〜アインまで数センチ〜









今日はついていないようだ・・・、
機体が破損し動かなくなるとは。


『わかったわ・・・小1時間ほどでむかえにいけると思うから』
「すまない・・・」
『・・・それは構わないけど、珍しいわね』
「珍しい?」
『キャリコが機体が動かなくなるほどボロボロにされるなんて』
「・・・・アレと交戦するとつい、な。夢中になってしまう」
『・・・未練があるんじゃないの・・・アレ、に』
「・・・・ないといえば嘘だな、アレも貴重な戦力だった」
『・・・それだけじゃないくせに』
「・・・どういう意味だ?」
『自分の胸に聞いてみなさいな、理由はそれだけじゃないでしょう?』
「・・・・それだけだ」
『・・・嘘つきね・・ま、いいわ。あまり動かないでよ?探しにくいから』
「了解」



通信を終えると無意識にため息をついてしまった。
向こうも深手を負ったとは思うが、
機体が動かなくなるほど痛めつけられたのは予想外だ。


それにしても・・・1時間か・・・、結構長いな。
仕方ない、散歩でもしてくるか・・・・。


ヴァルクを木の葉などで隠し、俺はその森を移動し始めた。
地球には何度か来ているが、こうやって森林浴
(といっていいのか分からないが)をするのは初めてだ。
木の隙間から差す木漏れ日がなかなか美しい・・・。


それにしても今日のアインはなかなか手ごわかったな。
まぁ、それはいつものことだが、
確実に『仲間』との『息』があいつつある・・・。
早めに『処分』しなければ本当に取り返しがつかなくなるかもしれない・・。




俺はスタスタとまっすぐに森を歩いていく。
別に目的地などないが、
なんだか咽が渇いてきたので
とりあえず水音がする方向へ足を進めている。


「・・・うっ・・眩・・・!?」

出口のようなものが見え、俺は足を速めた。
森を抜けると太陽の光がまぶしくて一瞬視力を失ったが、
直ぐに取り戻した。
そこで俺がみたものは・・・・・







「・・・くっ・・・ついていないな・・足を挫くとは・・・」







・・・アイン、だと?


・・・・どうやら俺の気配には気づいていないようだが・・・
なにやら眉をよせ、足を泉につけている。
本人の台詞から推理すれば挫いた足を冷やしているようだが・・・。




「・・・はぁ・・ベルグバウは燃料が底をついてしまうし、
 アラドたちとも逸れてしまうとは・・・何をやっているんだか・・」


アインが笑った・・・。
淋しげに笑った・・・・。
自嘲して・・・笑っている・・・・。




俺はしばらくアインの様子を見ていた・・・。
向こうは俺に気がついていないのだし、今なら容易く『処分』出来る。
銃口をアインに向け、トリガーを引けばアインは『壊れる』。

だが俺はソレをしなかった・・・・。
まぁ、アインには捕獲命令が出ているからだろうが・・・。


やがてアインが顔を洗い始めた・・・。
チャンスだ、とばかりに俺はアインとの距離を縮めていく・・・。

何故か心は逸り、歩く速度が早いものになっていく。



・・・そして・・・・



「・・・動くな、アイン・バルシェム」
「・・・・!?」


アインの背後にたどり着くと、後頭に銃口を突きつけた。
ビックリした顔でアインは俺へと振り返る。
そして水で濡れた顔で、

「・・・キャリ、コ・・?」

何故俺がここにいるのか、理解できぬアインは目を大きく見開いて俺を見てくる。
仮面の下でほくそえみながら、ゆっくりと安全装置を外した。

「・・・・っ」

その瞬間、アインの表情が変わった。
足を挫いていて逃げられないからか・・・
覚悟を決めたようにゆっくりと瞼を閉じるアイン。
口元は悔しそうにギュッと結んでいた。

「・・・そのままゆっくりベルグバウの方へ行け」
「・・・・?!」

トリガーを引かない俺に驚いたのか、
それとも言われた言葉に驚いたのか、
閉じていた目をアインは一瞬で大きく見開いた。

「・・・聞こえなかったのか?ゆっくりベルグバウの方へ行け。
 足を挫いていて歩けないのなら、ホフク前進でもかまわん」
「・・・・・・?」

尚もアインは目を驚愕に見開いて俺を凝視してくる。
いつまで経っても動こうとしないアインに、
次第に俺は苛立ち始める・・・そして、

「早くしないか!」

と怒号した。
急に怒鳴られて驚いたのか、
アインは小さく体を竦ませると、
ゆっくりと立ち上がりフラフラとベルグバウへと歩き出した。

・・・時折、チラッと俺に振り返りながら。










「・・・両手を頭の後へ」
「・・・・・・」


ベルグバウの近くにたどり着くと、
ゆっくりとソレを背にして俺に振り返るアイン。
そして両手を頭の後に持っていった。

銃口を突きつけたまま、アインへ近づいていく。
俺が近づいていくたびに、
冷や汗を流しながら、それでもアインは口を開き始めた。
もうすぐ殺されるかもしれないのに、
敵にむかってはむかう度胸・・・。

フフ・・成る程、
バルシェムの根本的な部分は失っていないようだな。

「ベルグバウを奪うつもりか・・?オレを殺して・・」
「・・・まさか、ソレはお前でなければ動かせないことは調査済みだ」
「・・・・・・ではこのまま殺して
 ベルグバウごと仲間の下へ送り返すつもりか?」
「・・・フッ、我々はベルグバウを必要としているのに、
 お前の仲間の下に送り返すわけがないだろう?」
「・・・ベルグ、バウを・・・?」
「不本意だが、ベルグバウにはお前が必要だからな。
 この場では殺しはしない・・・・」

アインの傍までたどり着いた。
顎に銃口をあて、クイッと上を向かせる。
アインは、冷や汗を流しながらも懸命に俺を睨み上げてくる。
だが俺を睨んでくるその目は・・・



「・・・いい瞳、だな・・アイン。」

汚れも穢れも・・・汚いことを何もしらない澄んだ色だ。

「・・・・は?」


俺の言葉に素っ頓狂な声を上げるアイン。
それもそうだろう・・・、
俺だって今言った自分の台詞に噴出しそうになった。


俺もそうとう女々しい男のようだな・・・。



何を言っているんだ?コイツという視線で見られる俺。
俺は口元だけで笑うと、

「・・・コックピッドへ乗り込め」
「・・・コックピッド?」
「変なことは考えるなよ?俺も乗り込む・・・」
「・・・お前も?・・・だが・・」
「なんだ?狭くて入れないとでも言う気か?」
「・・・確かに狭いが入れないことはない、
 オレが言いたいのはそうではなく・・・
 燃料がなくてベルグバウは動かないが?ということだ」
「そんなことか・・・問題ない」
「?」

怪訝そうな顔をしていたが、
俺が銃口を突きつける力を強めると、
アインは渋々コックピッドへ登っていく。

俺はその後に続いてコックピッドの中へ入り込んだ。


「・・・なんだ、少し残っているじゃないか」
「・・・・この量では1キロも移動できない」
「1キロ移動できれば十分だ・・・、キーをまわせ」
「・・・・・?」

眉間に皺をよせ、座席の後にいる俺に振り返るが、
俺が銃口を額に突きつけると、アインは渋々キーを回す。

「・・・そのまま8時の方向へ移動させろ。そこに俺の機体がある」
「・・・お前の?」
「・・・あと20分ほどで向かえがくる。
 俺は自分の機体へ戻らなければならない」
「ベルグバウを足にするつもりか?」

視線だけを俺に向けベルグバウを動かし始めるアイン。
俺は再び口端だけで笑ってみせた。

「まさか、ベルグバウを持ち帰るためには
 俺の機体の傍へもっていっておけば、効率的だろう?」

俺の言葉にアインの眉がつりあがる。
ベルグバウはもっていかせない!と語っている。
俺はそんなアインの態度を無視し、更に言葉を続けた。

「・・・お前も、俺の傍においておいたほうが持ち帰りやすいしな?」
「・・・!?」

ベルグバウの動きを停止し、アインは振り向いてきた。

「人をモノのように言うな!」
「・・・モノ、だろう?少なくともお前はな」
「お前は違うとでも言うような口ぶりだな?・・同じ存在の癖に?」
「俺はお前とは違う・・・選ばれた存在だ」
「・・選ばれた・・・?」

不思議そうな視線を向けてくるアイン。
そして俺を惨めそうに見つめてくるアイン。
何故、俺をそんな目で見てくる・・・?
何故、そんな同情を宿した瞳で・・・・。

「・・・動きが止まっているぞ?
 燃料が少ないんだ、早く動かせ!
 こうして静止している間も燃料は喰われているのだからな!」

ガチッと額に銃口を擦りつける。
アインは一瞬何かを言いた気に口を開くが、
声には出さず再びベルグバウを動かし始めた。





アインよ・・・
お前は何を言おうとした・・・?









ヴァルクの場所まで到着した。
コックピッドから降りるようアインを脅し、
今は二人でヴァルクのコックピッド入り口のあたりに立っている。

「・・・お前のおかげでヴァルクはこのザマだ。まったく今回はついていない」
「・・・・・・・」
「まぁ、そのおかげでこうして2匹も捕獲できたが、な」
「!!?」

ヴァルクのコックピッドの中を漁る腕を止め、
アインが俺に殴りかかってこようとした。
『2匹』と言われたのが気に喰わなかったのか・・・
それとも自分を縛めるためのロープを探させているのが
気に喰わなくてチャンスを狙っていたのか?
(おそらく両方だろうが)アインは俺に向かって飛び掛ってきた。
だが機体同士で戦っているならともかく、
肉体戦では・・・・・

「・・・!!ぐっ!!」

バシッと足をなぎ払うと
アインはそのままヴァルクのコックピッドへと落ちていく。
ドスンッと鈍い音が聞こえてきたのを確かめると、

「ハハハッ!・・・アインよ、丁度よかったな」
「・・・・くっ」

ヒョコッとコックピッドから頭を出し、睨んでくる。
敵意に満ちた目で俺を睨んでくる・・・。
フフ・・・本当にいい目だな、アイン。
人形の癖に、意思を持った強い目だ。

「探しやすくなったんじゃないか?早くロープを探せ」
「・・・・・・っ」
「本当はもう見つかっているのだろう?
 時間を稼ごうとしても無駄だ。
 お前の仲間より、スペクトラが来る方が早い」
「・・・そんなこと、分からないだろう!?」
「いいや、わかる」
「何故だ!?」

ニヤッ、と俺は笑うとその理由を述べてやった。
俺が理由を述べるたびに青くなっていくアインの表情。

「お前達は我々より早く撤退して行った・・・。
 そんなお前が仲間と連絡を取れていたとしても、だ」
「・・・・・取れていたとしても?」
「今までお向かえがこなかったということは、
 おそらくお前の仲間は今、何らかの理由で動けないか、お前を見捨てたということだ」
「・・・・・・!」
「後者は考えられない・・・ベルグバウのこともあるしな。
 ということは必然的に前者だ・・・つまり・・・」

俺は腕を伸ばしアインを引き上げる。

「・・・やめっ!!」

そして更に腕を伸ばし、ロープを手に取った。
やはりもう見つけていたようでアインの直ぐ近くにロープはあった。

「つまり、お前の仲間はまだ当分来れないということだ。
 スペクトラの到着はあと10分ほど・・・、お前に勝ち目はない」
「くっ・・・!」

足を痛めているアインは俺から逃げられない。
俺は易々と手首を後に戒め、ロープを腰にも巻きヴァルクにアインを繋いだ。

「・・・座れ」
「・・・・・っ」

俺に従うのは癪なのか、アインは痛む足を庇いながら立ち続ける。
アインの態度にイラッとしながら俺はもう一度言った。

「・・・座れ」
「誰が座るものか・・あっ!」

俺は手の平でアインを殴った。
その衝撃でアインはバランスを崩し、ヴァルクの上に倒れこむ。
倒れこんだアインの怪我した足首に手を伸ばし、引き寄せる。

「あぁぁぁ!!」
「・・・クククク」
「・・・ぅ・・・く・・・」
「大人しくしていろよ?」
「何を・・する気・・・え?」

小型ナイフでパイロットスーツを破ると、
その部分に俺はコールドスプレーを吹きかけた。
真っ赤に膨れ上がっている足首の腫れが気持ち引いていく。

「・・・お、まえ・・・どうして?」

コールドスプレーを吹きかけ終えると、
こんどはシップを足首に貼り、包帯を巻いていく。
俺の行動が信じられないのか、アインはキョトンとしている。

「勘違いするなよ?応急措置が遅れると治りが遅くなるからだ」
「・・・・・・・」
「そうなればベルグバウを使った実験にも支障が出る、
 だから手当てするまでだ」
「・・・・・・・」



包帯を巻き終えた。
立ち上がろうと顔を上げたとき、アインの髪の毛が頬に触れた。
アインの鼻と俺の鼻がぶつかる・・・・。


・・・アインの息が・・・かかる。
視線は自然と薄く開かれたアインの唇へ向かった・・・。



ああ・・・かつて・・・その唇に・・・俺は触れたことがある・・・。





一度だけだが・・・・・。




任務がなく、中庭で昼寝をしていたアインから目が逸らせず・・・
俺は無意識に薄く開かれていたアインの唇に唇を重ねた・・・・。






アインは知らない・・・・
アインと俺の・・・秘密。





揺れるアインの瞳・・・・。
俺たちはまだ見つめあったままだ・・・。
何故、動かないアイン?
何故、視線を逸らさない、アイン?






『理由はそれだけじゃないでしょう?・・・嘘つきね・・』





ああ、その通りだ、スペクトラ。
理由はそれだけじゃない。



アインの緊張した吐息が顔にかかる。

アインの・・・・

アインの・・・・

アインの熱い・・・吐息。


直ぐ近くに感じるアインの熱。
手を伸ばせば届くというのに、届かない。


アインの距離が遠い。


アインは近くにいても遠い存在だ。



かつても、今も・・・遠い存在。



こんなに近くにいるのに、アインは決して捕まらない。
捕まえることが出来ない。


こんなに近くにいるのに・・・・


アインは遠い・・・・。



アインまで数センチ・・・



だがこの距離はあまりにも近くて、あまりにも遠い距離だ。




有り難うございました。 なんだか切ない感じになってしまいました。 続けるとどうしても「裏」になってしまうので、 ここでちょちょ切らせて頂きました。 ・・・まぁ、続けるかもしれませんが、「裏」で。 この話は「ナイトメア」の別バージョンなんです。 「ナイトメアU」とでも思ってください