やじるし
 


戦いに参戦していると、子供達はどうしても学校へ行けなくなる。
そこで大人たちは週に1回部屋を解放し、
それぞれ年齢別に別れ「学校」のようなものを開くことにした。


さて、そんななかクォヴレーは高校生の部に参加している。
最初は「結構だ」と断っていたクォヴレーも、
「学校」に通い始めると楽しいらしく、
最近ではウキウキしながら通っているのを微笑んで見守る恋人・イングラム。
今夜も部屋に帰ってくるとクォヴレーは真剣な顔で、
出された宿題を解いているのだった。

「・・・数学か?」
「!!」

突如背後から声をかけられ、
声の主を確かめるべく振り返る。
そこには目を細めたイングラムがおり、
状態を屈めて宿題のプリントを覗き込んできた。

「・・・ベクトル、か。これはなかなか複雑だろう?」
「ああ、結構難しい。
 こうして勉強をしているとオレは自分の馬鹿さ加減がわかって、
 通わない、と突っぱねていたことが恥ずかしくなる」

頬を少しだけピンクに染め、クォヴレーは呟いた。
自分の馬鹿さ加減、と言っていたがクォヴレーは決して馬鹿ではない。
イングラムはそのことが分かっているので、
頭を撫でながらその間違いを修正してやるのだった。

「お前は馬鹿ではないぞ?」
「・・・だが方程式もベクトルも、元素記号も・・何も知らなかったんだぞ??」
「それは『アイン』には必要のない知識だったから学ばなかったのだろう。」
「・・・『アイン』には・・?」
「戦闘マシーンに学校の知識は必要ない。
 だが今のお前は戦闘マシーンではなくただの一人の人間だ。」

イングラムの言葉にコクンと頷く。
生まれがどのような素性であれ、
今このときを生きている自分は紛れもなく人間だ。
クォヴレーが頷くとイングラムも小さく頷き更に話し続ける。

「知らなかったことはこれから学んでいけばいい。
 ああそうだ、・・・だがなクォヴレー」
「?」

急に真面目な顔になるイングラムに、クォヴレーは首を傾げた。

「勉強が出来なくとも落ち込む必要はない」
「え?・・・どうしてだ?」

何故出来なくても落ち込む必要がないのかクォヴレーには分からない。
これまで『アイン』は全てにおいて『完璧』を求められていたからであろう。
そんな様子に苦笑を浮かべ、イングラムはその疑問に答えてやるのだった。

「勉強が出来る出来ないはさほど大きな問題ではないということだ。
 もちろん出来るにこしたことはないが、
 勉強が出来なくとも誰にも迷惑はかけないだろう?」
「・・・確かに・・」

最もな言い分にクォヴレーは大きく頷いてみせる。

「必要なのは勉強しようとする心と、努力だ。」
「成る程・・・うん、イングラム・・・わかった」
「クォヴレー」

優しい眼差しでクォヴレーの頬を優しく撫でる。
どうしてこんなに素直で可愛いのか・・・、
とても愛しく大切な存在と益々思わずにはいられない。

「勉強が出来なくても落ち込まないことにする。
 だが努力を惜しむつもりもない。
 だから学校と宿題の時だけは、
 イングラムをないがしろにすることを許して欲しい」

真剣な眼差しの中に混じる最高の告白。
つまり学校と宿題の時以外はイングラムをないがしろにしないということだ、
と、イングラムは受け取ったのだ。

「もちろんだ。俺の愛のベクトルはお前に向きっぱなしだからな。
 それくらいの寛大な心は持ち合わせている」
「オレのベクトルもイングラムだけに向いている」

照れくさそうに微笑むクォヴレーの額にそっと唇を寄せると、
イングラムは胸元から本を取り出すのだった。

「???イング??」
「お前が宿題をやっている時は俺は読書に勤しむことにしたんだ。」

と、そそくさと腰を下ろしクォヴレーと背中合わせに座るのだった。

「・・・こうしていれば背中から体温が伝わって寂しくないだろ?」
「!」

気障な台詞に顔を真っ赤に染めてしまうクォヴレー。

「・・・確かに、寂しくない。・・・勉強がはかどりそうだ」

クォヴレーは再びプリントに視線を落とすと問題に集中していく。
背中越しにイングラムの体温と鼓動を感じながらの勉強は、
やる気を俄然わかせ、いつも以上にはかどったという。





・・・・・・仕事に疲れたイングラムが、
背中越しに感じるクォヴレーの体温に安心して居眠りしてしまうのはまた別のお話。