シリアス小話7
 


自分が頑固な部分があるのでそうであってもおかしくはない。
おかしくはないのだが、隠し事は気に入らない。
相手のことは何でも把握しておきたいし、
願わくば閉じ込めてしまい、自分だけを見ていて欲しい、
・・・それが恋というものだろう、と、イングラムは思っていた。
だから例の紙切れを必死に隠すクォヴレーが気に入らない。
隠し事をするクォヴレーが腹立たしい。



『忍び込んで来たら追い出す』


と、思わず子供じみた意地悪をしてしまったが、自分が悪いとは思わない。
悪いのか隠し事をするクォヴレーであってイングラムではないのだ。
ヴィレッタに言ったらどつかれそうであるが、
この考え方を改めるつもりは毛頭い。
淋しそうにトボトボ寝室に向かったクォヴレー。
チラッと見たその背中はとても淋しそうであった。
クォヴレーが悩んだり、考えたりする時ベッドで丸くなることは既に分かっていた。
今回もきっとそうなのだろう、と思いつつイングラムはわざと追いかけなかったのである。
慰めの言葉をかけなければ向こうから歩み寄ってくるかもしれない。
けれど頑固者同士、一度意固地になるとどうにも八方塞で・・・・。
意地を張ったまま数日の時が流れてしまっていた・・・。



夜中、魘されているクォヴレーを見ても素直になれなかった自分。
ここで手を差し伸べてしまったら先には進めない、と尚も思っていたからだ。
こんなにも気持ちを表に出しているのにどうして気づいてくれないのか?
本当にクォヴレーの全てが憎らしくて・・・愛しくもあった。




背後に気配を感じたと同時に暖かい温もりが背中から自分を抱きしめてきた。
確かめずとも分かる。
それはクォヴレーだろう。
ここ最近、イングラムのベッドに忍び込まないよう「眠ること」をしていなかったクォヴレーは、
目の下にクマをつくり、痛々しいほどやつれていた。
そろそろ限界だったのであろう。
イングラムが寝ていると思い込んでそっと背後から忍び込んできた。
背中から回された細い腕が温かい。
背中に触れる頬の感触が気持いい。



・・・・やがて小さな寝息が聞こえてきた。



「(眠ったのか・・・?)」


イングラムは小さくため息をつくとクルリと体を翻し、
眠るクォヴレーを正面から抱きしめて顔を覗き込んだ。

「(やつれたな・・・、寝ていなかったのだから当然か。
 いくら我々が多少の睡眠で行動できるよう訓練されていても、
 クォヴレーはまだ子供だ・・・短い睡眠時間では体がきついのだろうな)」

自分の大人気ない行動を少しだけ、そう、あくまでも少しだけ反省しつつ、
再び自分の腕の中へと戻ってきたクォヴレーをしっかりと抱きしめて、
イングラムも瞼を閉じたのだった。
















「・・・・・ん?」


息苦しさで意識が覚醒し、ゆっくりと瞼が開かれていく。
視線の辺りには青い糸が揺れており、なにやら体が金縛りにあっているかのように重い。
重いけれど前進はぬくぬく暖かかった・・・と、その時だった。

「・・・起きたのか?」
「?」

耳元に心地よい低い声。
ゾクン・・・と体を震えさせ耳元へ視線をやれば、
首筋に顔を埋めるようにしていたイングラムの目と目が合った。

「・・・・っ!!」

しまった!という思いにクォヴレーは身を捩る。
あれほど、忍び込んでくるな、といわれていたのに、
忍び込んだ上、寝こけてしまっていた自分を殴りたい気持ちでいっぱいになりながら。
けれどイングラムの腕はクォヴレーの体をしっかりホールドしているのか、
ちっとも動くことがかなわないのである。
そんなクォヴレーをあざ笑うようにイングラムは白い首筋に唇を寄せ、
その薄皮を唇で吸い上げた。

「・・・・っ・・・ん」
「・・・ああ、クォヴレーの匂いだ・・・落ち着くな」

吸って痕を付けたかと思うと、今度はそこを舐めながらイングラムは言う。
え?と驚くクォヴレーには気づいていないようだ。

「・・つく?」
「ん?」
「・・・少佐、オレの匂い・・・落ち着く・・・のか・・あ、ですか?」
「ああ・・・・」

状態を起こし、クォヴレーの両の頬に手を添え撫でながらイングラムは微笑む。
イングラムの表情はとても優しいもので仲たがいをしている間柄にはとても感じられない。

「!」

クォヴレーは顔を真っ赤にさせ俯こうとした。
イングラムの微笑みはそれほど眩しく、
眩しすぎて痛いので見ていられなかったのだ。
あれほど見たいと思っていた笑顔なのに・・・と、
自分に悪態をつきながら目を逸らす。
けれど頬はイングラムに捕らえられているので視線を外すことはできなかった。

「落ち着く・・・。お前の匂いは俺の荒んだ気持ちを解してくれる。
 ・・・いや、違うな。お前の存在そのものが俺を解してくれているのだろうな。
 だからお前の匂いは落ち着く・・・・好きだ」
「少佐・・・」

クォヴレーは腕を伸ばしイングラムの頭を自分へ引き寄せると、
その首筋に顔を埋める。
大きく息を吸い込み、そしてイングラムの顔を覗き込んで言った。

「オレも・・・好き・・です。
 少佐の匂いは・・・落ち着く・・・。沈んだ心を癒してくれる。
 だから・・・拒絶されて、悲しかった・・・です。
 隠し事したオレが悪いのだけど・・・・知られたくなかった」
「・・・・俺が大人気なかったんだ。
 確かに人間なら知られたくないことの1つや2つあって当たり前だ。
 だが俺はお前のことは全て知っておきたいから
 あんな子供じみたことを言ってお前を傷つけた・・・。
 俺は子供だな・・・クォヴレーよりずっと・・・・」

自嘲するイングラムに小さく頭を左右にふる。
悪いのは自分で、イングラムは悪くないと言いたいのだ。
元来、素直で信じやすい性格の持ち主なので例え相手の方が悪くとも
非は全て自分、と思い込み、ここ数日悩んでいたのだから。

「いえ・・、オレがいけない・・・・。知られたら嫌われると思って怖かったんです」
「・・・嫌う?」

クォヴレーが一体何を隠したのかイングラムは分からないが、
自分がクォヴレーを「嫌う」ことなどありえないと言い切る自信はあるのである。
だから大きく頭を左右にふった。

「そんなことはありえないな。突き放しておいてアレだが、
 俺は・・・お前が好きだから・・・ありえない」
「・・・好き?」
「そう、『好き』だ」

『好き』の言葉にクォヴレーはホゥ・・・と安心した顔になった。
ぎこちない笑顔を浮かべ、ゴソゴソをパジャマのポケットを探る。
そして使いなれない敬語の為か途切れ途切れながら自分の気持ちを伝え始めた。

「オレも・・・少佐、好き。
 ・・・だからこの写真、頼んで・・・もらいました。
 けど、こんなの持っていること知られるのが怖くて・・・つい・・・」
「クォヴレー・・・」

『好き』に甘酸っぱい感情が込みあがってきた。
けれどイングラムは知っている。
自分の『好き』とクォヴレーの『好き』には壁があることを。
だがクォヴレーが秘密を明かしてくれたことで自惚れてしまいたくもあった。
クォヴレーが必死に隠していたあの紙。
その紙にはヴィレッタにだまし討ちして撮られたあの時の「笑顔の自分」がいたからだ。

「貴方の笑顔・・・、こんな笑顔は初めて見た・・あ、見ました。
 この笑顔を見ながら食事が出来たら・・・きっともっと楽しい・・です」
「!」

数日前、モゴモゴ何かを言っていたクォヴレーは
それが言いたかったのだ、と直ぐに分かった。





『・・・・それに・・・・、の・・・・・見れたら・・・もっと』
『・・・だから・・・、あな・・・・の、・・・見れ・・・・しい』









・・・・貴方の笑顔を見ながら食べれたら、きっともっと美味しい。







おそらくそんな内容であったのだろう。
恋の「こ」の字も知らないような鈍感で無垢な好きな人にそう言われると
何故か胸の奥が熱く火照りなんともいえない幸せな気分になってくる。
そして「初めて見た」という言葉を反芻せずにはいられない。

「(・・・クォヴレーの前では笑顔だったと思ったが・・・、
 確かに起きている時には見せていなかったのかもしれない)」

そういうイングラムもクォヴレーの「笑顔」はまだ数回しか見たことはないのだが、
と苦笑を漏らしながら真っ直ぐにクォヴレーを見つめ口を開いた。

「そうだな、食事は笑って楽しく食べるのが一番だ。
 俺と二人きりで食べることが殆どなのだからそう思って当然だな。」
「・・・・・・」
「分かった・・・。これからは笑顔で食べるとしよう・・、もちろんお前もだぞ?」
「オレも?」

そうだ、と頷きイングラムは微笑を浮かべる。
するとそれにつられクォヴレーも不器用ながら微笑んでみせた。

「約束、します・・・笑うのは苦手だが・・・努力・・する・・します」
「俺もだ・・・・・、っ」
「・・・・っ・・・ん・・・」

クォヴレーの口に触れるだけのキスを落す。
それは仲直りのキスに違いなかった。
それがわかったのか、クォヴレーも同じように唇に触れるだけにキスをする。
イングラムは驚いたように小さく目を見張るが、
すぐになんでもないように再びクォヴレーを腕の中に抱きしめると、言った。

「・・・まだ早いからもう少し寝るとしよう。
 最近、寝不足だっただろ?」
「・・・・しかし」
「まだ大丈夫だ。時間になったら起こす、いいから寝ろ。酷い顔だぞ?」

細長く男らしい指がスゥ・・・と目の下をなぞった。
瞼を撫でられもう一度目の下を撫でられる。
優しいしぐさにイケナイと思いつつも瞼が重くなっていく。


「寝ろ」

しばらく見詰め合っていたがイングラムの強い視線に根負けして小さく頷き、
クォヴレーは素直にその腕の中に納まる。






・・・・数秒後、穏やかな寝息が聞こえ始めた。




「・・・(早いな・・・余程寝不足だったのか・・・?
 いや、ただ単に寝つきがいいだけか????
 ・・・それにしてもどうしてクォヴレーは勘違いさせるような行動をとるんだ??
 違うと分かってはいるが・・・・分かっているだけに切ないな)」



無意識にため息をついてしまう。
そんなイングラムをよそに、クォヴレーは幸せそうにムニャムニャと口を動かし、
更に深くイングラムの胸に顔を埋めるのだった。
そしてそんなクォヴレーを苦笑交じりに見下ろしながら、
更に強く抱きしめて時間までクォヴレー観察をすることにした。

「(そういえば、クォヴレーのIDにはまだ写真がついていなかったな。
 戦局が芳しくなくて後回しにしていた・・・・。
 ・・・起きたら写真をとって正式なIDを作ってくれるよう申請するか)」


最もまだ疑われているクォヴレーのIDを作ってくれるかどうかはわからないが、
苦い思いを感じながらも眠るクォヴレーを見つめ頬の肉が緩んでいく。



このあと、部屋を訪ねてきたアラドとゼオラは二人を見て固まってしまったという。
しかしそれはまた別のお話・・・・。


2008/3/20