織姫と彦星
 


薄暗い部屋、少年はゆっくりとベッドから起き上がりゴミ箱を見た。
しかし目当てのものはみつからない。
どこだろう?と、駄目もとで引き出しを開いたなら、
『ソレ』は出てきたのであった。

多少グチャグチャになってはいるが、
ソレをジッと見つめただけで胸は熱くなっていく・・・・。






〜七夕への願い(前編)〜






「織姫と彦星?」


イングラム・プリスケンはその二つの単語に目を丸くしながら
少年を見下ろした。
自分の言った言葉を繰り返すイングラムに小さく頷くと、
ポツポツとその先を話し始めたのだった。

「7月7日が何の日か知っているか?」
「・・・7月・・7日・・・?」


顎に手を添えイングラムは反芻する。
今、この場所にはイングラムと少年しかいない。
二人だけの世界。
他の何者もこの時間を邪魔することは出来ない。
なぜなら・・・ここは少年の『精神世界』だからだ。

「七夕、という日らしい」
「たな・・・ばた・・・・ああ!」

『七夕』、にやっと『織姫と彦星』を思い出したのか、
ポン!と手を叩いた。
そしてフフフ、と微笑を浮かべ

「天の川、短冊、願い事・・・これが七夕だな?」
「詳しくは知らない・・・だが、願い事をする日らしい」

イングラムを見上げながら、相変らずポツポツ話す少年。
最近は仲間の少女、少年に対してはよく話しているところを
精神世界から見かけている。
しかし自分のはいつまでたっても
ポツポツ・・・としか話してくれないので、
イングラムは内心、少しだけ哀しいのである。
しかしながら、少年本人が表情が乏しいことを気にしているので、
言わないよう心がけているのであった。

「それで?」
「?」
「・・・お前は俺に何か聞きたいことがあるのだろう?」
「・・・・・」

少しでも少年から話しかけてきて欲しいイングラムは
極力質問形式で話をするようにしている。
最初に『織姫・彦星』と聞いてきたからには、
それについて知りたいのだ、と分かっていても
少しでも会話を長引かせる為今回も質問形式にしたのである。

「・・・イングラムは」
「うん?」
「織姫と彦星に会ったことあるのだろう?」
「・・・・・・・」

少年の無表情な頬が少しだけ綻びを見せ、イングラムを見つめた。
何かを期待しているかのような熱い視線に
イングラムは返答に困ってしまうのであった。

「・・・何故、会ったことがあると思う?」
「・・・貴方は・・・世界中を旅してきた・・・のだろう?」
「ああ」
「ならば当然広い宇宙(そら)の隅々までも見て来たに違いない」
「そうだな」
「では、当然彼らの住む星にも行ったことがあるのだろう?」
「彼ら・・・?」
「織姫と、彦星」
「(そうきたか!?)」

返答とに困り、黙っていると何か大きな話でもしてくれる、
と、逆に誤解されたようで、
少年の目がキラキラ輝いた・・・ように感じられてしまう。

「・・・会ったことあるのか?」
「・・・・・・」
「どんな人たちなんだ??」
「・・・・・・」
「年に一度しか会えなくて淋しくないのだろうか?」
「・・・・・・」
「・・どうか無知なオレに教えて欲しい、お願いだ」
「クォヴレー・・・」

少年の頬がいつになく綻んでいる。
過去の記憶を全て失い、真っ白な状態の少年は質問が大好きだ。
おそらく一日の殆どが「何故だ?」「どうしてだ?」「教えて欲しい」
でしめられているのではないだろうか?
なまじ無垢なだけに悪い大人に騙されやすい。
騙されそうになってはイングラムは少年の体を少々失敬して
悪い大人達に、きつ〜く制裁を与えているが・・それはまた別の話。

「彦星はマチョマンか??」
「(マッチョマン???)」
「織姫は十二単をきているのか??」
「(十二単・・・??)」
「七夕星には二人のほかにも住人がいるのだろう??」
「(・・・七夕・・・星・・???く・・・くくくく)」

一体どこでその情報を得たのか・・・?
的外れな「質問」に思わず噴出してしまいそうになるが、
そこは百戦錬磨のイングラム・・・ジッと我慢の子である。


そして自分の質問に何も答えてくれないイングラムにイラ立ったのか・・・、
少年はイングラムの服の裾をチョンチョンと引っ張って、
少しだけ拗ねた顔をして見せた。

「どうした・・・?」
「何故だ?」
「何が『何故』なんだ?クォヴレー」
「どうして何も答えてくれない??教えてくれない??」

ジー・・・と、見つめて質問をするが、
イングラムは微笑むだけで答えてはくれない。
いつもなら直ぐに答えてくれるというのに、答えてくれない彼に、
ムムッ・・・と、中央に眉を寄せる。
すると更にイングラムが微笑んだので少年は無性に腹がたっていくのであった。


「(おや?表情が動いた・・・フフフ)」
「何がおかしい?」
「・・・別におかしくはない」
「嘘をつけ!ならどうしてオレをみて笑っているんだ??」
「フフフ・・・、お前は本当に質問が多いいな・・・」
「!?」

『質問が多い』と言う言葉に、
次に言うはずであった言葉を飲み込んでしまう少年。
今度は眉を下げ、ジッ・・とイングラムを見上げたのであった。

「(今度は哀しそうな表情をしている・・・苛めすぎたか?)クォヴレー」
「・・・・・すまない・・・。
 ひょっとしなくても貴方はイヤだった・・んだろうな」
「・・・・・・・」
「オレは誰彼かまわず、分からないことがあると質問しまくってしまう」
「・・・好奇心旺盛でいいことだ」
「・・・・だが、貴方はイヤなんだろう?」
「嫌ではない」
「ではどうして答えてくれない?」

感情が芽生えたばかりのクォヴレーにはさっぱり理解不能だった。
『嫌』ではないのなら、どうして今回は何も答えてはくれないのか?
クォヴレーには分からない。
いや、まだ知らないというのが適切だろう。
人には答えたくとも答えられない『時』もあるということが。

見上げていたイングラムから視線を逸らし、俯く。
哀しそうに唇を噛みしめていたら、
イングラムの大きな手がクォヴレーの頭を撫でた。

「・・・・?」
「嫌ではないが・・・そうだな・・・クォヴレー」
「・・・・?」

頭を撫でられることで少し気分が上昇したのか、
クォヴレーは再びイングラムを見上げる。
そして小首を傾げ、イングラムの言葉を待った。

「俺にもわからない、というのが答えなんだ」
「え?」
「だからお前の質問には答えられなかった・・・。 
 俺の言っている意味が理解できるか?」

フルフル・・・と、左右に首を振る。
すると苦笑したイングラムは更に言葉を選んで説明をしてくれるのだった。

「確かに俺は様々な場所・世界を旅してきた。
 だが世界は広い。だから俺だってまだ行ったことのない場所が山ほどある」

そこまで聞くと、あ!と小さく口を開いた。
どうやらイングラムの言葉が理解できたようである。

「・・・そうか!貴方はまだ七夕星に行ったことがなかったんだな?」
「(くくく・・・七夕星、か)・・・そういうことだ」

もちろん『七夕星』がこの世にないことをイングラムは知っている。
だがあえて『行ったことがない』と嘘をつくことで、
クォヴレーの自尊心を守ったのであった。
イングラムは頭を撫でながら、目を細めてクォヴレーを見る。
そして、

「クォヴレーはもう短冊は書いたのか?」

と聞いた。
クォヴレーは頬を薄ピンクに変え小さく頷く。

「・・・書いた」
「ほぉ!・・・何をお願いした?(頬を染めるなんて、な)」

確かにイングラムはクォヴレーと今日存じているが、
四六時中クォヴレーの行動を見守っているわけではない。
だから当然私生活の行動を全て知りえてはいないのだ。

「・・・内緒・・・だ」
「内緒?」

『内緒』に肩を大げさに竦め、残念がるイングラム。
多少、申し訳なさそうに彼を見つめるがクォヴレーは硬く口を閉ざす。

「願いは・・・叶ったときに喜びを増す」
「最もだ」
「だから叶った時にその人に言おうと思う。
 『オレが七夕様にお願いしたんだ』と」

驚きに目を見開く。
当然自分の願い事を書いたと思っていたので、
『その人』と言う言葉に驚いたのだ。
それと同時に、『クォヴレーらしい』と思い優しい微笑を向けたのだった。

「・・・お前は、自分ではなく他人の幸せを願えるのだな」
「・・・・変か?」
「いや?逆に素晴らしいことだと思う」

ふーん・・・とそっけない返事をしたが、
クォヴレーの表情は『嬉しい』を現していた。
どうやらイングラムに褒められるのは嬉しいことらしい。

「イングラムは・・・」
「ん?」
「七夕様に何を願う?」
「俺?」
「・・・・そうだ」
「知りたいのか?」
「・・・・知りたい」
「お前は教えてくれないのに?」
「・・・・知りたい・・・、どうしても嫌なら・・・遠慮する」
「嫌ではいが・・・」
「・・・ないが?」

クォヴレーの表情が『悪戯小僧』のソレになる。
好奇心旺盛の子供が新しいおもちゃを見つけてワクワクしている・・
まさにそんな表情だ。
だが、イングラムは困ってしまう。
今のイングラムはいわば『幽霊』見たいなものだ。
『未来』のない自分が叶えたい『願い』は『一つ』しかない。
だがソレを『クォヴレー自身』の前で言っていいものなのだろうか?
と、悩んでしまうのであった。

「(・・・いや、だが一度はっきり言っておくのもいいかもしれない。
 ・・・・いずれは・・・・そう・・なるのだから・・・・)」

その時、彼の瞳が大きく揺れるのをクォヴレーは初めて見た。
憂いを秘めたその目は、何故か悲しげに揺れている。

「俺の願いは唯一つ・・・それは」
「・・・・一つ?・・・それは・・・?」
「クォヴレー・・・、お前が・・・」
「オレ、が・・・?」
「一人前の『使者』になってくれること」
「・・・・・・!」

思いもよらない『願い』に、
今度はクォヴレーの瞳が大きく揺れた。

「お前に全てを受け継がせ、俺はここから出て行く」
「・・・・イン、グラム?・・・何・・・を・・・?」
「いつまでも一つの体に二つの魂が存在していてはならない」
「それは・・・そうだが・・・(だからオレは・・・!)」
「お前に全てを伝え、俺はこの体から立ち去る・・・そして・・」
「・・・・・っ」
「俺は夜空の彦星となって、
 一人前になった織姫を見守ることにする・・・ずっと・・・」

頭に乗っていたイングラムの手が離れる。
そして目を伏せた・・・何かを思い出すかのように・・・。

クォヴレーは、あ・・・、と呟くが、
離れていく手を引きとめようとするが出来なかった。
なぜならイングラムは自分とは違う思いだ、と
分かってしまったからである。

「・・・それが俺の願いだ・・・・クォヴ・・・!?」

一度目を伏せ、もう一度目を開いたときイングラムは驚く。
クォヴレーの表情が今までに見た事がないほど
怒りと、悲しみを出していたからだ。

「貴方は・・・貴方は・・・!」
「クォヴレー・・・?」
「貴方は・・・!本当はオレが嫌いだったんだな!!」
「????クォヴレー????」
「ずっとオレをわずらわしい!と思っていたんだ!!」
「・・・どうした??何を言っている??」
「嫌いだ!!イングラムなんか!!オレは・・・オレは!!
 絶対に『使者』になどならない!!なってやらない!!」
「クォヴレー!今更何を言っている!」

怒りで震えている肩に手を置き、小柄な体を揺さぶる。

「そんな我侭は今更通らない!お前は俺の・・・!」
「さわるな!!」
「クォ・・・うっ!!」
「あんな願い・・・、書かなければ良かった・・・!」
「(願い???)・・クォヴレー・・・落ち着・・・」
「貴方なんて・・・大嫌いだ!!」
「・・・・くっ・・・うぅ・・・」

精神世界、クォヴレーの体が光る。
いかにイングラムの精神が強かろうと、ここはクォヴレーの『心』。
主に拒まれればイングラムとて・・・・・・。


クォヴレーの体が光る。
光り輝き無数の光の矢が体から放たれ、イングラムに突き刺さっていく。

「・・・!!く・・・クォヴ・・・落ち着・・・俺の・・話・・・」
「・・・・・・・」

なんとかクォヴレーに近寄ろうとするが、出来ない。
だんだんと光に包まれ、イングラムは身動きが取れなくなる。
クォヴレーの輪郭が光に飲み込まれ見えなくなっていく。

だがイングラムは確かに見たのであった。
それは紛れもなく『クォヴレーの泣き顔』。

「(・・・泣いて・・いるのか???・・・それに『願い』・・とは?)
 ・・・っ、クォヴレー!!」





光の渦に飲み込まれていく・・・。






クォヴレーの姿が完全にその世界から消えた・・・・。





・・・・そしてイングラムの意識は小さくなっていったのだった・・・・。


有り難うございました。 「前後」編です〜☆ あくまでインヴレですから! BLですから!!