〜砂山〜
朝6時、目を覚ますとクォヴレーの目にはいつも決まって
大人の男の胸板が映る。
7年前、両親が亡くなりイングラムに引き取られてからというもの
これが当たり前の生活になっているのだ。
子どもの頃は(今も子どもだが)
目を覚ました時誰かがすぐ傍にいるということはとても嬉しく安心した。
だが今は違う・・・・
何故だか分らないが、イングラムの傍にいると動悸がするのだ。
抱きしめられると息が止まるほど苦しくなる。
キスを交わせば頭は真っ白になり、何も考えられなくなる。
「(オレは・・イングラムが好きだ・・だがイングラムは?)」
色々な想いが交錯しクォヴレーはその腕の中でモゾモゾと身じろぎをする。
「(イングラムが傍にいるには嬉しい・・・だがこれ以上傍にいると・・心臓が)」
離れようと、腰に廻っている逞しい腕をどかした。
ベッドから出るため身を起こすと、
「!!?」
「・・・今日から学校夏休みだろ?・・まだ寝ていろ」
「で、でも・・」
力強い腕で再び彼の腕の中に収納されるとクォヴレーはワタワタと
何とか彼から逃れようと試みた、
このままでは本当に心臓が持たない!
と、クォヴレーは心の中で叫ぶ、だがしかし・・
「・・俺は今日・・午後からなんだ・・もう少し寝かせてくれ」
「・・・あ・・でも朝ごはんの用意・・」
「必要ない・・ここにいろ・・お前は俺の安眠枕だ」
「あ、安眠枕??」
イングラムは『安眠枕』を力強く抱きしめると再び寝入ってしまった。
「ちょ、ちょっと!イン・・・はぁ・・・寝ちゃった?」
「・・・子どもは・・体温が温かくて・・いい」
「!起きているのか!?」
「・・・お前が煩くて眠れない・・静かにしてくれ・・夕べもなかなか寝付けなかったんだ」
「え?・・なんでだ??」
「・・・・」
「イングラム最近毎日そう言っているな・・不眠症か??」
閉じていた目を開き、心配そうに覗き込むクォヴレーと視線を合わせた。
「イングラム?」
「・・・・・ふぅ」
「?????」
ため息をつき更に強くクォヴレーを抱き締める。
「!あ・・ちょっ・・苦し・・イングラム???」
「(不眠症か?だと・・お前を抱きしめながら寝ていると下半身事情がヤバイんだ・・)」
「イングラム??」
「(ご馳走を目の前にして食べられぬ男の気持ちなど・・このお子様には分らんのだろうがな)」
「イングラム・・少し・・力・・緩めてくれ・・」
「・・逃げるなよ?」
「・・逃げない・・オレも一緒にあと少し・・寝るから・・」
「いい子だ・・」
・・・安眠枕と言っておいて実はイングラムにとっては『不眠症枕』なのだが
数少ないクォヴレーとの抱擁の時間がなくなるよりは、と
クォヴレーが高等部に進学した今も一緒に寝ている。
「(分っているさ・・もう8歳の時とは違うということくらい・・
怖くて怯えて一人では眠れないと言っていた幼子ではもうない・・
もう同じベッドで眠る必要などないということも・・・分っている。
15歳か・・・せめてあと3年・・・3年経ったその時は・・)」
クォヴレーは腕の中でスヤスヤ寝息をたてて寝ている。
「(相変わらずの寝つきのよさだな・・・)」
何の疑いもなく自分の腕の中で眠りについている無垢な少年。
その額にキスを落とし、イングラムも再び眠りについた・・・・。
10時、2人はやっと起きた。
寝すぎて眠いのか・・・
クォヴレーはボヘェ〜としながら朝食を口に運ぶ。
「フフ・・食うか寝るかどちらかにしたらどうだ?寝ぼすけ君?」
「・・・食べる・・ふぁぁぁ」
ウインナーにフォークを突き刺し口に運ぶ。
しかしコックリコックリしてしまう。
「クォヴレー・・今日も遅くなる。悪いが夕食一人で・・」
「・・・うん・・あの・・イングラム」
「何だ?」
「・・・今日・・夕食・・アラドに誘われているんだ」
「・・アラド?」
「・・施設で・・7月生まれの子の誕生日パーティーをするらしい」
「7月生まれの?アラド君は7月生まれだったか??」
「アラドは・・9月」
「・・・ではなぜ呼ばれたんだ?」
「前、遊びに行った時、施設の子と仲良くなったんだ・・・
3歳〜10歳くらいの子たちになつかれてしまって・・
オレを呼んでくれとその子たちが施設の先生に言ったらしい・・ダメか?」
遠慮がちに聞いてくるので、苦笑しながらイングラムは
「いや、行ってくるといい・・どうせ今日も夕飯1人にさせてしまうのだから・・」
行っていい、とお許しが出てクォヴレーは太陽のようにまぶしい笑顔になった。
「ありがとう・・・プレゼント何がいいかな?」
「・・残り500円で何を買うつもりだ?お前・・」
「あ!そうか・・・ん?何で残り500円って知っているんだ??」
「昨日財布届けただろ?妙に軽いんで中身を拝見した」
「え!?」
「・・高等部の学生に3000円は少ないらしいな・・昨日言われた」
「誰に??」
「軍の仲間に・・・悪かった・・月にいくらあれば一般的だ?」
「・・・3000円で十分だ・・オレはお前に面倒見てもらっているのだし・・
これ以上は・・・あ、でも今日は・・その・・・」
遠慮がちなセリフに微笑むと、
「・・・わかった・・これで施設の誕生日の子に何か買って持っていってやれ」
財布から5000円を取り出しクォヴレーに渡す。
「!!5000円」
「足りないか?」
「いや・・多すぎるくらいだ・・いいのか?」
「ああ・・・」
「ありがとう!イングラム」
初めて手にする5000円札に満面の笑みでイングラムにお礼を言う。
「さて、もう行かないと・・・」
「あ、本当だ・・・イングラム気をつけてな」
「ああ・・お前も道中事故るんじゃないぞ?」
意地悪げにいうと、ムッとした顔で
「分っている!子ども扱いするな!!」
軍までの道中、イングラムはため息をつく。
『子ども扱いするな!』
その言葉が脳裏をかすめる。
「(早く・・大人になってくれ・・クォヴレー・・)」
「イングラムさんって結婚しないの?」
「え?」
アラドと子供達のプレゼントを買うため
デパートのおもちゃ売り場で突然そう言われクォヴレーはビックリした。
「・・・しないと、思う・・今は」
「なんで?あの人かっこいいし絶対モテルはずなのに・・不思議だなぁ」
「だが・・いままで恋人という存在を見たことがない・・」
「え!?そうなの??ますます不思議・・恋人いそうなのにいないの??」
そう言われれば・・・
イングラムは恋人がいないのだろうか?
彼くらいの歳ならば恋人が普通、いるものではないのか?
いるのだとしたら何故家に連れてこないのか?
クォヴレーは考え込んでしまった。
「・・・オレのせいか?」
「へ?なにが??」
「オレ、がいるから・・家に連れてこれないのだろうか?」
「・・・・クォヴレー」
「恋人がいるけど・・オレが・・その絶対に家に居るから・・だから」
「・・・ま、まぁ・・オレ等位のガキがいるといろいろ問題があるよな!」
「・・・問題?」
「そ!・・特に夜の問題、とか?」
アラドは、クォヴレーがそんなに落ち込むなんて予想していなかったので
なんとか場の雰囲気を明るくしようと下ネタを切り出した。
「夜・・の問題とはなんだ??」
「・・・へ?」
真っ直ぐに見つめられながら真面目に聞かれるとアラドはどもってしまう。
「お前・・わかんないの?」
「?」
「(マジ?ど、どうしよう??)・・あはははは!!今の発言は気にしないでくれ!」
「え?」
「さーさ、チビたちになに買おうかなー?あはははは・・・ははは」
プレゼントを買い終え、2人は施設までの道のりを急いだ。
「げっ!!もう5時?クォヴレー、急ぐぞ・・・あ!」
「?どうした?!!!」
急に立ちったアラドを不振そうにクォヴレーは見た。
そしてアラドが道の反対側にある喫茶店を指差す。
「・・?あ!」
喫茶店のテラス席に1組のカップルが楽しげにおしゃべりをしていた。
「・・・やっぱりいたんだ・・外で会ってたんだな・・クォヴレー??」
「ああ・・・そう、だな」
テラス席にいるカップルの男性・・・それは間違いなくイングラムだった。
家に連れてこれないから・・・こうして外で会っているのだろうか?
「イングラム・・・最近帰りが遅いんだ」
「・・・ふーん(家でできないから外でヤッてんのかな?)」
「オレ・・邪魔・・なのかもしれない」
「クォヴレー・・・」
「オレは・・イングラムのお荷物なのかも・・しれない」
「・・クォヴレー・・あのさ!」
「?」
「クォヴレー、親いないじゃん?」
「ああ・・アラドもな」
「そ、オレもな。・・・てっことはクォヴレーも施設に入れるってことじゃん?」
「え?」
「イングラムさんのお荷物になるのがいやなんだろ?」
「・・・ああ」
「イングラムさんが結婚しやすくなるように・・施設に入りたいって理由通るんじゃね?」
「!!」
「オレも・・お前いると楽しいしさ!・・・先生に話してみない?」
「そう、だな・・・(それがいいのかもしれない・・本当は・・嫌だが・・でも)
アラド・・今日さっそく聞いてみてもいいか?」
「大丈夫だろ?チビどもはどうせ8時で寝ちまうし?その後話してみようぜ?」
「本気なの?クォヴレー君」
パーティーが終わり、小さい子達が眠りにつくと
クォヴレーとアラドは院長室に足を運んだ。
「ええ」
「・・・あなたはとてもいい子だし・・私たちはかまわないけど」
「けど?」
「少佐が納得するかしらねぇ・・・?」
「・・・オレがいると・・イングラムは結婚できません」
「・・・あの方がそう言ったの?」
「いえ・・でも・・・最近帰りが遅いし・・・それに」
「オレ達さっきイングラムさんがデートしているところ目撃したんスよ、先生」
「!まぁ・・そうなの・・・そうね・・そういう理由なら・・」
「・・お願いします」
「オレからも頼みます、先生」
「・・・わかったわ・・でも私一人では決められないわ」
コクンと、クォヴレーとアラドは頷いた。
院長の言っていることは最もだからである。
「ねぇ?今は夏休みでしょ?」
「ええ」
「じゃ、その間体験という形で施設に住んでみない?」
「え?」
「答えはそれからでも遅くないわ・・夏休みが終わって
あなたがまだ施設に住みたいと願うのであれば
私から少佐にお話してみましょう・・・どうかしら?」
「ええ・・ではそれでお願いします。」
「やったな!クォヴレー!!先生、ありがとうございまーす!!」
クォヴレーはどこか複雑な気持ちで・・・
そしてどこかサッパリした気持ちで家路を急いだ。
「(イングラムとは離れたくないが・・イングラムの幸せの邪魔はしたくない
・・・きっと分ってくれるはずだ・・)」
家に着くと明りがついていた。
「(帰ってきているのか?)」
ドアに手を伸ばしたその時、
「それじゃー、またぁ・・あら?」
「あ」
家から女の人が出てきた。
夕方見たあの人である。
「(イングラムの・・恋人??)こ、んばんは」
「はい、こんばんは・・私はもう失礼するわねー?」
「え、ええ・・お構いもしませんで・・」
「あらぁ〜?お行儀がいいのね?それに噂以上に可愛いし・・」
「(噂??)」
「ゾッコンになる気持ちも分る気がするわ!悔しいけど・・・
フフフ・・頑張ってね、クォヴレーくん?」
「は、はぁ・・?」
「彼、タフそうだものね・・貴方も大変ね〜?」
一体この女性は何を言っているのか?
クォヴレーの思考回路はグルグルしてしまっている。
「クォヴレー?帰ったのか?」
「!過保護な彼の登場ね!それじゃね!」
「え、ええ・・さようなら・・」
女性は足早に家を離れていった。
「お帰りクォヴレー、何つっ立っているんだ?入りなさい」
「・・あ、ああ」
玄関まで迎えに来てくれたイングラムと一緒に家の中へと入った。
「(・・いや、・・オレを迎えに来たのではなく・・あの人を見送った後、か)」
「楽しかったか?」
「・・うん」
風呂に入り終え、2人は寝室にいた。
クォヴレーはベッドに寝転がり、イングラムは椅子で本を読んでいる。
いつもの光景だった。
変わらない日常・・・
しかしクォヴレーは今日決めたことを思い切ってイングラムに切り出した。
「あ、の・・イングラム」
「ん?なんだ?」
本を読みながらイングラムは問いかけに答える。
「・・・もう、1人で寝たいんだ」
突然の申し出に、読んでいた本から顔を上げると
「1人、で、か?」
「・・オレも・・もう誰かと一緒に寝ないと眠れない歳ではないし・・それに」
「・・それに?」
「施設に入園したら嫌でも一人で寝るようになる・・だから」
「施設に入園!?」
更に思いもよらないことを言うクォヴレーにイングラムは困惑した。
「・・・施設に・・入ろうと思うんだ」
「何故だ?・・・俺が嫌にでもなったか?」
「!!ちがう!!イングラムは大好きだ!」
「では問題ないだろう?何故施設に行く必要がある?」
「それは・・」
クォヴレーは理由を言う気になれなかった。
言ってはいけない気もした。
理由を言えばイングラムは自分に気を使い
あの人と別れてしまうかもしれない・・・
「理由なんて・・どうでもいいだろ?」
「クォヴレー?」
「ただ、施設に行きたくなっただけだ!
あそこならオレと同じような境遇の子がいっぱいいるし・・
気を使わなくてすむ!!」
思ってもいないことをクォヴレーは口から叫んだ。
傷つけたかもしれない・・・
散々面倒をみてもらっていてなんという言い草なのだろう・・
クォヴレーが俯きながら次の言葉を捜していると目の前が急に暗くなった。
「?」
不審に思い見上げると目の前には無表情なイングラムが・・・
どうやら彼がベッドサイドまで移動してきて影を作っていたらしい。
「あ、あの・・イングラム・・オレ・・」
何かを言わなければ、とクォヴレーは必死に言葉を探す。
しかしイングラムはそんなクォヴレーの上に突然馬乗りに圧し掛かってきた。
「!!?」
突然の出来事に頭がまわらないクォヴレー。
出来たことといえば彼の顔を見上げることだけだった・・。
「フ、フフ・・飼い犬に噛まれるとはこのことだな・・」
「・・・え?」
「今までさんざん面倒を見てきたというのに・・施設に行くだと?」
「・・・・・っ」
「・・・ならばその前に払ってもらわなくてはな」
「・・・は、らう?」
「今までの養育費を全部・・」
「!!そんな・・」
「・・・払ってもらう・・」
「無理だ!オレはお金なんて持っていない!!知っているだろ!?」
「ああ・・知っている・・・」
「ならっ!!」
「別の方法で払ってもらう」
「別・・?・・・あっ!!」
突然クォヴレーは下肢に纏っているものをすべて剥ぎ取られた。
「!!な、にを!?」
「・・・本来なら・・十分に愛撫を施してからやるものなのだが・・」
「!!!???」
冷たく自分を見下ろすイングラム・・・
足を抱え上げられ何かが自分のあらぬ所へ押し当てられた。
それは熱く・・・硬い棒のようなモノ・・・
何が起きるというのだろうか?
何をしようというのだろうか?
「イ・・イン・・グラ・・ム?」
「・・・・・」
無表情にクォヴレーを見下ろすイングラム。
不安げにイングラムを見上げるクォヴレー。
そして・・・
クォヴレーの不安げな表情がだんだん変化していった。
目がだんだん大きく見開かれていく・・・
「!!!!うっ・・あぁぁぁぁぁ!!!」
一体自分の身に何が起きたというのか?
引き裂かれるような痛みの苦痛な叫びが寝室に響く
痛みのせいで溢れてくる涙が頬を伝い落ちていく。
涙で視界が滲んでいくが、それでもクォヴレーは
自分に何かをしている人物をしっかりと見ていた。
いや・・目が離せなかったのだ・・
なぜならば彼の顔は・・もう・・
クォヴレーの知っている『親戚のお兄さん』ではなかったからだ・・・・。
悲惨な話ですみません(汗)
よくある話?でごめんなさい(大汗)
題の「砂山」とは、
人の気持ちとは儚く脆く・・そして崩れやすい
という意味合いでつけたものです・・・。
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