眉間によっている皺はかれこれ1時間は消えないでいる。
御菓子をちらつかせても、ギャグを言ってみせても皺は消えない。
消えるどころかどんどん深いものになっており、
さしものカメラマンも匙を投げだ。
「ゼオラ〜!!助けてくれ!!」
これこの通り!とお願いするカメラマン。
それもそのはず・・・、
彼はかれこれ1時間もクォヴレーと睨めっこをしているのだから。
いや、彼もクォヴレーも睨めっこをしているつもりはないのだ。
クォヴレーのIDを作るために写真が必要なのだが、
肝心のクォヴレーがムスッと皺を寄せてしまうのでどうにも上手くいかないのだ。
偶然に通りかかったゼオラもかれこれ30分はつき合わされている。
だがクォヴレーの表情は変わらない。
「クォヴレー、笑わなくてもいいのよ?普通の顔できないの?」
「・・・・先ほどから何回も言っているとおり、
これがオレの『普通』だ・・・・難しいことを言わないで欲しい」
何回注意してもこの始末。
おまけに普通の顔も難しいときたもんだ。
ゼオラとカメラマンは顔を見合わせ、大きなため息をついた。
そのため息にクォヴレーの皺が深くなったのは言うまでもない。
執務室に戻ると呆れ顔のイングラムがお茶の用意をしてくれていた。
「俺も写真の顔については褒められたものではないが・・・・」
クォヴレーの目の前にマグカップが置かれた。
マグカップからは牛乳のよい香が湯気の力を借りて鼻をくすぐってくる。
だが『ホットミルク』に子ども扱いされている、
と少しだけ気分を害したクォヴレーは本日何度目かの皺をよせた。
しかし大人なイングラムは直ぐに察したのか、
『子供扱い』を否定し、ホットミルクにした理由を言うのだった。
「・・・眉間に皺がよるのはイライラするからだろう?」
「・・・イライラ?」
自分はイライラしているのだろうか?
クォヴレーは皺を少しだけ緩いものに変え、考え込んだ。
記憶がないイライラ。
この前イングラムと言い争ったイライラ。
子供扱いされるイライラ。
戦闘に出れないイライラ。
そして・・・・、
「愛想笑いの出来ない自分に・・・イライラ・・かもしれないです」
と、素直に認めるのだった。
素直なところは短所になってしまう場合もあるがクォヴレーの美徳である。
向かい合わせに座っているイングラムは、
フッと微笑むと小さく頷いた。
イングラムの微笑みに何故かクォヴレーの鼓動は早まったが、
クォヴレーはまだその理由が分からない。
「愛想笑いなど、練習でどうとでもなる。
それよりイライラを沈めるにはカルシウムだ。
牛乳はカルシウムたっぷり・・・、お前にピッタリだろ?」
「・・・・少佐」
サクランボ色に染まる白いほお。
ズズ・・・と音をたててミルクを飲めば、ほんのり蜂蜜の味。
「美味しいです」
「それは良かった・・・、クォヴレー」
「?」
その時、真面目な顔になったイングラムが名前を読んだ。
おもむろに自分のポケットからカードを取り出すと、
イングラムはそれを机の上に置く。
「・・・見てみろ」
「・・・・・!」
クォヴレーの顔が「え?」となり、
マジマジと目の前の人物を見つめる。
それもそのはず、×印がついているからおそらく前のカードであろうが、
IDの写真は信じられないくらい眉間に皺を寄せているイングラムであるからだ。
「酷い顔だろ?俺も実は写真が苦手なんだ」
「・・・少佐も?」
クォヴレーの目が大きく見開いた。
それはそうだろう。
クォヴレーにとってイングラムは何でも出来る大きな存在なのだ。
その彼にも「苦手」があるなど信じられなかった。
「笑って、といわれてもどう笑ったらいいのか分からなかった。
・・・・俺は心に闇を持っていたし・・・なにより後ろめたかった。」
「・・後ろめたい・・・?」
それは何故か?
意味を知りたかったが、
いつも自身に満ち溢れているイングラムの瞳が、
ひどく哀しげに細められたのでそれ以上は聞くことが阻まれた。
聞きたいのに聞けない、このジレンマが嫌だった。
二人の間に妙な沈黙が訪れる。
ズズズ・・・と飲み物を飲む音だけが数分続いたが、
先に沈黙を破ったのはイングラムであった。
「だが、クォヴレー」
「?」
イングラムはポケットからもう一枚カードを取り出した。
クォヴレーはカードを見て、先ほどより驚いてしまう。
新しいIDカードと思しきソレのイングラムは、
満面の笑みを浮かべていたからだ。
「すごい・・・この顔から・・この・・?」
思わずカードを交互に見てしまう。
「・・・その写真、ヴィレッタの隠し撮りだ」
「大尉が?」
一体どうやったらこんな笑顔を引き出せるのか?
ズキッと何故か痛む心臓を押さえながら、
クォヴレーの瞳は大きく揺れ動いていた。
「少佐、オレも笑えますか?
・・・笑いたい・・・本当はおもいっきり・・・」
「笑う機会など、これから先いくらでもある。それにクォヴレー、
その俺は可笑しいことがあったから笑っているわけではない」
「・・・・?」
椅子から立ち上がるとクォヴレーに歩み寄る。
細い手を引きソファーに座らせると、
その細い腰に腕をまわし抱き寄せる。
「・・・好きな人の傍にいたから笑っているんだ」
「・・好きな人・・・?(大尉だろうか?)」
ヴィレッタでなくとも自分ではない誰だろうと、
クォヴレーの表情が曇っていく・・・。
けれどクイッと顎を捉えられイングラムと視線がかち合う。
そして次の言葉にクォヴレーの顔は瞬時に真っ赤に鳴ってしまう。
「クォヴレーと一緒のときだ」
「!!」
「最もお前は徹夜続きで俺の膝で熟睡していたが・・・」
「!」
思い当たるのか、あうあう、と口をぱくつかせる。
だがイングラムはそれにかまわず気障な台詞を続けるのだった。
「クォヴレーと一緒にいると温かくなる。
俺はお前が好きらしい」
「少佐・・・オレも少佐といると温かい・・・
家族ってきっと・・・・・ん、ぅ・・・・」
唇が重なり合った。
イングラムは分かっていた。
自分の好きとクォヴレーの好きにはまだまだ大きな違いがあることを。
だが毎回毎回それを直にきくのは流石のイングラムもこたえるというもの。
だからこうしてキスで言葉を塞ぐのだった。
「ん・・・ぅ・・・ん・・・」
離しては合わさる唇が塗れた音を出している。
クォヴレーが薄く唇を開けば、
イングラムが少しだけ舌を差し入れてきた。
その舌を唇ではさみ自らも舌を出したクォヴレーは、
終いには大きな舌に口の中をおもう様貪られ身体から力が抜け落ちていく。
グッとイングラムが下肢をクォヴレーの下肢に押しつけてくる。
「(普通、家族ならこんなことはしないんだぞ?
分かっているのか・・・・?クォヴレー)」
クォヴレーの下着の中に手を突っ込むと、
心得たようにクォヴレーも直にイングラムに触れてくる。
キスをしながらお互いを慰めあう。
クォヴレーは全身で悶えながら必死にイングラムの手の動きを真似た。
そして唇が離れ、彼の唇が耳元に移動してきたと同時に、
低い唸り声が聞こえ、クォヴレーもイングラムの手に白いものを放っていた。
イングラムの手がクォヴレーの頭を撫でながら覗き込んでくる。
息を乱すクォヴレーはイングラムの頬を人差し指で撫でつつ、
あるお願いをしてみることにした。
「イングラム少佐・・・今度写真を撮るとき、一緒にいてくれますか?」
「一緒に?」
「少佐、オレと一緒にいたから笑えた・・・。
オレもきっと笑えるとおもうのです・・・少佐がいれば・・・。
オレは・・・心が・・・嬉しいか・・・んぅ」
またも最後まで言い切ることなくキスで塞がれてしまっていた。
執拗亜なキスは考える力を奪っていくが、
イングラムが耳元で「わかった」と短く返事してくれたので、
ほぉ・・・と身体から力を抜き、
クォヴレーは目の前の快感に身を委ねるのだった。
「いーい?アラド」
「おう!皆からギャグ教わってきたからぜってー笑わせてやる!」
イングラムの部屋の前で、「よし」とお互い見終わったあと、
ゼオラは勢いよく扉を開けた。
だが直後に飛び込んできた光景にすぐに石になってしまう。
あとから続いて入ってきたアラドは言うまでもなく石だ。
それもそのはず、クォヴレーとイングラムがソファーの上、
抱き合う形で昼寝をしていたのだから。
「はぁ・・・びっくりした〜」
アラドは戸惑いをかくすことなく二人に近づいた。
だがクォヴレーの顔を覗き込んだ瞬間カメラを持つゼオラを手招きして呼び寄せる。
「なぁに?」
首を傾げれば、シー・・と口に指を当てたアラドがクォヴレーを指差す。
首をかしげながらも言われたとおりクォヴレーをみればゼオラは思わず微笑んだ。
「言いか顔ね!」
「な!イングラムさんもいい顔〜・・・、IDで目、瞑ってちゃだめなんかな?」
「ダメだとおもうわよ?
・・・・でもイイコトは思いついたわ」
「いいこと?」
目をパチパチさせ見慣れた女の子を見つめる。
ゼオラはニッコリ微笑んで、こう答えたのだった。
「今度はイングラムさんをつれていけばいいのよ。
そうしたら笑ってくれるわ」
その後、イングラムを傍らに無事写真をとり終えたクォヴレー。
けれどその顔は笑顔は笑顔なのだが、
少しだけ頬に赤みが差しており、
なんだか恥ずかしいことに耐えているような顔だったという。
写真を撮るさい、何かを耳打ちしたイングラム。
果たして何を言ったのかは・・・・、誰も知らない。
・・・・クォヴレー以外は。
ありがとうございました!
久々の更新ですね!
2008/9/1
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