〜遠き夢にて・・・〜
かれこれ一時間もあの可愛らしい声を聞いていない。
アインはベッドの横の椅子に腰掛け、
眉を吊り上げて俺を見てきている。
頬を可愛らしくプクッとさせ、
白目は赤く充血している。
・・・何故アインの白目は充血しているのか?
それは・・・・・・
アインの視線が痛くて俺はサイドテーブルの書類に手を伸ばした。
だが書類に手が触れた瞬間、それはアインによって奪われてしまう。
「・・・・アイン」
「駄目だ!!今日は大人しくしている約束だ!」
一時間ぶりに聞いたアインの声。
だがその言葉は俺の行動を制限する悪魔の言葉であった。
ただでさえベッドにくくりつけられて動けない俺は
仕事が溜まっているというのに、
アインは書類に目を通す、それすらも許してはくれない。
「・・・アイン」
「駄目だ!」
「・・・書類に目を通すくらいなら問題はない。よこせ」
「駄目だ!駄目だったら駄目なんだ!!」
眉を吊り上げたまま首を大きく左右に振り
ジリジリと後退していく。
「アイン」
腕を伸ばしアインの服の裾を掴んだ。
指先でチョコンと摘めたが、
勢いよくアインが服を払ったので指が外れてしまう。
そしてより一層つりあがるアインの形のいい可愛らしい眉・・・。
「お前、大怪我しているんだぞ!?」
「・・・大げさだな・・ただ足を骨折しただけだろ?」
「しただけじゃない!!」
小姑のように顔を真っ赤にさせ怒鳴ってきた。
赤く充血していためが更に充血していくのがわかる。
・・・・アイン、
俺の為に泣いてくれるのか?
「運が良かっただけだ!」
「・・・・アイン」
「今回お前が処分されなかったのは運が良かっただけだ!」
「・・・・・・・」
運が良かっただけ・・・・・。
そう叫ぶアインに、俺は反論の言葉を見つけ出せない。
その通りだからだ・・・。
大怪我をした俺が処分されなかったのは「運」が良かっただけ。
「骨折『しただけ』じゃない・・・・・」
「・・・・・・・」
「『しただけ』ではすまされない。
複雑骨折だったらお前は間違いなく今頃ただの『灰』だ」
「・・・・違いない・・・フフフ・・・」
自嘲しながら俺は笑った。
だがそれがいけなかった・・・・。
アインの眉はますますつり上がり、
目には大粒の涙が・・・・・。
「馬鹿!!なに呑気に笑っている!?」
「・・・・」
「お前、『灰』になりたかったのか!?死にたかったのか???」
「アイン・・・、落ち着け」
俺から奪った書類をグチャッと握りつぶし、アインは叫び続ける。
・・・・ああ、その書類は大事な・・・
いや、それどころではないか・・・・。
「お前はオレと会えなくなってもいいというんだな!!」
「!!アイン」
白い頬を伝う綺麗な雫。
悲しげに揺れ動く瞳の奥でアインは何を思っているのか・・・・?
小さく握られた拳はブルブル震え、俺を睨んでくる。
硬く結ばれた小さな唇もブルブル震えている。
目はもう一辺も白さを残していない。
・・・・俺の為に泣いているんだなアイン?
俺と会えなくなるのはイヤで泣いているんだな?
「お前のオレへの告白はその程度のものだったんだ!
簡単に掃いて捨ててしまえるくらいにちっぽけな!!」
「それは違う!」
癇癪で怒鳴り散らすアインに俺もまた怒鳴り返してしまった。
我ながら大人気ないとは思うが、
俺はアインの言葉が許せなかった。
「掃いて捨ててしまえるほどの気持ちならわざわざ伝えたりはしない。
わざわざ危険を犯してまで伝えたりなどしない」
バルシェムに『心』は必要ない。
ただ主に忠実な『人形』であればいい。
だが、俺は・・・『俺たち』はそんなのはイヤだった。
せっかく『心』があるのだからもっと・・・・・
・・・・もっと・・・・
そのあとしばらくの間、俺たちに会話はなかった。
ただアインは真っ直ぐに俺を見つめ、
俺はアインを真っ直ぐに見つめていた・・・・・。
やがてアインが小さく口を開き始めた。
「オレたちに恋愛はご法度だ」
「・・・・恋愛だけではない、『心』のまま動くこともご法度だ」
「・・・・仲間意識も必要ない」
「その通りだ」
「・・・なのに何故お前はオレに告白してきた?」
握りつぶした書類をサイドテーブルに置くと、
アインはベッドに肩膝を乗り上げてきた。
真っ赤に充血しているアインの瞳。
不安げに揺れているが、何かを必死に語ろうとしている。
「・・・必要ないとされている『心』が訴えたからだ」
「・・・・・」
「アインが欲しい、と」
「・・・・・・」
「どこがどういう風に好きなのか?
そう聞かれても俺は答えられない」
「・・・・・・」
「どれか一つには決めかねるほど、俺はお前の全てが好きだからだ」
「・・・オレは、キャリコの強い信念と心に惹かれた」
「・・・信念?」
「オリジナルを超える」
・・・・そういえば、以前アインに話したことがあったな。
俺の生きる目的はオリジネイターを超えた存在になり
バルシェムの存在意義を証明すること。
アインと出会ってかあはそれが更に強くなった気がする。
「オリジネイターなどこの世からいなくなればいい・・・」
ベッドに乗り上げてきていたアインの顔が俺の胸に寄せられた。
小さな頭を優しく抱きしめてやると
アインは更に顔を埋めてきたのだった。
「アーレフ・・・イングラムなど嫌いだ・・・消えてしまえばいい」
「・・・奴はもうこの世にはいないぞ?」
「・・・・わかっている、だが肉体が滅びた今もあの男はオレ達を苦しめる」
「・・・・・・」
「アーレフは・・・キャリコを苦しめる・・・、
あんな奴、ヴェートもろとも全ての記憶から消えてしまえばいい」
「アイン・・・・」
俺は腕の中のアインを強く抱きしめた。
胸が苦しい・・・。
息が苦しい・・・・。
怪我のせいではない。
アインの気持ちが嬉しくて苦しいのだ・・・。
・・・腕の中のアインが顔をあげる。
そして悲しそうな微笑を浮かべながら、
「キャリコ・・・オレが守ってやる。
イングラムから、ヴェートから・・・守ってやる」
「アイン」
「だからお前もオレを守って欲しい・・・ずっと一緒にいるために」
と、言ったのだった。
アインが俺の背に腕をまわし、ギュっと力をこめてくる。
そんなアインの後頭部に手を回し、上を向かせた。
「もちろんだアイン。お前は俺が守る」
「・・・本当か?」
「本当だ」
「約束だぞ・・・?」
「ああ、約束だ」
「キャリコ・・・・ん・・・」
薄く開かれた唇に唇を重ね、一瞬で離した。
すぐに唇が離れたことを不思議に思ったのか、
アインは首を傾げて俺を見つめてくる。
だから俺は微笑しながら、
「誓いの口付けだ」
と説明したのだった。
暗い部屋のベッドの上で俺はフッと目を覚ます。
何故か頬にあたる空気はひんやりとしたもので、
俺は自分の頬に流れていた涙に気づかざるを得なかった。
アインがアインだったころの夢を見るのは何度目だろうか?
俺を守ると言っていたアイン。
俺の為に涙を流してくれたアイン。
・・・・俺のアインはもうどこにもいない。
アインはアインが最も嫌っていた「男」に奪われた。
頬にある「水分」を拭いながら戦闘服に身を包んでいく。
部屋を出、格納庫へ向かう道で思うのはアインのことばかり。
・・・・アイン、もう直ぐむかえに行く。
お前が言っていた通り、オリジネイターなど消えてしまえばいい。
オリジネイターさえ消えればお前はもとに戻るはずだ。
・・・そうすれば俺のアインへ戻る。
・・・ずっと一緒にいられる・・・・、あの時の約束通りに。
ヴァルクの前に立ち、仮面を被った。
他のバルシェムたちもすでに準備は万端のようで、
次々と機体へ乗り込んでいく。
俺もヴァルクへと乗り込んだ。
「目標はベルグバウのみ・・・・、アインのみ、だ」
生きるものに「オリジナル」など必要ない。
だから・・・・アイン・バルシェム。
バルシェムの糧を外す時はお前と一緒でなくては意味がない。
お前が俺に生きる喜びと意味を教えてくれたのだから
・・・必ず取り戻す。
アインを・・・・オリジナルから取り戻し、
俺は・・・、俺たちはその存在を証明してみせる・・・。
有り難うございました。
すっごくまじめなキャリコ・・・いかがでしょうか??
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