シリアス小話
 



書類を片手に扉を開けたと同時に銀の髪の少年が部屋へ帰ってきた。

「お帰りなさい」

軽い微笑で話しかけると、クォヴレーは小さく会釈してヴィレッタを見上げ、
それから中の人物に視線を移した。
ひょっとして打ち合わせの最中であったのだろうか?
少しだけ表情を青く変えると、それを察したように肩を叩かれた。

「大丈夫よ、終わったところだから。私は今帰るところ」
「・・・・・そうなんですか?」

考えてみれば自分が扉を開けようとしたときに
勝手に扉が開いて、目の前に彼女が立っていたのだからきっとそうなのだろう。

「気をつけてね、イングラムは少し機嫌が悪いから。」
「・・・・・・」

フフ、と爆弾発言を残し去っていくヴィレッタを見送り、
クォヴレーは改めて部屋の中へ入る。
するとイングラムは一度クォヴレーを一瞥はしたが
直ぐに資料に視線を落としてしまった。
少しだけ不安を表した表情でイングラムに近づいていく。
最近では艦内であれば一人で出歩くことを許可されるようになったクォヴレーは、
暇な時間を見つけては色々な場所に散歩に行っていた。
けれどイングラムはそれを快く思っていないようで、
ヒシヒシと不機嫌なオーラが伝わってくるのだった。

「少佐・・・」

けれどもクォヴレーが小さな声で話しかければ、
不機嫌ながらも書類から視線を上げ答えてはくれる。

「お帰り・・・、遅かったな」
「・・・話しこんでいました・・・楽しかった」
「話し?」

『一体誰と?』と咽まででかかった言葉をイングラムは飲み込んだ。
縛りつけようとするとかえって逃げられる、と
今しがたヴィレッタに注意されてばかりだ。
だから一言、「そうか」とそっけなく返事をし書類に目を戻すのだった。

「それで少佐」
「・・・・ああ」
「・・・オレ、お腹が減りました」
「は?」

普段、食が細いクォヴレーが『腹が減った』と言われればイングラムでなくとも驚くであろう。
何度も目を瞬きさせていると、どんどんキラキラ輝きだしていく。
まわりのことにほとんどと言っていいほど興味や関心を示さない少年の目が輝いている。

「(何かあったな?)」

一瞬でそう察し、黒い微笑を浮かべた。

「珍しいな、クォヴレーが空腹を訴えるとは」
「オレだって人間です!動けばお腹もすく」
「(人間か・・・)随分長い散歩だったからそれも一理ある」

壁にかかっている時計は既に19時をさしている。
夕飯には丁度いい時間だ。
目を通していた書類を机の上に一つにまとめながらイングラムは尋ねた。

「確かにもう夕刻だ。今夜は何が食べたい?」

立ち上がり内線の受話器まで歩いていくと、
クォヴレーはイングラムの腕をとりそれを阻むのだった。

「少佐!」
「クォヴレー?」
「お願いがあるのです」
「お願い・・・?」

珍しい出来事にクォヴレーの銀の髪の上に手を置き頭を撫でる。
初めは抵抗のあったその行為も今では普通に受け流しているクォヴレー。
なぜならイングラムに触れてもらうのは気持ちがいい、と思い始めているからだ。

「今夜は食堂で食べたい・・」
「・・・・食堂で?」

しかしクォヴレーのお願いに一瞬で険しくなっていくイングラムの表情。
クォヴレーとの二人きりの食事を楽しみたいと言うのもあるが、なにより・・・。

「(あの食べ方ではな・・・・)」

明らかに不機嫌に戻ってしまったイングラムの顔色を伺いながら、
練習の成果を見せたいクォヴレーとしてはここで引くわけにはいかない。

「少佐、お願いです」
「・・・・・・・」
「少佐」
「・・・却下だ」
「!!?」

いつものように冷たくあしらわれた。
けれど意外と頑固な正確の持ち主であるクォヴレーは
一度『却下』されたくらいでは諦めなかった。

「・・・イングラム、お願いします!」
「・・・・・」

二人の時はそう呼べ、といわれたとおり階級ではなく彼の名をを呼ぶ。
一瞬形のいい眉が不機嫌につりあがったが、すぐに元に戻し首を横に振るだけのイングラム。
だがクォヴレーは諦めなかった。

「イングラム、お願いだ!」

今度は敬語も止め訴えた。
すると今度はあからさまに不機嫌さを表すイングラムであったが、
気付かない鈍感なクォヴレー。

「おねだりの仕方が下手だな・・・」
「・・・え?」
「こういうときばかり使うのは決して上手いとはいえない」
「・・・使う??(何をだ?)」
「分からないなら、いい。では聞かせてもらおうか?」
「・・・・?」
「なぜ食堂で食べたい?」
「・・・・・・・」

それは最もな疑問であった。
いつもいつも怒られているのに食堂での食事は無謀すぎるというものだ。

「・・・練習したんです・・箸の」
「箸・・・練習・・・?」
「レーツェルさんの所で・・・今・・・」
「!(なるほど・・・・)」

人と話すときは目を見て・・・、
その基本をしっかり教育されているのか、
クォヴレーはどんな時でもまっすぐに見つめて話してくる。
期待と、不安と、恐怖と・・・・、
クォヴレーの目はいつもそうやってイングラムを映していた。

「大分上手くなりました・・・だから・・試したい」

まっすぐに見つめられ、瞳に吸い込まれそうになっていく。
相手が超鈍感でなければ直ぐにでも押し倒して食べてしまいたいほどである。

「なるほど・・・わかった」
「!!では・・・」
「だが今夜は却下だ」
「どうしてです!!」

ムゥ、と感情をあらわにし不満を正面からぶつけてくるクォヴッレーに
苦笑を浮かべるイングラム。

「まずは俺がしっかり見極めてからだ。今夜は試験ということにしよう」
「見極めてから・・・・・」
「それならばいいだろう?・・・・嫌か?」

クォヴレーは頭を左右に振り同意した。
確かに成果を見せてからでないとイングラムとしては不安なのだろう、と思ったからだ。

「わかりました。それで結構です」





















クォヴレーは焦っていた。
部屋には和食が運ばれてきてまさに試験の真っ最中であるからだ。
だが練習の時のように上手くいかず、いつもより食べるのが下手になっている。
正面から呆れたため息が聞こえてくるたびに大きくクォヴレーの身体は震えるのだった。

「机にこぼしている、口の周りについている・・・、手にもついているぞ?」
「!!?」

指摘され慌ててナプキンで拭うが、焦っているので上手く出来ない。
するとまた大きなため息が聞こえてきてクォヴレーは悔し涙を浮かべた。

「・・・どうして?・・・練習では上手く出来た」
「どんな練習をしたのかは知らないが結果はお前が今、身をもって知ったとおりだ。
 ・・・・・まだ当分俺と二人だけの食事だな」
「・・・・はい」

シュン・・と身体を小さくし、箸をおいていつものようにスプーンをとった。
スプーンであれば多少は上手く食べることが出来るようだ。
落ち込んでいるクォヴレーを正面からマジマジと見つめながら
イングラムもまたあと少し残っている食事を片付けていく。
そして食事のたびにある疑問が浮かんでいた。

「(あそこでは本当に食事の仕方を教わらなかったのか???
 まさか毎回誰かに食べさせてもらっていたとか・・・・?)」












食事を終えるとクォヴレーはベッドの上で丸くなっていた。
どうやら悔しいことがあると寝てウサを晴らすタイプらしい。
そんなクォヴレーにそっと近づくとイングラムは髪を撫でてやった。

「そのうち上手くなる・・・気長にやればいい」
「・・・・いい歳して恥ずかしい」
「(いい歳って15位だろ?)人は人、自分は自分だ・・気にするな」
「自分は・・自分・・・・」

優しく頭を撫でてくれるイングラムをクォヴレーは不思議そうに見上げた。
そんなクォヴレーに優しく微笑むと今度は頬を撫でるイングラム。


「なんだ?そんなに見つめて」
「・・・貴方は不思議な人だ・・・なんというか・・他人な気がしない」
「そうか・・・他人な気がしないのは俺もだ」
「・・・しょう・・・んっ・・・」

突然唇を塞がれ軽いパニックになる。
厚い胸板をドンドン叩くが、舌と舌が擦り合わさり始めると、
クォヴレー自身も気付かぬうちに暖かい背に腕をまわしていたのだった。

















「・・・・・ぁ」


やっと熱いキスから解放された時にはクォヴレーは身体に力が入らなくなってしまっていた。
おまけに下半身には熱が集中しなんともいえない状態になっている。
イングラムも気付いているだろうにそのことには触れずに
クォヴレーをベッドから起こしあげた。

「・・・久々に一緒に風呂に入るか?」
「!!!いいです」
「なぜ?男同士だしいいだろ?この部屋の風呂は結構広いしな」
「嫌です!!この前いっしょに入ったときもその前も変なことしてきた!」
「・・・変なこと?」
「さ、触ってきた・・・!!」

真っ赤な顔で逃げを打つクォヴレーが可愛くてイングラムは更に追い詰めていく。

「ああ、そんなことか・・・。かまわないだろ?」
「かまう!」
「なぜ・・・・?セックス、したわけではないだろ?」
「セッ・・・!!????」


鈍感なクォヴレーもエッチな単語の意味は解しているらしく真っ赤になっていく。
そのことが分かってからことあるごとにエロ単語でクォヴレーをからかっていた。

「ただクォヴレーを気持ちよくイかせただけだ」
「イかせ・・・!!??」
「今、下半身がやばい状態だろ?早くイきたいはずだ・・・。
 どうする?一緒に入るなら前以上に気持ちよくイかせてやるが?」
「!!??」

実際、イングラムはまだ相互ていどしか手は出していない。
時折首に噛み付いたり吸ったりして悪い虫がつかないよう
『印』もつけているので問題はないし、今はそれで満足している。
クォヴレーの感じている顔を見れるだけで満たされている今はそれでいい。
もちろんそのうちきちんと手に入れるつもりではあるが・・・・。

「あ、あれは・・・男同士でするものではありません・・・」
「そんなことはない。気持ちいいことに男女は関係ない。
 俺もお前も恋人はいないし、問題はない」
「けど・・わっ!!」
「いつまでもグダグダ言ってないで入るぞ」
「ちょっ・・・!嫌だ・・・!!」

バタバタ暴れるクォヴレーを軽々抱き上げバスルームへ向かっていく。
クォヴレーの身体は不安と期待で一層熱くなっていった。
















「クォヴレー!」

おやつの時間だったのか、紅茶を飲んでいたレーツェルの部屋にクォヴレーは尋ねた。

「昨日は上手くいったのかい?」

妙にスッキリ顔で現れたので上手くいったのだろう、と解釈したが、
クォヴレーは頭を左右に振った。

「駄目でした・・・でも諦めずに続けます」
「そうか・・。だが諦めない精神はいいことだ。
 私もいつでも手伝うから遠慮なく来るといい」
「ありがとうございます」

しかしレーツェルはひとつの疑問が浮かんだ。
上手くいかなかったのにどうしてスッキリ顔なのか?
不思議に首を傾げていたら、クォヴレーの首に小さな痣を見つけたのだった。

「!!」
「レーツェルさん?」

突然大きく目を見開いたレーツェルに今度はクォヴレーが首を傾げると、
しどろもどろに口を開いた。

「クォヴレー・・・」
「?」
「・・・腰・・・いや・・・お尻は平気かね?」
「・・・お尻???」
「痔になったりとか・・・・」
「????いえ・・・別に・・・。どうしてです?」
「あ、いや・・・・(最後までは手を出していないのか??)」

乾いた笑い声を出すレーツェルに訝しげな顔をするクォヴレーであったが、
とりあえず箸の練習を今回もお願いし、
秘密のレッスンがこの後何回か行なわれたのは確かな事実である。

2008/1/14