「・・・お前の今夜のベッドは調整層だ」



冷たい眼。
抑揚のない声。


クォヴレーはバスルームから引きずられるように出された。
太ももから踵まで、後孔から流れてきているらしい血液がついてる。

自分のシャツを強引にクォヴレーの着せると、
暴れるクォヴレーの髪を引っ張りながら
『ある場所』へ引きずっていく・・・・。





消毒液の臭いがひどく鼻につく場所だった。
暗いその部屋の至る所から「コポポポッ」という、
水の泡のような音が聞こえてくる。

次第に眼が慣れてくるとその部屋が何なのかわかってきた。
暗いその部屋では、
『人』がカプセルのような『槽』のなかに『居る』。

知らないはずのその場所にクォヴレーの足はガクガク震えだす。



『アレは嫌な物だ・・・!』



槽の中では青い髪がユラユラ揺れている。
男の姿、女の姿・・・さまざまだが、
みな眠るように眼を閉じている。
そしてその顔はどこか自分に似ていて、
目の前の男ともよく酷似している。




『嫌だ!嫌だ!嫌だ!!』



クォヴレーは心の中で叫んだ。
本当は声に出して叫びたかったが、
体の底からわき上がってくる恐怖に声は出ない。


暗い部屋の中、チラッとキャリコを見上げた。
無表情なキャリコはクォヴレーの視線に気がつくと、
スゥ・・と目をいっそう細くしてみせた。
完全な『怒りの眼』であった。


髪の毛を引っ張られ引きずられていく・・・。


そしてある場所でやっと止まった。


引きずっていたクォヴレーの顎を掴み、
ある場所を見るように即した。
見たくはなかったが、逆らえばもっと酷い目にあうかもしれない。
クォヴレーは見るように言われた場所に視線を合わせた。


『16号』


プレートにはそう書かれている。


低い声が暗い部屋に恐ろしく大きく響いた。


「・・・『16号』ヘブライ語で『アイン』」
「!?」
「・・・ここはお前の『槽』だ。アイン・バルシェム」

キャリコがボタンを押した。
すると槽の正面が左右に開き『自分を出迎える準備』状態になり、
クォヴレーは全身をガクガクと震えさせた。


「・・・終わりのない闇と孤独・・・」
「・・・・・」
「否定される『自分自身』・・・お前はどこまで耐えられるかな?」

キャリコの手が背に添えられ、
抵抗する間もなくドンッとソコにむかって押されてしまった。

「・・・・っ、!?」

槽の壁に背中をぶつけ蹲るクォヴレー。
キャリコはその隙にもう一度スイッチを押した。
左右に開いたガラスの壁が一瞬にして閉まっていき、
足元から「ゴポポポポッ」という音が聞こえてきた。

「・・・!?」

何だろう?と足元を見たら、冷たい水がどんどん溢れ出てきて、
自分の体を覆っていく。
クォヴレーは慌てて開くはずもないガラスの壁をドンドン叩いた。
ガラスの外に立っているキャリコは無表情に自分を見ている。
水はもう腰の位置まで溢れてきていて、
クォヴレーは無我夢中でガラスを叩く、叩くがソレはビクともしない。
次第に叩いている手からは血が流れてきた。
ガラスに血液がこびりつく・・・
だが既に「水」はその位置まで来ていて
血液もろとも綺麗に拭っていった。
クォヴレーの手にその「水」が触れると、瞬く間に傷口を埋めていく。
どうやら少しの「傷」であれば直してしまうようだ。


「水」が顔まで覆ってきた。
不思議と息は出来る。
だがだんだんと眠気も襲ってきて、瞼は重くなっていく。

自分の意思とは裏腹に意識が遠のいていく。
薄れゆく意識の中、最後にキャリコを見てみた。


キャリコの口が小さく動いた。







『お休み、アイン・バルシェム』・・・・と。










〜True Dream8〜









「お前も結構酷いことするね」


格納庫で機体を整備していると、背後から話しかけられた。

「・・・メム」

仮面を被っているので表情はわからないが、
メムは大げさに肩を竦めてみせた。

「アレの聞き分けがないからだ」
「『聞き分け』ねぇ・・・アインは昔からそうだった気もするけど?」

仮面の下から見えているキャリコの口元が歪む。

「昔以上に頑固になっている」
「へぇ・・・?オリジネイターのせいかな?」

キャリコの横に立ち、持ってきたドリンクを手渡した。
正直『美味い』とは言いがたいそのドリンク。
だが喉が渇いているときや、腹が減っているときは別である。
栄養だけはたっぷり入っているから吸収されていくのがわかるからだ。
メムからありがたくそれを頂戴すると喉を鳴らして飲み始めた。

そんなキャリコの様子を見ながら何を思ったのか、
メムはある疑問を口にした。

「なんで髪が銀になるのかねぇ・・?」
「さぁ、な。そんなことはオリジネイターに聞け」
「・・どうやって?」
「・・・・・・」
「アインにむかって『おい!アーレフ!』と言えって??」
「・・・そんなことしても出てはこないだろうな・・メム」
「んー?」
「お前、まだアインに会ってないだろ?
 何故髪の色を知っている???」

整備の手を止めメムをまっすぐに見る。
ヴァルクに背を預けてよっかかりながらメムは、

「・・・研究員が言っているのを小耳に挟んだ。
 アインはますます『魅惑的になった』ってな・・・っ!」

そのとき、キャリコの全身から怒りのオーラが出始めた。
比較的楽観的な性格を持ち合わせているメムも、
この時ばかりは恐怖を感じてしまう。

「お、俺が言ったわけじゃないぞ!?」
「・・・・・・」
「ギメル!怒んなって!!」

キャリコの全身からは相変わらず怒りのオーラが出ていたが、
確かにメムの言っていることは正しい。
メムをせめても仕方がない。
だが面白くないのだ。





アインの体も心も何もかも自分の物なのだから・・・・。






「・・・一つ聞きたいんだけどさ?」

メムはとりあえず話題を変えようと、最初の話に戻すことにしてみる。

「・・・なんだ?」
「なんで調整槽へ入れたわけ??」
「・・・聞き分けがないからだ、と言わなかったか??」
「言ったけどさ、あんなところに入れたらアインますます変になるんじゃね?
 下手すりゃ廃人・・・・」
「心配ない・・・」

何が?とメムは首をかしげる。
バルシェムにとってアソコはシヴァーに次いで恐ろしいものだというのに。

「俺が、アインを長い間一人にすると思うか?」
「・・・・・?」
「聞き分けがない子供をお仕置きするのに一時的に入れただけだ。
 あと一時間もすれば出してやるさ」
「・・・『物置』代わりに調整槽ってわけ??はぁ〜・・・」

あきれたようにわざと大げさに体をすくませる。
それが面白くないのか、キャリコは柄にも泣くムッとした態度を表してしまう。

「・・・なんだ??」
「べーつーにぃー」
「・・メム・・・」
「だーかーら!なんでもないって!」
「・・・・・・」

キャリコの体から「疑い」のオーラが出ている。

「なんでもない!ただ一つだけ警告というか忠告だ!」
「・・・・・?」
「鬼畜もいいけど、時には優しくしないとまた逃げられるぜ?
 『人間』が一番嫌なのは独占欲と縛りだからな」
「どういう意味だ??」
「そのままの意味だ。怖いばかりじゃ相手は納得しないし、ついてこない。
 独占欲も程ほどにってことだ。縛りすぎるのもよくない。
 ・・・・まぁ、お前がアインを怖がらせて震えていたら
 また俺が優しく慰めてやるからいいけどさ・・・おわっ!!」

体で・・と言おうとした瞬間、キャリコに足を払われ床に伏せってしまった。
恐る恐る見上げると、口元が歪んでいる。
自分の冗談を真に受けては居ないようだが一応警告のつもりなのだろう。

「(・・俺、前科があるからなぁ・・)じょ、冗談です、隊長殿!」
「お前は前科があるからな・・・本当に手を出すかもしれない。」
「・・・お前に殺されてまで手は出さないよ!
 俺だってアインを好きだけど、命を懸けてまでは・・・・」
「アインを・・・・?」
「知ってただろ?」
「まぁな・・・そうだとは思っていた」

メムは一見ちゃらんぽらんな雰囲気を持ち合わせているが、
根は真面目だ。
遊びで手を出すことはない、とキャリコは知っていた。

「でも、ギメルに比べたら小さな想いだろうけど・・・」
「・・・・・・・」

その問いには返事をせず、床に転がっているメムに手を差し出す。
その手をかり立ち上がると、何を思ったのかそっと耳打ちをする。

「なぁ・・・ギメル」
「・・・・・?」
「アイン、さ」
「・・・あぁ?」
「・・・・下も銀なわけ??」
「ブッ!!!」


何を言い出すんだ!?と思わず咽てしまう。
だがメムはいたって真面目に聞いているようなので、
キャリコはかえってどう返事をしていいのか困ってしまった。

「青、ってことはないよな・・・?やっぱ銀???」
「何故俺に聞く??」

するとメムは意外そうな顔になる。
首をかしげ、自分より少しだけ背のの高い男に、
ズバッと聞いてみた。

「だって・・・抱いたんだろ??」
「・・・・・・!」
「違うの???俺はてっきり・・・」

キャリコは何も答えない。
するとメムは「まだ」と思ったらしく、慌てて謝ってきた。

「・・・あれ??俺の早とちり??それはすまない!!」
「・・・・・」
「怒るなよ?悪気は・・・」

顔の前で両手をあわせ必死に謝ってみせる。
だがキャリコは一向に何も言わず、
メムはますますあせり始めた。
どうしよう???と本当に慌て始めたとき、やっとキャリコは口を開いた。

「・・・た」
「・・・・?」
「抱いた・・・無理やり、な」

纏っている空気が変わるのをメムは確かに感じた。
罪悪感を抱いているのか、
手に入れたというのに満たされた雰囲気を感じられない。

「縛って、アインの意思を無視して・・」

キャリコの声が小さくなっていく。
かける言葉が見つからないメムは肩を軽くたたき、

「相変わらず不器用だな・・・・」
「そうだな・・・・」

二人はそのまましばらく無言だった。
何も語らず、ただ黙って目の前のヴァルクを見上げる。






どれくらいそうしていたのだろうか?
ヴァルクから目を反らし、その場を後にしようとするキャリコ。

「・・・どこへ?」
「・・・そろそろアインを出してやらないとな」
「・・・お前、今の無言の間ずっと、
 あいつの事考えてたとかいうわけじゃないよな?」
「・・・・ご想像にお任せする。お前も行くだろ?」
「いいの?」
「ああ・・・」

久しぶりに「アイン」に会えるというので、
嬉しそうにキャリコの後に続いて格納庫を後にする。
メムはやはりアインが好きなのである。
それがキャリコほどではないにしろ「恋」であることに変わりはない。
長い通路を歩く間ほとんど無言の二人であったが、
調整層の部屋の前にたどり着いたとき、
思い出したようにキャリコは口を開いた。

「・・・・下も銀だ」

一瞬、なんのことだろう?
と、目を丸くするメムだが、さっきの話の続きとわかり爆笑してしまう。
まさか今になって、
しかも真面目に答えてくれるとは思っていなかったので、ツボだったらしい。
なぜ大爆笑するのかわからないキャリコは、
ムスッとして部屋のセキュリティを解除していた。



そして二人は部屋に入る前に仮面を取る。
この部屋では仮面など・・・必要はないからだ。



















『暗い』『冷たい』『寂しい』

頭がおかしくなりそうだった。
狂うわけにはいかない・・・・。
狂ってはだめだ。
必死にそう自分に言い聞かせクォヴレーは『孤独』と戦っていた。

だがすでに24時間はそうしているので、
精神は徐々に限界になってきている。


『駄目かもしれない』



そう思ったとき、「水」の息苦しさが消え、
前のガラスが左右に開いたのである。


「水」のせいでまだ目は開かないというのに、
一刻も早く狭いそこから出たくて、
クォヴレーは無意識にそこから這い出した。

「・・・・あっ」

つま先が入り口に引っかかりバランスを崩す。
顔面から落ちるのを覚悟して、
瞑っていた瞳に更に力を込めて瞑る。

だが衝撃は来ない。
脇の辺りに誰かのぬくもりを感じた。
どうやら転ぶ前に誰かが支えてくれたようだ。
支えてくれているその「ぬくもり」は
クォヴレーが心の底でずっと求めていたものに似ている。
調整槽の中で、自分が消え入りそうになる時、
消えてしまった過去の自分がチラホラとフラッシュバックしてきていた。
過去の自分がどんな人物だったのかは思い出せないが、
フラッシュバックするとき必ず一人の人物が現れる。
その人物は自分を優しく包んでくれて、安心するのだ。
おそらく自分はその人物のことを・・・・。


腰の辺りに感じるぬくもりは「それ」によく似ていた。
懐かしくて・・それでいて胸が締め付けられる。


まだ目を開けると「水」が入ってきて痛いが、
支えてくれたのが誰か知りたくてゆっくり目を開けた。




青い髪が目に映る。

「・・・メム、タオルを」
「ああ・・・」

だが目を開き終える前にタオルが邪魔をして再び目を閉じてしまう。
バサッ・・と肩に大きなタオルが置かれると同時に、
床に強引に座らされ、顔をやわらかいタオルで拭われた。
すでに体からぬくもりは消えていてクォヴレーは焦燥感に駆られてしまう。





もっと・・・抱きしめていてほしかった。







顔を拭い終えると、今度は髪の毛をタオルで拭われる。
荒々しい手つきでタオルドライされていくやわらかい髪の毛は、
ドライを終えると好き勝手にクネクネとうねっていた。

「ははっ!色は変わっても癖毛はそのままなんだな」
「そのようだな・・・・」

声は2種類聞こえてくる。
声の感じからして「男」のようだ。
頭からもタオルの感触が消えると、クォヴレーはゆっくりと目を開いていく。


「目は痛くないのか?」
「培養液は入ると結構痛いらしいからなぁ・・・俺は最初のときしか経験ないけど」
「!?」

目を開けてクォヴレーは驚いた。

「(キャリコが・・二人???)」

肩にかけられている大きなタオルで自分の体を覆い、
目の前にいる二人からあとず去っていく。

「ははははっ、そうビビってやるなよ、アイン。
 ギメルも悪気はなかったんだし」
「・・・・・っ」

クォヴレーは目の前の二人を交互に見てみる。
肩まである青い髪。
20代半ばくらいの大人の男。
顔はよく似ている。
よく見れば一つ一つのパーツが多少違っており、
一人がキャリコで、もう一人はキャリコでないことがわかった。

「アイン・・・」

そっとキャリコの手がクォヴレーの頬に触れる。
ビクン、と体を大きく震えさせるが、
その手を払おうとは思わなかった。
また・・・アソコに逆戻りは嫌だったからだ。

「ギメル!とにかく服着せて暖かい飲み物でも飲ませてやらないと・・
 震えてるぜ?(ま、寒いから震えてるかどうかはわかんないけど)」
「そうだな・・・」

キャリコはメムの言葉にうなずき、床に座っているクォヴレーを軽々と抱き上げる。

「!?」
「・・・暴れるな。逆戻りは嫌だろう?」
「・・・!」

キャリコの腕の中、青い顔で小さく頷いた。
体から力を抜き、抵抗の意思がないことを示す。
抵抗の意思がないことを確認したキャリコは、
満足そうな顔を向け、
クォヴレーの知らないもう一人の男と並んでその部屋をあとにした。









シャワーを終えるとこの前つれてきてもらった食堂へ連れて行かれた。
どこから用意したのか(おそらく自分がここにいたときに着ていた服なのだろうが)
自分にピッタリの服を纏いながら、暖かいミルクをすすっている。

「(・・・スペクトラといい目の前の二人の男といい
 なぜ、いつもミルクなんだ??・・・べつに嫌いではないが・・・)」

ズズズ・・とミルクをすすり目の前の男二人を交互に見る。
キャリコは相変わらずムスッとしているが、
もう一人の男はニコニコしていた。

「やっぱ、子供はミルクが似合うよな〜、な?ギメル」
「そうだな(もうミルクが似合う年齢の子供でもない気がするが)」
「(子供??)」
「ああ、俺もアインくらいの年齢からスタートしたかったな!」
「・・・痴漢されたいのか?」
「(痴漢??)」
「!!そういう問題があったか!?・・・うーん???」

キャリコではない男が腕を組んで「うーん」と唸っている。
だがクォヴレーはその男よりも「痴漢」という言葉が気にかかっていた。
時折フラッシュバックしてくる過去の自分らしき光景。
複数の男に囲まれ、なにやらあやしげなことをされているその光景。

「(あの光景と何か関係があるのだろうか・・?)」

眉間に皺を寄せながら考えていたとき、
急にキャリコが椅子から立ち上がる。
思わず身構えるクォヴレーにキャリコはどこか哀しげな表情をするが、
テーブルの上においてある仮面を被り、入り口へと歩き始めた。

「???ギメル???」
「・・・指令に呼ばれているんだ。悪いがしばらくの間アインを任せる」
「指令に??ふーん・・わかった」

手をヒラヒラさせ見送るメムに苦笑してキャリコは入り口に向かっていく。
チラッとクォヴレーを見れば、ジー・・と自分を見ている。
敵意むき出しのその視線に、

「(・・・あの視線がもっと違うものならどんなにいいか・・)」

キャリコはどこかやり切れない思いで食堂をあとにした。



ありがとうございました。 メム君、再登場です。 そして、はい、エロがありませんでしたね。 裏なのに・・・、次回はちゃんとエロ入ります。 前にも書きましたが「10回」で終わる予定だったこの話。 「はじめて」を長く書きすぎて15回くらいになりそうです。