〜アインとキャリコ〜
その日は任務もなく、
キャリコはバルシェムたちが暮らしている
宿舎の中庭の木を背もたれに読書をしていた。
本の世界に入り込んだころ、急に視界が暗くなり
本の文字はおろか本や中庭の景色すらも視界から消えてしまった。
すると背後から、景色を奪った人物の声が聞こえてくる。
「フフフフ・・だーれだ?」
その声に、キャリコは頬を綻ばせ、
「・・・んー?だれだ??」
と、わざとわからないフリをする。
「・・・テット?・・・ザイン・・・?」
「・・・・・・」
「・・・ヘー?・・サメフ・・・?それとも・・・」
次々と部下の名前を口にしていく。
だが当然だが後の人物から「正解」という声は聞こえてこない。
・・・それは当たり前だ・・・・。
キャリコは正解の人物の名前を言わないようにしているのだから。
目隠しをしている手がだんだん震えだしていく。
キャリコがいつまで経っても「自分の名前」を言わないので、
おそらくその人物の心は不安でいっぱいなのだろう。
「・・・・・・」
「おや?俺が今まで言った中にはいないのか???」
「・・・・・・」
「・・・ふむ?おかしいな??もう全員言ったはずだが?
一体誰を言い忘れたというのだろう・・・??」
「・・・・!?」
目隠しをしている手から震えが伝わってくる。
「スン」と鼻をすする音と、「うぅ」と泣く声。
その人物を忘れることなど絶対ない筈なのに、
わざとわからないフリをするキャリコ。
だがさすがにこれ以上「意地悪」をするのは心が引けたので、
目隠しをしている手を握りしめて、
「(少し苛めすぎたかな?)・・・・どうした?何故泣くアイン?」
「!?」
握り締めた手を、目の上から優しくどけて上を見上げる。
目を真っ赤にしたアインが「え?」という表情で自分を見下ろしていた。
「・・・まさか俺がお前をわからなかったとでも思ったのか?
悪いが、気配だけでお前だとわかっていたぞ?」
「・・・・!?嘘だ」
「本当だ・・・。だからお前の名前をわざと言わなかったんだ」
「・・・わ、ざ・・と??・・・あ?」
グィッ、とアインを引っ張り膝の上に乗せると、
優しい微笑みをむけて、涙のたまっている瞼に唇をよせた。
「お前の泣き顔が見たくてな・・・。フフ、予想以上に可愛くてキタぞ?」
「・・・泣き顔を・・見たくて・・・?」
ニヤニヤと意地悪い笑顔を向けるキャリコ。
そしてアインはやっとキャリコの意図に気がつく。
キャリコは・・キャリコは自分をからかって遊んでいたのだ。
とたんに全身を真っ赤にしてアインは怒りをあらわにした。
「オ、オレで遊ぶなーーー!!」
「・・・くくくくく・・・はっははははは!!」
「本当に・・本当に傷ついたんだぞ!?」
「・・・はははははっ!!」
「笑うなーー!!オレの涙を返せ!!馬鹿ーー!!」
悔し涙を浮かべてキャリコの胸板を殴り続ける。
だが決して本気で殴っていないので、
キャリコも甘んじて「制裁」を受けていた。
「ばか!ばかぁ・・・!!」
殴る力がだんだん弱くなっていく・・・。
やがて殴るのを止めたアインは、
殴っていた厚い胸板に顔を寄せた。
「本当に・・・本当に・・・心臓が痛かったんだぞ・・・?」
「・・・アイン」
「・・・キャリコの・・馬鹿・・・!嫌いだ!」
「アイン・・・俺は好きだ」
「・・・お前なんか嫌いだ」
「俺は好きだ・・・・だから苛めたくなるんだ」
「・・・嫌いだ」
「好きだ・・アイン」
自分の胸板に頬を寄せ膨れているアインの顎に手を添えると上を向かせる。
するとアインはプイッと顔を背けてしまった。
キャリコは苦笑いを浮かべ、
「すまなかった、アイン」
「・・・・・・・」
「アイン・・・すまない・・・、アイン?」
「絶対に許さない!!」
「・・・絶対に?」
「絶対だ!!」
意固地になり始めているアインに、ただただ苦笑いを浮かべるキャリコ。
せっかくゆっくり出来る日にアインとの喧嘩で終わるのはもったいない・・・、
キャリコは、からかいすぎたことを少しだけ後悔しはじめていた。
「アイン・・・ではどうしたらいい?」
「・・・・・・」
そっぽを向いていたアインはブゥ・・、
と頬を膨らませキャリコを正面から見据える。
そしてゆっくりと瞳を閉じ始めた。
「・・・キスをさせてくれるのか?アイン」
「・・・・・うんと気持ちのいいのくれたら許してやる」
「・・・!了解だ・・・極上の口付けで溶かしてやる・・・。
お前の傷ついたという心を・・・な?」
「・・・・キャリ・・コ」
「アイン・・・・」
「・・・・きゃあ!!」
スペクトラは夢中になって小説を書いていたというのに、
急にソレは奪われてしまった。
一体自分の「最高傑作」を奪ったのは誰なのか!?
と、背後を振り返ると、鬼のような形相のキャリコが仁王立ちしていた。
「・・あ、あら???キャリコ」
「・・・コレ、は何だ??スペクトラ」
「え?」
スペクトラはダラダラと汗を流し、エヘヘヘと笑うしかなかった。
するとキャリコは、ますます険しくなっていく・・・。
「コレ、はなんだ??」
「・・・それは・・そのぉ・・・同人誌?」
「・・・同人誌???」
「いつまで経ってもアインをモノに出来ないでいる貴方を
勇気付けるために私が書いてあげたのよ?」
「・・・・・・・」
「せめて妄想の世界ではアインとラブラブになれますように!てね!」
スペクトラは、冷や汗を流して口先だけで笑う。
必死に弁明しキャリコの怒りを解こうとするが、
言い訳をすればするほど怒りは大きくなるようで・・・
「でっかいお世話だ!!
妄想の世界でアインとラブラブして何が楽しいというのだ!?」
「・・・それは・・・その・・・」
「そ・れ・に・だ!!いつまで経ってもモノに出来ないのではなく!
ただ単にまだ手を出していないだけだ!!」
「・・・・・へぇ?そうだったの???」
疑いの眼差しでキャリコを見る。
そんなスペクトラにキャリコは益々怒りを募らせていく。
「当たり前だろう!?俺が本気になればアインなどいつでも喰える!
ただ紳士な俺は、順序を踏んでいるだけだ!!
いきなり身体を求める紳士はいないだろう??」
「・・・・そうね
(ただ単にアインが逃げるのが上手いだけな気もしなくもないけど)」
「・・・何か言ったか??」
「い、いいえーー!!おほほほほ・・・」
「・・・・・・」
「ほほほほほ!本当に何も言ってないわよ??
あーら?もうこんな時間??さーさ!食堂で夕飯食べましょ〜・・」
「・・・・・・・」
「さーさ!あんたも男なら細かいことをいつまでもグタグタ言ってないで!
食堂に行きましょーー!デザートあげるから、機嫌直して??」
「・・・・・・・・・」
その後、スペクトラは1週間ほどキャリコに変な眼差しで見られていたという。
そしてキャリコに用があって彼の部屋を訪れた時、
自分が書いた『同人誌』がなぜか部屋にあったらしい・・・。
おまけに書いた覚えのない『続き』も書かれていたそうだ・・・・
続きは一体誰が書いてどんな内容だったのでしょうかねぇ??
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