織姫と彦星
 


〜七夕への願い(後編)〜

目の下に出来た青いクマが白い肌には痛々しい。
睡眠不足で頭はボー・・とし、
戦闘にも集中できなかった。

かれこれそんな状態が4日は続いている。
クォヴレーはもう4日も眠っていなかった。
眠れば『彼』に会わなくてはならない。
クォヴレーは自分勝手の思い込みに勝手に激怒し、彼を傷つけた。
それ故に彼に会うのは怖いのである。
だから眠らない・・・・。
彼と会いたくないから・・・・。

そんな時警報がなり戦闘が始まろうとしていた。
しかし皆と一緒に格納庫へ走っていく途中、
肩を掴まれ進行を妨げられた。

「クォヴレー、お前は留守番だってさ」
「・・・・!」

声の主に驚き目を見開く。
いや、声の主というより
『留守番』という言葉に驚いたのが正しいかもしれない。

「リュウセイ少尉、何故です?」
「お前、この前の戦闘でボー・・・としてただろ?」
「・・・・・」
「最近戦闘以外でもボーとしているし・・・、コレは命令だってさ!」

クォヴレーは眉間に皺を寄せる。
リュウセイの言葉は確かに的を得ている。
睡眠を十分にとっていない自分は、頭が働かず足手まといだろう。
だが、リュウセイにだけは言われたくなかった。
なぜなら嫌いとまでは行かないが、
クォヴレーはリュウセイが気に喰わないのである。
・・・・自分とイングラムを重ねては懐かしい目でみてくるからだ。

「・・・命令?誰の・・・」
「私よ」と
「!!」

リュウセイの後から険しい目つきで現れた女性、ヴィレッタ。

「大尉。何故です?」
「・・・・何故?自分の胸に手を当てて考えなさい、クォヴレー」
「胸に・・・?」

ムッと口を尖らせ、ヴィレッタを睨みあげる。
だがヴィレッタは肩を竦めて睨み返してきた。

「・・・怒ったり、拗ねたりすることだけは一人前ね」
「・・・どういう意味です?」
「普段は感情に乏しいお前が、怒る・拗ねるだけは出来るという意味よ」
「!・・・・・、っ」

正しい指摘に何も言い返せなかった。
確かに今時分は信頼していたものに裏切られ、・・・哀しい。
あたることも、泣くことも出来ない(知らない)
クォヴレーはただ静かに怒り拗ねるしかない。

「た、隊長・・それは言いすぎ・・・」
「お前は黙っていなさい!」
「!!へ、へい!!」

ピリピリモードのヴィレッタに、多少腰が引けたのか、
しかしいくらなんでも・・・と口を挟むリュウセイであったが、
ヴィレッタの睨みに再び貝になってしまった。

「この前の戦闘、もう少しで堕されるところだったわね?」
「・・・・・・・」
「私情を戦闘に持ち込むような半人前は迷惑なの。
 反省するまでお前は謹慎よ、分かったわね?」
「・・・・半人・・・前?」

クォヴレーの目から怒りが消え、悲しみが表れた。
唇を噛みしめ、涙が浮かんできそうなくらい大きく揺れる青緑の瞳。
流石に言い過ぎたと思ったのか、クォヴレーの肩に手を置き、

「・・・少し、話しましょうか?」
「え?」
「リュウセイ!」
「・・・へ?」
「私も今回は出ない!
 ・・・見たところただの陽動の敵のようだし大丈夫でしょ?」
「そりゃ・・・け、けど・・・いいのかよ??」
「腹痛を起した、とでも言っておきなさい!」
「(そんなんで通じるのか??)りょ、了解」

しどろもどろに返事をし、リュウセイは格納庫へ走り出した。
彼の背中が小さくなるのを見届けると、
嫌がるクォヴレーの腕を掴み
談話室へと強制連行していくヴィレッタであった。











母艦が大きく揺れた。
どうやら直撃をうけたようだ。
机の上に置かれているコーヒーが大きく波を作り
少しだけこぼれてしまう。

談話室に連れてこられてから10分・・・。
二人の間には重たい沈黙が続いている。
黙りこくるクォヴレーにため息をつき、
ヴィレッタはしかたなく自分から話をし始めた。

「・・・すごいわね」
「・・・・?」
「目の下の・・・クマ」
「ク・・・マ???」
「肌が白いから痛々しいわ・・・何日くらい寝ていないの?」
「・・・・4日・・・4日も・・一睡もしていない」
「!!一睡も??」

流石に驚きを隠せなかった。
確かにクォヴレーもヴィレッタも
多少睡眠不足や栄養が足りなくとも数日間は生きていられる。
だが睡眠不足と、一睡もしていないは別問題だ。

「・・・彼に会いたくない」
「彼?」
「・・・・彼を傷つけた・・・もう会えない」
「彼って・・・その・・・イングラム?」

クォヴレーがイングラムと比べられることを嫌なのをヴィレッタは知っている。
だから遠慮がちに聞いたのだが・・・・
クォヴレーはなぜか、まったく違う方向の話を始めたのであった。

「大尉は・・・ヴィレッタは七夕を知ってるか?」

二人きりの時、クォヴレーはヴィレッタに対し敬語は使わない。
彼女がそうしろ、と言ったからだ。

「七夕?・・・ええ、知っているけど・・・?」
「七夕・・・短冊に・・・願いを・・・書く」
「そうね」
「オレはそれにあることを願った」
「・・・・・・」


言葉が途切れ途切れになっていく・・・。
唇が切れてしまうほど噛みしめ、クォヴレーは初めて涙を浮かべた。

「!!クォヴレー??」
「それは『余計』だった・・・」
「余計???」
「彼は望んでいなかった・・・むしろ、迷惑・・・だったようだ」

頬に沢山の筋が伝う。
ヴィレッタは戸惑ってしまう・・・・、
クォヴレーがここまで感情を表すのを目のあたりにするのは
初めてだったのだ。

「イングラムは・・・オレを、嫌い」
「・・・・(そんなことはないと思うけど)」
「イングラムは・・・オレを、疎ましい」
「(それは思い違いだと思うけど・・・)」
「だが、オレは・・・イングラムと・・・一緒に・・・」
「・・・・・・・」
「・・・(何だ・・?眠い・・・?)・・・オレ・・オレ・・は・・」

ヴィレッタの輪郭が段々おぼろげになっていく。
瞼が重く、開けていることすら億劫になっていった。

「(利いてきたみたいね・・・普通の10倍は使ったから当然か)」
「・・・ヴィ・・ヴィレ・・・な・・に・・入れ・・・?」
「・・・睡眠薬よ」
「・・・睡・・・?」
「私達に薬物は効きにくいけど、普通の人の10倍位使えば効果は出るわ」
「・・・・っ、・・・嫌だ・・・眠ったら・・・会わなければ・・・いや、だ」
「眠りなさい、クォヴレー・・・。
 その間に私が彼を問い詰めてあげるから」
「・・・・・っ、・・・・・、・・・・・・」


クォヴレーの瞼が完全に閉じられ、テーブルに体を預けた。
それとほぼ同時に銀の髪は青く変り、
ゆっくりと状態を起したのだった。

そしてバツが悪そうに目の前の女性と視線を合わせた。

『・・・・・・』
「・・・・・・」

ニッコリ微笑むヴィレッタに、青い髪の少年は引きつった笑顔を返す。
自分が笑い返したのを見ると、冷たい声で話しかけてきたのだった。

「あらすじは教えてあげる・・・その後は自分で何とかなさい」
『・・・・了解、だ』

















精神世界は暗かった。
だが歩けども歩けどもイングラムは見当たらない。

「(あの時、オレが吹き飛ばしたからか??)」

会いたくない、と思いつつもやはり彼がいないと心が落ち着かない。
どこにいるのだろう?と精神世界を走り回る。
何度も何度も彼の名を呼ぶが、彼は現れない。

「(オレは・・・彼を・・・消してしまったのか??)イングラム!!」

闇雲に精神世界を走り回る。
だがイングラムは現れない。
クォヴレーの目にだんだん涙が溢れてくる。

「イングラム!!どこだ???!」

誰もいない闇に手を差し出す。
けれどもそれは空振りに終わる。
クォヴレーはこの闇を知っていた。

記憶をなくし、全てに疑念を抱いていたころ・・・、
彼と精神世界で出会う前・・・、
クォヴレーはいつもこの闇の中を歩き、
誰かに向かって手を伸ばしていた・・・・。
いつもいつも空振りに終わる・・・差し出した手。
だがやがてその手を取ってくれる人物が現れたのだ・・・・。


クォヴレーは手を伸ばす。
あのころのように手を伸ばす。
今度は誰かではなく、イングラムを求めて手を伸ばした。

「・・・っ、イン・・グラム・・・!」
「・・・・・レー・・・」
「!!」

誰もいない闇に青い光がボゥ・・・と映し出された。
その光は段々人型を作り出し、
クォヴレーが差し出していた手を包み込みむ。
次第に青い光は大きな大人の手に変り、クォヴレーの手を包み込んだ。

「・・・、っ」
「・・・クォヴレー」
「イングラム!!」

握られた手をしっかりと握り返し、クォヴレーは罵倒を始めるのであった。

「馬鹿馬鹿!!どうして出てきてくれなかったんだ!!?」
「・・・すまない」
「・・・消・・・消してしまったかと・・・まだ・・・謝っていないのに」
「俺はそう簡単には消えない・・・まだまだお前に伝えることがあるのだから」
「・・・伝える・・こと・・・」

クォヴレーの顔が『哀しい』に変っていく。
その時、ハッとしたように口を噤むイングラム。
そして頭を小さく左右に振って、言葉を言いなおした。

「違う・・・そうではないんだ。
 ・・・俺は馬鹿だな、今注意されたばかりだというのに・・・」
「・・・注・・意?」
「ヴィレッタに、な・・・」
「ヴィレッタ?」
「・・・俺はいつも・・・言葉が足りない、と。
 それ故相手を誤解させ、傷つけるのだと・・・指摘された」
「・・・言葉?」
「・・・俺も完璧ではない。
 お前の感情表現が下手なように、俺も言葉が下手なんだ」
「・・・下手?」

小首を傾げる。
イングラムはいつもクォヴレーを励ましてくれるし、
どこが下手なのだろう?と思ったようだ。
分からない、という顔をしているクォヴレーに苦笑を浮かべ
イングラムは言葉を言いなおした。

「俺は、まだまだお前と一緒にいたいから消えるわけはない」
「・・・一緒に・・?」
「お前ともっと・・・思い出を作りたい。
 世界の話も聞かせたいし、お前についてもっと知りたい・・・。
 俺のことも知って欲しい・・・・本当はずっと・・一緒に・・いたいんだ」
「ずっと・・・?
 ・・・・だがイングラムはオレの事をオレ以上に知っているだろ?」
「外見上はな・・・中身までは分からない」
「中身・・・」
「クォヴレーの心までは知りえない・・・だから教えて欲しい」
「・・・教える・・・?」
「お前は・・・俺と・・・ずっといたいのか?
 一つの体に二つの魂・・・この可笑しな状態下であっても?」
「・・・オレも・・・一つの体に二つの魂は・・・よくないと思う」
「・・・・・・」

握り合っている手に力をこめた。
彼の手をジッ・・・と見つめ、やがて視線を彼の瞳へと戻す。
クォヴレーの表情は完全に「照れ」たものになっていた。

「だから・・・願ったんだ・・・七夕様に」
「・・・・・・」

二人の視線が絡み合い、熱いものに変っていく。
・・・イングラムの鼓動は期待に高鳴っていく・・が・・・、

「『貴方達の星にいけますように』と」
「・・・・は?」

照れ笑いを浮かべるクォヴレーに対し、素っ頓狂な声を出してしまった。
あれだけ期待させておいてその可笑しな願いは何だ?と
怒鳴りたい衝動を抑え、とりあえず続きを聞いてみることにした。

「織姫と彦星は他人の願いを叶えられても自分の願いは叶えられない」
「・・・・・・」
「天の川が二人を別ち、年に一度しか会えない」
「・・・・・・」
「だからオレが七夕星にいって天の川を破壊し、
 二人が一年中いつでも好きなときに会えるようにしてやるんだ」
「・・・天の・・・川・・・を・・・???」
「そうだ。そしてお願いするつもりだ。
 ・・・貴方達の全ての力を合わせ、『イングラムに身体を与えて欲しい』と」

照れ笑いを浮かべ話し終えたクォヴレーに、一瞬で胸が熱くなっていく。
クォヴレーの気持ちが痛いほど伝わってきて、目が熱くなっていく。
もし、自分に身体があり場所が現実世界ならば・・・押し倒しているに違いない。

「クォヴレー・・・」
「・・・イングラム、迷惑か?」
「ん?」
「オレの・・・願いは・・・貴方にとって迷惑か?」
「いや・・・?・・・嬉しい・・・すごく、な」
「よかった・・・」

ホッとした表情になるクォヴレー。
そして二人は見詰め合ったまま手を握り合わせ、笑いあう。

「貴方が気になるんだ・・・貴方の一言でオレは感情が動いてしまう」
「俺もお前が気になる・・・だがずっと気持ちは抑え込んでいた」
「・・・抑えて?どうしてだ?」

いつものように、クォヴレーの『どうして?』が始まり
イングラムは困ったように微笑んだ。

「お前には・・俺の気持ちは不要の長物だと思っていたからだ・・今は違うぞ?」
「・・・本当か?」
「本当だ・・・だからお前、覚悟しろよ?」
「・・覚悟?」
「俺はきっと身体を手にする・・・(出来るかどうかはわからないが)」
「・・・・・・」
「その暁にはお前の身体に沢山の鬱血を作るからな?」
「・・・え?鬱血???な、殴るのか???」
「・・・・フフ・・殴る、よりももっと・・・酷いことだ」
「酷い・・・??」
「泣かせて啼かせて・・・蹂躙してやる」
「????????」

意味が理解できずポカーンとしているクォヴレーの手を、
だんだん自分の口元へと移動させていく。

「・・・なんだ??」
「約束の証だ・・・クォヴレー」
「証・・・んっ」

手の甲に彼の唇がふれ、痛痒い衝撃が走った。
イングラムの唇が離れるとそこには小さな『鬱血』。

「これ・・・?」
「いつかそのときが来たら・・・それの正体と意味を教える」
「いつか・・・?あっ」

フワリとイングラムに抱きしめられた。
心地よい、魂の温もり。
クォヴレーは目を細め彼の背に手を回していく。

「さぁ?ずっと睡眠不足だったんだ・・・寝ろ・・。
 ずっとこうしてお前の『魂』を抱きしめているから」
「・・・・・・ん・・・ずっと?」
「ずっと、だ・・・ほら?寝ろ・・眠れ」
「・・・・うん・・・・」

イングラムに抱きしめられ、精神世界で眠りにつく。
・・・それは熟睡モードということだ。
しばらくトロン・・・としていたクォヴレーの瞳が完全に閉じられる。
優しい微笑を浮かべてクォヴレーを抱きしめると、
イングラムはゆっくりと目を閉じた・・・・。















薄暗い部屋、少年はゆっくりとベッドから起き上がりゴミ箱を見た。
しかし目当てのものはみつからない。
どこだろう?と、駄目もとで引き出しを開いたなら、
『ソレ』は出てきたのであった。

多少グチャグチャになってはいるが、
ソレをジッと見つめただけで胸は熱くなっていく・・・・。


そこには覚えたての日本語で




『あなたたちのほしにいけますように
 くぉぶれぇ・ごぉどん』




と、書かれている。

自分の言葉に傷つき、
一度は捨てながらも捨てきれず机にしまったのだろう。


『ありがとう・・・クォヴレー』






しばらくの間、短冊を見つめた後、
少年は机の中を探り、余っている短冊とペンを手に取った。
そして流暢な日本語で『願い』をしたため、
部屋の入り口にある笹に向かい歩いていく。

『身体を・・・再び手にする・・・』

暗い部屋・・・、言い聞かせるように青い髪の少年はボソッと呟き、
グチャグチャになった短冊と共にその短冊を吊るした。


そして・・・・



愛しいものでも抱きしめるように、
少年は『自分の身体』を抱きしめたのだった。


有り難うございました。 イングラムは果たしてなんと書いたのか??? それはご想像にお任せいたします!