風邪と性欲と・・・
 


〜熱とイングラム〜




身体がなんとなくだるく重い。
体中熱いのに、震えが止まらない。
頭も痛いし、気持ちも悪い。



ボォ〜とする意識の中イングラムはあることを思い出した。


「(・・・俺は・・風邪をひいたんだったな)」


途切れ途切れな意識の中、イングラムは自分が倒れたときのことを思いだす。
トラブルが立て続けに起き、
その対処に追われ続け半月ほどろくな睡眠時間も取れなかった。
食事をする間も惜しみ、簡易な食事で済ませていたら
案の定、全てが片付いたとき糸が切れてしまったのだ。

重たい身体をなんとか玄関へと滑り込ませたが
そのまま意識が飛んでしまった。
遠くからバタバタとした足音と、頬に暖かい雫が落ちてきていたような気がする、
と、イングラムはゆっくりと目を開けた。


「・・・・・・?」

視界はぼやけており、焦点が定まらない。
何度か瞬きを繰り返しようやく視界がハッキリしだしたのだった。

「目が覚めたのね?」

遠くから聞き覚えのある声が聞こえ、
声のした方向に視線だけ向けた。
そこには銀のトレイをもったヴィレッタがホッとしたような顔で立っている。

「・・・ヴィレ・・ッタ?」

一体何日寝込んでいたのか、イングラムの声はとても掠れており聞き取りにくい。
おまけに咽も痛いのでなおさら声を発生しにくいようだ。

「貴方、倒れたのよ?」
「・・・・!」


銀のトレイをサイドテーブルに置き、ヴィレッタは困ったようにあるものを指差した。

「クォヴレーが泣きながら連絡してきてくれたの。
 『イングラムが死んでしまうーーー!』てね・・・覚えてない?」

イングラムはゆっくりとヴィレッタの指を追う。
するとそこには泣きはらしたような顔のクォヴレーが
自分の手をしっかりと握り、スースーと寝息をたてていた。

「自分の部屋で休みなさいって言ったんだけど、頑なに拒否したのよ」
「・・・・・・」
「『イングラムの傍にいる』ってね・・・・」

熱でまだ苦しいのか、イングラムは汗をかいて青白い顔をしているが、
満面の笑みでクォヴレーの寝顔を見つめる。
おそらく倒れる瞬間に感じた頬の温かい雫はクォヴレーの涙だったのだろう。

「貴方は幸せモノね、心配してくれる人が沢山いて・・・ほら」
「・・・・!コレは」

机や窓枠には沢山の花や見舞いの品が置とかれていた。
どれもこれも部下や上司からだが、
たかが倒れたくらいでこんなにも「見舞いの品」が貰えるとは
イングラム自身も驚きを隠せないのだった。

「治ったらお礼をしなくてはね」
「そうだな・・・ヴィレッタも・・・すまなかった」
「イングラム・・・・この場合は『ありがとう』でしょ?」

相変わらず駄目な人ね!という視線で責められ自嘲する。
自分はいい大人なのに、どうして言葉が覚束ないことがよくあるのだろう。

「そうか・・・そうだな・・・ありがとう」
「どういたしまして・・・、さ、クォヴレーを起して安心させなければね」

ユサユサ、かるく肩を揺らしクォヴレーを起す。

「クォヴレー」
「・・・ん・・・・・う・・・ん」
「クォヴレー、おきなさい。イングラムが・・・・」
「ん・・・・!?」

揺さぶっても起きる気配のなかったクォヴレーだが、
『イングラム』の一言で一気に覚醒する。
青い顔で起き上がりヴィレッタを泣きそうな目でみつめる。

「イングラム・・・?イングラムがどうかしたのか???」

ヴィレッタの服の裾をつまみ、尚もイングラムの名を叫び続ける。
そんなクォヴレーの顔に手を添え、強引に『彼』へと視線を向けさせると、
大きくクォヴレーの身体は揺れ動いた。

「あ!」

視線の先には穏やかに微笑むイングラム。
クォヴレーは更に涙を浮かべると、
相手が病人だということも忘れ彼の胸に飛び込んだ。

「イングラム!イングっ!・・・・あ、良かった・・・」
「クォヴレー」

クォヴレーの身体に腕を回し、抱きしめ返す。
こうして泣きながら抱き疲れるとどれほど心配をかけてしまったか、
またどれほど自分を心配してくれていたか、が
痛いほど伝わってきて、風とはまた別の熱がイングラムを侵すのだった。

「顔色も大分良くなったし、もう大丈夫よ」
「うん!ヴィレッタ、ありがとう!!」
「いいえ、目が覚めたなら食事と薬を飲ませなければね。
 ここに用意しておいたから食べるのよ?イングラム」
「ヴィレッタ・・・・」
「ぷっ」

まるで小さい子にでも言い聞かせるように『食べなさい』といわれ、
赤面するイングラム。
大きなイングラムを子ども扱いするヴィレッタがおかしいのか、
クォヴレーは噴出してしまった。
しかし当のヴィレッタは心配かけたのだからこれ位は当然と、
冷たい視線を向けてくるのだった。

「じゃ、私は報告に行ってくるわ。
 一応目を覚ましたら報告に来るように、と言われているの」
「重ね重ねすまん・・・・」
「まぁ、貴方は普段手のかからない人だからいいけど・・・」
「そう言って貰えると助かる」

これ以上責められないでよかった、と安心していたが、
最後にトドメをさすのをヴィレッタは忘れなかった。

「・・・1時間で戻ってくるわ。いいこと?1時間よ?
 戻ってきたとき、怪しげなことをやっていたらソレも報告するわよ」
「!」

イングラムは目を真ん丸くし、
クォヴレーは顔から爪先まで真っ赤になってしまっていた。

「クォヴレーも襲われたら股間を蹴り上げるのよ」
「・・・・・え?」
「いいわね?」

どす黒い声。
黒い微笑み。
クォヴレーは無意識にコクコク頷き、
ヴィレッタがいなくなった後も冷や汗が止まらないでいた。
それはイングラムも同様のようだ。

「まったく、女の台詞とは思えんな・・・」
「だがヴィレッタの言うことは正しい。」
「クォヴレー?」

キッ、とイングラムを睨みその端整な顔を覗き込みながら、

「風邪は治り始めが肝心だ!
 完全に治るまでキスもその先もお預けだ!」
「!!キス・・・も?」

眉をよせコクンと力強く頷かれイングラムは唖然とする。
まるでベッドでの鬼畜な仕打ちの仕返しのように感じるのは、
どこかしらに罪悪感をいだいていたからだろうか?
イングラムは悲しそうな顔でクォヴレーにお願いをした。

「クォヴレー」

だが彼の言わんとしている事に察しがつき、
頭を大きく左右に振り続ける。

「だ・め・だ!お預けだ」
「クォヴレー・・・・」
「だめ!」
「・・・だが、キスくらいいいだろ?」
「だめ!」
「クォヴレー・・・」

キスを交わしたい。
クォヴレーを感じたい。
イングラムは本能のままクォヴレーを抱き寄せ、
強引に口付けを交わそうとした。

「イング!んぅ・・・!」

舌を絡ませ、口の中を貪る。
ビクビク揺れるクォヴレーを抱きしめ、
わざと音を立てて口を貪っていく。

「ん・・・ふ・・・あっ・・・」
「クォヴレー・・・」

数分に及ぶキスに満足したのか、
イングラムはようやく唇を離した。
キスに酔いしれたクォヴレーはキッと
色気漂う目でイングラムを睨み罵倒する。

「馬鹿!!お預けだと言っただろ!」
「そうだったか?俺は聞こえなかったぞ・・・?」
「このっ!」

思わず右手を振り上げるが、
イングラムが本当に嬉しそうに笑っているので
怒気を削がれてしまった。

「・・・・ばか・・・ずるい・・・」
「すまない・・・本当に心配かけたようだな?」
「イング!好きだ!オレをのこして死ぬなよ?」
「クォヴレー・・・」

たかが風邪で・・・と、いつもならからかう所だが、
今回はそうは出来なかった。
泣きそうな表情のクォヴレーを見ると、
本当に心配をかけたことが身にしみからかうことが出来ない。
からかう代わりにイングラムは優しくクォヴレーを包み込んだ。

「死ぬときは一緒だ・・・心配かけてすまなかった」
「イングラム」

スン・・・と鼻を鳴らしイングラムの頬に頬をこすりつける。

「・・・・暖かい・・・寝ているときはとても冷たかった」
「お前も・・・暖かい・・・クォヴレー」

















ベッドの上でイングラムは冷や汗が止まらなかった。
ニコニコ笑うクォヴレーが銀色のものを口元に近づけてくるからだ。

「・・・・イングラム?」
「・・・・・(俺に『あーん』しろと??)」
「どうしたんだ??」
「あ・・いや・・・」
「食べないのか??お腹空いているだろ??」
「まぁ・・・空いている・・・が・・・(頼むから普通に食べさせてくれ)」

御粥ののったスプーンを近づけてもイングラムは一向に口をあけない。
訝しげに顔を覗き込んでいると、何かに気が付いたのか、
あ!と叫んだのだった。

「(気付いてくれたか!?)」

自分で食べたいのだということに気が付いてくれた、
と安堵するが、クォヴレーの次の行動に更に冷や汗をかいたのだった。

「そうか!熱いのが嫌なんだな?」
「は?」
「わかった!オレがフーフーしてやる」
「!!は?」

納得したように
湯立つスプーンに息を吹きかけるクォヴレー。
湯気が立たなくなると、
一層ニコニコと笑いながらスプーンを宛がわれた。

「あーん、イングラム」
「・・・・・(どうしようか?)」
「あーん!」
「・・・・・・(どうしたらいいんだ??)」
「・・・イングラム?」

口を開いてくれないイングラムにクォヴレーが悲しそうな顔になる。

「(そんな顔をするな!俺はまだ苛めてないぞ!)」

「・・・・イング・・・オレからのは・・食べたくないのか?」
「あ・・いや・・・」
「・・・・・っ」

みるみるうちに涙の溜まっていく瞳。
イングラムは覚悟を決めるしかなかった。

「(心配かけたようだし・・・今回くらいは・・・一時の恥とおもって)」

イングラムは諦めたように微笑を浮かべスプーンに口を近づける。
その瞬間パァァァと晴れるクォヴレーの表情。

「(・・・うっ・・・可愛い)」
「イング!あ〜ん」
「(男は度胸!根性!ええい!やけくそだ!)あー・・・!?」


その時、イングラムの動きが止まった。

「イングラム???」

そして次第にダラダラと汗をかき始めた。

「!?イングラム??どうしたんだ???」

クォヴレーはわけが分からずオロオロする。
だがイングラムは確かに青い顔で石のように固まっているのだ。
なぜならイングラムの視線の先、即ちクォヴレーの背後には・・・、





『(意外な光景ね?)』
『(こ、これはだな・・・)』

入り口にさも面白いものでも見たかのように
黒く微笑むヴィレッタが立っていたのである。
念導力の力を借りてクォヴレーには気付かれないように会話を交わす二人。

『(あ、怪しげなことはしていないぞ??)』
『(ええ、そうね。可愛らしいことはしているみたいだけど)』
『(ヴィレ・・・ヴィレッタ)』
『(さぁ〜て、何を買ってもらおうかしら?)』
『(!?)』
『(楽しみだわ・・・って、ことで、あと1時間席を外してあげる)』
『(うっ)』

黒い微笑みのまま、クォヴレーに気付かれずその部屋を後にするヴィレッタ。
イングラムは冷や汗をかきながら差し出された御粥を口に含むのだった。

「おいしいか?」
「あ、あぁ・・・美味い・・フフ・・フ・・・」
「美味しいと感じるなら安心だな!よし、もう一口だ。あ〜ん!」
「(まだやるというのか!?)クォ、クォヴレー・・・」
「なんだ?」
「俺はもう大丈夫だから一人で食べた・・・」

だがイングラムは最後まで言葉を言えなかった。
クォヴレーの表情が見る見るうちに暗くなり、泣き出しそうになったからだ。

「・・・迷惑か?」
「あ・・・いや・・・・フッ!・・・あ〜ん」

イングラムが再び口をあけるとクォヴレーの表情がまた明るくなった。

「美味しいか?」
「あぁ、美味い」
「よし、もう一口だ」
「(まだやるのか!?もう勘弁してくれ!)」
「イング、あ〜ん!」
「(くっ!頑張れ、俺!明日はきっといいことがある!)あ〜ん」




その後、一時間もかけてイングラムは御粥を間食した。
もちろん全て「あ〜ん」で食べさせてもらったのである。
そしてその後は「汗をかいて気持ち悪いだろ?」と
体中を濡れタオルで拭かれ、
男の現象にならないようにするのに大変だったという。


ちなみにこの生活3日間続いたという。
イングラムにとっては、恥ずかしい・襲えないのWアタックで
穴があったら入りたい気持ちですごしたらしい。






この時、イングラムは心に固く誓った。




もう二度と倒れはしない、と。




有り難うございました。 イングラムの「あーん」いかがでしょうか? インヴレ部屋へもどる