シリアスBL2
 


「(今夜もか・・・・)」

忍び込んできた相手に気づかれないよう深いため息をつく。
いや、忍び込んできた、というのは適切ではないかもしれない。
なぜなら当の本人は『自分のベッド』へ戻ったつもりなのだから。

「(・・・・据え膳喰わぬは・・とはいうが・・確かに辛いな)」

夜中、トイレに起きクォヴレーは自分のベッドではなく、
イングラムのベッドに戻ってくる、というのを最近度々起していた。
初めは驚いたイングラムも、
回を重ねるごとにクォヴレーの無意識の行動に注意できないでいた。
なぜならトイレから戻ってきたクォヴレーは、
しばらく布団の中でモゾモゾ身動きをし、
やがて自分の身体がスッポリ収まる位置を見つけると
そのまま夢の世界へ旅立っていってしまうからだ。
スッポリ収まる位置を見つけるまでの間、
クォヴレーの眉間には絶えず皺がよっている。
だが、イングラムの腕の中で居場所を見つけると
安心したように皺はとれ安眠に堕ちるのだ。
そんな様子を目のあたりにしていては、
さしものイングラムも注意できなかったのだ。

それに時々うわごとのように呟く言葉も気にかかっている。
苦しそうにうめき、身体を震わせながら毎回同じ台詞を呟いているのだ。




『許してくれ・・・、キャリコ』


と。



苦しそうにしかめられる眉、
何かに怯え震える唇。
イングラムは薄く開いた唇を優しく指で撫でた後、
いつものように優しく唇を寄せ啄ばんでやる。
すると心得たようにクォヴレーもイングラムの唇を啄ばんでくるのだ。
その行動にイングラムの胸は締め付けられる。
無意識であっても、与えられる口付けに応えてくる少年。
よほど慣らされているのか、
唇を寄せればイングラムの唇を啄ばんでくるのだ。


部屋に唇の音が静かに響く。
イングラムが唇を離せば、クォヴレーは己の唇をペロリと舐め、
やがてイングラムの胸に顔を埋め眠りに落ちていく。
クォヴレーの頭に手を添え、優しく撫でる。
そして穏やかな寝息に誘われるようにイングラムもまた眠りに落ちていく。




胸に、何かを引っかからせたまま・・・・。
















〜同じ遺伝子の別人〜












目の前で青くなっている少年に噴出しそうになるのを抑えるのに必死であった。
クォヴレーはベッドの上で正座をしながら青くなっている。
その表情は、『またやってしまった』という顔で・・・。

「申し訳ありません、少佐・・・。オレ、また・・・」

身体中に暖かな温もりを感じながら目を覚ませば、
クォヴレーの目には厚い胸板が飛び込んできたのだ。
クォヴレーにはそれが何であるか瞬時に理解できた。
なぜなら既に何度となく迎えているからだ。
同室の上司の腕の中で朝を迎えるという失態を。

青くなりながらうつむいているクォヴレーに、
心の中では微笑みつつも。
いつも通り冷静な口調でイングラムは話しかけた。

「気にするな。流石に俺ももう慣れた。」
「・・・申し訳ありません」
「だから気にするな、と言っている。」
「・・・しかし!」
「くどい!俺はしつこいのは好きではない。」
「・・・・・・」

唇を噛み締めクォヴレーの瞳が感情に揺れ動く。
感情の変化に再び心の中で微笑むイングラムであるが、
表面上はいつにもましてクールに口端だけの笑顔を浮かべて見せた。

「それより早く着替えろ。出掛けるぞ」
「・・・・え?」


 
ベッドから降り、着替え始めながら言い捨てたイングラムに、
わけが分からずクォヴレーは目を瞬かせる。
白い制服を纏い終えると、
クォヴレーのクローゼットから制服を取り出し放り投げた。

「!!」
「早くしろ。今日は出掛ける、と言ってあっただろ?」
「え?」

何度も目を瞬かせイングラムを見つめる。
それもその筈、『出掛ける』などとクォヴレーは一切知らされていなかったのだ。
釈然としないクォヴレーの態度に首をかしげながら、

「昨日言っただろ?」

と、聞く。
しかしクォヴレーは首を左右に振ってそれを否定した。

「聞いてません。今、知りましたが・・・?」

すると今度はイングラムが目を瞬かせた。
そして顎に手を当て、昨日のことを反芻する。

「(・・・言わなかっただろうか?)」

しかし当然のことながら、言ったつもりであったので、
どうしても言ったか言わないかは思い出せない。
考えても埒は明かない、と目を細め再度着替えるよう即すのだった。

「では今言おう。今日は出掛けるぞ。
 本来ならリュウセイたちに行って貰う所だが、
 残念ながら今はいない。
 したがって俺が行くことになったわけだ。」
「????リュウセイ???(誰だ??)」

のろのろと着替えを始めながらも、
聞きなれぬ『名』を前にクォヴレーは首を傾げる。
舐めるようにクォヴレーの着替えを無意識に見つめながらも、
心得たようにイングラムは説明を始めた。

「リュウセイ・ダテ。俺の部下だ。他にヴィレッタとライと・・・」
「ヴィレ・・・?うぅ・・・・!?」
「クォヴレー?」

その時、クォヴレーは急に頭を抱え苦しみだした。
慌てて(けれども動作は至って冷静であったが)クォヴレーに近づくと、
額に手を当て容態をうかがう。

「どうした?」
「・・・あ、・・く・・急、に・・あたま・・・が」
「頭?」
「・・・ヴィレ・・ッタ・・という・・名前に・・あたま、が」
「!?」

苦しげに眉を寄せ頭を抱えこむクォヴレー。
その苦しんでいる顔は、夢を見て魘されている表情と告示していた。
何かを思い出そうとしているのだろうか?
確かにクォヴレーが虚ろな存在の一人ならば、
『ヴィレッタ』に反応してもおかしくはない。
イングラムは何かを打ち消すように小さく頭を左右に振ると、
額に手を当てたまま、反対側の手で優しく頭を撫でてやった。

「大丈夫だ。何も心配することはない」
「・・・ぅ・・・しょう・・さ?」
「目を閉じて、横になるんだ。そしてゆっくり深呼吸だ」
「・・・・・・」

言われたとおり目を閉じ横になり、何度も深呼吸を繰り返す。
イングラムの声にあわせ深呼吸を繰り返すうち、
次第に頭痛は消え楽になっていく。
頭痛の激しさで目には涙が浮かんでいる。
ぼやけた視線の先に『怖い上司』を見れば、
口角は下にさがり、微笑んでいるようだった。
クォヴレーの胸に熱く締め付ける何かが湧き上がってくる。
だがクォヴレーにはそれがなんだかわからない。



・・・・・その後、クォヴレーの顔色が完全によくなるまで、
イングラムはずっと頭を撫でていてくれたという。


















「・・・ふむ?こんなものか?」

書いてきたメモと睨めっこをし、イングラムはボソッと呟く。
抱え込んだ袋からは溢れんばかりにいろんなものが詰まっている。
クォヴレーはそんな荷物を睨み上げながら、手を伸ばした。

「少佐、少し持ちます」
「・・・・大丈夫だ」
「・・・けど」
「問題ない。今朝方倒れた人間に荷物もちをさせるほど俺は鬼ではない」
「・・・・・!」

すげなくクォヴレーの申し出をあっさり断ると、
イングラムはスタスタと歩き出した。
そんなことを言われてしまっては完全に何もいえなくなってしまい、
慌ててその後を小走りで追うクォヴレー。
時刻はもう直ぐ3時になろうとしていた。
本来なら『買出し』は午前中に済ますのだが、
クォヴレーが頭痛を起したため、こんな時間になってしまっていた。
身体を小さくさせて何度も謝罪したが、
イングラムにあっさりと『気にするな』と返され、
クォヴレーはますますやりきれない思いでいっぱいであった。
歳相応に落ち込む姿とその表情に、
一人イングラムが心で微笑んでいることなど知る由もなしに。

「少佐!・・・・わっ」

小走りに背を追いかけていたら、
急にイングラムが立ち止まったため思わず彼にぶつかってしまう。
赤くなった鼻を押さえながら、振り向いた彼を見上げたら、

「お茶でもしてかえるか」

と、クォヴレーの頭にポンッと手を乗せてきたのだった。

「もう3時だからな、丁度お茶の時間だ。
 俺も小腹が好いてきたし、お茶をしてかえるぞ」
「・・・え?」

頭の上に置いた手でクォヴレーの頭を強引に縦に頷かせると、
ワザとらしい笑顔を浮かべたのた。

「よしよし、お前もお茶をしてかえりたいんだな?」
「は?(オレは何も言ってないぞ??)」


強引とも言える行動に、
クォヴレーは半ば唖然としながらイングラムを見上げ
彼の言葉に従うしかなかった。
目を何度も瞬かせ、ぽかーん、としているまぬけな顔が
不覚にも可愛い、と、すっかりクォヴレーに目を奪われていることに
イングラムは気が付かなかった。
そして浮かれてしまっている今だからこそ
気が付かなかったのかもしれない。
イングラムたち二人を見つめ黒い微笑を浮かべている男に。
男はかけていたサングラスを外し、ゆっくり後を付け始めたのだった。













子供には高級すぎやしないか?というその喫茶店。
メニューを見て、クォヴレーは更に冷や汗を流す。
それもその筈、紅茶1杯が相場の3倍くらいの値であったからだ。

「決めたのか?」
「・・・いえ・・その・・(高い!)」
「俺はコーヒーとクッキーにするが?」
「(少佐がクッキー??)・・・オレは・・その・・・み」

『水』と言いかけたその時、イングラムは目を細め一括する。

「水、は却下だ。早く決めろ」
「!!・・けど・・・」
「早くしろ」
「だけど・・・その・・・」

困った、とメニューとイングラムを交互に見ながら、
やがて諦めたように一番安いと思われるメニュー名を口にした。

「・・・ミックスジュース」
「れだけでいいのか?」
「・・・ええ」

ジッとクォヴレーを見つめた後、ベルを鳴らしウエイトレスを呼ぶと、
イングラムは先ほどの3つの他に、もう一つ頼むのだった。

「それからこのバナナチョコクレープも」
「かしこまりました。ご注文は以上で宜しいでしょうか?」
「ええ。以上です」
「かしこまりました。」

恭しく一礼し、ウエイトレスが去っていく。
ウエイトレスが完全に見えなくなったのを見届けると、
小声でクォヴレーは訴えた。

「困ります!!」
「何が困ると言うのだ?食堂に行くたび、
 『甘いもの』を見ては物欲しそうにしているくせに」
「な!?」

白い顔を真っ赤に染めクォヴレーは唇を噛み締めイングラムを睨んだ。
確かにクォヴレーは『甘いもの』を食べたいと思うことが多々あるのは事実だ。
しかし物欲しそうな顔などしたことはないと自信をもって言える。
なぜなら自分が他の人に比べ、感情が乏しいということを自覚しているからだ。
なのに何故この男は気が付いたのだろうか?
クォヴレーは不振に眉をよせた。

「・・・まぁ、お前が甘いものを食べたがる理由はよくわかる」
「・・・少佐?」

一体何を言っているのか?
ますます不信感を抱いてイングラムを見つめるクォヴレー。
警戒心を体中に纏い、見つめてくる様子に微苦笑を浮かべ、
小さな声でなんでもない、と首を横に振る。

「(子供は甘いものに目がないからな。
 この子がなぜこの年齢からのスタートなのかは分からないが、
 身体が子供なら当然味覚も子供なのだろう。
 ・・・それにあそこは甘いものとは無縁であっただろうしな)」

目を閉じ、遠い過去を思い出そうとしたその時、
ポケットの中の緊急呼び出しコールがけたたましく震えだした。
眉をしかめ、席を立ち上がると、

「きたら先に食べていろ。俺は少し席を外す」

そういい残し店の外に出て行ってしまう。
それとほぼ同時に先ほどのウエイトレスが注文したものを持ってきた。
クォヴレーはしばらくイングラムの帰りを待っていたが、
窓の外から見える彼はまだ帰ってくる気配を感じさせない。
仕方なくフォークを手に持ちクレープにさしたその時、
背後から声をかけられた。

「待たせたな」
「!」

びっくりして振り返ると、そこには『イングラム』が立っていた。
いつの間に?と、慌てて窓を見るとがそこにはもう誰もいなかった。
『イングラム』が目の前にいるのだから当たり前のことなのだが、
クォヴレーは何故か寒気がとまらない。

「(??なんだ???)」

『イングラム』は目を細め、笑うと
クォヴレーの肩に手を置いて化粧室の扉を指差した。

「・・・ここでは人目が目立つ。あそこに行こう」
「・・・・・?」

呼び出しはよくない連絡であったのだろうか?
そうでなければ『人目のつかない場所』で話をする必要はないはずだ。
得体の知れない違和感を感じながらも、
クォヴレーは小さく頷き、化粧室へ向かうのだった。
黒く微笑む『イングラム』に背を向けながら。









化粧室の扉を開ける。
高級な店にふさわしくトイレの内装のも素晴らしい。
化粧室に完全に身体を入り込ませると、
背後の『イングラム』も入ってきて中から鍵をかけた。
個室でもない化粧室の『入り口』になぜ鍵をかけるのか?
驚きに振り返ればクォヴレーは声を発することが出来なかった。
先ほど感じた違和感に気が付いたのだ。
男は『イングラム』と同じ白い制服を纏っている。
けれども前髪は横わけではなく真ん中で別れ、
よく見ればイングラムより髪が短いようだ。
けれどもよく似ている。
体格も、声も、しゃべり方すらもイングラムとよく似ていた。
男は口はしに笑みを浮かべゆっくりとクォヴレーに近づいていく。
けれどクォヴレーも後に下がっていくので二人の距離は縮まらない。

「・・・・アイン」
「・・・・?」

聞き覚えのない名前を男は口にした。

「何故逃げる?アイン」
「・・・・っ」

男の歩幅が大きくなった。
そしてウォヴレーの背が壁にぶつかりそれ以上後退できなくなる。

「その髪はどうした?・・・ヤツに怪しまれないよう染めたか?」
「・・・髪?」
「連絡がないから心配した。・・・アイン、こちらへ来い」
「・・・連絡?」

男がクォヴレーの顎に手をかけ上を向かせる。
細められた切れ長の瞳はまるで獲物を捉えた肉食獣の色をしていた。

「アイン」
「・・・おま、え・・お前・・・」
「・・・アイン?」
「お前・・・だれ、だ?」
「!?」

突如、顎を掴んでいた手に力が込められクォヴレーは眉をしかめた。
男は信じられない、と言うようにクォヴレーを見下ろし、
ハッとしたように無造作に髪の毛を掴む。

「・・・・!これは・・・!?」

髪の毛を引っ張り地肌を引っ張る。
けれどもどこまでも『アイン』の髪の毛は銀色であり青を微塵も感じさせない。

「・・・く・・・ぁ・・は、離せ!!」

男を蹴り上げクォヴレーは身を翻したが、
すぐに足をかけられ床のタイルに倒れこんだ。

「うっ!」

髪の毛を掴み、倒れたクォヴレーを立ち上がらせると、
そのまま壁際に追い込み、目線をあわさせる。

「俺は、誰、だ?」

言葉を区切り男は聞いてくる。
しかしクォヴレーには男が誰なのか分からない。
分からないから本当のことを口にするしかなかった。

「・・・知らな、い・・・。オレは・・・お前、など・・知らない」
「!!アイン!?(・・・まさか記憶が?それで連絡が?)」

髪の毛を掴んでいた力を緩めマジマジと見下ろす。
何度も蹂躙した身体はあの時と同じように小さく細いのに、
目の前の少年は自分が分からないと言う。
これほど腹立たしいことがあるだろうか?
男はギリッと奥歯を噛み締めた。

「お前は誰だ?アインとは誰だ?」

壁に追い詰められながら、追い詰めてくる男を睨む。
男はそんな視線など痛くもないのか、
クォヴレーの質問には一切無視し、口を開いた。

「・・・抱かれたか?」
「・・・・?」
「あの男に身を許したか?我々が最も忌むべきヤツに・・・」
「???何を言っているんだ?お前・・・・あぅ!!」

再び顎をつかまれ上を向かせられる。
ギリギリ力をこめられ息すら苦しくなっていく。

「答えろ!・・・抱かれたのか?アウレフに!?」
「っ・・・・アウ・・・レ、フ・・・?」

アウレフ、とは誰だったか?
クォヴレーの頭に再び・・・今度は小さくだが痛みが走る。
だが頭痛など気にならないほどにクォヴレーは今の状態に怯えていた。
この男は何を激昂しているのか?
分からないが、なぜか先ほどから身体の震えが止まらないのだ。
心の奥底で何かが訴えている。





・・・・この男は怖い、と。






クォヴレーは身体を大きく震えさす。
目は霞み、目の前の男の姿がぼやけていく。
だが直ぐに現実に引き戻されていく。
男が目の涙を拭ったかと思えば噛み付くように口を塞いできたからだ。

「なん・・・んっ・・・んんぅ???」

顎を押さえられ、頭を抑えられ、口を塞がれる。
クォヴレーの身体に一瞬で鳥肌が総毛立ち、
全身に気持ちわるい感情がドロドロと沸いてくきた。
それと同時に脳に一つの言葉が浮かんできた。


『怖い』




「(怖い怖い怖い!!)ん?・・・んっ・・ん」


口付けから逃れるため身を翻す。
けれども男はこれ幸いと背後から抱きこむ形にすると、
クォヴレーの首筋に唇を寄せズボンのベルトに手をかけた。

「なに、を・・・。は、あぁぁぁぁ!!」

ズクン、と下肢に甘いともいえる痺れが走った。
男は下着の中に手を突っ込むと、何故か性器を握り上下に扱き始めたのだ。
しかしクォヴレーにはそれが何を意味するのか理解できない。
次第に性器は芯を持ち出し、ヌチャヌチャと音を出し始める。
クォヴレーは小さく喘ぎながら、必死に下肢のうずきと戦っていた。

「あっあっ・・・、あぁぁあ、んっ」

目を見開き頬に涙が落ちる。
下肢は熱い何かに襲われているのに、心は冷水を浴びたように冷えていくのだ。
身体はうずくのに、心はうずかない。
それどころか吐き気がこみ上げ、唾液を飲み込むことすら恐ろしかった。

「あぁ・・、相変わらず快楽には素直な身体だ。」
「あっあっ・・・うっ!!」

全身の毛が総毛立ち、個室に独特の香りが広がった。
壁にも、床にも白く濁った液体が飛び散っており、
クォヴレーは大きく息を乱している。

「たくさん出たな?・・・濃いし、どうやら抱かれてはいないようだな」

射精の余韻で頭が朦朧としている。
クォヴレーの全身の身体は既に抜け落ちており、
背後の男の次なる行動もすらも気にならないようだ。
朦朧とした頭で不意に扉の方向へ視線を移す。
すると扉の取っ手がガチャガチャ動いており、
壊れてしまうかのような勢いで瞬く間に扉が開いた。
開かれた扉の向こうの人物を確認し、クォヴレーは口に安堵の笑みを浮かべる。

「少佐!」
「クォヴレー!!」
「(!!イングラム??)」


飛び込んできた光景にイングラムは目を疑う。
部屋に充満している鼻をつく独特の香りも気にかかった。
どちらの体液の臭いか、それとも両方か・・・。
どちらにせよ歯噛みをせずにはいられない光景ではある。

「クォヴレーを離せ、この・・・・!!」

クォヴレーに圧し掛かっている男を捉えると、
イングラムの目は更に開かれた。
そこにいるのは紛れもなく『自分』だ。
いや、よく見ればパーツパーツに多少の違いは感じられる。
しかしイングラムは認めざるを獲ない・・・この男も・・・きっと・・・。

男はクォヴレーを抱いたまま、クルリとイングラムと向き合った。
表情に嫌な笑みを浮かべている。
けれど瞳の色は憎しみそのものであった。

「・・・初めまして、でいいのか?アウレフ?」
「!!貴様っ」

男の憎しみの色が更に激しい憎悪の色に変わりまっすぐに見つめてくる。
下肢を晒しているクォヴレーの腰を抱き、愛しそうに頬を撫でながら。

「・・・俺はキャリコ・マクレディという。
 以後お見知りおきを、オリジネイター」
「・・・キャリコ??偽名か??何番目だ?」
「・・・さぁな」

フッと鼻で笑い、キャリコはクォヴレーの口に自身の口を重ねた。
挑戦するかのような目でイングラムを見つめたまま、
クォヴレーの唇を犯していく。

「ふ・・・んっ・・・んっ・・・やめっ・・・」
「クォヴレー!!」

助けようと(正確には取り返そうと)、
物凄い形相で二人に近づくイングラムだが、
目を細めたキャリコが突如クォヴレーをイングラムに向かって投げたのだった。


「あ!」
「くっ!!」

細い身体を受け止め、しりもちをつく。
キャリコは冷たい笑みを浮かべ、
化粧室の大きな窓を開けた。

「今回はこの辺で引こう。アインの様子を見にきただけだからな」
「!!なんだと!?」
「だが、オリジネイターよ、勘違いはするな」
「勘違いだと??」
「ソレは一時預けるだけだ。ソレは俺のだからな。」
「それ?(クォヴレーのことか?)」
「お前が抱えているその人形のことだ。
 覚えておけ、今はお前に預けるだけだ。ではまた会おう」
「ま、待て!!」

窓へ消えたキャリコを追いかけようとするが、
抱きとめたクォヴレーが体を震わせイングラムから離れようとしなかったため、
それを断念し、震える少年の背をそっと撫でてやる。
クォヴレーはイングラムを見あげ、何かを言おうとするが、
開きかけたその口に人差し指をあてがいソレを阻む。
まだ言わせてはいけない・・・そんな気がしたからだ。


震え続けるクォヴレーを抱きしめる。
背中を撫で、頭を撫でてやる。
しばらくの間ソレを繰り返してやっていると、
やがて強張っていた体の力が抜け、寝息が聞こえてきた。

「(眠ったか・・・)」

眠るクォヴレーを抱き上げ、イングラムは店を後にする。
店の前には青いショートヘアーのスレンダー美人が迎えに来ていた。

「その子がそうなの?」
「・・・・・・」
「・・・間に合ったのね?」
「ああ」

ヴィレッタは身を屈め眠っているクォヴレーの顔を覗き込む。
すると緩やかに表情を崩した。

「・・・フフ・・やはり似ているわね」
「似てる?」
「ええ、・・感情表現が不得意そうで・・おまけに天パなところがイングラム、貴方に」
「!?コラ!!誰が天パだ!!」
「あはははは!さぁ、戻りましょう。報告もしなければいけないし、
 なにより私もその子と話がしたいわ」

ヴィレッタはヒラリと身をかわし小走りに走っていく。

「ヴィレッタ!!」

イングラムは苦笑しながらヴィレッタを追うが、
だんだんと表情は曇っていった。
電波が悪く少し店から遠ざかっただけの、
ただその間の出来事だった。
嫌な予感がし、通信相手であったヴィレッタにそれを告げた。
するとヴィレッタも何かを感じ取ったのか、
直ぐに駆けつけてくれると言い、通信を切った。
店に戻るとクォヴレーの姿が席になく、
ウエイトレスに聞くと、彼女は驚いた顔をしてトイレを指差したのだった。
その時は何故あのウエイトレスが驚いていたのかは分からなかったが、
今ならば理解できる。
クォヴレーを抱きしめ、
服を剥き、唇を奪っていた男は自分によく似ていたのだから。

「(あの男・・・夢の男によく似ている)」

抱えているクォヴレーを見下ろし、
イングラムは胸の奥のモヤモヤが大きくなっていくのを認めざるを得なかった。













「なんであのまま連れてこなかったのかしら?」

キャリコがつくやいなや、女は責めるような口調で聞いてきた。
アインに会えるのを楽しみにしていた彼女にとって
その言葉は至極当然の言葉だろう。

「気付いたからだ」
「気付いた?」

女の、スペクトラの眉が不振につりあがる。

「オリジネイター・・・ただ消しただけではつまらないだろ?」
「・・・まぁね、でもそれが?」
「ヤツはアインを・・・好きになりかけているとみた」
「!!まさか」

スペクトラは疑いの眼差しを向けるが、
ニヤッと微笑むキャリコに一応の信用を持つのだった。

「・・・本当なのね」

スペクトラの言葉に頷きはしなかったが、
さらに黒く微笑むことで返事を返した。

「どうせなら苦しめて苦しめて消さないとな。
 せいぜい俺のアインに恋焦がれるといいさ」

残酷とも言える言葉だがスペクトラもまた黒い微笑で返事を返すのだった。
アインを取り返すのは「ヤツ」を始末してからでも遅くはない、と。





運命の時間はまだ廻り始めたばかりである。


有り難うございました。 キャリコ登場です。