シリアス小話4
 


自分と彼の間にはそんな遠慮は無用だ、と、ノックもなしに遠慮なく部屋に入る。

「・・・・!」
「(あら?)」

扉が開くと同時に弾かれたようにイングラムは己の唇を拭った。
ん?と首を傾げながら声をかけようとしたとき、
今度は人差し指を自分の唇に当てて静かに首を左右に振ってきた。

「?????」

けれどもその行動の意味が分からなく彼の名前を呼ぼうとしたとき、
スッとイングラムが自分の膝を指したので、
ヴィレッタは思わず顔を綻ばせ、小さく相槌を打ちながら彼へと近づいていく。

「よく眠っているわね」

ボソッとつぶやいてイングラムと向かい合わせに腰掛ける。
彼の膝を枕に眠ってしまっている少年を温かい目で見つめながら。

「・・・今ようやく寝かしつけたところだ」
「・・・寝かし・・つけた????」

赤ちゃんでもあるまいし・・・とキョトンをすると、
イングラムは少し険しい表情で説明してくれた。

「クマを作って何度も欠伸をしているのに一向に寝ようとしないから多少強引にな」
「へぇ・・不眠症?」
「・・・いや・・・」

そうではないんだ、と、クスッと笑ってクォヴレーの髪をかきあげる。
すると、んっ・・と小さく声を漏らしてモゾモゾ動くクォヴレー。
ヴィレッタの方角へ顔を向けると何故か唇が濡れて光っている。
その時ヴィレッタはこの部屋へ訪れたときのことがパッと脳裏に蘇ってきた。
確かイングラムは慌てて自分の唇を拭っていた、ということは・・・・。

「・・・眠らせたのではなくて、唇を塞いで気絶させたのね?」
「人聞きの悪いことを言うな。
 人は疲れているときに気持ちよくなると自然と瞼が重くなるものだ」
「・・・無理やりなことにかわりはないじゃない。
 (可愛そう・・・ウブなこの子にはイングラムのテクニックはひとたまりもないでしょうに)」

哀れな少年に、はぁ・・・とため息をついたとき、
ヴィレッタは少年が大事そうに抱いている一冊の本を目に留める。

「(成る程・・・読書に夢中だったのね)」

記憶をなくしたクォヴレーは、
人の話を聞いたり本を読んだりすることで知識を増やしていっている。
目下、彼の当面の目標がイングラムの部屋にある本を制覇すること、
と知っているだけになんだか微笑ましくて、顔の表情も緩んでしまう・・・が、
緩む前にヴィレッタは顔を強張らせてしまった。

「(・・・苦痛を長引かせる拷問の仕方・初級編・・???)」

クォヴレーが手に持っている本。
大事に抱えている本は10代の少年が読むにはおおよそ相応しくないような内容のようだ。
なんてものを読ませているんだ、と、侮蔑の目でイングラムを見据えると、
何故そんな目で睨まれたのか、早々に理由を悟りきっぱりそれを否定する。

「言っておくが、俺はやめろと反対しているぞ?」
「本当かしら?」
「本当だ、第一・・・」
「?」
「その本を読む前は『苦痛を長引かせて殺す方法・上級編』を読もうとしていたんだぞ?」
「は?」
「流石に宜しくないと思って、あわてて拷問に妥協させた」
「・・・なんで拷問の本なのよ、せめてもっと・・こぉ・・・」

文学小説とか、恋愛小説とか・・・色々あるはずだ。
それなのに何故拷問の本なのか、と、責めないわけにはいかない。

「恋愛小説とかは読み飽きたそうだ。パターンが似たり寄ったりでつまらんらしい」
「・・・あ、そう・・・なら伝記とかは?」
「・・・艦内にある伝記ものは読みつくしたらしい」
「え!?・・・・
 (本の虫なのね・・・まぁ、イングラムがいない間することもないから仕方ないのだろうけど)」

それにしても、もっと違う本があるだろうに、と思わずにはいられない。
ハハハッ・・・と、心の中で空笑いをし、ヴィレッタは咳払いをし気を取り直す。
自分がこの部屋に来た目的を遂行する為だ。

「・・・イングラム」
「なんだ?」
「私、そういえば用があってきたのよ」

クォヴレーのことに驚いて忘れていた、と
微苦笑を浮かべながら持ってきた書類を机の上に広げる。
するとイングラムの眉間に少し皺がよった。

「もうすぐIDの書換え時期よ」

机の上には何もかかれていない書類と、
これまでの書類が並べられている。
前回のを参考に書け、ということなのだろう。
だがイングラムは何故か憂鬱そうな顔をしたのだった。

「・・・イングラム、一つ忠告よ」
「・・・何だ?・・と、言いたいところだがなんとなく分かる」
「・・・何だと思うの?」
「・・・写真、だろ?」

心底嫌そうに問いかけてくるイングラムに意地悪い微笑をニッコリと向けてあげた。

「ご名答よ、貴方、写真写り最悪ね。なにこの眉間の皺は?」
「仕方なかろう?・・・苦手なんだ」
「苦手?写真が???」
「そうだ」
「・・・まさか魂が吸い取られるから、とか言わないわよね?」

からかい混じりに言ってくるヴィレッタに、イングラムはキッと睨んだ。

「当たり前だ!ただ俺は・・・その・・・」
「?」

珍しくイングラムがモゴモゴと言葉を濁している。
これは何か重大な理由でもあるのか?と、
からかうのをやめ真面目な顔に戻すヴィレッタであったが、
すぐにまた噴出しそうになってしまうのだった。

「・・・どうやって写ればいいのか分からないだけだ!」
「・・・・はぁ?」
「特に『少佐〜、もう少しリラックスしてニッコリと〜』
 と、言われると余計強張ってしまう」
「・・・・・・・・・」
「・・・俺はな、ヴィレッタ」
「ええ」
「・・・笑い方がよく分からんのだ」
「・・・は?」

いつもいつも部下相手に黒い微笑を浮かべているし、
クォヴレー相手には女性が卒倒してしまいそうな笑顔を浮かべているではないか。
なのに『笑い方が分からない』とはどういうことなのだろうか。

「・・・愛想笑いの仕方がよく分からない。
 ・・・会話をしながらならできるが、カメラ相手には何故か難しい」
「ふぅん・・・?ならカメラにではなく撮っている人に向かって笑ってみれば?」
「・・・・いや、それもダメだった・・。どうしてもカメラが目の前にあると・・・」
「・・・・不思議ね・・・どうしてかしら???」
「・・・俺もよく分からないが・・・おそらく怖いのだと思う」
「・・・魂を吸い取られるから?」
「ちがう!」

バカにするな!と思わず叫んでしまった。

「・・・・んー・・?・・・・」

イングラムは慌てて自分の口に手をあてがい、
膝の上のクォヴレーを見下ろす。
どうやら起こしはしなかったようだ。
ホッ、と安堵し、再びボソボソ声の会話を始める。

「写真は真実を写す鏡だ」
「・・そう言われているわね」
「・・・離反を考えていた時、生還し、まだ認めてもらえていないとき、
 俺は常々覚えていた・・・心のどこかで・・・・」
「・・・何を?」

聞かずともヴィレッタには分かっている。
だがあえてそれをイングラム自身に言わせることにした。
そうしなければならない、と判断したからだ。

「俺の黒い感情が写真に写されることを怯えていた・・・
 俺はまだ心のどこかで悪魔を飼っているのかもしれないと・・・」
「そう・・・、でも今は違うでしょ?飼っていないのでしょ?」
「そうだな・・違う。飼ってない。
 だがもし・・・そういう自分が映ったらと思うと・・・怖いな。」
「それはなぜ?」
「・・・・失いたくないからだ」






・・・・・何を?






とはもう聞けなかった。
自分の感情を持て余しているのか、滅多に気弱にならない彼の弱い部分を見てしまったからだ。
逆に弱い部分が表に出てきたということは、
それほど大切なものが出来たという喜ばしいことだ。


膝枕をしているクォヴレーのプラチナ色の髪をそっと撫で、
指先に絡ませてイングラムは指遊びをし始めた。
髪の毛が軽く引っ張られくすぐったいのか、
パチンとその手をなぎ払い、
イングラムの腹筋に額をグリグリ擦り付けるクォヴレー。
やがて腹筋に顔を埋もれさせて、更なる眠りについたようだ。

「フフ、・・・可愛らしいわね。普段がクールなだけ余計に」
「そうだな・・・」

イングラムの声色がいつになく穏やかに感じられたので、
思わず顔を上げるヴィレッタ。

「・・・(あら!)」

視界に飛び込んできたのは今だかつて見たこともないほどの眩しい笑顔だった。
目を見開き数秒見入ってしまっていたが、
ハッと気づいてポケットからあるものを探って彼に向きなおした。







パシャッ





「!!?」

一瞬の光と共になった機械音。
驚いて光の方向を向くと、カメラを手にしたヴィレッタがほくそえんでいる。

「・・・お前・・・」
「最高の笑顔だったわよ!今回のIDはこの写真で決まりね!」
「おい!やめろ!!」
「だーめ!貴方の写真は今撮ったこの写真!
 ・・・フフフ、カメラを持ち歩いていて正解だったわね」
「はぁ・・・いつも持ち歩いているのか?」
「まさか!今回はと・く・べ・つ!
 ・・・アヤが知恵を貸してくれたおかげね」
「アヤが?」

つまり今回のヴィレッタの目的は始めから写真を撮ることだったというわけである。

「クォヴレーと一緒ならきっと笑うはずだから、と言っていたわ」
「成る程な・・・、どうでもいいが返せ」
「写真を?」
「そうだ、返せ」
「ダメよ!これはID用だから・・・、あとで焼きまわしてあげるから安心しなさい」
「それはありがとう・・・ん?いや、そうではなくだな・・・待て!!」

しかし必死の静止も聞かず、足取り軽やかに部屋を出て行くヴィレッタ。
クォヴレーが膝にいるため追いかけることが出来ないイングラムは、
ヴぉレッタを静止した時のポーズのまましばらく固まっていたという。

2008/3/9