シリアス小話6
 


人間の視線には慣れているはずだった。
けれども射抜くような真っ直ぐで無垢な眼差しは別物だ。
執務机で気にしないよう端末を弄っていると、
その向こうのソファーで本を読んでいる不利をしているクォヴレーの、
本越しに見てくる『視線』が異様に痛い。
かといって『どうかしたのか?』と聞く勇気もないのもまた事実。
心で小さくため息をつきながら仕事に集中することで忘れることにした。









一方、クォヴレーはここ数日、
目で訴えてみるが一向に気が付いてくれる様子のないイングラムに
多少苛立っていた。
どうやったら自分の願いは叶えられるのだろうか?
眉間に皺を寄せ、とりあえず出来ることから始めようと、
急いで備え付けの小型キッチンへ向かうのだった。











「少佐」
「?」


頭上から聞こえる聞きなれた声に視線だけを合わせ、返事をした。
そこには3時だからか、お茶の乗っているトレイを持ったクォヴレーがいた。

「ああ、もうそんな時間か」
「休憩にしますか?」
「そうだな。折角用意してくれたんだそうしよう。
 3時のおやつ休憩はお前の楽しみの一つだものな」
「え?」

クッと咽で笑いながら意地悪い笑みを浮かべるイングラムに、
クォヴレーは少しだけ機嫌を損ねたようだ。

「・・・拗ねた顔をして、違ったか?」
「拗ねてなどいない!!・・いや・・いないです!
 それに3時のおやつをすっごく楽しみにしているわけでもない・・です」

そんなに子供じゃない、と本人は言いたいのであろうが、
いつもいつもアラドが隠し持っていたおやつを持って尋ねてくると、
ソワソワとお茶の用意をしに行く姿を目撃しているので説得力がない。

「別に可笑しなことではないから拗ねる必要はないだろう?
 大の大人でもおやつを楽しみにしているヤツは沢山いる」
「・・・・・・」

ポンポンといつものように頭を撫で、ご機嫌を伺う。
上目遣いの瞳は多少不機嫌さを残しているが、スッと細められコクンと頷いた。

「・・・本当は・・・楽しみ・・です。
 おやつは好きだ。・・・・幸せな気分になれる」
「甘いものが好きだからか?」

クォヴレーは小さく頷き、そして小さく首を左右に振った。

「?」

クォヴレーがなぜ頷き、それをすぐ訂正したのか分からず首を傾げようとしたとき、

「・・・そうだけど・・・そうじゃない」

と、先に答えてくれたのだった。

「そうだけどそうじゃない?・・・複雑なことを言うな」
「複雑でもないです。
「ほぉ?」
「・・・甘いものを人の心を幸せにする・・・だから好きだ。」

クォヴレーの言葉に相槌を打って同意する。
すると安心したように、その先を続けるクォヴレー。

「けれどおやつの時間にはたまにアラドやゼオラ・・・、
 それに違う人も・・・弾に尋ねてくるでしょう?」
「そうだな、おやつ片手にやってくる」
「・・・オレはそれが好きだ。
 誰かと何かを食べることは・・・楽しい。
 同じものでもより美味しく感じられる・・・だから楽しみです」
「なるほど」
「・・・・それに・・・・、の・・・・・見れたら・・・もっと」
「?」

小さな声でモゴモゴ何かを言っているクォヴレー。
けれど小さ過ぎて聞こえない。

「なんと言ったんだ?」
「・・・だから・・・、あな・・・・の、・・・見れ・・・・しい」
「???????」

その時、ハラリ、と、何かがクォヴレーの胸元から落ちた。

「うわっ!!」

そうとうまずいものなのか、青い顔で急ぎそれを広い再びしまってしまった。
けれどそんなことをされれば気になるのが人間。
イングラムもまたそんな人間の一人で、
当然のようにクォヴレーのポケットへ手を伸ばした、が、
クォヴレーはすばやく胸ポケットを押さえて阻止した。
すると大人気なくも眉を吊り上げ、イングラムは無理矢理奪おうとする。

「何を隠した?その紙はなんだ??」
「な、なんでもない・・・です!!」

なんでもないと言っているのに、
クォヴレーが必死に隠すものだからイングラムもまた意固地になり奪おうとする。

「なんでもないのであれば見せてもいいだろう?」
「嫌だ!!」
「俺はお前の上司だぞ?その俺の言うことが聞けないのか?」
「!」

キッ!とイングラムを睨み、クォヴレーはイングラムの手をなぎ払う。

「上司であろうとプライバシーまで入ってくる権利はないはず!」
「普通であればな、だがお前は違うだろ?『見張られている身』だ。
 したがって俺にはお前を監視する義務があり、権利がある」
「屁理屈だ!」
「何とでも言え。さぁ、見せるんだ」
「嫌だ!!」
「っ!!」

尚も引き下がろうとしないイングラムに、思わず手を振り上げてしまった。
手に当たった肉の感触は生々しく、
部屋に響いた乾いた音は妙に耳に響いた。

「あっ」

見ればイングラムは口を切ってしまったのか、
端から赤い液体が流れてきている。

「・・・少佐・・・オレ・・・」

口を押さえながら青くなっているクォヴレーの腕を掴む。
そのまま自分の元へ引き寄せると、低い声で言った。

「・・・・目上の者に対するこの仕打ち・・覚悟は出来ているのだろうな?」
「・・・・・っ」
「・・・今夜から一人で寝ろ。
 寝ぼけて忍び込んできたら・・・追い出す」
「!!」

あんまりな『仕打ち』に目を見開いた。
無意識とはいえ毎夜のように忍び込んで一緒に寝ているのだから、
『一人で眠る』など出来るわけがない。
けれどイングラムは引き寄せたクォヴレーの胸を押し引き離すと、
さっさと執務机に戻り仕事を再開してしまうのだった。
クォヴレーはシュン・・・と、うな垂れ、トボトボ寝室へ向かうのだった。














イングラムの機嫌を損ねてから数日がたった。
忍び込んできたら追い出す、と言われていたので、
眠らないよう、寝ぼけないようにするために極力眠らないようにしていた。
そのためもともと白い顔色は更に白く青白くなり、大きなクマを作ってしまっている。



その晩もクォヴレーは寝ないように目を開けていた。
けれど数日に及ぶ寝不足は少年の身体には限界で、
うつらうつらしてきてしまう。
そしてとうとう眠さに負け目を閉じてしまうのだった。

















嫌に湿った世界であった。
誰もいない暗闇で目的もなく歩き続ける。
すると突然大きな『闇』が目の前に現れ自分を取り込もうとするのだ。
悲鳴を上げそれから逃げる。
全力で走って逃げる。
やがてソレは見えなくなり、再び闇を歩き続ける。




・・・だがしばらくするとまたあの『闇』が現れるのだ。





・・・・ただ、その繰り返し。


そして・・・・夢か現実か、分からなくなった時、目を覚ました。




「!?」







ガバッと起きると全身汗でビッショリであった。
横を見るとイングラムが自分に背を向けて眠っているので
どうやら寝ぼけて彼のベッドへ移動したりはしていないらしい。
ホッ・・・と息をつくと、サイドテーブルから、
イングラムとこじれる原因となってしまった例のものを取り出した。
それはヴィレッタから貰ったイングラムが微笑んでいる写真を印刷した紙である。

「・・・(見たことないんだ。少佐のこんな優しい笑顔。
 だから心ひかれた・・・、実際に見てきたくて・・・・。
 だがこんなの持っているなど知られたくない・・・。
 恥ずかしい・・・もし、気持ち悪がられたら・・・・・)」

眠っているイングラムに視線を這わす。
広くて大きい背中にクォヴレーは何故か胸が締め付けられた。


・・・・けれど、まだその理由をクォヴレーは知らない。
それはまだ開花していないただの蕾だからだ。
けれど着実に開こうとしている、花。

「・・・少佐・・・・」

目を伏せ、意を決してそっとベッドを降りて彼に近づいた。
そして意識のあるまま彼のベッドへ潜り込む。
広い背中から正面へ腕をまわし、抱きついて頬を背中に擦り付ける。

「(・・・あ、少佐の・・・イングラムの香りだ・・・いい匂い)」

久々の温もりにクォヴレーはそっと目を閉じてそれを全身で感じる。
やがて久しぶりのイングラムに安心してしまったのか、
トロンとなってきてしまった目蓋が完全に閉じられた。


「・・・・・・・」


おきていたイングラムは小さくため息をついてクルンと向き直ると、
正面からクォヴレーを抱きしめて目を閉じたのだった。





2008/3/16