愛妻弁当
 

〜愛妻弁当・焼もちA〜


「・・・なんだ・・・ここにいたのか・・・」

その男は息は切らしていないが額には多少汗が滲んでいるので、
おそらく誰かを必死に探していたのだろう。

「・・・ふぅ・・・探したぞ・・・まったく」
「・・・・・・・・」
「・・・まだご機嫌斜めなのか?」
「・・・・・・・・」

男の問いにはまったく答えずに少年は食事を黙々と続けた。
何ともいえない空気が3人を包み込んでいる。

「(・・・ちょっと・・・何でもいいけどお願いだから
 私を巻き込まないでよ〜???)イングラム、貴方食事は?」
「ん?・・・ああ・・」
「イングラムは綺麗な女性から貰った
  弁当をもう食べたんだ!」
「・・・え?」
「(はぁ・・・まだ誤解しているようだな)・・・クォヴレー」
「だから食事はいらないんだ!」

プゥッ・・・とむくれながらクォヴレーは黙々とオムライスをたいらげていく。
やれやれ・・・と肩をすくめながら、イングラムはむくれている恋人の
横の席に腰を落ち着ける。

「お前・・・誰の断りを得て横に座ったんだ?」
「・・・ここは公共の場だ・・・何処に座ろうと自由のはず・・
 そうだろう・・・?違うのか・・・?」
「(むかっ)・・・違わない・・・」

重苦しい空気が漂っている。
3人の間に長い沈黙が走る・・・
絶えかねてヴィレッタはイングラムに耳打ちをした。

「イングラム・・・一体何があったの?」
「・・・まぁ・・ちょっと・・・・」
「?さっきの話の内容からすると弁当がらみで喧嘩しているようだけど?」
「・・・・ご名答・・・さずがだな」
「ありがとう・・・ってそうじゃなくて・・一体クォヴレーに何したの?!」
「俺が悪いと決め付けているのか?お前は・・・」
「・・・違うの?」
「・・・・・・」
「違わないのね・・・で?なにがあったのよ?」
「・・・・・」
「黙秘・・・ってわけ?ふ〜ん・・・別にかまわないけど、
 なら私を巻き込むのはやめて頂戴ね・・・?」
「ああ・・・了解だ」


2人がヒソヒソ話していると、
それまで黙々と食事をしていたクォヴレーの額に皺がよった・・・

「(・・・もう食べられないんだな・・・)」
「(お腹いっぱいなのね・・・?クォヴレー)」

黙ってその様子を見守る2人・・・・
クォヴレーはチラッと横目にイングラムを見ると、
オムライスがのっている皿を黙ってイングラムの方へと押しやった。
苦笑しながら残ったオムライスに手を付け始めるイングラム・・・
見ればまだ半分近くの量が残っていた。

「(何だかんだ言って・・・結局この2人は相思相愛なのね・・・
 これならあまり心配する必要はないわね・・・)」

むくれているのに、自分の残り物を保護者件恋人の彼の元へと
黙って押しやるクォヴレー・・・
その残ったものを文句も言わず片付けるイングラム・・・
ヴィレッタは心のなかになにか温かいものを感じながらその様子を
微笑みながら見守った。






「まだ昼休みが終わるまで時間があるな」
「そうね・・・」
「・・・・・・」
「コーヒーでも飲むか?」
「貴方のおごり?」
「・・・ああ・・・アイスでいいのか?」
「ええ」
「・・・クォヴレーは?」
「・・・別に・・・なんでもいい・・・」
「(はぁ)・・・わかった」


イングラムが席を立った後、ヴィレッタは優しく
むくれている少年に話しかけた。

「ねぇ・・クォヴレー」
「・・・・・」
「フフフ・・・答えなくてもいいから聞いていてちょうだい?」

コクン、と頷き、目の前に座っている女性を真っ直ぐに見詰めた。

「何があったのか・・・私はあえて聞かないわ。
 でも普段我侭を言ったり人を困らせたりしない貴方が
 そこまでむくれているって事は、相当のことがあったのね、きっと」
「・・・・・」
「でもね、クォヴレー・・・これだけは信じていて?
 あの人は決して貴方を裏切ったりはしないわ」
「・・・・・」
「あの人の心の中には貴方しか住んでいないもの」
「・・・・・」
「きっと貴方に言い寄ってくる輩がいたら3秒であの世に送っているでしょうね・・・」
「・・・・ぷっ・・!!」

ヴィレッタの言葉がおかしかったのか思わず噴出してしまったらしい。
そして、困ったように微笑みながら・・・

「・・・わかってる・・・でも・・・」
「無理することはないわ・・・まだ若いのだもの・・・
 大いに悩みなさい、青少年!!」
「ヴィレッタ・・・・」
「あの人・・・無神経なところがあるから・・・
 知らず知らず人の心を傷つけているって気づいていないのでしょうね・・」
「・・・・・・そんなこと、ない」
「クォヴレー?」
「イングラムは・・・無神経なんかじゃ、ない」
「・・・クォヴレー・・・そう、そうね・・・フフフフフ・・・」


「なんだ?楽しそうだな?」
「あら、早かったわね?」
「この時間になるともうすいているからな・・・アイスコーヒーだ」
「ありがとう」

ヴィレッタの前にアイスコーヒー、自分はホットコーヒ・・・
そしてクォヴレーの前には・・・・

「・・あ・・・アイス・・・?」
「ごまアイスね・・・ここのごまアイスは手作りだから美味しいのよ?」
「そうなのか?・・・いただきます・・・!!美味しい!!!」

さっき泣いていたカラスがもう笑っている・・・
さっきまでむくれていた恋人が幸せそうにアイスを頬張っている・・
クォヴレー以外の誰にも見せたことのない笑顔を彼に向けながら
イングラムは恋人の様子を見守った。

「美味いか・・・?」
「・・・・美味い・・・」
「よかったな」
「・・・ああ・・・あり、がとう・・・」


照れ隠しなのか、すぐに仲直りするのはプライドが許さないのか・・
クォヴレーはお礼を言うと、プイッと顔を背けた・・・

「クォヴレー・・・」
「・・・・」
「今日は早く帰るから・・・話をしよう」
「・・・話?」
「話だ・・・さっきの事もきちんと説明するから」
「・・・わかった」

返事をするとクォヴレーはまたアイスを口に運んだ。






ソファーの上に寝そべっていると、時計の音がひどく耳に響く。

「(話ってなんだろう?)・・・・はぁ・・・」







「(ケーキも買ってきたし・・・これでご機嫌が直るといいが)」


玄関の扉を開け、真っ直ぐにリビングにむかう。
リビングの扉を開け、ソファーに目をやると、
フワフワした銀の髪がチョコンと顔をのぞかせている。

「クォヴレー?そこにいるのか?」


しかし返事は返ってこなかった。


「クォヴレー・・・まだすねているのか?いい加減・・・」


喋りながらソファーの前へと辿り着くと、頬をプゥと膨らませて
いじらしげに睨んできた。

「遅い!!」

その態度に苦笑しながらケーキを手渡す。

「・・・こんなもので騙されないぞ!!」
「騙すつもりなどない・・・それはお詫びだ」
「お詫び?」
「ああ・・・お前が焼もちを焼いてくれて・・・」
「(むっ)オレは餅なんか焼いてないぞ!!」
「(餅??)・・・人の話は最後まで聞くように・・・」

声のトーンを落として注意すると、子犬が怒られて耳をたれたように
シューンとなる、クォヴレー・・・・
頬に手を沿え、唇にそっとキスをした。


「・・・キスなんかでだまされないぞ!」
「だから騙すつもりはない、と言っただろ?」
「・・・・・・」

今度は拗ねてしまったのか、さっきよりも上目遣いで睨んでいる。

「お前が、焼もち・・・嫉妬をしてくれて嬉しくてな・・
 つい調子にのってしまった・・・クォヴレー・・・あの弁当だがな・・」
「・・・イングラムが食べたんだろ」
「・・・違う」
「やっぱりそうか・・・」
「・・・違う、と言ったんだぞ?」
「・・・美味しかったか?」
「・・・クォヴレー・・・」
「きっと・・家庭の味がした・・」
「クォヴレー!!!」
「何で怒鳴るんだ!?イングラムのバカ!!」
「・・・はぁ・・・俺は・・・違う、と言ったんだぞ?」
「・・・だからどうし・・・え?」
「俺はあの弁当を食べていない」
「・・・・・え?」
「そもそもあの弁当は俺宛のものではない」
「えぇ!?」
「・・・・・・」
「・・・じゃあ・・・一体・・・?」
「あの弁当は俺の上司宛てのものだ・・・彼女は・・・上司の奥さんだ」
「・・・奥・・・さん!?」
「彼女は、これから用があるもう時間がないのに夫は執務室にいない。
 変わりに弁当を届けてくれないか?、と俺にお願いにきていたんだ」
「・・・・・そうだったのか」
「・・・誤解は解けたか?」
「・・・うん・・・イングラム・・・その・・・オレ・・・」
「俺の今日の昼食はお前の残したオムライスとコーヒーだけだった・・・」
「・・・うっ・・・イングラム・・・」
「まぁ・・・俺も悪ふざけが過ぎたから自業自得だが・・・」
「・・・イングラム・・・ごめんさい・・・」
「・・・あー・・腹減ったな・・クォヴレー?」
「イングラム・・・」


イングラムはうな垂れている恋人の頬に手をあて再び軽くキスをした。

「腹が減って死にそうだ・・・お前を・・・喰わせろ・・・」

背筋がゾクンとするような声で呟かれ、熱に潤んだ瞳でイングラムを凝視した。

「俺を喰って・・・お腹いっぱいになって・・・?イングラム」

イングラムは優しく微笑み返すと、今度は深い深いキスをした。



・・・裏へと続きます。 続にいう、仲直りエッ○ですね・・・ 優しいイングを目指してただ今執筆中。