〜アインと風邪〜


その日のアインは始終しかめっ面で訓練に励んでいた。
時折手で咽を押さえ、ゴホゴホしている。
次第に頭が朦朧としだし、足元がふらついてくる。

「・・・(フラフラする)」
「アイン!」
「!?」

フラフラとしながら訓練に参加していた為か、
きっと『やる気がない』と思われたのだろう、
その怒号はアインの頭上から聞こえてきた。
しかしその声は何故か耳の遠くから聞こえてきて・・・、
アインは真っ赤な顔で怒鳴ってきた人物に振り返る。

「・・キャ・・リコ」
「さっきから見ていたが、お前いやにフラフラしているな?
 訓練をやる気がないのか??」
「そんな・・・ことは」
「やる気がないのなら出て行け!そしてさっさと処分されるがいい」
「!?」
「我々にやる気のない『人形』はいらん。
 一緒にされ共に処分されることにでもなれば迷惑だ」
「・・!オレは!!」

アインは決してやる気がないわけではない。
ただ身体がだるくて力が入らないだけなのだ。
だがその正体が何なのか、
まだ調整槽から出てきて間もないアインにはわからない。
反論できない悔しさで、
熱に潤んだ目でキャリコを見上げていたら背筋がゾクゾクしだした。
身体は小刻みに震え、目の前が真っ暗になっていく。

「・・・オレ・・は・・・」
「・・・?アイン?」

ようやくアインの異変に気がついたのか、
キャリコのそれまで吊り上がっていた眉が、
今度は心配そうに下へとさがった。(訓練中は仮面をつけていない)

「・・・ぅっ」

ガクン・・・と、膝は崩れ落ちアインは頭を床にぶつけそうになる、が
間一髪のところでキャリコに抱きとめられ頭を打つことは避けられた。

「・・・!アイン??お前・・熱いぞ??」
「・・・うぁ??・・クラクラ・・する・・、咽・・痛い・・」
「!?(まさか・・・)おい!アイン??」

キャリコが心配そうにアインの顔を覗き込む。
青い顔でキャリコを見上げ、懇願するようにアインは言った。

「キャリコ・・・嫌わないで・・・サボっていたわけでは・・・」
「馬鹿が!具合が悪いなら何故早く言わなかった!?」
「・・・バルシェム・・・具合、悪くならない・・・筈・・、
 オレ・・欠陥品???・・・処分、やだ・・・キャリコ・・・離れたくない」
「!?(馬鹿が・・・!)」

アインは震える手でキャリコに訴えながらやがて意識を手放したのである。














「・・・・ん?」

額に何か冷たいものを感じアインは目を覚ました。
すると目の前には心配そうにアインの様子を伺っているキャリコ。
手袋を取った素手でアインの手を握り締めていた。

「・・・キャ・・リ・・コ?」
「!アイン!」

キャリコはどこかホッとした顔で握っていた手を外し、
額に乗っていた氷嚢をどけて熱が下がったかどうかを確かめる。

「・・・・まだ微熱だな・・・だが目を覚ましたなら安心だ。
 ・・・3日も寝ていたぞ?」
「・・・・3・・日・・?」

氷嚢を元の位置に戻し、キャリコは水差しから水をグラスに注ぎ始める。

「アイン・・・お前は調整槽から出てきたばかりだろ?」

水差しをサイドテーブルに置き、グラスを握りながらキャリコは話しかけてきた。
しかし咽が痛いのでアインは小さくコクンと頷くことで返事をする。

「つまり生まれたばかりの赤ん坊と同じだ。」
「・・・・赤・・?」
「生まれたばかりの赤ん坊には『免疫』というものが全くない。
 アイン、今のお前がまさしくその状態だ」
「・・・・??」

キャリコの言っている言葉の意味がわからなく、
青白い顔を少しだけ傾げて『わからない』をジェスチャーする。

「・・・俺は、風邪を引かないだろ?
 ウィルスにだってほとんどのものに感染はしない。
 新しいウィルスは別だが・・・」
「・・・・・・」
「つまりだ、俺は様々な菌に対し既に抗体を持ちえているが、
 お前はまだ菌に対する抗体を持ちえていないんだ」
「・・・・・?」
「お前はまだそこまで訓練を受けていないだろ?
 まぁ、心配せずとももう少ししたら受けるようになる。
 そしたら風邪など引かなくなる・・・・」
「・・・本当・・か?」

キャリコの言葉が真実であってほしい、と願うように
掠れた声で縋るように聞くアイン。

「欠陥品・・・、じゃないのか??オレ・・・ごほっ」
「あたりまだろ?欠陥品なら既に処分されている」
「・・・そうか・・・よかった」
「・・・咽が渇いただろう?水だ、飲んだらもう一眠りするがいい」

優しく微笑みながら握っていたグラスを
アインの口元に差し出す。
受け取ろうと手を布団から出した時、
何故かグラスが手から遠ざかっていった。

「???キャリ・・?」
「・・・寝たまま飲むと零しそうだな」
「・・・・・そう・・・かな?」
「・・・シーツが水で濡れても困るし・・・仕方ない」
「・・・・え?・・・え、んぅ??」

グラスの水を一気に飲み干したかと思うと、
キャリコはグイッとアインの顎を固定してそっと唇を塞いできた。
突然のことにパニックに陥るアインだが、
次第に流れてくる冷たい水を夢中で貪っていく。
咽をゴクン、ゴクン・・・と鳴らし
移ってくる水で乾いた咽を潤していく。

口の中の水が無くなったのか、
ゆっくりと唇を離し、アインを見下ろすと、
発熱とはまた別の熱に犯されたように
キャリコをジー・・・と見上げてきている。
そんなアインの頬を優しく撫でて、
意地悪そうな顔を浮かべると、

「フフフ、アイン」
「?」
「ウィルス抗体を作る訓練は苦しいぞ?」
「!」
「まさしくアレが『死ぬ思い』というのだろうな?」

と、からかい混じりに脅したのだ。
キャリコの口移しで火照っていた熱が一気に冷め、
アインは再び青白い顔になっていく。

「・・・く、苦しい・・のか??」
「あぁ・・・苦しいなんてものじゃない・・・地獄、だ」
「!!!!!!」

ますます青くなっていくアインの顔。
だがキャリコはアインの手をそっと取ると、
優しく握り締めて語りかけた。

「大丈夫だ・・・お前が苦しんでいる時はこうして手を握っていてやる」
「・・・・え?」
「だから決して壊れてはならない。」
「壊・・・れる?」
「・・・あの訓練で壊れるバルシェムも多い・・・、
 だがお前は壊れては駄目だ。ずっと俺の傍にいるんだ・・、
 アイン・・・これは命令だ」
「・・・・・・・キャリコ・・・んっ」

再びアインの唇に唇を寄せるキャリコ。
今度は水を飲ませる為ではなく、『誓い』の為のキスだった。

「・・・キャリ?・・・なぜ・・・?」
「・・・誰かにキスをする答えの行き着く場所はひとつしかないだろう?」
「・・・・!」

確かにキスをする答えなど一つしかないだろう。
本当は嬉しくてたまらないのだが・・・・
本当なのだろうか?とアインは真っ赤になっていく。

「ん?アイン・・・熱が上がってきているようだが?」
「・・それは・・・っ」
「フフフフ、まぁ、いい。さぁ、もう一眠りしろ。
 ・・・・元気になったらきちんと言ってやる」
「・・・・・!!!」

ボボボ、と赤くなるアインを見て面白そうに笑いながら
キャリコはアインの頬に唇を寄せた。
そしてアインが眠りにつくまでずっと手を握ってくれていたらしい・・・。



有り難うございました。 なんとなく作ってみたアインの風邪話。 バルシェムの対菌対策はどのように訓練されたか知りませんが、 ひょっとしたら遺伝子に最初から組み込まれているのかもしれませんが、 私なりに考えた話です。 ちょっぴり甘甘です☆ 実は拍手用SSだったので、 話の展開が早かったりしてます(笑)