シリアスBL4
 


クォヴレーは目を見開いたままその端整な顔を見つめていた。
触れた唇は柔らかく、それでいてとても温かく感じる。
柔らかい鼻息が頬に触れてはその場所を温かく感じさせてくれていた。



ソファーに腰掛けながら交わす口付け・・・。




辺りにはカボチャの香りがたちこめていた。












〜トリック・オア・トリート 1〜









与えられた雑務を全てこなし、クォヴレーは暇を持て余していた。
と、いうのも上司であるイングラムが
急にそのまた上司である人物に呼ばれ、部屋にいないからだ。
執務室にある大きなソファーに深く腰をかけ、
天井を仰ぎ見ながら深いため息をつく。
イングラムと買い物にいったあの日、
あのイングラムにそっくりな男に出会ってからというもの、
クォヴレーはやたらため息をついていた。

「(あの男、オレを『アイン』と呼んでいた。
 『アイン』とはニックネームか何かなのだろうか・・・?)」

目を閉じ、あの時の光景を思い出してみる。
しかし思い出そうとすると頭痛が襲ってきてそれを阻んだ。
いや、クォヴレーの『心』が拒否しているのだ。
あの男に性器を握られ、何か得体の知れないものを爆ぜてしまった自分が、
酷く嫌な生き物のように思えて、思い出すことを拒んでいる。
フゥ・・・と、何度も何度もため息を吐く。


そうしてボーとしながらどれくらいの時間が流れていたのか、
急に背後から名前を呼ばれたのだった。

「クォヴレー」
「!」

イングラムが帰って来たようだ。
驚きつつも慌ててソファーから立ち上がると、
イングラムの傍まで駆け寄り彼の上着を受け取った。

「・・・お疲れさまです、少佐」
「あぁ・・・」

上着を手渡すと、イングラムはクォヴレーの顔をジッと見下ろす。

「・・・??」

何だろう?とクォヴレーが首を傾げようとしたその時、
不意にイングラムの大きな手が額に触れた。

「少佐?」
「・・・顔色がよくないな・・・、具合が悪いのか?」
「!」

あの日より、クォヴレーはイングラムが少し過保護になったように感じていた。
実際に『男』に襲われ、その後気を失うように眠りに落ち、
目を覚ましたのが3日後、という醜態を晒せば当然なのかもしれないが、
クォヴレーは彼のその態度がなんとなく落ち着かないのだ。
心配されるのは嬉しい・・・、しかし落ち着かない。

「・・・蛍光灯の影響でしょう。オレは別に・・・具合わるくない・・です」
「ならいいが・・・」

納得がいかないのか、イングラムはクォヴレーの額から手を離さない。
熱があるかどうかを確かめているのだろうか・・・?
けれどクォヴレーは直ぐに手を退けてほしかった。
・・・・イングラムに触れてもらうと、鼓動が非常に速くなり、
落ち着かないのだ。

「(・・・気持がいい・・・。
 少佐に触れてもらうのはどうしてこんなに気持がいいんだ?)」

うっとりして閉じてしまいそうになっている目を懸命に見開いている。
得体の知れない何かと戦いながら、クォヴレーは気持のいい『ソレ』から身を引いた。

「クォヴレー?」
「・・・本当になんでもない、です。
 それより少佐、ヴィレッタ大尉が戻り次第連絡がほしいとのことでした」
「ヴィレッタが???」
「ええ」
「そうか・・・・」

やれやれ、と小さなため息をつきつつソファーに腰下ろすイングラムを、
不振気に見つめるクォヴレー。
その目は「連絡しないのか?」と語っていた。
イングラムは最近感情を隠さず
表に出すようになったクォヴレーに苦笑しながら、
連絡を入れない理由を教えるのだった。


「心配するな・・・大方予想はつくいている。」
「予想が・・・?」
「そうだ・・・、おそらくハロウィンパーティーのことだろうな」
「・・・はろ???(何だソレは???)」

眉間に皺を寄せ、一心にイングラムを見つめる。
感情が芽生え、何に対しても好奇心旺盛になってきている『赤子』は、
『知らない』を見たり聞いたりすると、
ジッとイングラムを見つめるようになっていた。
無表情な瞳を少しだけキラキラさせながら・・・。
イングラムは目を細めて笑顔を作ると、説明を始める。
最近専らになっている日常だ。

「ハロウィン・・・、またはハロウィーンという」
「・・・はろ・・うぃーん?」
「そうだ。簡単に説明すれば魔女や精霊などから身を守る行事というか・・、
 俺も詳しくは分からないが、まぁ・・そんなところだ」
「・・・魔女?」

クォヴレーはイングラムの説明に納得がいったのか、いかないのか、
更に首をかしげ今度は質問をしてみた。

「その行事と、ハロウィンパーティーとどんな関係が?」
「・・・そうだな、その時の名残というか習慣というか・・、
 子供達が仮装をするんだ」
「火葬????死人を燃やすのですか??子供が???」

一体何を言い出すんだ、と
イングラムは瞬きもせずにクォヴレーを見つめ続ける。

「・・・・・・・(天然か?)」
「・・・・・・?(なんだ???)」


一方のクォヴレーもどうしてイングラムがそんな顔をするのか分からず、
瞬きをせずに見つめてしまっていた。

「(赤ん坊に1から教えるのも大変だな)」

やがてクォヴレーの『過去』を思い出し、
自分自身をそう納得させイングラムは説明を再開することにした。

「火葬、ではなく仮装だ。普段とは違う格好をし・・魔女とか、ドラキュラとか・・」
「魔女??ドラキュラ????」

目を見開くクォヴレーに相槌を軽く打ち、更に続ける。

「そう、そしてある呪文を言うんだ」
「呪文・・ですか?」
「・・・呪文はこうだ、『トリック・オア・トリート』」
「????」
「『お菓子をくれないと悪戯するぞ』という意味だ」
「お菓子???」
「・・・俺も2年前はお菓子が底をつき酷い目にあったものだ・・、と、
 今のは聞き流してくれ・・・・」

イングラムの口元がフッと緩む。
昔のハロウィンを思い出したのか、
どこか楽しげで、そして淋しげにもみえた。

「・・・去年は・・」
「ん?」
「去年はやらなかったのですか?・・今、2年前とおっしゃったでしょう?」
「・・・去年は・・・おそらくやったのだろうな」
「おそらく?」
「・・・・残念ながら俺はその場には居合わせていなかった」

いつも厳しいイングラムの表情が曇り、
クォヴレーはそれ以上は聞くのを止めた。
「そうですか」と短く言葉を切り、二人の間に沈黙が流れる。
何かまずいことを聞いてしまった、と思ったのか、
クォヴレーはシュン、としてしまっている。
腕を引っ張りソファーの横に座らせると、
クォヴレーを横目で見つめ、
イングラムはいつものように頭を撫でてやりながら、
再び続きを話し始めた。

「我々のチームは今年、ランタンの買出し係だ」
「・・・ランタン?」
「カボチャのランプだ。カボチャを切り抜いて作る。
 仮装する際に持ち歩いたりもする。
 この前、買出しに行ったとき俺は蝋燭とかを買っていただろ?」
「(そういわれれば・・・)」

あんなもの何に使うのか?と不振に思ったことを思い出し、コクンと頷く。
イングラムもコクン、とうなづきを返すと、
ソファーを立ち備え付けの冷蔵庫へ向かった。

「少佐?」

クォヴレーは慌てて立ち上がった。
『少佐』の飲み物を用意するのもクォヴレーの仕事だからだ。
そう、イングラムは冷蔵庫へ向かったことを、
クォヴレーはお茶が飲みたい、と解釈したのだ。
だがイングラムは、手で静止すると、
冷蔵庫から何かを取り出し今度はレンジへ向かうのだった。
どうやら咽が渇いたわけではないらしい。
手持ち無沙汰になってしまったクォヴレーは
黙って彼の後姿を見つめているのだった。



やがてレンジの『チン』と言う音が鳴った。
レンジの扉を開けると、部屋中にいい匂いが漂い始める。
トレイに温めたそれをのせると、ソファーへ戻ってくるイングラム。
クォヴレーの横に腰を下ろすと、温めてきたそれを差し出してきた。

「シチューパンだ。中身はカボチャのスープ・・・冷凍食品だがな」
「・・・・?」

わけが分からずクォヴレーは難しい顔つきになる。
どうしていきなりカボチャのシチューのパンなのだろうか???

「カボチャパーティーの話をしていたら、
 以前もらってそのままになっていたコレを思い出した。
 ・・・・お前、昼を食べていないようだし丁度いいだろ?」
「!?」

驚いた顔のクォヴレーと目線がかち合う。
見れば少しだけ潤んでいるようにも感じられるが、
イングラムは気づかないフリをする。
小さく形のいい唇が少しだけブルブル震え、
蚊が飛ぶような小さな声を発した。

「何故、分かったのです?・・食べていないと」
「この部屋に帰ってきたとき、食べ物の香りはしなかった」
「・・・・それだけで?」
「お前は俺と一緒でなければこの部屋から出ることを禁止されている。
 ・・・即ち食堂にすら行けないわけだ」
「・・・・・少佐」
「配慮が足らなかったな・・すまない。
 お腹すいているだろ?夕食まではまだ時間がある、それを食べろ」

クォヴレーの胸が何故かキュン、となった。
鼓動がドキドキ速く刻み、息が苦しくなる。
だがクォヴレーはまだその『正体』を知らないのだ。

「少佐・・・」
「なんだ?」
「・・・せっかくなので練習しても宜しいですか?」
「練習?」
「・・・ハロウィンの・・・呪文・・」
「じゅ・・・?」

何をする気だ?と聞き終える前に、
頬を薄ピンクに染めたクォヴレーがコレまで出一番小さな声で話しかけてきた。

「・・・ト・・リック・・オア・・トリー・・・ト?
 そのシチューパンをくれなければ・・悪戯・・させてもらいます」
「(!?成る程!・・・その練習、か・・・フフフ)」

恥ずかしいのか、照れているのか、
クォヴレーは白い肌を首まで薄ピンクに染めていた。
イングラムは小さく『ハッピーハロウィン』と呟き、
クォヴレーにシチューパンの乗ったトレーを手渡すと、
美味しそうに食べ始めるクォヴレーをマジマジと観察し始める。

・・・・クォヴレー観察はここ最近のイングラムの趣味となっているようで、
毎日新しい発見をしては心の中で喜んでいるのだ。
スプーンでシチューをすくい、パンを齧る。
すると頬にパンのカスが所々についた。
だが本人は気にする様子もなく、パンを食べ続ける。

「(相変らず食べるのが下手だな・・・、アソコでは教わらなかったのか??)」

そう、クォヴレーは何故か食べるのが下手だった。
今も決して上手いとはいえない。
だがイングラムが注意しているおかげで大分マシにはなってきているのだ。
それに他にも気になっていることがある。

「・・・ご馳走様でした」

食後の挨拶をし、トレーをソファーの前のテーブルに置く。
だがシチューパンはまだ3分の1は残っていた。
・・・・これがイングラムが気になっていることの一つだ。

「(・・・また残したか・・、胃が小さいな)」

おそらく、最小限の栄養で活動できるよう訓練されているのだろうが、
育ち盛りの少年の食べる量としてはいささか心もとない。
トレーを机に置くとクォヴレーは恐る恐るイングラムを見てみた。
なぜなら毎回食事の時に怒られているので、恐ろしいのだ。
そして今回もイングラムは厳しい表情をしているのだった。

「・・・残っているぞ」
「・・ええ、ですがもう・・食べられそうにありません」
「無理にでも食べなければ・・・、戦時中だぞ?
 今は食べ物に困っていなくともいつもこうとは限らない。
 あるうちに食べておくのも任務の一つだ」
「・・・心得てます」
「なら残さずに食べるんだな・・・さぁ?」
「・・・・・(だが食べられないものは食べられないんだ!)」


クォヴレーが結構頑固性格をしているとイングラムはもう理解していた。
だからこそある『計画』を思いついたのだ。
口をへの字に曲げ首を左右に振るクォヴレー。
これ以上は無理という意思表示に、イングラムは眉間に皺をよせ、
声を幾分か低くして繰り返した。

「食べるんだ・・・、食べなければ・・・・ぞ?」
「・・・え?」

イングラムの目が怪しい光を帯びた。
『計画』を実行する為に。
最後の部分が聞き取れずクォヴレーは情けない顔でイングラムを見上げる。

「イングラム少佐、何と言ったのです??」
「・・・食べなければ悪戯をするぞ」
「・・・いた・・ずら・・・?」

おそらく先ほどの練習やハロウィンにかけているのだろうが、
イングラムがそれをいったことが以外で、
そのことに大きく驚きクォヴレーは更にポカン顔でイングラムを見つめる。


一方のイングラムは自身の理性とずっと戦い続けていた。
薄ピンクに身体を染めながらの『呪文』を言う姿に、
正直言って下半身に甘い疼きが走ったのは隠しようもない。
幸いまだ耐えられる『熱さ』なので平然としていられるが、
着ている制服の内側に着込んでいる第二ボタンまで外れたシャツ。
底から見える首筋にドラキュラのようにかぶりつきたい衝動をおさえるのに必死だった。
今は間抜けな顔で自分を見上げてきている少年。
その薄く開かれた可愛らしい唇にむしゃぶりつき、
蛭のようにはがされてもはがれないような熱いキスを施したいのだ。

毎夜ベッドに忍び込んでくる少年。
最早、触れないでいるのは我慢の限界であった。
買出しに出た時、あの自分そっくりの男に襲われているクォヴレーを見たとき、
相手の男にではなくクォヴレーに腹が立った。
何故、そんなに簡単に触れさせるか?と、腹が立ったのだ。
クォヴレーに触れていいのは世界中で自分だけだ、と思い始めている。

「(・・・例え過去に何があろうとも、
 過去に誰かに抱かれていたのだとしても・・、
 『クォヴレー』は俺のものだ・・・、あの腕にスッポリ収まる身体も、
 不器用だがどこかとぼけた可愛らしい性格も何もかも・・・俺モノのだ。
 この子は俺が失ったものを埋めてくれる存在に違いないのだからな)」

眠るクォヴレーとは何度もキスを交わしていた。
だが、本当は正気のクォヴレーとキスをかわしたい。
あの白い肌を快楽で薄ピンクに染めてみたいのだ。

「(ハロウィンさまさまだな・・・気兼ねなくキスが出来る。
 『悪戯』と称して・・・・)・・・・悪戯するぞ?」
「少佐・・・?」
「食べなければ悪戯をする、ハロウィンの趣旨とは異なるが・・・、
 クォヴレー・・残さず食べるんだ。でなければ悪戯をする」

だんだんとイングラムの顔が近寄っていてくる。

「・・・食べないのか?」

クォヴレーは何度も縦に頷く。
悪戯は嫌だが、食べられないものは食べられないのだ。

「・・・なら、悪戯開始・・・」
「!!」

殴られるのだろうか、と、ギュッと目を瞑るクォヴレーであったが、
予想とは違う『悪戯』に閉じていた目を開くのだった。
目の前には目を閉じたイングラムのドアップがある。
クォヴレーは目を見開いたままその端整な顔を見つめていた。
触れた唇は柔らかく、それでいてとても温かく感じる。
柔らかい鼻息が頬に触れてはその場所を温かく感じさせてくれていた。



ソファーに腰掛けながら交わす口付け・・・。




辺りにはカボチャの香りがたちこめていた。


やがて薄く開いていた唇の間から強引に弾力のある何かが押し入ってくるのだった。
それは前歯の裏側を撫でたかと思うと、そのまま奥へ進み上あごを這い回る。

「・・・・ん・・ぅ・・?」

わけが分からず彼の肩に手を起きイングラムを押しのけようとしたが、
その手は彼に捕らわれ後手に縛められてしまう。

「は、ぁ・・んっ・・ふぅ・・・んっ」

舌を絡み撮られクォヴレーは思わず背を撓らせる。
鼻にかかった甘い吐息を漏らしながら、次第に意識がおぼろげになっていく。
どうやら快楽には従順に『躾』られているようだ。
・・・口付け一つで堕ちるように。
その哀しい性にイングラムの胸はチクチク痛んだ。
・・・イングラムは既にその感情の正体に気づいている。

だんだんとクォヴレーの身体から力が抜けていくのが分かり、
後で縛めていた手を開放してやると、
クォヴレーはイングラムへ身体を預けるように寄り添った。
おそらく無意識の行動なのだろう。
身体を密着させてきたクォヴレーをスッポリと抱きしめると、
更に濃厚にキスを仕掛け始める。
キス一つで蕩けるクォヴレーは、快楽に酔いしれながら必死に舌を使い始めていた。
イングラムの舌使いに応え、自らの技を繰り出し始めているのだ。

「んぅ・・・んっ・・・ふ・・・」

可愛らしい喘ぎに、イングラムの下半身は一気に熱を帯びていく。
しかしまだクォヴレーを抱くつもりはなかった。
今はキスを出来るだけで十分というのもあるが、

「(・・・まだ早い。もっと・・・俺だけを見るようにしてから出ないと・・ダメだ)」

と、思っているからだ。



・・・・その後、イングラムは満足いくまでクォヴレーの唇を貪ったのだった。



有り難うございました。 『トリック・オア・トリート 2』へ続く