どうかしていたとしか思えない・・・



一瞬、漂ってきた懐かしい『匂い』に目が眩んで・・・・



瞼を閉じた・・・・



そうしたら・・・・











〜キャリコとの距離〜














今回は本当にどうかしている。
皆の意見を無視して、キャリコの挑発に乗った・・・。
そして周りをゴラー・ゴレム隊に囲まれて・・・
気がついたら小隊から逸れてしまっていたし、
燃料も底を突いてしまった。





「・・・はぁ・・・これは反省室ものだな・・・
 とりあえず無線を入れておくべきだな」



湖のほとりにベルグバウを停め、とりあえず無線で連絡を入れる・・。
直ぐに連絡はついたが・・・・無線の向こうからは・・・


『クォヴレー・ゴードン!!』

と、怒鳴り声が。
(まぁ、当然だな・・・オレは自分勝手な行動をした挙句
 こうして逸れて、おまけに燃料は底をついているのだし)

「・・・・はい」
『お前は・・・自分がしたことを分かっているの!?』
「・・・・もちろんです、大尉。今回は自分が軽率でした」
『・・・・クォヴレー、貴方の気持ちが分からないわけじゃないわ。
 でも『輪』を乱すのは良くないわね。仲間との協力体制は大切なものよ?
 いくら貴方が一人でほとんどのことをこなせても、ね』
「・・・・承知しています」
『・・・で、怪我はしてない?』
「・・・・・」
『クォヴレー?』
「・・して・・ません」
『・・・・・・』
「本当です!」
『・・・とりあえず信じることにしましょう。
 それでね、申し訳ないのだけどしばらくむかえにいけそうにないのよ』
「・・・・え?」
『今、連邦軍に見つかりそうなの。だから下手に動けないのよ・・・。
 貴方、非常食は何日分持っているの??』
「・・・3日分くらいです・・・オレなら1週間はもつと思います」
『もっと食べなさい!と怒鳴りたいところだけど今回ばかりは貴方の胃袋に感謝ね。
 なるべく早くむかえにいけるよう掛け合ってみるから、とりあえず・・・』
「了解、あまりうろついたりはしません・・燃料もないですし。」
『ごめんなさいね?・・・ああ、アラドとゼオラが心配しているわよ?』
「・・・二人が?」
『合流したらちゃんと謝りなさい。・・・皆にもね』
「・・・了解」
『これ以上の通信は他の敵に見つかる恐れもあるから切るわね?
 1日に2回、暗号文で連絡を入れるから貴方も暗号文で返してきなさい』
「・・・了解です、ヴィレッタ大尉」



無線が切れるとオレはまたため息をつく。
「怪我はしていない」と言ったが、本当は・・・




「・・・くっ・・・ついていないな・・足を挫くとは・・・」




何時、何が起こるのか分からないので、
パイロットスーツは着たままがいいだろう。
多少冷え方が弱まるが仕方ない・・・。
オレはスーツを着たまま、冷たい湖に足を突っ込んだ。
足首の腫れを少しでも和らげるためだ。


それにしても・・・コックピッドにいながら足を挫くとは・・・
オレもそうとう器用だな・・・フフフ・・・。

足を湖につける。
挫いていない足でバシャバシャと水を蹴る。

どうして・・・アイツと対峙すると頭血が上ってしまうのだろう?
冷静でいられなくなってしまう・・・。



「・・・はぁ・・ベルグバウは燃料が底をついてしまうし、
 アラドたちとも逸れてしまうとは・・・何をやっているんだか・・」



普段、ゼオラたちといる時にはあまりやらないが、
オレは口をへの字に曲げて足で水をバシャバシャする。

やっているうちに水しぶきをどれだけ大きく出来るかに夢中になり始め
足の痛みが薄らいでいった・・・。





5分くらい経ったのだろうか・・・?

遊び?に夢中になっていたからか、足も大分痛みが消えてきたので、
胸のモヤモヤを消すため顔でも洗ってさっぱりしようと足を湖から出し、
両手で湖の水を救い顔を洗い始めた。


・・・遊んでいたからか・・・、
顔を洗っていたからか・・・、
足が痛いからか・・・・、

オレはその気配にまったく気がつかなかった・・・・。





「・・・動くな、アイン・バルシェム」
「・・・・!?」

聞き覚えのある顔に、オレは顔も拭かず振り返る。
そして・・そこに居たのは・・・やはり・・・


「・・・キャリ、コ・・?」



何故、この男がここに・・・?


ドクン、ドクンと心臓が早くなる。
頭に銃を突きつけられているし・・・
カチッと安全装置の外される音が聞こえてきたからだ。

その時、オレは『覚悟』を決め、目をギュと閉じた。


まだ、自分を取り戻していないし
こんな場所で『終わる』のは癪だったが、
足を挫いていて動けないばかりか、
今オレは銃すら持ち合わせていなかったのだ。


ここで・・・死ぬのか・・・?
と思った・・・


・・・だが・・・


「・・・そのままゆっくりベルグバウの方へ行け」



かけられた言葉は意外なものだった。



「・・・・?!」



今なんと言ったんだ???
何故、殺さない?
何故、トリガーを引かない?キャリコ・・・?

「・・・聞こえなかったのか?ゆっくりベルグバウの方へ行け。
 足を挫いていて歩けないのなら、ホフク前進でもかまわん」
「・・・・・・?」

だがオレは何も返事が出来なかった。
何故殺さないのか?とそんなことばかりを考えていて、
ヤツの言葉が頭に入ってこなかったからだ。
するとそんなオレにイラついたのか、

「早くしないか!」

と、怒鳴られ、無意識に体が小さく竦んでしまう。
このまま言いなりになるのは癪だが、
下手に反抗して殺されるよりはマシだ。
オレは何とか生き残って自分を取り戻さなければならないのだから・・・。



・・・・それにこんな場所で野たれ死にしては、
アラドやゼオラに怒られるだけでは済まなくなってしまう。
オレはゆっくりと立ち上がりフラフラとベルグバウへと歩き出した。

・・・時折、チラッとキャリコに振り返りながら。








ベルグバウへ近づくと背後から低い声が・・・。

「・・・両手を頭の後へ」
「・・・・・・」


ゆっくりとベルグバウを背にしてヤツに振り返り、
両手を頭の後に持っていった。

銃口を突きつけたまま、オレへと近づいてくる。
キャリコが近づいてくるたびに、
冷や汗が背中を伝うのを感じるが、
それでもオレは口を開き始めた。
もうすぐ殺されるかもしれないのに、
自分でも馬鹿な行動だと思う・・・。


だが、そんなオレの態度に腹を立てるどころか、
キャリコの口元は何故か満足そうに笑いを浮かべている。



一体何故・・・・?

「ベルグバウを奪うつもりか・・?オレを殺して・・」
「・・・まさか、ソレはお前でなければ動かせないことは調査済みだ」
「・・・・・・ではこのまま殺して
 ベルグバウごと仲間の下へ送り返すつもりか?」
「・・・フッ、我々はベルグバウを必要としているのに、
 お前の仲間の下に送り返すわけがないだろう?」
「・・・ベルグ、バウを・・・?」
「不本意だが、ベルグバウにはお前が必要だからな。
 この場では殺しはしない・・・・」

ヤツがオレの目の前にたどり着いた。
顎に銃口をあてられ、クイッと上を向かせられた。
冷や汗を流しなが、必死にキャリコを睨んでいたら・・・

「・・・いい瞳、だな・・アイン。」


意味不明な言葉を言われた。
そんなものだから思わず・・・・

「・・・・は?」



と、間抜けな声を出してしまった。
一体何を言っているんだ?コイツ・・・


オレが怪訝そうに見ていると、キャリコはまた口元だけで笑った。


「・・・コックピッドへ乗り込め」
「・・・コックピッド?」

なんだ??
今度はコックピッド???
ますますキャリコが分からなくなる。

「変なことは考えるなよ?俺も乗り込む・・・」
「・・・お前も?・・・だが・・」
「なんだ?狭くて入れないとでも言う気か?」
「・・・確かに狭いが入れないことはない、
 オレが言いたいのはそうではなく・・・
 燃料がなくてベルグバウは動かないが?ということだ」
「そんなことか・・・問題ない」
「?」


燃料がほとんどないのに問題ないのか???
しかし逆らってもしょうがないので、
オレは足を庇いながら渋々コックピッドへ登っていく。

キャリコはその後に続いてコックピッドの中へ入り込んできた。


「・・・なんだ、少し残っているじゃないか」
「・・・・この量では1キロも移動できない」
「1キロ移動できれば十分だ・・・、キーをまわせ」
「・・・・・?」

何をさせる気だ?
眉間に皺をよせ、座席の後にいるキャリコに振り返るが、
銃口を額に突きつけられ、オレは渋々キーを回す。











その後、何度かひと悶着があったがオレはベルグバウを
ヤツの機体の傍まで移動させた。


・・・・コックピッド内でのやり取りで一番気になったのは、


『俺は選ばれた存在だ』


という一言だ。

オレはその一言が不思議でたまらなかった。
なにを根拠に自分は『選ばれた存在』だと言えるのだろうか?
ひょっとしてこの男は、
誰かにそう吹き込まれ踊らされているだけなのか?
だとしたらそれでは・・あまりにも・・・



だが、オレは何も言わなかった。


・・・言えなかった。



オリジネイターというものに取り付かれなければ、
今、目の前に居るのはキャリコではなく『オレ』だったかもしれない。
今、自分の目の前に居るのは鏡に映った『自分』そのものだ・・きっと。


ただ、与えられた任務だけを黙々とこなす、
戦闘マシーン・・・・。

嬉しい、悲しい、楽しい、怒り・・・、
それら全てを知らずに、ただ兵士として存在し
戦場で散っていたかもしれない。


そう思うと、何故か心臓が締め付けられて、
目の前の男が可哀想に思えて・・・、


オレは何もいえなかった・・・・。







キャリコの機体まで到着するとコックピッドから降りるよう脅された。
そしてあろうことか、この男はオレを拘束するためのロープを
オレに探させ始めたのだ。


自分を拘束するためのモノを自分で探すなど冗談ではないが、
足を痛めている現状では『時』がくるのを待つのが得策だ。
下手に逆らわないほうがいいだろう・・・
そんなわけでオレたちは今、
二人でヴァルクのコックピッド入り口のあたりに立っている。

「・・・お前のおかげでヴァルクはこのザマだ。まったく今回はついていない」
「・・・・・・・」
「まぁ、そのおかげでこうして2匹も捕獲できたが、な」
「!!?」



『2匹』・・・だと!?
人をモノのように・・・・!
逆らうのは得策ではない・・・、
それは分かっているが、何故か体が勝手に行動してしまった。
無意識下でキャリコに殴りかかったのだ。
しかし、足を痛めてふらついている上に、
体格差のせいでオレは・・・


「・・・!!ぐっ!!」

足をなぎ払われ、そのままヴァルクのコックピッドへと落ちてしまった。
しりもちをつくと、その下にロープの気配・・・。


・・・・これで縛られるわけには、いかない!

「ハハハッ!・・・アインよ、丁度よかったな」
「・・・・くっ」

オレはロープをコックピッドの端の方へ寄せ、
ヒョコッとコックピッドから頭を出し、睨んだ。
だがキャリコは面白そうに口端を歪め、

「探しやすくなったんじゃないか?早くロープを探せ」

と、からかうように口を開いた。

「本当はもう見つかっているのだろう?」


そしてそう言ったのだ。
!?・・・ばれている???

「時間を稼ごうとしても無駄だ。
 お前の仲間より、スペクトラが来る方が早い」
「・・・そんなこと、分からないだろう!?」
「いいや、わかる」
「何故だ!?」

ニヤッ、と笑われたかと思うと、ヤツは的確に理由を述べていく。

「お前達は我々より早く撤退して行った・・・。
 そんなお前が仲間と連絡を取れていたとしても、だ」
「・・・・・取れていたとしても?」
「今までお向かえがこなかったということは、
 おそらくお前の仲間は今、
 何らかの理由で動けないか、お前を見捨てたということだ」

あまりの的確さに血の気が引いていくのが自分でも分かった。

「後者は考えられない・・・ベルグバウのこともあるしな。
 ということは必然的に前者だ・・・つまり・・・」

そこまで言うと、キャリコはオレの体をコックピッドから引きずり出し始める。

「・・・やめっ!!」

ジタバタ暴れてはみるが・・・やはりかなわない。
そしてヤツは更に腕を伸ばし、隠した筈のロープを手に取った。

・・・こんなことならもっと慎重に隠しておくべきだったな・・・。
後悔先に立たず・・・か。
グッと唇を噛みしめていると、
上から同情混じった声で話は続けられていく。

「つまり、お前の仲間はまだ当分来れないということだ。
 スペクトラの到着はあと10分ほど・・・、お前に勝ち目はない」
「くっ・・・!」

ロープをビシッとして、縛ることをアピールされた。
オレはこれが最後とばかりに暴れてみたが、易々と手首を後に戒められ、
ロープを腰にも巻かれてヤツの機体に繋がれてしまったのだ。

「・・・座れ」
「・・・・・っ」


このまま終わらせるつもりはない・・・!
これ以上言いようにされてたまるものか!


・・・足が痛むので座りたい気持ちは大きかったが、
オレはキャリコの言葉を無視し座ろうとしなかった。
そんなオレの態度が気に喰わないのか、
キャリコは更に低い声でもう一度、

「・・・座れ」

と言ってきた。だがオレは、

「誰が座るものか!!」

と、反抗を続ける。
すると怒気がキャリコの体中を支配しビンビンとそれが伝わってきた。
そして・・・、

「・・あっ!」


手加減なしの力で頬を張られた。
その衝撃でバランスを保てなくなり、オレは機体へ倒れこんでしまう。
更に怪我をしている足首を強い力でつかまれ、
あまりの痛さに悲鳴を上げてしまった。


「あぁぁぁ!!」
「・・・クククク」

遠くから面白おかしく笑う声が聞こえてくる。
そうかと思ったらつかまれた足を引っ張られヤツの方へ引き寄せられていく。

「・・・ぅ・・・く・・・」
「大人しくしていろよ?」
「何を・・する気・・・」

足の痛みに方目だけでヤツを見ていたら、
小型ナイフを取り出しオレに突きつけてきた。

・・・・刺すつもりか???

確かに・・・あんな小さなナイフでも
沢山刺されれば出血多量で死ねるだろうが・・・。



だが、やつの行動はオレが思っていたこととは違うものだった。

「え?」

小型ナイフでパイロットスーツの足の部分を破かれ、、
その部分にコールドスプレーを吹きかけられる。
真っ赤に膨れ上がっている足首の痛みが少し楽になった。

だが・・だが・・・頭の中は疑問でいっぱいだった。

「・・・お、まえ・・・どうして?」

コールドスプレーが出なくなると、、
今度ははシップを足首にあてがわれ、包帯が巻かれていく。


・・・なんとも見事な『手際』に感心してしまうが、
今はそれどころではない。
何故・・・手当てなどしてくれるのだろう??


信じられない行動にオレはキョトンとしていた。



「勘違いするなよ?応急措置が遅れると治りが遅くなるからだ」

・・・・確かに治りが遅くなるのは事実だが・・それにしたって・・・

「そうなればベルグバウを使った実験にも支障が出る、
 だから手当てするまでだ」

実験???
ベルグバウで何をする気なんだ??




それにしても・・・この雰囲気・・前にも確かに・・・あったような・・??





それは何時だ??


何時のことだろう???


思い出そうとしてみるが、そうすると頭が小さく痛んだ。





包帯が巻き終わった。
その時ヤツが顔を上げた。
するとキャリコが動いた時の微風でオレの髪が揺れ、
キャリコの顔に当った・・・・。



そして鼻と鼻がぶつかる・・・・。


・・・キャリコの息が・・・かかる。
仮面をつけていて見えないが、
ヤツの視線は確かにオレをじっと見ている。



何故、そんなに見つめるというんだ・・・・?


互いに何もしゃべらない沈黙の時間。


気まずい筈なのに、キャリコから目が逸らせない。

そして視線は何故か・・・ヤツの唇へ下降していった。






オレは・・・その唇を・・・知っている・・・・?





何故そう思うんだ???




ヤツは知らないだろうが、
オレはあの時、寝たフリをしていたんだ・・・。



・・・あの時って・・・いつ、だ・・・?


唇は思ったより柔らかくて・・・
それでいて湿っていて・・・生温かった・・・。



・・・なんだ?コレは???
なぜそんなことを知っている??





・・・頭が・・・痛い・・・。
思い出せそうになると、いつもこうだ・・・。



何故??何故???


何故、オレはキャリコから視線を逸らさない?
何故、キャリコはオレから視線を逸らさない???





キャリコの緊張した吐息が顔にかかる。

キャリコの・・・・

キャリコの・・・・

キャリコの熱い・・・吐息。


直ぐ近くに感じるキャリコの熱。
手を伸ばせば届く位置に居る。




だがオレは手を伸ばさない。

伸ばしてはいけない気がする・・・。


キャリコの距離が遠い。


キャリコは今、こんなに近くにいるが遠い存在だ。



かつても、今も・・・遠い存在。



・・・かつて・・・って、いつだろうか??



こんなに近くにいるのに、キャリコは決して捕まらない。
捕まえてはいけない。


こんなに近くにいるのに・・・・


キャリコは遠い・・・・。


キャリコとの距離・・・


この距離はあまりにも近くて、あまりにも遠い距離だ。



その時、森の中を緩やかな風が吹いていった。
オレの髪もキャリコの髪もその風に靡かれ、互いの頬にかかった。

頬にかかったキャリコの髪からは
何故か懐かしいと感じる『匂い』がした・・・。


その時のオレは、
どうかしていたとしか思えない・・・



一瞬、漂ってきた懐かしい『匂い』に目が眩んで・・・・


どうかしていたんだ・・・・。



ヤツの顔がだんだん近づいてくる。



どうかしていたとしか思えない・・・



瞼を閉じた・・・・


オレはゆっくりと目を閉じていく。



そうしたら・・・・



唇にそっと何かが触れた。



それは、思っていたより表面がザラついていて、
乾いていて・・・冷たかった・・・。



そしてその時オレは理解した。


決して縮めてはいけなかった『距離』を
オレは縮めてしまったのだ・・・。



有り難うございました。 『アインまで数センチ』の クォヴレーバージョンです。 ちょっとだけ話が進んでます。 続きは・・・ま、まぁ・・そのうち???