〜加齢に伴う悩み事〜
どこかぼんやりとして窓の外の景色を見ているイングラムに、
クォヴレーは只ならぬモノを感じた。
おまけにいつも冷静・沈着な彼が、
自分が帰ってきた気配にすら気がついていない。
かける言葉も見つからず、
ドア付近で立ち止まっていたらようやくクォヴレーに気がついたのか、
何事もなかったかのように笑顔を浮かべ話しかけてくるのだった。
「お帰り」
「・・・・た、ただいま・・・」
暗い雰囲気のイングラムを見てしまっているので、
気をつけようとは思いつつ、素直なクォヴレーはついつ態度に出てしまう。
しどろもどろにイングラムに言葉を返せば、
首を傾げた彼が手招きをして傍に来るように即してきた。
「どうした?態度がぎこちないぞ??」
「そ、そんなことは・・・ないと・・思わなくもない・・・」
ズバリ指摘されトンチンカンな返事をしてしまう。
イングラムはフッと微笑み、白い頬に指を伸ばしてきた。
「お前の態度、思いっきり不自然だぞ?
何かあったのか???痴漢でもされたか??」
「!!チカン・・は、最近は・・・ない・・・(あ!)」
しまった!とあわてて自分の口に手を当てるが、
すでに後の祭りである。
『チカン』にあったことは内緒にしていたのに、
自らバラしてしまうとは・・・・・。
「(それというのもこれというのもイングラムのせいだ!)」
黙っていたことに目を眇めているイングラムに負けじとクォヴレーも睨み返す。
けれどやはりイングラムのが一枚上手であるがためか、
クォヴレーは腕を引っ張られたかと思うと、
直ぐに彼が座っていたソファに押し倒されてしまうのだった。
「うわっ!」
「なんでも話すこと、と約束していたのに・・・悪い子だな?」
「そ、それは・・・だって・・!」
「・・・だって?」
冷笑を浮かべながら頬を手の甲で撫でてくるので、
クォヴレーは思わず竦みあがってしまう。
「(あの顔はよくない前兆だ!!)
だって格好悪いだろ!男がチカンされたなんて!」
意地悪なお仕置きなどこりごりのクォヴレーは必死に言い募った。
けれど当のイングラムはニヤニヤ笑うだけで何も答えはしないのだ。
頬を撫でていた手の甲が唇へ移動しクルリと反転をする。
そして人差し指でプニプの唇を撫でたかかと思うと、
そっと唇を寄せてきたのだった。
「(お仕置き開始か!?)」
覚悟を決めて目をギュッと瞑るが、予想に反し唇は直ぐに離れていく。
そしてなぜかどこか切なそうな目でクォヴレーを見つめ、ボソリと呟いた。
「格好悪い・・・か・・・」
「イングラム・・?」
いつもならこのままお仕置き開始の筈であるのに、
その気配は微塵も感じられない。
おまけに何故か切なそうに呟き目まで伏せてしまうので、
クォヴレーは只ならぬモノを再び感じるのだった。
「(今日のイングラムはやはり辺だ)
・・・・イングラム、悩みでもあるのか?」
イングラムの頬に手を伸ばし目を覗き込むように話しかけてみる。
すると自分の頬にあるクォヴレーの手を上から握り締め、
小さなため息をつくのだった。
その行動は明らかにいつもの彼とはかけはなれていて、
気持ち悪いを通り越し逆に心配になってしまう。
「(本当にどうしたんだ?)イングラム?」
一瞬、悩むように揺れたイングラムの瞳。
けれどすぐに真っ直ぐな視線をクォヴレーにむけ直すと、
ボソボソと口を開き始める。
「・・・朝礼で」
「え?(朝礼??)」
一体どんな話が始まるのか?
とりあえず首を傾げながら話しに耳を傾けた。
相変らずイングラムはボソボソと話していて聞き取りにくかったが、
話している内容を聞いているうちにクォヴレーは笑顔を浮かべてしまう。
「(やはりイングラムも人の子なんだな。
人並みに悩んだりするんだ・・・くだらない悩みだけど)」
イングラムの話はこんなものであった。
「朝礼でラジオ体操があるのだが・・・」
「へぇ?健康的だな」
「ああ、そうだな」
「・・・で、ラジオ体操がどうかしたのか?
まさか体操を間違って覚えていたから落ち込んでいるとか?」
「・・・いや、そうではない」
「ちがうのか?・・・じゃ、なんだ?」
「・・・・・笑うなよ?」
「・・・・ああ(多分な)」
「俺は最近あることに気がついたんだ」
「あること?」
「・・・・ラジオ体操をしていると、無意識に声が出ている」
「・・・・え?声???」
「『ふぅ・・』とか『あぁ』・・・とか」
「・・・・・・・・ふぅん?(それってそんなに問題なのか??)」
「周りをよくよく見てみれば、
声を出しているのは年配者が多いことに気がついた。
若い連中は声など出していないのだ・・・。」
「(そんなものなのか?・・・ん?ということはつまり・・?)」
「その事実に気がついたとき、正直落ち込んだ。
俺ももうそんな歳なのか、とな・・・・・・」
そう、イングラムはラジオ体操のとき、
声を出してしまったことに悩んでいるらしいのだ。
声を出すのは年配者が多い、という事実に気がついたかららしいのだが、
クォヴレーはそうは思わなかった。
クォヴレーはヨシヨシ、と頭を撫でると頬にそっと唇を寄せる。
「そんなに落ち込むこともないと思うぞ?」
「・・・・落ち込むだろう?普通は」
「どうしてだ?」
「どうして・・・?」
それをお前が聞くのか?という目で咎めるイングラムに、
クォヴレーは首を傾げる。
「お前とは唯でさえ歳が離れていて、日々不安だというのに・・・。
このうえ自分の『親父』ぶりを再認識してしまっては落ち込む」
「・・・それはつまり・・・」
思いもよらなかった告白に赤面しながらクォヴレーはイングラムに抱きついた。
「・・・クォヴレー」
「イングラム・・・!好きだ」
「!!」
「歳なんてオレ達には関係ない。大事なのはお互いを想う心だ」
「クォヴレー」
哀しそうだったイングラムの目が嬉しそうに細まっていく。
彼の首に腕を回し気が済むまま唇を互いに貪った。
「んん・・・っ・・・ん・・・・」
離してはくっつけ、くっつけては離す。
そんな口付けを数分間繰り返したのち、
クォヴレーは濡れた唇でニコっと微笑んだ。
「・・・声が出るのがおかしいのなら、オレなんかとっくにおかしいぞ」
「どういう意味だ?」
「ラジオ体操で声が出てしまうのは気持ちいいからだろ?」
「まぁ・・そうだな」
「オレだってイングラムと一つになっているときは、
気持ちよくて声を出しまくりだぞ?
もし声が出ることがおかしいのなら、
オレはとてもおかしいヤツということになってしまう」
「確かにそういうことになってしまうが・・・・意味合いが違うのではないか?
ラジオ体操と・・・アレの時とは違うだろ??」
「『気持いい』という部分は同じだ!」
「・・・・・(確かに、な)」
なんだか納得しがたいものもあるが、
満面の笑みで慰めてくれている?
クォヴレーを前にしてはこれ以上反発できない。
苦笑を浮かべつつ小さく頷くことで、
この話題は終わらせようとイングラムは思った。
「(確かに、いくら歳を重ねようと別れる気はないからな。
悩むに足らない悩みだったのかもしれん。
俺とした事が・・・愚かだったな)」
「イングラム・・・」
心配そうに目を瞬かせているクォヴレーを優しく抱きしめると、
その耳元で小さくお礼を言った。
「お前の言うとおりだ。
俺は少しセンチメンタルだったらしい・・・。
すまなかったな」
「・・・いいんだ。人間なら悩む時だって・・ある」
「クォヴレー・・・」
ありがとう、と額にキスをし、チュッと唇に啄ばむキスをした。
そしてこの話は終わりだとばかりに、
ニッと黒い微笑を浮かべなおすと、
大きな手は無遠慮にクォヴレーのズボンのベルトにかけられた。
「・・??イングラム???」
「さて、一件落着、ということで先ほどの話しに戻そうか」
「・・・さっきの・・?(ま、まさか・・・)」
黒い微笑が黒くなるにつれ、青ざめていく対照的な二人。
ジタバタと慌てて身を捩るが、すでに遅かったようだ。
「チカンを黙っていた件だ・・・、悪い子にはお仕置きをしなければ」
「そ、それはだから・・・!!わ、わわっ!パ、パンツを下ろすな!!」
「フ、フ、フ、フ」
「『フフフ』じゃない!うわぁぁぁ!
ちょ、ちょっと待っ・・・っ、んっ・・・んんぅ・・・」
「ああ、そうだ・・・、躾けておけば歳の差など・・関係ないよな・・?」
「躾ってなんだ!?お仕置きのことか??
(うぅっ・・!こんなことならもう少し落ち込んでてくれてよかった!!)」
その後、年齢を感じさせない激しさでクォヴレーは一晩中啼かされたそうです。
イングラムに加齢は関係ない、とクォヴレーは心の中で叫び続けていたという。
有り難うございました。
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