シリアス小話8
 


突然の警報に艦内は緊張した雰囲気が漂っている。
どうやらかなり緊迫した状況のようで、
イングラムも参戦するよう命令が下った。
自室でパイロットスーツに着替えるイングラムの傍ら、
クォヴレーはだまって着替える様子を伺っていた。

「・・・・・・」

パイロットスーツのファスナーを上げ、
襟にしまわれていた長髪をバサッと外へ出すイングラム。
シャンプーの香がほのかに広がり、クォヴレーは目を細めた。

「(少佐はどうして髪が長いのだろう?男なのに)」

ジッとイングラムを見つめる。
着替え終わったイングラムはクルリと振り返り、
今まで感じていた視線の先にいる主に問いをぶつけた。

「どうした?」
「!?」
「ずっと俺を熱く見つめていただろ?」
「!!熱く・・・・?」
「痛いくらいに目線を感じた」
「・・・・それは」

クォヴレーは口ごもる。
どうして長髪だなどと聞けるわけがない。
真っ直ぐにイングラムを見つめる瞳をユラユラ揺れさせて、
小さく首を左右に振るのだった。
クォヴレーが遠慮していることを直ぐに悟ったイングラムは、
小さく微笑んだあと、もう一度聞いてみる。

「遠慮せず言ってみろ」
「・・・・いいのですか?」
「ああ、まだ少しなら時間はある」

瞳を更に大きく揺らしながら意を決し小さく頷きながら口を開いた。

「少佐は・・・」
「うん?」
「なぜ、髪が長いのです??」
「・・・髪?」

クォヴレーはもう一度小さく頷いた。

「いつも気になっていたのです。
 パイロットスーツに着替える時襟から髪を出すでしょう?
 その時シャンプーの匂いが香って・・・同時に気になる」
「・・・・・なぜ、長いか、がか?」
「ええ」
「そうだな・・・(正直産まれたときから長かったんだが・・・)」

顎に手をあてうまい言い訳を考える。
しかしイングラムにとっては髪が長いことが普通であって、
どうしてか?などと考えたことは一度としてなかったのだ。
考えていると不安に揺れていた目が期待に揺れ始めているクォヴレーが目に移り、
投げやりに答えるわけにもいかなくなっている。

「それは・・・」
「それは?」

何に期待しているのか、何度も目を瞬かせイングラムを見つめてくるので、
イングラムは微苦笑を禁じえない。
しかしうまい理由も思いつかずとりあえず逃げてみることにしてみる。

「次、会うときまでに考えておこう」
「え?」
「出撃の時間だ」
「あ・・・」

酢つげ木の一言に、クォヴレーの目が再び不安げに揺れた。

「大丈夫だ・・・俺は死なない」
「・・そんなことわからない・・・です。誰にも・・・」
「まぁ、そうだが・・・守る約束がある人間は簡単には死なないと決まっている」
「守る約束?」
「俺の髪が長い理由をお前に教えること」

細長いイングラムの指がチョンとクォヴレーの鼻をつついた。
珍しくしてきたイングラムのお茶目な行動に小さく笑うクォヴレー。
その笑顔を確かめた後イングラムの目が真剣なものに変ったのだった。

「クォヴレー」
「?」
「長い髪をした男は嫌いか?」
「・・・・?」

真剣なイングラムの言葉の意味が理解できなかく首をかしげた。

「嫌いか?」

けれど真剣な目で問われるので無意識に首をプルプル左右に振ってしまっていた。
すると目には優しく微笑むイングラムが映る。

「嫌いではない・・・貴方の長い髪は・・・寧ろ」
「・・・・寧ろ?」
「・・・むし、ろ・・・」

クォヴレーはゆっくりとした動作でイングラムへと手を伸ばし始めた。
なんともいえない感情が胸をいっぱいにし今にもあふれ出しそうであった。

「(触りたい・・・少佐に髪に・・・触れてみたい、と思うのは変なのだろうか?)」

クォヴレーの手がイングラムへ伸びていく。
だが、あと一歩でイングラムの髪に触れられる、
というところで夢は儚く散るのだった。

「クォヴレー?」

自分の名を呼ぶイングラムの声に現実に引き戻されてしまった。

「(オ、オレは今・・・・)」

我に返るとどうしようもない羞恥心がつま先から頭のてっぺんまで襲ってきて、
どうしようもなくなっていく。
けれど伸ばした手をそのままにしているわけにもいかず・・・。

「・・あ・・・か・・・」
「?赤?俺のパイロットスーツの色か??」
「いえ、その・・・、・・か、肩に・・・ゴミ、が・・・」
「ゴミ?」

イングラムの肩にそっと触れ、ないゴミを摘み取る。
髪の毛に触れるはずだったクォヴレーの手はそのまま引き戻っていく。

「取れました」
「ああ、すまない」
「いえ・・・」

クォヴレーは目を伏せ顔を背ける。
今、自分がしようとしていた行動がどうしようもなくいやらしいことに思えてきて、
イングラムに顔向けが出来なかった。
そんな様子を、出撃できないから拗ねているのだな、と勘違いしたイングラムは、
ポンッと頭をなで部屋のドアへ向かいだした。

「・・・必ず戻ってくるから拗ねるな」
「拗ねてなど・・・!・・・ただ・・・」
「ただ?」

ドアの前でクォヴレーへ振り返り微笑を浮かべてその先を即す。
だが戦時中は常に無常な時が流れているもの、
ドアの向こう側からイングラムを呼ぶ声が聞こえてきた。

「少佐、お早く!」
「!了解した」

ドアの向こう側の人物に返事を返すと、
もう一度クォヴレーへ振り返りイングラムは言葉を放った。

「帰還したら髪が長い理由を教える・・・それから」
「そ・・れ、から・・・?」

小さな声で聞き返すクォヴレーに、いつもの笑顔で続けた。

「それから・・・・・・」















部屋には既にイングラムの姿はなく、時折大きく戦艦は揺れていた。
けれどクォヴレーはイングラムが出て行ったときの位置に立ったまま、
顔を真っ赤に染めたままである。

「(ばかばかばか!!髪が長い理由を考えながら堕とされてしまえばいいんだ!!)」

クォヴレーには今だイングラムの言葉が理解できない。
理解できていないからいつもの行動にもクエッションマークナのである。
だから今回のイングラムの言い残した言葉も理解に苦しんでいた。



『還ったら精を沢山絞らせろ』



精を絞る=クォヴレーの体を触る、ということなのだ。
まだ決して結ばれていない二人だがイングラムはよくクォヴレーの体を堪能していた。
特に戦場から還ってきた時はねっちこく触ってきて、唇もしつこいくらい重ねてくる。
だがクォヴレーは理解できていない。
はっきり言われていないので理解できないのだ。


ぽすん・・・とソファーに腰掛け、腕で目を覆う。
その瞬間再び大きく戦艦は揺れた。


「少佐・・・イングラム・・・貴方が分からない・・・貴方が見えない。
 ・・・オレは自分わからない・・・。
 だが・・・あの髪に触れたいと思ったのは・・・紛れもない真実だ」


先が分からない戦況のように、
クォヴレーの心も今だ先の分からない戦時中なのである。



なんとなく書きたくなったクォヴレー君の切ない気持ち。 今回イングラムは鈍感です。 2008/4/10