が言った。少年は開きかけた口を再び閉ざし、青年を見つめ小さくうなずく。
「んッ……んんッ!!」
青年のうめきと共に、少年の体内を熱い液体が満たし、青年が彼に覆い被さる。少年は自分を覆うその大きな体を強く抱きしめた……。

兼山隼人……それがこの少年の名前である。11歳、小学五年生として暮らしてはいるが、実のところ、それが本当の年であるかどうかは彼自身もわかっていない。
何故なら、彼は二年前までこの世に存在していなかったからだ……。
二年前……あの事件の日まで……―――

―――その日、隼人は血の匂いが充満する古アパートの一室にただ一人、じっとうずくまっているところを警察に保護された。
かつて、恐らく彼の両親であったであろう二つの肉塊と、それから流れ出た血が作り出した赤い海……。その中で、裸のまま両膝を胸に押し付けるように抱え込み、ただじっと、虚ろな目を床に向けて座っていた……。まるで、それだけが彼が生きていると言う唯一の証であるかのように、かすかな呼吸だけをゆっくりと繰り返して……。

そしてそれが、隼人が世の中にその存在を認められた初めての出来事だった……。―――

―――「兄ちゃん……?」
隼人は体を起こし、青年に呼びかける。青年はすでに上下共に服を身につけていた。
「はよシャワー浴びてき……髪の毛、濡らしなや(濡らすなよ)。」
青年――坂崎守――は隼人の呼びかけに応えず、背を向けたまま言った。
「うん……。」
隼人はうなずくと立ち上がり、バスルームへと向かう。尻から流れ出た坂崎の精液が腿を伝い落ち、彼はそれを手で拭った。

バスルームのドアを開き、坂崎を振り返る。坂崎は隼人の視線に気付く気配もなく、床に腰を下ろすとTVをつけた。TVから流れ出す笑い声から逃れるかのように、隼人はバスルームへ滑り込み、蛇口をひねる。隼人はバスタブに足を踏み入れ、まだ冷たい水を全身に浴びた。溢れ出す水がバスタブに跳ねる音……それをぬうように聞こえてくる笑い声……。
隼人は耐え切れずにその場に座り込む……。頭上から降り注ぐ水が、彼の目からあふれ出る涙と、尻から流れ出る坂崎の精液を次々に舐めとっていく……。
隼人は両膝を抱えすすり泣く……その声が坂崎に届かぬよう、声を噛み殺して……。
降り注ぐシャワーにようやく湯が混ざり始め、その温かな流れが、立ち上る湯気と共に彼の体を優しく包み込んでいった……。―――

―――隼人が坂崎と始めて関係を持ったのは、事件から約八ヶ月後……事件の記憶が人々の頭から薄れていったとは言え、まだまだ彼を見る目に好奇と憐憫、そして侮蔑とが入り混じっていた頃のことだった……。

隼人はずっと、周囲にその存在を知られることなく生きてきた。
出生届も出されていないため戸籍もなく、当然学校などへも行ってはおらず、近所に住む者達ですら彼の存在をほとんど知らなかった。
彼の両親が何故彼をそのように育てていたのか、そして狭いアパートの中で営まれていた彼等の生活がどのようなものであったのか……。両親が死に、隼人自身もひたすらに口を閉ざし続けている今、それを知る者は一人もいなかった。

それゆえ、彼に対する周囲の好奇はより一層強まった。
両親と狭いアパート……それが全てだった彼の世界は、事件によってこじ開けられ、隼人はただ一人、広い世界へと放り出されてしまった……。人から注目されると言うことを知らずに育ってきた少年が、一躍好奇の的となったのである。
新たな住処となった施設でも、彼への風当たりは強かった。学校生活すら知らぬ少年には到底馴染めない突然の集団生活……。人間にとって最低の常識すら学ばせてもらえなかった彼は、同じ施設に住む子供たちにとって、ストレス発散の格好の標的だった。
施設では知識不足による侮蔑と、“不幸を呼ぶ少年”と言うレッテルによる敵意……外へ出れば人々の視線、そしてその間で聞こえよがしに交わされる、彼についての中傷めいたささやき……。全てが彼の心を深くえぐり、彼を傷付けた……。

坂崎が隼人に声をかけたのはそんな時だった。
声をかけたとき、坂崎は隼人を知らなかった。もちろん、ニュースでその事件は知ってはいたが、まさか自分が声をかけた相手がまさにその少年だなどとは思ってもみなかったのだ。坂崎がその少年が事件の少年であると知ったのは、その日、彼と別れてからのことだ。
その時はただ、ひどく落ち込んだ様子で公園の隅、一目につかない木に隠れたベンチに腰を下ろしている少年を見かけ、声をかけただけだ……。その時の異常に怯えた様子が気にはなったが、次第にその緊張も多少ほぐれた……。
「坂崎の兄ちゃん……何で僕に声かけたん?」
別れ際、うつむいて、小さな声で隼人が尋ねた。とうとう顔を上げたところも、笑ったところも見られなかった。
『コイツ、アカンかな……。』
坂崎は心の中でため息をつく。
「何でって……自分、淋しそうやったし。」
「それだけ……?」
隼人が不安げに聞き返す。
『何でコイツこんなビビっとんねん……。』
「ああ、それだけや。」
坂崎がそう答えると、隼人がようやく顔を上げて坂崎を見た。
「ホ、ホンマにそれだけなん?」
「しつこいなァ……何やねん、それだけやって。」
隼人が再びうつむき、小さくうなずいた。
「ほな俺行くけど、元気出しや。」
坂崎はそう言って隼人のそばを離れた。
そしてその夜、夕食の準備の最中に、兼山隼人と言う名が持つ意味を思い出したのである。声をかけた時の怯えよう、笑うことはおろか顔を上げることもしないこと、そして別れ際の質問の意味……。それが次々に符合し、坂崎は一度は薄れかけたその少年への興味が、再び湧き上がるのを感じた……
最初に声をかけたとき以上の、激しい欲望を伴って……。―――

―――「髪濡らしな言うたやろ。」
バスルームから出た隼人を見て、坂崎が言った。
「……ゴメン……。」
消え入りそうな声で隼人が呟く。
「ちゃんと乾かしてけよ。」
「うん……。」
隼人はうなずき、バスタオルで丹念に頭を拭いていく。
「来い。」
その声に振り返ると、ベッドに腰を下ろした坂崎が彼を見ていた。隼人はおずおずと坂崎に近付く。坂崎は隼人の手を掴むと引き寄せ、自分の股の間へ隼人を座らせた。
「手ェどけて。」
そう言い、片腕を彼の体に回し、もう片方の手で彼の頭にかかるバスタオルを動かし始める。坂崎の手の力に頭を揺すられながら、彼はほのかな幸せを感じ、それに酔った。
「な、兄ちゃん、次……いつ会える?」
かすかに坂崎を振り返り、隼人が尋ねる。
「オマエ……来週の日曜は空いてんのか?」
「え、うん。……何で?」
問いを問いで返され、隼人は少し戸惑いながら答えた。隼人が坂崎と会うのはいつも平日の午後、土日はいつも用事があると自分とは会ってくれない。なのに……。
「暇なんやったら、一緒に出かけるか?」
坂崎の口から出た思わぬ一言に隼人の目が輝く。
「え?ホンマに?」
「ああ。」
隼人の問いに笑顔で答える坂崎。
「うん!行く!」
隼人は満面の笑みを浮かべ、そう言ってうなずいた。
「よっしゃ、ほな日曜、昼飯食ったらすぐ来い。」
「うん。」
隼人は小さく答え、再び動き始めたタオルに目を閉じた。―――

―――坂崎と出会った次の日、隼人はすでにこの部屋を訪れ、坂崎に抱かれていた。
抵抗も拒絶もなかった。ただ全てを察していたかのように坂崎の言葉に従い、その日のうちに坂崎のものをその尻で受け入れていた。
「隼人、お前、こんなことしたことあんのか?」
坂崎の問いに、隼人は顔をそらした。
『経験あり……か、相手は親父か?』
坂崎はそう頭の中で呟くと、自らを少年の更に奥へと押し込んだ。それに合わせるかのように隼人の小さなペニスがひくついた。
「……気持ち、ええか?」
その問いにうなずきで答える隼人。坂崎は笑みを浮かべ、隼人に顔を近付ける。
「こっち見て……。」
隼人はゆっくりと坂崎と視線を合わせる。
「可愛いよ、お前。」
隼人の頬が赤くなる。
「お前好きになってまいそうや……。」
坂崎はそう言ってかすかに笑みを浮かべると、腰を使い始める。途端に隼人の顔がかすかに歪み、目が潤む。
『入れんのは平気でも動いたら痛いんかい……。』
坂崎は心の中で舌打ちし、動きをゆるめる。
「痛いか?」
隼人が首を横に振る。
「痛かったらやめるで。」
隼人が再び首を横に振る……。
「ほなどうしてん?」
坂崎が動きを止める。隼人が坂崎の目を見つめる。
「どうした、言うてみ。」
坂崎の見つめ続ける隼人の目に次々に涙が浮かび、頬を伝う……。
「……。」
坂崎はため息をつくと体を起こし、ゆっくりと隼人からペニスを抜いていく。
「や……ッ……。」
隼人が慌てて体を起こし、坂崎の腰を掴む。
「や……止めんといて……。」
隼人が呟く……自分から離れていこうとする坂崎の体を必死に自分に引き寄せながら。
「はぁ?」
坂崎は隼人の行動の意味を理解できず、自分に泣きつくその姿を見下ろした。
「痛いんやろ?無理すんな。」
坂崎の言葉に、隼人は激しく首を振る。
「お願い……止めやんといて……お願いやから。」
隼人は呟き、何度も繰り返した。
「で、でもお前泣いとるやないか……。」
『一体何やっちゅうねん……。』
隼人は動きを止めたままの坂崎の体に抱きつき、坂崎のものを自ら飲み込んでいく。
「ン……ンンッ……。」
それが奥まで入ると隼人は快感に体を反らせる。
「お、お前……。」
自分を見つめる坂崎を、涙に濡れた目で見つめ返し、その顔を伏せる。そしてそのまま自分から腰を動かし始める。
「ン……あ……ああ……。」
坂崎は自ら腰を振り、よがる少年の姿にしばらく酔いしれていたが、すぐに隼人を押し倒すと激しく腰を動かし始める。
「ンンああッ……。」
隼人の声が一際高くなる。坂崎は自分の下でよがり狂う少年を見下ろし、口元を歪めた。

まさか、家に誘ったその日のうちにSEXまで出来るとは思っても見なかった。
冗談混じりに少し悪戯をする程度……最高に上手くいったとして、オナニーを教えられるところまでいけば上出来……。最悪、次回以降の為に隼人の緊張を解くことだけでも出来ればそれで良い。本当にその程度に考えていた。
『それが……まさか今、俺の下でよがっとるとはな……。』
込み上げる笑いが、激しい隼人の締め付けに喘ぎのため息に変わる。
『コイツ……拾いモンやな……。』
坂崎は突き入れを更に強くする。隼人の体が跳ねる。歯を食いしばり、必死に声を殺して身をよじる。
「に、兄ちゃ、ん……。」
大きく息を弾ませ、喘ぎ喘ぎ口を開く隼人。
「何や?」
「兄ちゃん……ぼ、僕のこ、と……好き……ンッ……に、なるて言う、たん……ホンマ?」
隼人の目に再び涙が浮かぶ。坂崎は隼人の顔を見つめた。

『そう言うことか……。』
坂崎は快感の中、わずかに残る思考力でそれを理解した……。
突然の涙……そして発した言葉……。
『こんな関係でも“愛されてる”て思いたい……か、フンッ!泣かせるやないか……。』
坂崎が笑う。腰の動きを止め、弾む息を整える。
「ああ、ホンマや隼人……お前のこと好きになってもた。」
隼人を真っ直ぐ見つめ、坂崎が呟く……。隼人の目から次々に涙が溢れる。
「ぼ、僕も……兄ちゃんのこと、好きになっても……かまへん?」
涙に顔中を濡らし、咽びながら隼人が尋ねる。坂崎が再び笑う。
「当たり前や、好きになってくれな困るわ。」
坂崎はそう言って隼人の額に唇を当てた。
「に、兄ちゃん……。」
隼人が呟き、微笑む……。
「やっと笑(わろ)たな、自分、笑た方が可愛いで。」
上気した頬を更に赤く染めて顔を背ける隼人。
「隼人……恥ずかしがらんとこっち向いて顔見せてや。」
手で覆った顔を小さく左右に振る隼人。
「ふん……恥ずかしがってんのも可愛いで、隼人……。動くで。」
坂崎はそう言うと、隼人の返事を待つことなく腰を使い始める。
「んあッ……。」
細い腕の下からくぐもった喘ぎが洩れると、坂崎の笑みが歪み、動きが激しさを増す。濡れた音が響き、噛み殺した喘ぎと共に狭い部屋を包んだ……。
「もう……いくで。」
隼人がうなずく。それと共に隼人が坂崎をきつく締め付ける。坂崎の体が震え、隼人の体内を熱い精が満たした。
「……フゥ……ッ。」
しばらくの沈黙の後、坂崎がようやく声をもらす。そのまま隼人の目を見つめ笑う。隼人が不安げな表情を浮かべてそれを見上げる。
「どうした……いかせて欲しいんか?」
坂崎が笑いながら尋ねる……。
「えっ?……えと……。」
隼人が坂崎から目線を外し言い淀む。
「フン……ちゃんといかしたるがな。」
坂崎はそう言い、隼人の股間に顔を埋めていく。
「え、あっ……。」
ピンと上を向き、濡れそぼるそれを根元からゆっくりと舐め上げ、口に含む。
「ん……んんッ!」
隼人が歯を食いしばり声を殺す。坂崎は隼人の反応にさらに舌の動きを強めていく。
ゆっくりと、そして少しずつ動きを早めながら顔を上下させる。
「ん、ん……んあ……。」
坂崎の口の中で隼人のそれがさらに硬さを増す。
『そろそろか。』
坂崎はそう判断し、動きを強めた。
「あ、も、もうはな、して……。」
隼人の両手が坂崎の頭を掴む。それに構わず舌を隼人のものに絡め、最後の瞬間へと導く。
「ふん……ん、ひ…ぃ……ッッ!!」
泣き声に近い息の音と共に、隼人が果てる。引き離そうとしたはずの両腕で、しっかりと坂崎の頭を抱え込みながら……。
坂崎は口に放たれた少年の精を飲み下すと、ゆっくりと顔を上げる。ぐったりと仰向けに倒れて荒い息を吐いている隼人に覆い被さり、唇を合わせる。隼人もそれに応え、坂崎の体に腕を回した。坂崎の舌が隼人の口内を這い回り、隼人の気を乱した。坂崎がゆっくりと顔を離していく……二人の間に糸が引いた。
「はぁ……ふんッ。」
坂崎が小さくため息をつき、笑う。隼人は荒い息のまま坂崎を見上げた。
「どうした?」
隼人が首を横に振る。
「気持ち良かったか?」
坂崎には問いにうなずく隼人の頭に、手をかけ、ぐしゃぐしゃと動かした。
「シャワー、浴びよか……。」
隼人が小さくうなずくと、坂崎は隼人から離れ、バスルームへと歩き始めた。
「早よおいでや。」
坂崎が振り返り、彼を呼ぶ。
「うん。」
隼人はそううなずくと、坂崎の後を追った。―――

―――それから一年が過ぎ、さらに数ヶ月……。
学校や施設では敵意と侮蔑に晒され、無視と嘲笑、時に暴力が彼を襲った。
坂崎との関係だけが、坂崎の肌の温もりだけが、彼の心を癒した。
だがそれも、彼自身の成長と知識の増加に伴い、彼の中で行為への嫌悪を芽生えさせた。
彼は毎夜、自らの汚れた行為を呪い、憎悪に狂った。
そして、その思いから逃れようとさらに坂崎を求め、快楽に溺れ、憎悪を繰り返す。
隼人の幼く未熟な精神はますます不安定となり、彼の孤独を募らせていった……。―――

―――「兄ちゃん、来週なぁ、どこ行くん?」
玄関で振り返り、隼人が坂崎に尋ねた。
「ん、内緒や。」
口元に笑みを浮かべ、坂崎が答える。
「ええ〜、おせえて(教えて)やぁ。」
坂崎のいつに無く優しい声色に、隼人も笑みがこぼれた。
「あかんて、もう帰り。」
そういって隼人の背中を軽く押す。
「ん〜、ほな、来週な。」
隼人はそう答えると坂崎の部屋を後にした。
「……来週な。」
坂崎は目の前で閉まるドアを見つめ、そう呟いた。

隼人は目の前で閉じられたドアを見つめた。だが、今日はあの身を切るような寂しさ、切なさは込み上げては来なかった。隼人はゆっくりと歩き出す。階段を降り、少し進んだところで坂崎の部屋を振り返る。隼人の顔に笑みがこぼれた。

今日も坂崎は自分の欲望だけを満たし、隼人をいかせることはなかった。いつもなら近くのデパートのトイレに駆け込み、そこでおさまらない欲望を吐き出さずにはいられない。そしてそんな自分自身を嫌悪し泣き崩れる……。それが常だった。
だが、この日は全くそんな気分にはならなかった。デパートの前をゆっくりと通り過ぎ、込み上がる笑いを噛み殺す。
いつもならば気になる人の視線……。本当は誰ももう自分のことなど見ていない。それは判っている。全て自分が気にしすぎているだけだ。それは判っている。判っている……。
だが頭では判っていても、一度染みついた恐怖はそう簡単に拭えるものではない。両親や自分に暴力を振るう施設の子供達以上に恐ろしい存在にすら感じられるそれらの視線……。
だが今日はその恐怖すら感じなかった。
恐怖も、苛立ちも、そして満たされない欲望でさえも、坂崎と出かけることが出来ると言う喜びの前に消え去ってしまったらしい。坂崎との関係そのものは一年以上にもなるが、このようなことは始めてあったし、何より遠出と言う事自体、隼人にとってそう経験がある事ではない。その日、どこへ行くのかはわからないが、もしかしたらこの町とは違う場所へ連れて行ってくれるかもしれない。どこか違う町で、誰も自分を知らない町で、誰からも好奇の目で見られることなく坂崎と一緒に日曜を過ごせたら……。それは隼人にとってこの上なく幸せな考えであり、願いだった。―――

―――時は遅々として進まなかった。彼がそれを待ち望めば待ち望むほど、約束の日までの時間はいつまでも埋まることなく、彼の前に存在していた。
「じゃまや、退け!」
カレンダーの前に立ち止まってそれを見つめる彼を、同じ施設に住む少年が突き飛ばす。
隼人は倒れ込み、相手を睨み返した。
「何や?何か文句あんのか?」
自分を見下ろす目から目線をそらす。
「フン……。」
少年は隼人の腿に軽く蹴りをいれるとその場から立ち去った。
彼はゆっくりと立ち上がると、もう一度カレンダーに目をやる。そして小さくため息をつき、その場から立ち去った。―――

―――待望の朝は屈辱から幕を開けた。
「見てみ、コイツごっついエロや!!」
隼人は慌てて身を丸めて隠そうとしたが、数人がかりで両手足を押さえ込まれ、どうすることも出来なかった。
「ホンマや、チンポ勃ってる〜!」
隼人は恥ずかしさに身をよじり、必死にもがく。だが、彼を押さえ込む少年達は更なる力で彼の体の自由を奪う。
「や、やめて、放してやぁ!」
隼人は叫び、必死に体をよじる。
「黙れエロ!じっとしとけ!」
「そや、朝からチンポ勃ててんな!」
「何かエロい夢でも見とったんやろ。」
彼を押さえつけている子供達の囃し立てる声が隼人の心をえぐる。
「脱がしてまうぞ!」
その掛け声と共に、いくつもの手が彼のズボンにかかる。
「やめて……やめろやぁッ!」
隼人の拒絶など、少年達の耳に届いてはいない。聞こえているのは彼らの残酷な笑いを加速させる悲鳴のBGM。
「イヤッ、もう離せやぁ!!」
「誰が離すか、ぼけ!」
少年達の手が、隼人のパジャマをあっけなく剥ぎ取る。勃起した隼人のペニスが束縛から解放され、揺れる。
「くぅッ……。」
隼人の顔が屈辱に歪む。
「うわッ!コイツのでっかくね?」
「マジヘンタイや!」
容赦のない言葉が隼人に突き刺さり、彼の心をえぐる。

何故……何故今日この日、こんな目に会わなければいけないのだろう……?
何故、今日この日、指折り数え、待ち焦がれたこの日くらい、何事もなく過ごすことが出来ないのだろう?何故……何故いつも自分だけ苦しまなくてはならないのだろう……。
何故、世の中はこうも誰かを貶めようとするのだろう?
そして何故、いつもそれが自分なのだろう……。
隼人の中に渦巻く屈辱、悲壮……同時に憎悪でもある感情の波……。それらが彼を飲み込み、押し流しては彼の孤独を煽り、希望を消し去っていく。
隼人は歯を食いしばり、零れ落ちる涙に耐えた。

「あんたら何してんの!!」
隼人を押さえ込んでいた少年達の顔が、一斉にその声を振り返る。
「ヤベ、ババァや、逃げるぞ。」
その掛け声と共に、少年達が彼を残し、逃げ去る。部屋の入り口に立つ不機嫌さをあからさまにさらけ出した職員は、彼の方へ目を向ける。
「いつまでそのみっともないモン晒してんのよ、さっさとしまわんか!」
そう言い捨てて立ち去る背中を、隼人は見ることも出来なかった。―――

―――隼人はそのまま飛び出すと、坂崎の元へと向かった。
これ以上、あの場所で耐えることなど彼には出来なかった。
少しでも早く坂崎の元へ行き、その顔を、その声を、その温もりを感じたかった。
別に、自分になどかまわず寝ているだけでもかまわない。坂崎と自分しかいないその空間さえあれば、それだけで何もいらない……。
ともかく、少しでも早く坂崎の元へ行きたかった……。

突然のノックにドアを開けた坂崎は、そこに隼人の姿を見て、怪訝な表情を浮かべた。
「隼人?な、何でこんなはよ来んねん。」
「兄ちゃん……。」
隼人は顔を伏せたまま涙ぐむ。
「……まぁ入り。」
坂崎はため息と共に呟くと、隼人を部屋の中へ入れた。
「ゴメンな、兄ちゃん……でも、僕……。」
部屋の隅に立ち尽くしたまま、隼人が言った。
「隼人、こっち来ぃ。」
坂崎が隼人に手を伸ばし、その腕を掴むと優しく自分の方へ引き寄せる。
「まぁ、座りや。」
そう言うと、自分の膝の上へ隼人を座らせる。
「何かあったんか……。」
坂崎の問いに、隼人が泣き崩れた。
「どうしてん、言うてみ?」
隼人が黙って首を横に振る。
「何でや?言うてみぃて。」
だが、隼人はただ首を横に振るだけだった。
「そぉか……まぁええわ、気ぃすむまで泣き。」
坂崎が隼人の耳元で呟き、少年の体を抱きしめた。―――

―――「兄ちゃん、今日はどこ行くん?」
隼人は初めて乗る坂崎の車の中を色々と見回しながら尋ねた。坂崎の足がペダルを踏み込む度、窓の外の景色が後ろへと速さを増していく。
『何でこんなもんがこんなに早く動けんのやろ?』
隼人はいつもそう思う。だが彼が、それを誰にも尋ねたことがないのは、自分以外の人間にとっては、バカバカしい問いでしかないと言う事がわかっていたのと、彼が育ってきた環境が大きく関係している。自分を主張すると言うことを抑圧されて育ってきた隼人だから、質問が両親の機嫌を損ね、自分を傷つけるだけでしかないと言うことを幼い頃から学んできた隼人だから、それを口には出来なかったのだ。
坂崎に軽く尋ねた今の質問でさえも、隼人は勇気を振り絞らなければならなかった。
坂崎を相手にしてさえそうなのだ。他の者が相手となれば、彼は黙り込むしか出来なかった。

「ん……まぁ待っとき。」
坂崎が答えた。
「……うん。」
坂崎の口調がそっけなければ、怖じ気づいてしまうのが隼人だ。
「隼人。」
沈黙を坂崎が破る。
「何?」
隼人が応える。
「オマエ、俺のこと好きか?」
「え……?」
突然の問いに隼人が戸惑う。坂崎の方からこのような問いが出るなど、初めてだった。
「どうや?」
坂崎がもう一度尋ねた。
「う、うん。」
隼人がうなずく。
「何が、あっても?」
隼人は坂崎の顔を見上げる。坂崎の正面を見据えた顔からは、その感情は読めない。
「うん……僕、兄ちゃんのこと、好きや。」
隼人ははっきりと答えた。
「そうか……。」
それきり坂崎は黙り込んだ。車内を包む重い雰囲気に、隼人は次に続く問いを飲み込んだ。

「兄ちゃんは、僕のこと好き?」―――

―――車が着いたのは、周囲に何もないところに建っている、大きな家の前だった。
比較的閑静な住宅街の一角で、他の民家から少し間隔の開いた家。
隼人はその家と周囲とを何度も見比べ、坂崎を見上げた。
「ここは兄ちゃんの友達の家や。さ、入るで。」
坂崎はそう言うと隼人の背を押して歩き始めた。
「えっ……あ。」
隼人は口を開いたが、意味のない言葉の他は出ては来なかった。
「隼人、ええからはよ入れ。」
坂崎にそうも言われては、隼人はそれに従うしか出来なかった。

隼人は自分に注がれる視線から少しでも逃れようと目を背けた。
坂崎の友人と言う男達の目が、じっと彼を取り囲み、彼の恐怖を煽った。
知らない人間に取り囲まれていると言うことが彼を不安にさせ、その男達の絡みつくような視線が彼を恐れさせていた。
「隼人、挨拶せんか。」
坂崎の言葉に隼人の体に震えが走る。
「えっ、あ、あの……。」
わずかに上げた目に、知らない男の目が飛び込み、隼人の意識を乱す。
「まぁ、こんなヤツやねん。」
その視線から隼人を守るように、坂崎が体を割り込む。隼人はその背中にすがりつき、顔を坂崎の体に押し付けた。
だから、隼人には見えていなかった。坂崎が男から金を受け取っているところを……。
「フン、じゃ、あんまり無茶すんなよ。」
坂崎が男達に言った言葉に顔を上げる隼人。坂崎が隼人を見下ろして笑い、自分にしがみつく腕を引き離す。
「や……に、兄ちゃ……。」
必死に首を横に振る隼人。だが、坂崎はそれには応じない。
「別にどこも行けへんて、ホラ、ずっとそこにいてるから。」
坂崎へと伸ばす腕を、周囲の男達の腕が捉え、隼人を自分達の方へと引き込む。
「い、イヤ、は、放してやぁッ!」
隼人は怯える自分を奮い立てて叫んだ。だが、それがその男達をより煽り立てているだけだと言うことなど、隼人にわかるわけがなかった。

瞬く間に隼人の体から服が剥ぎ取られていく。隼人の必死の抵抗など、男達にとっては何の障害にもなっていなかった。
「やッ、止めてやぁッ!!」
「黙れ!」
男がその手で隼人の咽喉を掴む。
「ぐ、が、か……。」
かすれた声を吐く隼人。その目に映るのは、苦しむ自分の姿を見てその顔を笑みに歪める男達と、部屋の隅でビデオカメラを構えている坂崎の姿だった。
「く……き、ぃぃ……。」
四つん這いの尻に、男のモノがあてがわれるのを感じ、隼人の目から涙が一粒零れ落ちた。

隼人は抵抗をやめた。全てがどうでも良く感じ、抵抗もするだけ無駄に感じた。
セックスは嫌いではない。わずかな時間とは言え、それは彼を満たすものだからだ。
ならば楽しんでしまった方が得なのだ。
「んぁ、あ……んんッ。」
性急な男の突き入れに、隼人が声を洩らす。男達の笑みがいっそう歪んだ。
「よっしゃ、あーんしてみ。」
男の声と共に、隼人の目の前に巨大なペニスが突き出される。
「い、イヤや……。」
隼人は顔を背けて見せる。
「イヤとちゃうやろ!咥えろて言うてんのや!」
男の手が隼人のあごを捉え、無理矢理に口を開かせる。隼人はその押し込まれたモノに舌を這わせ、吸い立てた。
「こ、コイツ……。」
予想外の隼人の動きに、男の顔が緩んだ。
「ん、んんッ!!」
思わぬ刺激に隼人の体がはねる。
「へへ、コイツ大きなっとんで。」
仰向けに寝転び、隼人の体の下を覗き込んだ男が、勃起した隼人のペニスを見つけ歓喜の声を上げた。男の指が遠慮なく彼のペニスを這う。
「んぁぁ……ッ。」
口の奉仕も忘れ喘ぐ隼人。男は続いて隼人のモノをその口に含んだ。
「ふぁぁ……ッ!!」
隼人はその刺激に酔いしれた。口で刺激を受けるなど、どれくらいぶりだろうか?坂崎が自分を満たしてくれなくなって、一体どれだけ……。
「オラ、よがってばっかいてんな、しっかり咥えろ!」
隼人の口へ突き立てていた男の怒声が響き、その手が隼人の頭を押さえつける。現実へと引き戻された隼人は喘ぎを抑え、その男のモノを再び咥えた。
「ふ、ふふ……そろそろ一発目いくぞ。」
隼人の尻を犯している男がそう告げた。
「ん、んんッ……。」
その宣告と同時に、隼人を咥えていた男の口が激しさを増し、隼人を追い詰めていく。
「ン、ンンン……ッ!!」
隼人が果て、続いて彼の尻に男の精が吐き出される。
「ホラ、さっさと代われ。」
それまでただ目の前の行為を自らを怒張させながら見ているしか出来なかった男が、隼人の中に果てた男を押し退け、彼にペニスを突き入れた。
「んぁッ!」
休む間もなく押し込まれた怒張に、隼人の体がはねる。
「はぁぁ、うッ!!」
何の前触れもなく口の中に男の精があふれ、呼吸を塞がれた隼人が呻いた。
「今度は俺の番やな。」
ようやく男の精を飲み下し、荒く息をつく隼人の前に、それまで隼人のペニスを咥えていた男が立ち、自らを隼人の口へと突き入れた。―――

―――荒く湿った息遣いとかすかなうめき、そして濡れた音が漂う狭いワンルーム……。
締め切ったカーテン越しに差し込む西日……その独特の淫猥さを伴った光が、明かりのない部屋に激しく体を重ねあう二人の姿を浮かび上がらせた……。

あれから、何度男達の精をその身に受けただろうか?隼人は、自分がいつの間に坂崎の部屋に戻ってきたのかさえ覚えていなかった。
気がついた時は、坂崎のベッドに寝かされていた。
体を洗ったことも、服を着たことすら記憶にないが、ともかく彼が朝この部屋に来た時の格好で寝ていたのだ。

目が覚めて、行為を誘ったのは隼人の方だった。
坂崎は半ば呆れながら隼人を抱き、犯した……。―――

―――隼人は激しく突き入れられるペニスに酔いしれ、呻いた。
「あ、ぁぁッ!」
隼人の口から洩れる嬌声と濡れた音、そして男の荒い息が狭いアパートにこだました。
隼人は目を閉じ、それに没頭する。

だが、その突き入れは突然に止まり、彼の顔に暖かい液体が大量に降り注いだ。
隼人は目を開き、それを見た。
父の咽喉が切り裂かれ、そこからどす黒い血が次々に流れ出してくるのを……。
「ひぃ……。」
開いた口に血が流れ込み、彼の悲鳴をかき消す。

隼人は何が起こったのか分からず、必死に父の下から這い出した。口の中の血を吐き出し、顔をあげると、父の身体を跨いで立つ母の姿が目に入った。
「これはね……お仕置きよ。」
静かな母の声が、隼人の意識を取り込み、彼の声を抑え込む。
「私はこの人を愛してたのに……この人は裏切った……。だから……。」
母はかすかに笑みを浮かべ、父を見下ろし呟いた。
隼人は、母の手に握られた血塗れの包丁と、母の目に浮かぶ狂気に身を震わせた。―――

―――どうして、母があの時父に“お仕置き”をしたのか……。
あの時にはわからなかったことが、今ならば良くわかる……。
どうして、母があの時自分の前で笑ったのか……今ならば良くわかる……。

どうして、母があの時自分を殺さなかったのかも……今ならば……―――

―――「は、隼人……!!」
行為の後、早くも身支度を終えた坂崎に、隼人は手にした包丁を突き刺した。
その背に体ごとぶつけるように突き刺したそれは、坂崎の脇腹深くその刃を埋め込んだ。
「な、何をッ!」
坂崎の腕が隼人を突き飛ばした。坂崎が手にしていたビデオが地面に転がる。
自らに突き刺さった物を抜き取ろうとそれに手を伸ばす。手が触れ、それが動く痛みに坂崎が呻く。隼人はゆっくりと立ち上がると、もう一本の包丁を振りかざし、坂崎に切りかかる。
二本目の存在に気付くのが遅れた坂崎の咽喉を、それは真一文字に切り裂いた。―――

―――「……これはあの人を裏切った私へのお仕置き……。」
母はそう言って自らの手首を切った。
「アンタは殺さへん……生きなさい。」
隼人を見つめ、母が笑う。
「アンタにはお仕置きはせえへん、お仕置きやのうて罰や……。」
母の異様に血走った目が隼人を捕らえ、隼人は恐怖に身を震わせた。
「そう、アンタは生きるんや。ハハッ、ハハハハハ!!」
母は目を見開き、勝ち誇ったように笑うと、自らの咽喉を掻き切った……
……そして、隼人は血に一人、取り残された……。
生きると言う罰を科せられて……―――

―――隼人は再び、血の海の中にうずくまった。
「これは、お仕置きやで、兄ちゃん。」
隼人が坂崎に語りかける。
「僕は兄ちゃんのこと好きやのに、僕を裏切るから……。」
隼人の声が震え、目から次々と涙が零れ落ちる……。
「好きな人が裏切ったら、こうするって母さんが教えてくれてん……。母さんもな、自分で自分にお仕置きしてん……父さんのことお仕置きして裏切ったって……。」
隼人は言葉につまり、身を震わせる。
「でも兄ちゃんは、ホンマは僕のこと好きやなかったんやろ……?」
隼人は必死に言葉を絞り出し、続けた。
「そやから僕はお仕置き出来へんねん……僕は罰を受けなあかん……。」
零れ落ちる涙が、血に染まった隼人の肌に細い筋をつける。
「僕……僕……に、兄ちゃん……にいちゃぁぁぁぁぁぁん!!」

隼人の絶叫が日の落ちた部屋を揺らした。


終