〜Kissの温度〜




唇と唇の間はわずか数ミリ。
けれどキャリコはそれ以上先に進むことが出来ないでいた。
キスだけで真っ赤になってトロトロに溶けるアインが、
キスを本気で拒み、目をウルウルさせているからに他ならない。
ひょっとして嫌われたのだろうか?と思い聞いてみるが、
アインの答えは『好き』であった。


「好きだ!好きでたまらない!
 だが好きだからこそダメなんだ!!」

アインはそう叫び残し、キャリコの前から逃げさっていく。



好き、でもキスは出来ない・・・・。
その理由をキャリコは必死で考えた。





考えて考えて考えた。
だが答えは分からない。

困惑と不安で表情を曇らせつつ
キャリコはアインが走り去った方向へ足を向ける。
アインが立ち寄りそうな場所を1つ1つ除き、
愛してやまない愛らしい『姿』を探した。



そして今は使われていない廃材置き場でやっとその姿を捉えたのだった。




「・・・アイン」


静かな声で話しかける。
蜘蛛の巣と誇りまみれの窓から暗い外を眺めていたアインは、
声の方向へゆっくりと振り向いた。

「キャリコ・・・」

白い手がキャリコの服の端をギュッと掴んだ。
そしてそのままキャリコのふっきんに顔を寄せる。

「・・・好きなんだ」
「・・・ああ」

擦り寄ってくるア細い身体に腕を回し、
アインの耳に唇をよせて『俺もだ』と応える。

「・・・好きなんだ。だからキスは出来ない」
「・・・・アイン・・・、俺にはその理由がわからない」
「・・・・・」

アインの肩に手を置き、揺れている瞳を覗き込んで口を開く。

「好きならキスをしたいのは当然のことだ・・、と思う。
 なのにどうしてお前はダメだというんだ?」
「・・・それは・・・・」

アインの瞳は更に大きく揺れ悲しみを宿していた。

「オレだって嫌だ!キャリコのキスは気持いいし、温かくなれる!
 だが・・・だが・・・!
 オレはキスすることでお前を殺したくない!!!」
「・・・!!!!!????」

今度はキャリコの瞳が大きく開かれる番だった。
一体全体、目の前の少年は何を言っているのだろうか?
さっぱり理解不能である。
信じやすいアインをからかって楽しむために、
バルシェム達はアインによく嘘百八を吹き込んでは遊んでいた。
今回の突拍子もない発言もおそらくそうなのであろうが・・・。
眉間に指をよせ、うーん・・・と唸る。
そして数回の深呼吸で自分を落ち着かせると、
キャリコは改めて聞いてみる。

「具体的に話してくれないか?」

・・・・と。
するとアインは小さく頷くと、ことのあらましを話し始めた。





アインはスパイ行動の情報収集のために地球へ行ってきたという。
そしてそこで『TV』というものを見、
その『CM』とやらでこんな言葉を聞いたらしい。

『キスをすると沢山の細菌が移る』


「オレとキスしたせいでキャリコが細菌に殺されるのは嫌だ!
 それなら一生キスなどしない!
 キャリコには生きていて欲しいんだ!」


キャリコはアインの発言に眩暈を感じた。
呆れて、ではなく、嬉しくて、だ。
気絶するほど嬉しい、とはこの事に違いない。

「バカだな、アイン」
「何だと!!?」

クスクス笑うキャリコに大激昂のアイン。
だから気がつくことが出来なかった。
キャリコの目頭が小さく光ったことに。
嬉しくてこみ上げそうになる嗚咽にもにた症状。
涙を隠す為、アインの腕を引っ張りつつキャリコは言った。

「そんな心配は無用だ。
 我々は細菌には感染しない・・・そうだろう?」
「・・・・あ!・・・っ」

忘れていた事実に、引っ張られながらアインの顔は驚愕する。
互いの吐息をわずか1センチに感じ、
柔らかい唇がそっと触れ合った・・・・・。































































互いの吐息をわずか1センチに感じ、
柔らかい唇がそっと触れ合った・・・・・。


「・・・何をする!!」

パンッ!と小気味いい音が暗い森に響いた。
とっさのことに歯を食いしばるのを忘れ、
キャリコの口端からは一筋の赤い線。


クォヴレーは唇を甲でグイグイ拭いつつ、
ジリジリと身体を後退させていく。



キャリコとやりあいエネルギー切れを起こし、
この暗い森に不時着したのだ。
・・・こともあろうにキャリコと一緒にである。
銃を片手にキャリコの機体に近づくも、
腕をひね上げられ簡単に奪われてしまう。
殺される覚悟を決めるが、
なぜかキャリコはクォヴレーを殺そうとはしなかった。


『お前を始末するのは、今この時ではない』


という理由らしい。
そして何を思ったのか、
クォヴレーを隣に座らせると、昔話をし始めた。
たわいもない訓練の時の昔のクォヴレー『アイン』の様子などをだ。
だがクォヴレーは面白くなかった。
確かにクォヴレーはアインかもしれないが、
クォヴレーはクォヴレーなのだ。
アインの話など聞きたくない。
訝しげに見つめるクォヴレーの視線に気がついたキャリコは、
口端を少しだけ上げ、強引に身体を自分へと引き寄せたのだ。
そしてキャリコの吐息を間直に感じた次の瞬間、
唇は柔らかく温かいモノに塞がれてしまっていた。


『!!ふ?・・・ん、・・・んん・・・く・・』

ヌチャヌチャと動き回る大きな舌。
歯列を舐められた時は正直ゾクッとしてしまった。
けれどクォヴレーは懸命に意識を保ち、
キャリコの頬を思い切り叩くのだった。



唇がはれ上がるほどゴシゴシ拭うクォヴレー。

「ばい菌が移るだろ!!
 病気になったらどうしてくれる!?」

睨みながら必死に叫ぶと、
キャリコは大きく目を見開き、
次の瞬間には声を出して笑い出すのだった。


「くくくく・・・はっはっはっ!」
「な、何が可笑しい!!?」


くくく・・・と、腹を押さえキャリコはゆっくりとクォヴレーを見つめる。

「我々がばい菌・・、細菌に感染したりするものか」
「!?」
「・・・そんなことも忘れてしまったのか?
 憐れを通り越して可愛らしいことだな」
「・・・なっ」

キャリコは立ち上がると膝をパンパンっと叩いた。
そして今まで隠していた銃をクォヴレーの額に当てる。

「・・・・っ」

ゴクン、と息を呑むクォヴレー。
今度こそ殺されるかもしれない。

「お前を殺す気はない。
 だが俺を追いかけてくるなら両手足を撃つ」
「・・・・・」
「細菌に感染はしないが、破傷風にはなるだろうからな。
 ・・・・命は大事にすることだ」

そういうと銃を懐に仕舞いこむ。
そして何を思ったのか、
もう一度、今度は軽く触れるだけのキスを残して
ゆっくりと自分の機体に乗り込みその場を立ち去っていった。


「・・・機体、エネルギー切れではなかったのか??
 アイツ・・・何がしたかったんだ??」

もう姿のないキャリコを追うようにボーゼンと空を見つめるクォヴレー。
唇は風に吹かれ、いつも以上に冷たさを感じさせてくれた。













一方のキャリコは自分自身の行動に苦笑していた。
『アイン』と話したいがためにわざわざ芝居をうった自分が、
滑稽だったのかもしれない。

「・・・心のどこかでまだ諦め切れていないということか」

自分の唇にそっと指を寄せる。
そこはまだキスの余韻で少しだけ塗れているようだ。
そして自身に言い聞かせるように呟き始める。

「オリジネイターさえ追い出せば、
 アインはもう一度戻ってくるに違いない」


例え記憶がなかろうとも、
触れた『アイン』の唇は昔のままだった。
柔らかく、生暖かいキスの温度は変わらないままだ。




自分の唇を舌で舐める。
『アイン』の温もりを閉じ込める為だろうか・・・?


そして、・・・・何かを決意したのか、
キャリコの表情は酷く歪んでいくのだった。



有り難うございました。 とあるCMの台詞で思いついた話です。 そのうちこっそり続きを書きまする☆ やはり私はクォヴレー←キャリコな話が一番好きです。 ラブラブより萌えます!